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貴族の雇用 後編

 ミルバさんの真剣な目に曖昧に微笑む。話を聞いてみないとなんとも言えない。


「理由をお伺いしてもよろしいですか」

「簡単なことです。私には短すぎるのです」


 6時間勤務の1時間休憩は労働時間が少なすぎるそうだ。週6日の内、2日が休みだと聞き、これでは身体が鈍ると思ったらしい。


「さすがに疲れませんか?」

「「ソルレイ様、それはないです」」

 ミルバとクレバに揃って言われる。

「そ、そうですか?」

 ラウルもクスクスと笑っていた。

「身体を動かしたくなるんじゃない? いいなら働いてもらおうよ」

「パティシエは、朝も早く、開店時間の10時に間に合わせられるように7時からの勤務です。作り終わるのは12時です。賄を食べてから帰るという感じですね。希望は、16時までカフェで働いて帰るということでしょうか?」

「いえ、夜に酒を作りたいです」

「え? 夜ですか?」

「帰って寝るだけです。問題ありません」


 淡々と言葉を発するミルバさんに戸惑う。そう言われても軍とは違う。いつでも戦えますという姿勢は必要ない。


「さすがに12時間も働かせるわけにはいきません。実働が 10時間と言っても疲れは溜まります」

「そうだね。10時間にしておこうよ。8時間勤務だね」

「うん。夕方の18時から夜の22時までお願いします」

「それでは私のいる意味がありません。警護を兼ねているのなら最後に帰ります」


 責任感の強い人のようだ。悪い意味で言うと、融通が利かないとか頑固になるのだろうが、店をやる上では有り難い存在になりそうだ。


「では、20時から0時まで宜しくお願いします。ラストオーダーは23時半です」

「承知致しました」


 こうして、雇用契約を結んだ。

 クレバが心配そうな顔をして父親を見ていた。声をかけると、菓子作りなどやったこともないのですよと言うが、それは些細なことだ。


「パティシエって言っても、今までやってきた菓子作りとは、作り方が違うから他店で働いていた人たちも慌てるんだよ。未経験者歓迎だから大丈夫だ。ベリオールも、二人は未経験だよ。今ではパティシエでやってる。真面目な人なら問題ないし、嫌になったら職種を変わればいい」

 向き不向きはあるからそれでいい。

「みんな平民だから魔道具の使い方を教えるところから始まるよ。ボタンを押せばいいだけなのに、押し間違うとか押し忘れるとかしょっちゅうだったよ」


 ラウルがベリオールの失敗談を幾つか聞かせた。

 魔道具を壊すこともあったが、使いやすいようにボタンには指のマークをつけたり、指示番号を書いたりして改良をした。今は慣れてくれて平和だ。


「買いに行こうと思っていたのですが、父上が作ったものかと思うと食べ辛いです」

「「アハハ」」


 なにそれ!?と俺とラウルが笑い、むしろどれを作ったのか聞いて買うべきだろう?と言うと、ため息を吐いていた。


「従業員教育が終わったらプレオープンだからおいでよ」

「ふふ。そうだよ。皆で来るといいよ」

 紅茶を飲み干して立ちあがると、ミルバさんが声をかけた。

「ソルレイ様、ラウルツ様。ラインツ様に謝罪をしたいのですが、墓前に行くことを許していただけませんか」


 俺とラウルは動きを止めた。

 ああ、もしかして玄関で泣いていたのは、俺たちの向こうにいるお爺様を偲んでいたのだろうか。


「……お爺様が亡くなったのは、ラルド国がドラゴンの群れに襲われた時に命を縮めたからです。ラルド国で私とラウルが看病をしていました。死の淵から蘇っても、無事に国に戻っても、感謝を告げたのは、領民と近隣の領主だけで、お見舞いに来た貴族は7人だけ。その内、辺境の領主が6人。その時にすでに余命は2年だと言われていたのです」


 余命宣告の話はカルムスに聞くまで知らなかったが、もっと一緒に過ごしたかった。


「お爺ちゃんの口癖は、“生きているうちに何でも聞きなさい”だったよ。僕たちのことを心配していたね。そして、僕たちも“そんなこと言わないで”と、よく枕を持って部屋を訪ねていたよ。生きていてくれた方が嬉しいって何度も言ったね」


 沈痛な面持ちを浮かべ黙って耳を傾けていた。


「いなくなって困ると、そればかりの貴族達だからお爺様は家族葬を望みました。ただ、領民が押しかけるのは目に見えていました。家の門を開放して好きに花を手向けられるようにしていたのです」


 辺境の領主達はすぐに飛んで来て、ラインツ様と涙していた。花を摘んで並ぶ長蛇の人々に、お爺様の領民への想いは、一方的ではなかったのだと感じた。


「遅きに失したことお詫び申し上げます」


 首を振ってゆっくりと息を吐く。

 あの時のことを思い出していただけだ。


「……謝罪は必要ありません。お爺様は大魔道士。本当に家族葬でいいのか迷ったので、エリドルド様に聞きに行って、弟と決めました。お爺様の意思を尊重して貴族は入れない方がいいと。どこからともなく関係者だと言ってくる人がいると助言をもらいました」


 結局。数年後、王族の後ろ盾と共にやって来てしまったが……。


「公表は墓を作ってからでしたからね。ただ、近かしい交流のあった貴族達以外で墓前に行きたいと言った貴族は、あなたが初めてだったので驚きました。だからちゃんと話そうと思ったのです。申し出はとても嬉しいです」

 いいよなと、確認をすると、とラウルも大きく頷く。

「お爺ちゃんの眠る場所に行くのに許しはいらないよ。好きに行けばいいよ。お爺ちゃんは優しいからそれだけで喜ぶからね」

「場所は、グルバーグ領の屋敷から山に向かって歩けばいいのだけれど、ややこしいか……クレバ。話をした別館を覚えているか?」

「はい、覚えております」

「あの別館にいるのは、古参の使用人でお爺様が雇った者達だ。後の古参の者達はグリュッセンの俺達の屋敷にいる。今のグルバーグ領の屋敷にいるのは、新たにアーチェリーが好みの女性を入れた使用人達ばかりなんだ。別館に行って使用人に案内を頼むといい。俺とラウルがお爺様の眠る山に案内を頼むと言ったと言えばいいよ」


 執事長は古参の者だけれど、カインズ国と戦争が本格的に始まったらグリュッセンに移動予定だ。


「分かりました。私も墓前に花を手向けたく思いますので、父と共に向かいます」

「ふふ。いつも僕達だけだからね。喜ぶよ」

「ふふ、そうそう。お爺様は情が深く、優しい人だ。魔道士として偉大である前に、人として立派な人だった。謝罪よりもお礼の方が喜ぶ」

 ミルバの方を見て笑顔で言う。

「領には勝手に入ってかまいませんよ」


 なにせ、俺達も毎回勝手に入っているからな。

 小さく呟くと、クレバが物言いたげに見るので、笑って席を立った。


「そういえば、お母さんの分の魔道具は言わなかったな?」

「母は亡くなっております」

「え? あ、ごめん。……これは失礼を」

 ポリポリと頭を掻く。

「いえいえ。謝る必要はありません。さっきの女性は母上の妹君なのです」


 一番下のフィルバを生んで産後の肥立ちが良くなくて亡くなってしまったそうだ。女性はミーシャさんと言うらしい。


「そうだったのか」

「綺麗な人だったね」

 ラウルと目で相談をして頷く。

「「じゃあ、お互い身内に黙とうをささげるということで」」


 驚く二人に、案内をして貰い俺とラウルはお母さんの墓前に安らかにと祈りを捧げた。

 花も何も手向けていないので、浄化魔法で綺麗にしておいた。


「守護魔法陣でも書いておこうか」

「そうだね。クレクレ。ここに書いてもいいのかな?」

「……ラウルツ様。クレバとお呼び下さい」

「クレクレは嫌なの?」

「他国の侯爵家のミュリスはミューで、ラピスはラッピーだぞ。クレバでクレクレならまだ可愛いほうだろう」

 嫌がるなと笑えば、増々顔を顰めた。

「強制なら諦めますが……」

「クレリンは?」

「……」

「じゃあクレッパーは?」

「嫌です」

「もうクレバでいいと思うのですが? 特に呼びにくいというわけでもないかと」

「アハハ、そうだね」

「おお。珍しく引いたな」


 ラウルが笑っていた。

 念のために守護魔法陣を書いておくので、どこがいいかを問う。

 家が良いならそちらにしようと言うと、ミルバがそこでお願いします、と言うので墓石の裏に守護魔法陣を描いていく。二人で書いて行き魔力を籠めて、二人にも魔力を籠めさせた。


「「周囲5キロはこれで安全だよ」」

「「ありがとうございます」」


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