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アインテール国の王 ユグラルドの悲しみ

「王にご報告申し上げる」

 緊急事態につき開け放たれた王の間の扉から騎士がひっきりなしにやって来る。

「聞こう」

「はいっ! 受け入れを受諾した辺境領一帯は、入領できる者とできない者がおります。その条件ですが、第一に子供であること。第二に平民であるかどうかです。平民で軍属でない者は、当初は大人でも入領できましたが、今は人数の制限にでも達したのか、大人は入れず、子供のみです」


 ラインツよ、おまえの拾った者達は力の使い方を誤った。


「まったく、なんということを仕出かすのだ。偽者はこれだから困るのだ」


 アジェリードの言葉に内心で溜息を吐く。

 あれらが偽者だと分かっているのは、私とこの息子くらいだろう。

 後は、初等科の学長であったミオン・レディスクと妹のユナ・ワートンくらいのものだ。


 偽者が本物より力を持つか。


「魔法陣を攻撃して破れぬか試すように。無理であるのなら致し方あるまい。軍の方はどうだ」

 報告待ちをしている騎士たちに目を向ける。

「はっ! 御命令通り、カインズ国に向けて第2騎士団以下の騎士団が全て出ております」

「ふむ」

 報告した者が下がると、次の報告者がまた報告をする。

「無事な地域のご報告を致します。グルバーグ兄弟が関わっている“シリル”と“ルベリオ”という菓子店は2店舗とも無事でありますので、ここに守護ーーーー」

「あやつらはグルバーグ家の者ではない!」


 アジェリードの遮る声に、目の前の報告を行っていた騎士が目を閉じ、再び明けると、王子を一瞥してから私を見た。


「失礼致しました。フェルレイ侯爵家のソルレイ様とラウルツ様が経営されている店、ルベリオには強力な守護魔法陣が幾重にも施されているのを確認致しました。また、英雄カルムスの弟君であるアイオス様の領も無事なことを考えると同じように、仕掛けがあるのではないかと思います。対策本部をこちらに移すべきではないかと愚考致します。時間の問題かもしれませんが、こちらの領にはまだ入れると聞いております」


 宰相達が、無事だと判明している領を洗い出しているため、王の間に置かれた軍事テーブルにある地図にすぐに書きこまれていく。

 ここが対策本部であり、避難をさせるテーブルと軍事戦略のテーブルとに分かれてそれぞれの長が動いていた。


 国中の者を避難させるわけにはいかない。

 近隣の領の住民にせねば混乱をきたす。


 それでなくても王都の民を辺境に先に入れたことで、辺境領の近隣の領民からは不満が出ていると報告が上がっていた。

 騎士達が入るのを止めた結果、待っていて入れなくなったからだ。


「あ奴らの菓子店を押さえればよいだろう。そこを現地の対策本部とせよ」

「……はっ」


 騎士がアジェリードの言に眉間に皺を寄せたまま出て行った。次男のレルナルドが、物言いたげに兄を見ていた。


 その後の報告は、グレイシー領のルベリオで働く従業員を無理やり出そうとしたところ、菓子店にいた騎士達が強制的に店外に排出されたとの報告を受けた。


 自発的に出て来るように言うと、素直に従い、従業員達からは、『カインズ国との戦争になったら従業員の寮から通うように言われている』との言を得たらしい。が……一体何をしておるのだ。

 遅々として進まぬ避難に疲労がたまる。

 辺境の領主達が王都の避難民を受け入れると言っても、実際には一定の人数に達すると入領できなくなる。

 カインズ国からの砲撃は止まないため、緊急措置として守護魔法陣壁のある城下町に逃げても良いとすると、辺境領から子供を連れた家族が城下町に押し寄せた。


 子供しか入れなかった親も呼び寄せて戻って来たことになる。王都の民が出たのを見た他領の平民が代わりに入領するなどして、一定の人数に達した。

 城下町に入った民達に辺境領に戻れということもできずに困った事態となった。


 人が溢れすぎ、軍が出陣する際の邪魔になったのだ。

 路上に溢れ返った民たちに、他へ行くように指示をしようとして、辺境領の人数を制限した意味を理解した。

 避難民は家族ごとに分散させねばなるまいか。手を取られるが軍を出すより他ない。


「父上。兄上、これ以上、城下町に人を入れることはできません。辺境も匿える人数に達したのだと思います。城の一部を開放してそこに匿うのはいかがでしょうか」

「であるな。致し方あるまい」

「ここまで酷くなるとは予想外だったな」


 その後、辺境領に飛んできた魔法弾は空中で跳ね返され、カインズ国の方に飛んでいったと聞き、眉間の皺を揉む。


 偽者共も元領民だけは、守る気でいるようだ。

 そのことに安堵している己の心に問いかける。


 引き摺り出す。

 あるいは、無理やりにでも守らせる手を打つか否か。

 恩賞をグルバーグ領の一部とすれば、戻るのではないか。それとも辺境領の領民を生きた盾とするか。民はまずいか。ならば貴族か。

 冷徹な判断も王には必要だ。アジェリードではなく、私が下すべき決断だ。


「ソルレイ、ラウルツと交流のある貴族家の当主を呼んで参れ。人質にして、あやつらを働かせる」

「ち、父上!? なりませぬ!」


 レルナルドは声を上げるが、現状を鑑みるに力のある者に守らせる案が必要になってくる。

 貴族も緊急の戦う人員となる。これは律で決まっているから問題ない。少々の拡大解釈は必要だが、大した労力とはならぬ。


「それは良い考えです。さすが父上だ」


 宰相に振ると眉根を寄せる。

 そして私の前に膝をつく。


「王よ。既に他国の侯爵家ですぞ。グルバーグ家ではないとどれだけ断じても、もはやフェルレイ侯爵家なのです。この時点で我が国の貴族ではありません。賛成致しかねます」

 他の大臣達も跪いて案を否定する。

「アジェリード王子は良き考えだとおっしゃいましたが、人質にされた貴族家とは深く揉めまする。怨恨覚悟でございましょうか」

「さようでございます。そもそもお越しにならないでしょう。向こうにはアインテールを守る利がありませぬ」

「偽者と断罪しておいて、今更助けを求めるのは、しばし都合がよすぎるというもの。わたくしも反対でございます」

「一方では否定をし、一方では受け入れる。対処を誤るとそれこそ牙を剥けられますぞ」


 触らぬ神に祟りなし、と告げられもう一度考え直す。


「懐に入れるのは、危険であるか」

「出て行って10年でしたか。一度も戻ったという記録は軍にもございません」

「左様、未練なしとみます」

「他国で暮らしている者を呼ぶとなると滞在している国とも話をせねばなりません。外交手段を用いることになりますが、他国に我が国の現状を知られるのは、もろ刃の剣でございます」


 協力するかどうかも分からないのに、無茶だという。


「グルバーグ領の一部を割譲という餌をぶら下げるのはどうだ」

「王よ。ここを攻めればアインテール国そのものが手に入りまする」

「割譲は最低でもグルバーグ領を含む辺境領一帯と王都の一部。偽者と断罪した名誉の回復でなければ交渉にはなりませぬぞ」


 進言を聞いた王族たちは眉根を顰める。

 王都は王族6親族による統治であるが故、誰も渡したくないであろう。

 しかし、焼け野原になった土地でもある。余り価値はないだろう。目に入るところで動かれる嫌さもあるものの、監視は容易くなる。


「偽者の平民にやる土地などない。どうしてもというのなら辺境領の一部だ」

 叔父上の案に集まっていた親類達が頷く。

「お言葉ですが、皆さまは、偽者だと言いまするが、ソルレイ様とラウルツ様は血縁鑑定を受けたいと申したのでありましょう? 我らは散々、受けさせることを勧めましたのに何故、受けさせなかったのですか?」

「お二人からすればグルバーグ家の正当な後継者であるにもかかわらず“急に追い出された”との認識でありますので、恨みを買っております。大人しく、領主の引継ぎをして出て行っただけでも良しとすべきでは?」


 財務大臣、内務大臣の苦言を受け、やはり引きずり出すのは無理でございましょうの宰相の一言で一応の決着をみせ、仕事に戻らせた。


 長机を囲む大臣達に自分たちの利権が奪われることを危惧して現れる叔父上たち。

 やる気があるのかないのかよく分からぬ騎士達。

 そして、国を憂う私と次王のアジェリード。


 “鑑定を受ける”との言はただのはったりである。実際に鑑定をすれば偽者だと出るのだ。


 こちらとしても、高等科の卒業までは才ある子供ということに配慮をして、成人したらグルバーグ領より引き剥がし、王都に呼び違う仕事に従事させると宰相とは内々で相談をしていたのだ。


 アジェリードがレイナの本当の子供ではないと知り、“許せぬ”と動いて、あのようなことにはなったが……。


 どこの貴族かは分からずとも、ラインツが大事にしているようであったため、この国の役に立つのであれば、アインテール国の貴族として認めてやろうと思ったのだが、うまくいかなかった。


 レイナの子供と信じてやまないのか。

 アジェリードが、第1騎士軍団に捕らえようとさせようとした行為に過剰に反応を示して怒り狂った。


 あれは、温和なラインツらしからぬ態度であった。


 送られてきた手紙には、此度の王直轄の軍が動いたことは到底許せるものではないと記されていた。

 ラインツが亡くなる前に話をしたかったのだが、呼び出しにも応じなかった。


 ふと、学友時代の優しい笑顔を思い出す。


『ユグラルド、大丈夫だ。私がお前を助けてやる』


 いつも助けてくれた。いつも、いつも。

 もう、いつもはこないのだな。

 此度の戦争“お主がいたら”と思わずにはいられぬ。

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