嫌な思い出。再び 3
なんとか5階層にまで上がり休憩を取っていた。騎士団長、副団長とダンジョンの入口で待ち伏せをされているのではないかという話になった。
ここに転移をさせたのは、囲むためだった可能性がある。
ダンジョンから出ないわけにもいかないが、どうするかという意見は事前に交わしておく必要があった。
活発な意見が出ている時に、ソルレイ様の声がクリアに聞こえた。
『うぅっん、あれ? 微かだけど何か聞こえるな。クレバ? おーい! 聞こえるかー?』
大きな声で呼びかけられ、叫ぶように返す!
「ソルレイ様! 聞こえますかー!」
『あ! 聞こえるぞ! でも小さい! どこにいる!?』
こちらの声が聞こえているのか!
小さくしか聞こえていないと言われ、叫ぶように伝える。
「カインズ国のダンジョンです! ダンジョン! 転移陣で飛ばされたようです!」
『まさか!? ダンジョンに転移陣なんて……。いやそれより何日目だ!?』
「16日目です!」
『16日も凌いでいるのか!』
バタバタと走る音が聞こえた。
『エルク、エルク! お願い起きて! カインズ国のダンジョンにいるって! どうしたらいい!? もう死んでしまうかもしれない!』
縁起でもないことを言い、扉を叩いている。
『うーん。煩いなあ。あれ? ソウル? エルクの部屋の前でなにしてるの?』
もう真夜中だよと言われているので、時計を見ると午前2時だった。
『あ! ラウル! クレバと連絡が取れた! カインズ国のダンジョンだって! 正門で激しい攻防をやっているって聞いたけど、クレバはダンジョンだって! 第2騎士団は罠にかかったみたいだ! 今日で16日目だ!』
『え!? そうなの!? それは大変だね! エルク! エルク! 起きてよ!』
ドンドン、ドンドンと二人で激しく扉を叩く音が聞こえる。
こちらが引くくらいの激しさだ。
『ソウル! 仕方がないから扉をぶち破ろうよ』
!?
「ラ、ラウルツ様! そのようなことはーー」
『よし。土魔法の弾にしよう。補助魔法陣で硬度を上げればいい』
「え」
無駄に高度な魔法陣を描くようだ。担当の執事に鍵を願い出るのはいかがでしょうかと兄上も言ったが、聞こえていないようだ。
『僕が描くよ。その方が早い!』
ドドドド! 会話の直後にもの凄い音がした。
それから中に入って扉をいくつか開ける音がする。
『あれ? いないよ』
『おかしいな。今日ってどこかに行く予定だったかな』
『僕は知らないよ? もしかして鍵は開いていたんじゃないの?』
『あ。しまったな』
確かめなかった、とソルレイ様がぽつりと呟いた。
焦るソルレイ様に楽しそうに笑うラウルツ様がいた。次はカルムお兄ちゃんの所に行こうと話している。
途中で起きてきたメイドや執事に扉を壊したことを謝りながら、緊急事態のために、カルムス様とダニエル様の部屋に行くというのを執事に、『3人でアインテール国のルベリオに行っておいでです』と、言われて叫んでいた。
『『えー! 嘘でしょ?』』
『お二人がお忙しくされているので、息抜きをしたいと言えなかったようでした。眠られてから、3人で行って来るとお出かけになられました』
『どうりで最近ゲートの魔力を補充しても補充しても足りないと思った』
『燃費が悪いのは、作りが良くなかったのかと気にしていたのに。まさか、夜な夜なアインテール国に飲みに行っていたのか』
『狡いよね。僕達は 全然行ってないのに』
『本当だよ。こっそり行くなんて、なんて駄目な大人達なんだ』
しまった。
騎士団の団長を始め、副団長にゲートの存在が明るみになってしまった。
薄々気づかれていたとは思うが、父上や兄上達にも黙っていた。
『ルベリオは0時までなのに、こんな時間まで開けさせているのか。従業員に残業代など出していないのに、勝手なことをして』『これは怒らないと駄目だね』と二人で話している。
残業代は従業員に時間を聞き取って3割5分増しで支払う、とソルレイ様が具体的な数字をラウルツ様に言っていた。
「ソ、ソルレイ様」
『ん? ああ、忘れていた。ごめん。ラウル、ルベリオのことは後にしよう』
『うん。ねえ、クレクレの第2騎士団だけ逸れてダンジョンに嵌っちゃったの?』
「いえ、言い辛いのですが、第2騎士団、第3騎士団、第4騎士団、第11騎士団、第12騎士団です。14階層に転移陣が繋がっていて上がって来ました。この部屋があるのは、5階層です。周りに騎士団長と副騎士団長がいます」
それとなく伝えると、『あ。まずいな』という声が小さく聞こえた。
それから小さな声でラウルツ様と相談する声が聞こえるのだが、申し訳ないほどに全て筒抜けだった。
『……クレバ。第11騎士団長と副騎士団長、および第12騎士団長と副騎士団長は、先ほど聞いた内容はお忘れくださいと伝えておいてくれ』
小さな声で密談するように言われた。
「申し訳ありません。こちらの声は遠いようなのですが、お二人の声はよく聞こえております」
『『…………』』
『ラウル。ルベリオの一年分のチケットを4人に渡そう』
『そうだね。領主代行のマーズが探していると知って、僕達は普通に入国すると出られなくなると思ってそうしただけで、何も悪いことはしてないよ。ちゃんと、商業ギルドに登録してアインテール国に税も収めているし、納入業者として行く度に従業員の名前を借りて通行料、品物の関税も適正に支払っているよ。でも、黙って出入りしていたことはごめんね』
ちらりと、4人を見ると頷いていた。
「それで大丈夫です。随分と探して下さっていたのは分かっております。実はそちらの声は、以前より聞こえていたのです。こちらからも呼びかけてはいたのですが……」
第4騎士団の副団長がなぜうちは除外されているのですか!? と声を上げていたが無視をした。ハインツ家でもないのに、と叫ぶのを他の騎士団長や兄上達に黙るように言われている。
『そうか。カインズ国の門前で軍同士が激しくやり合っていると聞いた。てっきりそっちにいるものと思っていたのだけれど、エイレバさんもウェイリバさんも探知できないから変だと調べていた。悪いが、ダンジョンについて知っていることはない。12日を超えると階層の入れ替えやアンデッドに襲われるということくらいだ。もう16日目なら経験しているだろう。カインズ国軍の展開の情報くらいしか伝えられそうにない』
『欲しい情報や知りたいことがあるのなら、僕達が調べてあげるよ。そこは自力で出てくれる?』
兄上が肩を叩いて、私の首にかかったままの魔道具を握り締める。
「クレバの長兄のウェイリバです! ダンジョンを出たところを蜂の巣にされるのではないかと待ち伏せを警戒しております! 敵の情報があればいただきたい!」
『調べておきます。ダンジョンの上層階に行ったことで魔道具の通話が可能になったはずなので、下層に入れ替わった時は連絡ができないと思って下さい。こちらからは分かった時点で伝達します』
「ありがとうございます。助かります」
『……それから、混乱させてしまうかもしれませんが、少し伝えたいことがあります。今の精神状態は大丈夫でしょうか?』
ソルレイ様がこれほど気を遣うということはよほどのことなのか。
兄の手を魔道具から離して握り締める。
「ソルレイ様、ここの指揮は私に任されております。周囲にいるのは団長と副団長のみです。お聞かせください」
『……そうか。これは、大事なことだからよく聞くように。転移の魔法陣は、グルバーグ家でも禁忌扱いだ。作成を試みること自体が禁じられている。転移魔法陣はそれだけ危険なんだよ。仮に作れたとしてもダンジョンにつなげるのは、お爺様でも至難の技だったはずだ。些細なことでもいいが、引きずり込まれた時に違和感はなかったか? もし、何か違う魔法陣や魔道具だった場合、1階層に足を踏み入れた瞬間、14階層にまた戻る可能性がある』
転移魔法陣とゲートは完全に別物で、ゲートを魔法陣に直しても転移魔法陣にはならない。
他の魔法陣を転移魔法陣だと錯誤している可能性があるからよく思い出してくれ、と言われた。
14階層に戻るという言葉に、全員が目を瞑って飛ばされた時のことを思い出す。
罠にかかった時に見た魔道具はただの爆破系の魔道具で、14階層で見た魔法陣を思い出すが、あれは読み解く限り転移系の魔法陣だったように感じた。
カインズ国は魔道具だけでなく、魔法陣もかなり研究していたのだろう。そう思っていた。
「皆さんどうです?」
見回すが、首を振っており、誰も違和感に気づいていなかった。
「ソルレイ様、私が見た限りでは、転移の魔法陣に見えました。全員、違和感も覚えなかったようです。飛ばされた時に魔法陣になにか場所が分かるヒントはないかと私も確認をしましたが、場所の指定は座標でした。ダンジョンの座標で間違いないかと」
『そうか……だとすると……』
ソルレイ様が言うのを躊躇っているような、言い方を考えているような、迷う声を出す。
その声色に、逆に私は冷静になる。
『何を言われても大丈夫です』
うん、と小さく聴こえ、ラウルツ様が僕から話すよと言っているのが聞こえた。
『……クレクレ。そのダンジョンには嫌な噂があるんだよ。カインズ国の貴族学校の女性生徒が2年前、夏のダンジョンで多数が死亡したんだって。ダンジョンの一部が崩落したからだって学校側は言っていたけれど、全員女性だったことから何か事件に巻き込まれたのではないか。という話が大勢だったよ。それで……ここから少しショッキングな内容になるんだけれどね。生きたまま人柱を立てて、魔法陣を身体に描きダンジョンに固定すると、その魔力が尽きるまで転移魔法陣に似た作用を持たせることができるという禁断の魔法陣があるよ。それじゃない?』
この方法だと逆に、ダンジョン限定ではあるが、人柱の位置情報を使い、転移させて引きずり込めるという。
その言葉に息を呑む。
部屋の温度が下がり、背中に嫌な汗が伝う。
まさか、このために各国から来ている学生が人柱にされたなどと、そんなことがあるのだろうか。
本当に衝撃的な内容だが、ダンジョンには性別があると言われており、女性の死亡率が高いのは、好んで狙っているからだという説がある。
高等科のあのダンジョンでの出来事があるまで、迷信だと思っていたが、最後に女子生徒二人が連れて行かれた時に得心がいった。
アンデッドの王は女性を食べたかったのだと。
『違うといいんだけどな。……役目を終えて魔力がつきるまでは、ダンジョンと一体となるので死ぬことはない。残るのは、転移魔法陣に似た何かだが、少し違う部分がある。時間の箇所が途中で切れているはずだ。補助魔法陣とはつながっていない。これは、ダンジョンに留めてループをさせるためだ』
位置情報は、人柱であるため、その部分を書き換えない限り、戻される仕組みだという。向こうの想定より人数が多かった場合でもダンジョンの魔力を一部還元されるため、やっぱり出られない。
やられた。目的は、戦力の分散と足止めか。
ソルレイ様とラウルツ様がいうには、こちらの魔法陣だと 1階層から再び14階層に戻るという。
これから14階層が、もし、現れた時は、精鋭で魔法陣の確認に行くか、1階層に上がる前に相殺する魔法陣を描くかだと言われる。
「どういうことでしょうか。詳しくお聞かせください」
『うん。一つ目は、14階層で確認できたら、時間の魔法陣を繋げて時間を書き加えればいい。ただ、14階層から1階層に再び上がらないといけない。二つ目は、1階層に踏みこんで転移をさせられる前に、同じ魔法陣を描くといい。転移の作用をする魔法陣に同じものをぶつけて転移させられないようにするものだ。恐ろしく魔力はくうけど、騎士は多いのだろう? 念のための保険だ。更に時間の所を補助魔法陣で補う。転移が発動する前に、今いる場所に転移をするという補助魔法陣を描けばいい。これで転移をしたら人柱によるループだ。14階層に行く必要があると分かる』
どちらにせよ魔法陣をどこかに描いておくと、万が一の保険になるということらしい。
「教えて頂けますか」
『ラウル、頼めるか?』
『いいよ。魔法陣は、僕の方が得意だから上手に描くコツを教えてあげる』
ラウルツ様が丁寧に魔法陣の描き方を教えてくださったものを紙に描く。
目にしなくても、ダンジョンにある魔法陣に見当がつくということは、グルバーグ家では、転移魔法陣はすでに完成されているのだろう。
でないと、危険な人柱の魔法陣など分かるはずがない。
最後に注意点を一つ一つ聞いた。
『ああ、そうだ。人柱を使った魔法陣だった場合、ダンジョンの主を倒すと一緒に崩壊の渦に呑み込まれるはずだ。確認が取れるまで、倒すという選択は駄目だ』
食料や物資はどうしている? と聞かれ、ダンジョン内の食べられる魔獣を食べています、という話をした。
『14階層に出会うかは運だろうけど、1階層に行くまでに干し肉くらいは作っておいた方がいいよ』
ソルレイ様が、出会った魔獣を尋ねるので、答えていき、こうすれば美味しく食べられるということを教えてもらい、背にあるブルブルの部分はゼラチンと言い火にかけると融け、冷えると固まる性質があり、煮凝りのような役目を果たすのでスープになるし、油代わりになるのだと教えてもらった。
『塩はあるのか?』
「大丈夫です。塩の塊をぶつけてくる魔獣がいましたので、かなり確保できました」
そんなのがいるんだという声が後ろで聞こえた。体内に塩を貯蔵する袋を持つ割に有名な魔獣だ。
『そうか。こちらでもお爺様の書斎で調べてみるから諦めるなよ』
「はい、ありがとうございます」
『クレクレ、またね。僕たち寝るよ。おやすみー。ソウルも寝よう』
『うん。明日の朝に、エルクの部屋に突撃しよう。クレバ、悪いけどもう寝るよ。無事が確認できてよかった』
「ソルレイ様、ラウルツ様。真夜中にありがとうございました。ゆっくりお休みになって下さい」
もう一度、騎士団長と副騎士団長で軍議を行い、方針を決める。
14階層が現れた時は、確認に行くことになった。
そうでないと、もしソルレイ様とラウルツ様の危惧した通りなら14階層までまた戻らねばならないのだ。
ここまで16日間、再び16日間かかることを意味している。
14階層は、強い魔獣が徘徊しているため出会わないようにと望んでいたが、出会ったら幸運だと思わねばならない。
この5階層に魔法陣を描くことにして、多くの騎士に魔力を注がせ完成させた。
下るにしても上がるにしてもまだマシであろうという判断だった。




