久々の再会
この一週間後に全ての人材の雇用契約を終え、1ヵ月の研修期間となった。
クレバのお父さんミルバさんは、手先も器用であったため何の問題もなく、菓子作りをこなしていた。
力がある男の菓子作りは、とてもスピーディーで、ルベリオは女性のような繊細なクリームの絞りなどをしない。
シンプルな飾りのためとても相性が良かったようだ。
従業員も家族もベリオールとは全く違う菓子や店内の雰囲気に落ち着くと言っていた。店内にこれほど緑があるのも珍しいか。
今日は、料理人や販売員やカフェで運ぶ従業員達もここで働く者は、昼も夜も関係なく全員参加の試食会だ。
完成した全ての菓子を一つずつ試食していけば、美味しいと声を上げるため、内心喜んでいた。
どういうものを出しているのかを昼も夜もお互いに知って欲しいのだ。
そのため夜のフード類も供される。
「皆、聞いてー。カフェで働く従業員や販売員も昼間販売している菓子をお客様に聞かれて答えられないのはよくない」
声を上げれば注目が集まる。
「酒が苦手な人も、プレゼントする相手が酒好きなら買いに来る。酒が好きなお客様ばかりではないことを念頭に入れて、相談をされたらお薦めできるように、商品のことは知っておいて欲しいんだ」
ターゲット層は貴族男性だが、女性も買いに来るだろう。
「夜のダイニングバーの従業員達や料理人にも食べてもらったのは、菓子がどの程度の甘さなのか夜のお客様に聞かれた時に答えられるようにして欲しいということもある。味を知っていて欲しいんだ」
一番酒の量が入っているのは、このお菓子で、一番量が少ないのはこのケーキだと伝えた。
陳列は、左端と右端だ。覚えやすいと思う。
ケーキに使っている酒は、種類も違う。ワイン、ブランデーもあるが、芋やトウモロコシから作っている酒もある。
ここまで答えられるようになってくれれば助かるな。
菓子の試食は、俺ももちろんするのだが、フォークで生地の弾力を見たり、層を捲ってクリームの量を確認したり、温度を測る細かさに引かれていた。
だって温度で舌触りが変わるんだ。
誤魔化すように声を張り上げた。
「今日のお菓子は合格だ。おいしいよ」
後は練習あるのみだと作らせた。
料理人達は、グルバーグ家やグレイシー家で働いていただけあって一流だ。
レシピを見せると頷いて、勝手にクオリティーをあげていく。洗練された盛り付けをして目の前に置かれたのは、5種盛りだ。
「どうですか?」
そう聞くから、もっとがつがつ食べたいとラウルと要望を出した。だというのに、
「酒とだったらこれくらいですよ」
と、一蹴された。
「そうかな?」
「多いほうがよくない?」
「ハハハ」
腹にたまるというのだ。
それなら俺達が来た時は、大盛りって注文するから大盛りにしてと要求すると笑って頷いた。
「ポテトのサラダは、グルバーグ領にある山だから大きな山にして。山盛りでお願い」
「小さい卵型の器に入れるお洒落さはいらないよ」
言いたいことを言うと頷いていた。
綺麗な白い三角の山にナイフパテで筋をつけたお洒落なモンブラン的な物が出来上がり、思っていたものと違うけれど、綺麗だからこれでいいよと折れた。
山盛りは違うベクトルで伝わってしまったか。
俺とラウルは初期費用を短期間で回収できるように頑張ろうと話し、外の意見も聞くため、仲の良かった先生達に招待状を送った。
“男性限定です、全てお酒のドルチェのため苦手な人は来ないで下さい。女性の同伴はお断り致します”
こう書いておき、ポリコス先生にも男性の意見を重視するため、今回は、クライン先生にもご遠慮いただきたいと書き加えた。
お土産は用意しておくので大丈夫だろう。
プレオープン当日。
俺とラウルとエルク、カルムスとダニエルは 2階の専用部屋にいて呑んでいた。
少し早い夕飯も兼ねていたのだが、席が近いと話も盛り上がり、楽しんでいた。
そこへ突如、女性の怒鳴り声が聞こえた。
眉を顰めるカルムスを前に、誰だろうとテラス席から身を乗り出せば、茶色の髪が伸び、おかっぱではないクライン先生がいた。他の先生もいる。一緒に来たのかな。
「嫌よ! 入れてちょうだい!」
「クライン、私も帰るので帰ろう」
「食べたいのよ! 狡いじゃない! 男だけだなんて! 私はお酒も楽しむのよ!」
クライン先生とポリコス先生の会話を 耳にして、カルムスがハイブベル家の女教師かと一転して笑い、ダニエルも口元を押さえていた。
エルクは、我関せずと静かに酒の進む料理を食べていた。
俺とラウルは、クライン先生の怒り具合を確かめたい気はあるものの、怖くて出るに出られなかった。
テラスから顔を出して見た玄関前の状況に、どうしようかと頭を悩ませる。
そんな状況下で、他の先生達がにやにやと笑いながら、勝ち誇っている声を聞いた。
「クライン先生、今日はお帰りになって下さい」
ノックス先生は、『帰って下さい』なんてよく言えたな。ラウルが出し忘れていたから俺が招待状を出したのに。
「そうです。我々も女性の同伴を諦めたのですよ」
「ミセスクライン。この店は男のための店なのですよ。今回はご遠慮願うとあったでしょう?」
珍しく、マットン先生やブーランジェシコ先生までもが駄目押しをした。
「絶対にソルレイ様は来ていると思いましたのよ! お菓子のことになると凄く細かいのに、プレオープンの日に来ないなんて考えられませんわ。直接頼んだらきっと『いいですよ』と、優しく言って下さる方ですのよ。ですから、頼もうと思いましたのに!」
とても悔しそうな声だ。
だが、先生の表情は、怒っているというよりは拗ねているようだ。
食べ物の恨みは恐ろしいから入れてしまおうかな。
一緒に来たポリコス先生がどうしたものか、と眉間を揉んで頭を悩ませていた。
今日は男性のみだと言った手前、覆すには何かが必要だ。
顔を引っ込めてラウルとごしょごしょと小声で相談をした。
思いついた案にラウルも賛成したので、もう一度顔を出して声をかけた。
「「クライン先生は、今日、一日男になれるの?」」
二人でそう声をかければ、クライン先生は顔をあげ、目が合うと笑顔になった。
「まあ! そんなところにいたのね? もちろんよ! 今日はクラインではなくクライセスになるわ!」
ポリコス先生があんぐりと口を開けていた。
「「アハハ。仕方ないなー。どうぞ、ルベリオへ」」
「ふふふふ♪」
機嫌よく従業員に『オーナーに許可は貰ったのだから良いわよね』と扉を開けさせていた。
他の先生達も見上げたから手を振ると苦言を呈された。
「「「ミセスクラインに甘すぎる」」」
久しぶりに会っての最初の言葉がそれだった。
「アハハ。だって入りたいって可愛かったよ?」
「ポリコス先生が持って帰れるように、お土産は用意しておいたのですが……」
先生方も中へどうぞ、と声をかけ、それ以上怒られない内に顔を引込めた。
ラウルと1階へ下りれば、視線は一気に向くが、そのどれもが柔らかなものだった。
「「皆様方、本日はルベリオへ足をお運び頂きありがとうございます」」
二人で貴族の挨拶をした。
「ベリオールのお兄さん店のルベリオは、全ての菓子に酒が入っております。昼間はお菓子の販売とカフェを。夜はダイニングバーで、前菜と食事は日替わりで提供致します」
「味の感想を募集するよ。改良して10日後にオープンするから宜しくね」
「「どうぞごゆっくりお楽しみを」」
フォルマやアレクといった親しい友人や、クレバの家族もそうだし、魔道具を極める会も男性陣は来ている。
なんというか男だらけだ。
ラウルもクラスメイトに男限定だと招待状を出していたが、かなりの数が来ていた。
「花がクライン先生だけだね」
「男ばかりだと、こんな感じになってしまうんだな。失敗したかな」
「そんなことはありませんよ。とても良い店です」
「私も落ち着きます」
シャンパンを片手にラウルと話しているとアレクとフォルマに話しかけられた。
「「お久しぶりです。ソルレイ様、ラウルツ様」」
「うん、久しぶりだね」
久しぶりに見たラウルが男前になっているとアレクが褒めたら本人は笑い飛ばした。
「久しぶりだね。でも、僕にとっては仲の良いお兄ちゃん達だよ。アレアレ」
「その呼び名はまだ続いていたのですか!?」
「「「アハハハ」」」
場が笑いに満ちた。
シャンパンを飲み干し、抱き合って友好を確かめた。
「お元気そうでよかったです」
「本当に」
「それはお互い様だ」
「戦争になってるもんね」
「「はあ。そうですよね」」
グリュッセンよりここの方が危ないのではないのか。
言外に籠めたラウルの言葉に頷いていた。
「久々の明るい話題です」
「お酒が飲めるみたいでよかったよ。あのテリーヌが俺の一番の自信作なんだ」
食べて帰って欲しい。
「うーん。ノックス先生があればかり取っているね。なくなるかも」
ラウルの言葉を聞いて慌てて取りに行く。
ここで別行動を取り、それぞれの友人や先生達に来てくれた礼を言って回る。
どの人も顔を見て安心できたと喜んでくれたので、ハグをしておいた。先生方は変わらず先生のままだった。
一通り挨拶をしてから、奥の目立たない席に家族と座っているクレバの所に行き声をかけた。
「奥にいるからどうしたのかと思ったけれど、楽しんでいるみたいでよかったよ」
テーブルの上には、沢山の菓子が取り皿に乗っていて安心した。そのことに全員が少し恥ずかしそうにしている。
「ソルレイ様、お初にお目にかかります。グエンダ・ハインツと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
初めまして、と最初に挨拶をされたのはグエンダというクレバの5つ下の弟だった。20歳か。
「一際綺麗な髪色だ」
緑なのだが、金が混じっているような綺麗な髪色なのでそう言ったが目を泳がせるのでしまったな、と思う。嫌だったのだろう。
「気に触ったか。ごめん」
「照れているのです。気になさらないで下さい」
それからクレバの兄です、父と弟がお世話になっております、とウェイレバとエイレバに丁寧な挨拶をされた。
渡した魔道具の礼を合わせて言われた。
「初めまして、ソルレイ・フェルレイです。ご丁寧にありがとうございます。ミルバさんが、作ったものはこちらです。こっちは、下拵えをお願いしました。手先が器用で、とても助かっています。このキャラメリゼした飾りもそうですね。もう立派なパティシエです」
指を差して、これとこれだと説明をすると、クレバに溜息を吐かれる。
「ソルレイ様。できれば、食べてから言って欲しかったです」
席に座っている家族が一様に目線をブランデーのケーキに戻している。
乗っているほろ苦い飴細工の飾りをまじまじと見ていた。
それを見て笑う。
「アハハ。上手だろう。そうだ。忘れない内に。これ、お母さんの妹さん。ミーシャさんに」
一人だけ持っていないのもどうなんだと思ったから作っておいたものだ。
家族揃いの魔道具を渡すと、頭を下げて恭しく両手で受け取る。そんなことしないで欲しい。
「わざわざ、ありがとうございます。渡しておきます」
戦場に出ないから大丈夫かと言わなかっただけで、仲はいいそうだ。
そのことに安心して頷く。
視線に気づいてそちらを見ると、じっと見られていた。
「ん? フィルバか? なんだか大きくなってないか?」
「プッククク」
クレバが、笑い出しそうになり口を抑えたが肩が震えている。もう普通に笑ったほうがいいと思うほどだ。
「ソルレイ様。お会いしたのは14歳の時ですが、もう17歳です。身長も伸びました」
3年でこんなに伸びるのか。そういえばラウルもそうだったなと思い出す。
「あれ? お酒はいいのかな?」
いくつからだったっけ?
貴族は、16歳で大人扱いだ。だったらいいのかと呟くと、自分で言えとばかりに目で促されていた。
ん? なんだ?
言い辛そうにしていたが、何かのスイッチが入ったのかいい顔をして言い切った。
「来月で17歳ですが、これは誕生日の関係でそうなるだけです」
取り上げられないように大きな体を丸めて腕で皿を囲い込むので笑う。酒は17歳からだったようだ。
沢山のケーキが乗っている皿は、フィルバ一人で取ってきたものらしい。
「アハハ、そうか。うん。好きに食べるといいよ。俺のお薦めはこれかな」
楽しんでいって、と告げ、頭をポンポンと撫でて席を離れた。兄たちが4人もいるのだから、酔っても大丈夫だろう。
魔道具作りの懐かしい仲間の輪にも声をかけて入っていき、楽しい時間を過ごした。
どこもかしこも話に花が咲き、感想を求めても美味しいとしか言わない。
だったら言ってくれる人を探そう。
ブーランジェシコ先生を見つけて突撃だ。
「先生、ご助言をお願いします」
「よろしいですよ」
にっこり笑う先生からある程度の改善点をもらうことができた。
持ち帰りの箱はもう少し上等な物になさいと言われた。
ちゃんとエルクの言う通りにしておけば良かった。
節約できるならここだと思ったのだが、間違っていたらしい。
思い切って変えることにした。
深いグリーンの箱に白字でルベリオと鉛筆書き風の柔らかいタッチに赤紐で止めることにした。
この世界では珍しい紙袋もつけ、風呂敷きと選べる仕様に変更だなと書き留めておく。
夜も菓子類の販売をして欲しいと何人かに言われた。
早朝に他家へ行かないといけないのに、店がどこも閉まっているため使用人に作らせることもあるそうだ。
先生達は人脈が広そうだものな。
酒の入っていない焼き菓子もあると助かると言われ、こちらは家族で要検討だ。
酒が混じると駄目だからできれば店舗は分けるか、菓子だけをベリオールで作るか。他の店をオープンさせるかだ。これは余力がないか。
来てくれた招待客の全てに土産を渡して見送る。
帰り際、クライン先生に抱きつかれた。
ポリコス先生を見ると、妬いている様子もなく、微笑ましく思っていることが分かったから抱きしめ返し、来てくれた礼を言った。
「お忙しい中ありがとうございます」
「元気そうで安心したわ」
絞り出すような声色と安堵の息。か細い腕なのに背に回った強い力加減に、すんなりと先生と生徒の関係に戻る。
「元気ですよ。あの時言った通り、幸せに暮らしております。クライン先生もご無事でなによりです」
随分と危ない情勢になってしまった。
「本当ね!」
「僕も混ざっていい?」
「ええ、いいわ!」
ラウルもクライン先生を背後から抱きしめると、ポリコス先生が眉を動かした。
違いはなんだ?
とりあえず、ポリコス先生も軽く抱きしめておいた。顔を見られてよかったと言えば、目尻にシワが寄った。
ラウルも同じようにすると、頷いて仲良く馬車に乗り込んでいった。
従業員達に、今日のように貴族達が直接来るから頼むねと声をかけた。
「お菓子自体は美味しいと喜んでもらえたね」
「うん、これでやっていこう」
客は間違いなく貴族になる。
なにせ小金貨3枚だからな。
お菓子一つが平民の2ヵ月分の給与だ。
食洗機の魔道具は入れると洗浄後隣の魔道具に運ばれ乾燥され皿の重さを感知してその隣の食器棚に自動で直されていく。
食器を使うのは常に右からだが、カフェで使うグラスやコップも自動で洗ってくれるので便利な物だ。
魔力を補充すると、魔道具の石を休ませることができるので皆が帰った後に籠めておいた。
この10日後、ルベリオは無事にオープンをした。
持ち帰り用の焼き菓子のラインナップに小さい5こ入りのケーキを細長い箱に入れた物も加え、木箱も高級感が出るよう緑色の塗りの物も用意した。
前世の漆塗りの緑色バージョンは、とても滑らかで綺麗なものだ。
手土産用の贈答箱に作った。
家用は、紙の箱だ。
小金貨5枚のため5こ入りの方が人気は出そうだ。
試食用に買って気に入った物を今度から買うのでもいい、とエルクに言われてそうした。
俺とラウルの心配をよそに、高級な店内の設えや個室ごとに違う質の良いソファーや調度品が人気を呼び、昼は大店の商人達が商談に使うのにカフェを利用したり、貴族が湖畔で本を読む優雅な一時に利用されたりした。
夜は、ムーディーな雰囲気を楽しむ大人の男が楽しむバーとなり、当初の目論見通り静かに酒を楽しめる店になった。
これでグレイシー領に金のなる木は完成し、また静かな暮らしに戻れる。やりきった充実感を得て、グリュッセンに帰ることにした。




