屋敷への来訪者と海鮮 前編
アインテール国に行っていたラウルとエルクが屋敷に戻って来た翌日の昼にエイレバが屋敷を訪ねてきた。
せっかくなので、昼食を一緒に食べることになった。
「連絡もいれず、いきなり来て申し訳ありません。食事の席を設けて頂き感謝いたします」
「ラウルツとエルクシスから聞いていたから構わん。ダンジョンは楽しめたか?」
カルムスがそう言い、食事が始まった。
「さすがに楽しむ余裕はありませんでしたが、無事にダンジョンを出られたことに関しましてはーーーー」
丁寧な礼を述べられ、カルムスが軽く頷く。
本来なら長兄の俺の役目だが、カルムスが引き受けてくれるため、こういう時は頼ることにしている。
今日は料理長の自慢の料理が並ぶ。
客人を歓待する料理は久しぶりだと張り切っていた。
エビのカクテルサラダや揚げキノコのバルサミコ酢、アカジカと栗、貝割菜の肉巻、カンパチに似た食味のレファーナという魚のカルパッチョと豪勢だった。
酒は好みだけれど、俺はピンクワインにした。
このワインは白と赤のいいとこどりだ。
魚にも肉にもナッツにもよく合う。
メインは選べるので、俺だけが鮮魚の塩パイ包み焼きで、皆は仔牛のカツレツだ。
軍事的な話や各国の情勢などの情報交換が始まった。
静かに聞き、話が振られた時のみ答える。友人からの情報が頼りだ。
カインズ国の軍事同盟国であるディハール国について、助けに動くかどうかを尋ねられた時は、エルクより先に動かないとはっきり答えて、バニラアイスで締めた。
「ソルレイ様。弟より伝言を預かっております」
「なんでしょうか?」
「『ご多幸の未来を願っております』と」
クレバらしいのか?
毎回思うが、メッセージが死に際な感じだ。これって気にするように、わざとそう仕向けられているのかと疑いたくなる。
「ありがとうございます。今も幸せに過ごし、平穏な中にいます」
「はい。実際にお邪魔してよく分かりました」
ほっとしたような笑顔だった。
考えたこともなかったが、俺とラウルは同情の対象なのだろうか。
家族と楽しく過ごしているのに……。
毎年、この時期に行うロウソク作りだってエルクも誘ってメイド達と一緒にやる。
ベリオットハウス内の蜂の巣箱からミツロウを取り出す作業は俺の役目だ。
ベリオットの収穫だって、ラウルとアイネに任せて、採ってきた実でケーキを作る。
家族でやる季節ごとの行事も大切にしているし、グリュッセンの水祭りにも参加しているのだ。
お爺様の遺言通りに、毎日幸せに生きている。
「クレバ殿の伝言は、却って不安になります。無事に戻り、ミルバ殿に元気な姿を見せるように、もう一度言っておきます。エイレバ殿にもお貸ししますので、無事に着いたことを報告なさってください」
「ありがとうございます」
食事を終え、魔道具を持って応接室に向かう。
紅茶を二つ頼みソファーにかけた。
「今日は泊まっていかれたらいかがですか?」
「御迷惑でなければお願い致します。やはり、弟が心配でして。様子を知れると有り難いのです」
「ええ。好きなだけどうぞ。今夜はこのまま魔道具もお持ちください」
「ありがとうございます」
頭を下げるエイレバに必要ないと手を振り、魔道具を握る。
「クレバ。今、話せるか?」
『……少々お待ちください』
その場から離れるような音がした。
『ここでなら。どうされましたか?』
「エイレバさんから伝言を聞いたけれど、なんだか死にそうだから、グリュッセンまで来たら海鮮を奢ってやる。ちゃんと来るように」
『はい。怪我の無いように努めます』
返事を聞き、魔道具を渡す。
席を外すべきかと腰を上げると、いて下さいと言われ、座り直した。
「クレバ先に報告だ」
『はい』
「第12騎士団は全員移動済です。次に、第3騎士団も無事にグリュッセンです。選抜した者も何名か移送してもらいました」
『ありがとうございます』
「こちらは心配いらないよ。そちらはどうだい?」
兄に戻ると、砕けた口調で身を案じていた。
『こちらは正門部隊と合流をして、救護者を下げて戦っているところです。ダンジョン前で騎士団を撃破できたことは大きかったです。優勢で推移していますが、このまま勢いに乗り、カインズ国内まで行こうと言うルファー指揮官と騎士団長とで意見が割れています。私も戻った方が良いと主張していますが、どうなるか分かりません』
「第4騎士団長と第11騎士団長はカインズ国の内部を見ていた方がいいということだっただろう。意見を変えたのかい?」
『正門前で負傷している怪我人がかなり多いのです。撤退するにも危険になるので、これ以上怪我人を増やすことはできないと意見を変えています。我らが罠にかかり、全滅していると思いこんだようで、無謀な突撃が何度かあったようです。死者数もかなり出ています』
第12騎士団と第3騎士団を呼び寄せる方法がないので、話合いが膠着しているためこの魔道具の存在は知られるわけにはいかないとクレバは話していた。
「なるほどね」
『聖属性魔法を使える者が救護処置をしていますので、ある程度、回復したら撤退したいと考えています』
撤退時は、魔道具による一斉攻撃も考えているらしい。機を見るなら今だと思っていると言われたエイレバさんの顔は厳しい。
状況は好転していないだろうか。
軍事戦略は分からないが、話を聞いている限りだとカインズ国内に入るのは危険な気がする。
「クレバ。俺は騎士の生き方は分からない。それでも国内に入る選択は、べったりと死の影が付き纏うのは分かる」
『はい』
「昔、カインズ国の学校を見に行ったことがあるんだけど、向こうは、かなり戦闘訓練に特化していた授業だった。魔道具の授業数もアインテール国の3倍はあったはずだ。入るのは、相当なリスクだ。魔法陣をかなりの速さで描いても設置型の魔道具の方が速さは上だ。対抗するには、魔法陣を予め用意して魔力を注ぎ、自動発動にしておいて対応するしかない。はっきり言って準備不足すぎる」
魔道具の餌食になるので、ダンジョンで見た魔道具の解析から始めて、カインズ国内で配置されている箇所の検討、それに対抗する魔法陣の作成が先だと言っておく。
『承知しております』
「言っているのが、その人だけなら殴って気絶させてでも撤退したほうがいい。騎士団が今考えなければならないのは、自分たちの命を守ることだ。でないと、次の出陣自体が無理になる。アインテール国も、今は砲撃が止んで落ち着いているみたいだからグリュッセンに来ればいい」
『ハハ。はい。では、意見が押し通せない時は、気絶させるとします』
「クレバ! 戦力を立て直すべきですともう一度進言するんだぞ!」
『分かっております、兄上。そろそろ戻ります』
「無茶はしないようにね」
「死なないように。来たら食事に連れて行ってやるからな」
『はい』
最後は元気よく返事をしたので大丈夫だと思いたい。
エイレバさんに、魔道具を預けて、俺は少し気分を変えるためにお菓子作りに厨房へ向かった。
こういう時って何かしていないと落ち着かないんだよな。仕事が手につかなくて無駄に時間を過ごしてしまうし、結局、こういうことをしている方が落ち着くのだ。




