平和な日常
暑い夏。
青い海に新鮮な海鮮を求め、観光客で海辺は賑わう。
そんな中、力仕事に精を出していた。馬車の荷台から台車へ酒の入った木箱を積み上げる。
グリュッセン国には、西のワジェリフ国を始め、近隣国のモンパー国やセインデル国の酒が入ってくる。
ルベリオの菓子で使う酒は、これらを買い付けてアインテール国まで一気に移送させていたのだ。
そんなある日、ゲートのあるグルバーグ領から大量に運んでいるところをクレバに見られてしまった。隣りの領だからって頻繁に来すぎだ。
白い目で積荷を見られている。
「これは、グリュッセンからですよね? 関税はどうしていますか?」
「言えるわけないだろう。仕入先に関しては黙秘する」
騎士の顔で聞かれたから上級貴族のよくする微笑みを作って躱した。
「分かりました。軍では、偶に店の立入調査に入ることがあります。やるのは月の日と時の日が多いですね。宝の日に交易をして持ち帰る者が多いのです」
だから翌日か翌々日にやるというのだ。
宝の日は割引があるからな。俺ももちろんそうしている。
「へえ、そうなのか。軍の仕事は色々あるんだな」
「主に違法な物の売買と脱税の確認です。10倍の罰金ですよ」
真顔で言われた。
これはもうバレているな。
大量の木箱が乗った台車を前に目が泳ぎそうになる。
「忙しいんだ。もういいか」
暑いなと言いながら額を拭った。人は疚しいとこういう行動をとってしまうのかもしれない。
言った端から後悔した。
「ソルレイ様がやらなくても店がやればいいのです。申告書を父に提出させればいいですよ。書き方も知っています」
「うん? そうなのか。ありがとう。正門を通ってないから、荷物検査を受けていない。だから駄目なのかと思った」
捕まるかもしれないと変な汗をかいたな。
「事後でも大丈夫です。あれだけの酒を使っているのですから申告をしていないと目をつけられます。遅くなったと遡って提出して下さい。それで済みます」
今月中にするように念を押された。
「分かった。ごめん」
「宜しいのですよ。第2騎士団ではなく第6騎士団の仕事です。書類仕事ですから辻褄さえ合っていれば腹を探ったりもしません」
礼代わりに、ベリオールとルベリオで使える無料チケットを渡したら嬉しそうに仕舞っていた。
「今度の休みに使います」
「今日使った方がいいんじゃないか? カインズ国が動きそうだって聞いたぞ。さっさと辞めてルベリオで働けばいいんだ。ケーキは週一で持ち帰れるようにしてやる」
ミルバさんと一緒に働かないかと聞いてやる。父親として息子たちのことを心配しているように見えた。
いい大人だから自分の道は自分で決めるべきだが、選択肢の一つを提示するくらいなら許されるだろう。
「父と同じ騎士になるのが夢でした。お言葉だけ有り難く頂戴いたします」
思った通りの答えだった。
「お父さんはパティシエになって楽しそうにしているのに」
笑うとクレバはちょっと嫌な顔をした。
「家でも菓子の話をしています。フィルバが進路を決める段になって、パティシエもいいかもしれないと言っていて、困惑しています。5男なので好きでいいですが……。父上が応援しているのを見ると複雑な気持ちになります」
「応援してあげるべきだ。ベリオールでもルベリオでも働きたい方で働けばいいよ。合格にしておくよ」
真面目に働いてくれる人材なら大歓迎だ。
お菓子が好きなのはよく分かっている。
「そんな簡単に合否を決めないで下さい。フィルバには言わないで下さいね。進路は自分で決めさせます」
しっかりした兄ぶりに笑ってしまった。
「分かったよ」
申告書を頼みに行くと言うと、では、一緒に行きましょうと言う。
結局、クレバがミルバさんに話をしてくれて、俺はお願いしますと頼むだけだった。
報酬は好きな酒を1瓶渡すというもので、ミルバさんの好きなブランデーを渡すことになったが、安いものだ。
お礼を言って別れ、ラウルとエルクが遊びに行った水獣センターへと乱入した。
二人も笑顔で歓迎してくれた。なんでもセンター長に、秋前に苛々期に入った個体を頼まれたらしい。
学生時代にやった苛々期を鎮める手伝いをするのだった。終われば行った懐かしいウサギ肉の野菜炒めの店に行き、エルクが濃いなという言葉に笑う。
「芋やパンが進むようにだよ」
「そうか」
「スープもちょっと濃い目だよ」
「汗をかくから夏はいつもより濃いはずだ」
「理にかなっている」
「「アハハハ、そうでしょ」」
嫌がらずに一緒に平民の店に入るのも、もう何度目だろうか。大きなことはできなくてもこの日常を大切にしたい。
この半年後、カインズ国から魔道具を用いた魔法弾を浴びせられ、王都は集中砲火にあったそうだ。
いろんな人から続々と手紙が届いていた。最初に連絡をくれたのは、やっぱりフォルマからだった。
辺境領は無事です。
知りたいことを真っ先に書いてくれたのだ。
辺境領が無事である以上、俺達はグリュッセンで静観だ。
全員、戻る気はなかった。




