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貴族の雇用 前編

 これで本格的に選考をすすめることができる。

 商業ギルドと斡旋ギルドの最終選考に残った書類がアイオスさんの元に届いたらしく急ぎの連絡がきた。

 なんでも貴族からの応募が来ていると手紙にあった。


 誰だろうと思うと、ミルバ・ハインツとあり、呆気にとられながらクレバに手紙を出した。


 この応募は間違いないのかを問うものだ。


 第3騎士団の団長だと聞いた気がするが?という手紙の返事は、『確認したところ、間違いないようですが、父は54歳です。52歳で軍を退役しましたが、ルベリオがソルレイ様の新規オープンするお店だと知らずに応募したようです。不採用で大丈夫です』とのことだった。


 一応ラウルとエルクにも伝えておこう。ミーナにお茶を頼めば、天気が良いのでテラスに致しましょうと微笑まれた。

 よければ一緒にと誘った、カルムスもダニエルも腰が軽く、皆でお茶会となり、そよ風が優しく流れている2階のテラスに集まった。


「貴族家が飲食店で働くなど聞いたことがないぞ」


 カルムスが信じ難いと言うのだが、ロクスやミーナにベリオールで会計をしてもらった前科があるため、俺は黙るしかない。


「貧乏男爵家のお父さんだよね?」

「うん」

「その覚え方はどうなんだ?」

「私も貧乏子爵家でしたからね。働かないといけないのはよく分かります。次の雇用先を探すのに苦労しているのではないでしょうか」

 ダニエルは兄妹が多くて苦労したと言っていたな。

「「54歳だもんね」」

「……なるほどな、年か」

「待て。元々、長男は第2騎士団の団長で、第1騎士団の欠員に伴って上がり、今の第2騎士団長はソウルの友人なのだろう? もう一人の兄も第3騎士団の副団長から団長に上がったのであれば、生活に困っていないのではないか?」

「「「「うーん」」」」


 エルクの言うことは尤もなので、全員で首を傾げる。団長だとは知らなかったが、アレクの手紙で最近知った。


 とりあえず、今度は父親のミルバ宛てに希望職種を問う手紙を書くことにした。


 パティシエか、料理人か、従業員か。

 店はカフェとケーキの持ち帰り販売が10時から開き16時で終わり、ダイニングバーは18時から0時までと遅いことも書いておく。

 研修期間は1ヵ月あるので、やる気があるのならどの職種を選んでも大丈夫だ。


 その後試食会を経て、プレーオープンを行う。改善点を洗い出し、10日後にオープンする予定だと知らせておく。


 菓子は、全てお酒を使った菓子であることも書き、店は完成しているので見に来たければどうぞ、と場所を記した。

 ハインツ領はグレイシー領の隣にある小さな領だと聞いたので、家のポストに入れておこうかと翌日、ゲートを潜り、アインテール国に向かった。


「ソウル、あれかな?」

「ん? ああ、平民の家より大きいからあれだよ」


 アイオスさんに借りた馬車で向かった俺達は、元々平民であるので、いくら貧乏だと言われても領主の家くらいは見分けがつく。

 古びているけれどちゃんと手入れのされた屋敷だ。

 庭も綺麗に整えてあるから、屋敷を大切に思っていることが窺えた。


「落ち着く屋敷だね」

「俺とラウルにはこれくらいの屋敷の方があうね」

「「ふふ。エルクは駄目だろうけどね」」


 顔を見合わせて笑い、馬車から下りてポストを探すがない。


「ロクス、悪いのだけれど、これを家の人に渡してきてくれないか」

「僕達だと驚かせてしまうからね。密入国もばれちゃうよ」

「お安い御用でございます」


 頭を下げ、門扉を叩いて誰も出てこないのを確認してから、屋敷の中へ入って行った。


「騎士家だと強いから警護とかいらないんだ」

「本当だね」


 二人でやっぱり貴族といっても家によってだいぶ違うなと驚きながら話していた。


 屋敷の扉が開き、ロクスが誰かと話している横をすり抜け、クレバが走ってこちらに来る。

 窓から小さく手を振ると気づいて笑顔になった。

 馬車の扉を自分で開ける。


「ソルレイ様。お元気でしたか?2年ぶりでーーーー」

 挨拶をしようとしたクレバが俺の向かいにいるラウルを見て止まった。

「ラウル。紹介しておくよ。高等科の時の同級生だったクレバだよ」

「うん。クレイジークレバだよね」

「あーうん。ちゃんと話したらクレイジーではなかったけどな」


 俺とラウルのやり取りを聞いたクレバが貴族の挨拶をする。


「初めましてラウルツ様。クレバ・ハインツでございます」

「初めまして。ラウルことラウルツ・フェルレイだよ。お父さんのミルバさんに手紙を持って来たよ。ルベリオの従業員希望なのかな。僕達は、真面目に働いてくれるのであれば歓迎するよ」

 にっこり微笑まれて驚いていた。

「本当でございますか?」

「うん。中で話していいの? 僕達はそっと国に入ったから内緒で手紙を運んで来たのにポストがなかったからね。執事のロクスに頼んでいたんだ」

 ラウルが玄関を指差すが、そちらではなく、こちらに呆れた目を向けられた。

「ソルレイ様、またですか」


 頭を押さえるクレバに頷く。


「貴族の場合は、上級騎士達が入国審査をするだろう。入国したってばれたら引き留められそうだろ」

 しかし、と、続けるクレバに言葉を被せた。

「高等科の時に伝令で来たマーズって覚えているか? ボンズに代わって、グルバーグ領にいて執務をしているらしいんだ。俺達から連絡はないのかって使用人達に聞いたみたいだ。面倒になりそうだろう?」


 そう言うと眉根を寄せながら頷いた。


「密入国の件は、内緒でお願いします。知らなかったことにします。家の中へどうぞ」

「ありがとう」

「うん、分かった」



 ローブを深く被って玄関前に行くと、ロクスと話している人が、お父さん本人だと判明した。


「父上、ソルレイ様とラウルツ様がお話をと御足労下さっています。ここではなんですので、応接間へ」

「!?」


 厳格そうなガタイの良い人に凝視される。

 眼光が鋭くて怖い。

 フードを取り、こちらから挨拶をすることにした。


「初めまして、ソルレイです。息子さんであるクレバ殿とは、高等科の時の学友です。この度は、“ベリオール”のお兄さん店になる“ルベリオ”へのご応募ありがとうございます。斡旋ギルドとは、手紙のやりとりのみでしたが、貴族からの申し込みがあったということで確認に参りましたところ、友人の父上だということで、お話をさせてもらえればと思っております」

「ラウルツ・フェルレイです。ルベリオは、僕と兄、フェルレイ侯爵家のエルクシスの三人がオーナーです。僕達が求める人材は、真面目に仕事に取り組める人だから年齢や経歴は関係ありません。やる気があるかをお聞かせください」


 ラウルが場を和ませるように明るく話す。ほっとしてミルバの顔を見ると、無言で涙を流していた。


「「!?」」

「父上! やめてください! さ、どうぞ」

 クレバが父親を突き飛ばすように、背中を押して連れて行く。

「あ、うん」

 返事をしたが入り辛いな。

「ソウル、お父さん泣いているよ?」

「そ、うだな。…………とりあえず入ろうか」


 俺達は困惑しながら家の中に入った。

 ロクスは、馬車を敷地に入れてから来るという。前を歩くクレバ達から距離をとり、ひそひそと話し合う。


『やっぱり生活に困っているんだよ』

『ラウルの話を聞いて泣いていたものな。やっぱり、50を過ぎると、働き先が見つからないんじゃないか』

『とってあげる?』

『うん。“よしみ”って大事だと思うんだ』

『僕もそう思うよ。平民は顔馴染みで助け合いが第一だけど、貴族だと無理そうだよ』


 小さい声で、ラウルと話をしながら応接間に行くまでに採用を決めた。


 玄関からほど近い応接間に入ると、奥様らしき人が、カップに紅茶を淹れて『ごゆっくりどうぞ』と微笑んでくれた。

 長いウェーブした髪を片方で留めた温和な優しそうな人だった。


「「ありがとうございます」」


 俺達が毒見を求めずに、カップに口をつけたことに驚いていたが、とてもいい香りがしていた。

 気を遣ってくれたのだと分かったのだ。

 この家で一番の高級茶葉なら飲まないと申し訳がない。


「「美味しいです」」


 微笑んでから向き直る。

「早速なのですが、ミルバ殿。まだお読みになられていない手紙にも書いたのですが、職種は大まかに3種類ありましてーー」


 そこから店の説明をしていき、コンセプトは男性専用とまではいかなくてもそれに近い状態で、男性に好まれるようなシンプルな居心地の良さを追求した店だと説明した。


 お酒は大丈夫か聞くと、

『軍人は大抵呑めます。私も好きな方でして』と言われた。

 ラウルが、

『お店のお酒は飲んだら駄目だよ? お客さんから貰う分はOK!』だと言うと、頷いていた。


 クレバが同席していたので、菓子には全てお酒が入ったものだと言うと、思い出したのか笑顔で頷いていた。


 手紙を開封してもらい、職種の説明を書いた2枚目の紙を指差しながら説明をした。

 雇用時間は同じ6時間でもカフェとダイニングバーなので、ケーキを売る専門の従業員でもパティシエでも料理提供をする料理人でもお酒を提供する人でも今なら選べると話をする。


「研修は1ヵ月ありますから心配しないで下さい。パティシエじゃないとか料理人じゃないとかは考えなくて大丈夫です。私も素人ですし、ベリオールも1ヵ月の研修で問題ありませんでした。ちなみに雇用するのは全員男性になります。男性に足を運んでもらえるようにそうしています」


 給料は、月給制でお運びなら週4勤務で小金貨2枚。

 週5勤務だと小金貨3枚だ。


 10時の開店に間に合わせるように朝早くから作るパティシエが一番高い小金貨7枚だ。

 18時から0時はここに夜勤手当てがつき小金貨1枚ずつ足される。

 交通費は全額支給で、休憩は1時間で賄いもついている。

 銀貨と銅貨で暮らす平民からするとかなりの高給なのだが、貴族には安すぎる賃金だ。


「ミルバ殿は、腕が立つので用心棒も受けて下さるのであれば、金貨1枚でお願いしたいのですが、いかかでしょうか」


 軍属がいくら貰うのか、ダニエルに聞いておけばよかった。騎士団長の給与など分からない。

 カルムスもエルクも金に頓着がないからな。


「是非。宜しくお願い致します」

 深々頭を下げるので頷く。

「ソルレイ様。父上で本当に宜しいのですか」

 向かいに父親とともに座ったクレバが参ったような顔をする。

「うん、やる気があるならいいよ」

「僕もいいよ。でも、幾らの報酬が適正なのか分からなくて困るね。僕達は平民への募集のつもりだったよ。お酒を出すから酔う人もいるだろうし、用心棒はありがたいけど、軍の給料なんか分からないもんね?」

「うん。平民からすると高給なのだけれど、騎士団長の給料っていくらなの? 金貨1枚ではないよな? 食べていけるのか?」


 ラウルも言ってくれたことだし、隠しても仕方がないと、正直に言うと目を丸くされる。


「ごめん。こういうのを聞くのは良くないと、分かっているよ。だけど、グルバーグ領って、食べ物がその辺にあるんだよ」


 山に行けば山鳥や鹿が普通にいるし、使用人達が獲って来ますねと言って、獲って来てくれることが当たり前だった。


「この領は、食べ物が少ないよな?」

 馬車から見る限り、農地も少なかった。

「歩いたらハーブ、山菜、ハチミツは、普通に採れるよ。兎も駆け回っているから、ここは自然もなくて、ちょっと心配になるね。全部、買っていると相当かかりそう。僕達は社交界に一切出なかったけど、パーティー服を誂えるのってお金がかかるでしょ? 暮らし向きは大丈夫なのかな」


 二人で、失礼なことを言って申し訳ないが、金貨1枚で大丈夫なのかを確認した。


 すると、クレバが声を上げて笑う。

 こんなに笑うのを見るのは初めてで驚いた。


「クック。ハハハ! 確かに。前にお邪魔したグルバーグ領は、豊かで驚きました。その辺に小型魔獣のカルガスやブートスがいましたね。食用魔獣なのに、誰も獲らないのかと不思議でした。第2騎士団長の私の月給は金貨5枚です。ここに手当などがついてだいたい金貨6枚程を貰っています」

「やっぱりかなり貰っているね」

「本当だな」


 俺とラウルがどうするか相談をし始めると、ミルバさんから声がかかった。


「ソルレイ様、ラウルツ様。第2騎士団は給料が高いのです。クレバは騎士団長なので給料も良いですが、第3騎士団はそうでもありません。それに役職のない一般騎士は一律で金貨2枚、兵士は小金貨20枚以下と決まっております。金貨 1枚で十分です。それに我らは騎士家です。慎ましやかに暮らすのが身分相応です」


 今度は俺とラウルが目を丸くする。


「一般騎士の3倍も貰っているのか」

「そういえば、前にフィルバが言っていたね。花形だって」

 なるほど、と頷く。

「優秀なのか」

「優秀なんだね」

 俺達の声を聞きクレバが破顔する。

「ありがとうございます」

 嬉しそうなクレバは横において置き、

「では、金貨1枚で雇用契約を結びます。労働時間は6時間で休憩は1時間です。賄は出ます。週4日勤務ですが、休日に来て貰えるように“時の日”と“日の日”は開いています。お店の休みの日はまだ決めていませんが、そのつもりでいて下さい」


 俺は雇用契約書を収納庫から取り出し、記載していく。


「守秘義務がありまして、お菓子を作る製法や材料を洩らすと解雇になります。例えばですが、『この菓子に使われているお酒はなんですか?』と問われて『ブランデーです』と答えるのはいいのですが、どこの産地のブランデーをどれだけの量を使っているかを言うのは駄目です。この程度だと解雇にはしませんが、ベリオール店ではライバル店のカフェやケーキ店の知り合いや友人がかなり執拗に聞いてきたりします。あくまでも無害の体を装うので、一度答えると、その人ばかりを狙って質問を繰り返して他のお客様の迷惑になるのです」


 この辺りは、本当にしつこく聞かれると従業員達は言っていた。


「あったね。あの時は、従業員を配置換えにしてなんとかしたね。その従業員は、悪気はなくて、良かれと思って言える範囲のことを言っていたよ。でも、お客さんの方がどんどんエスカレートしちゃったんだ。そのお客さんにも、もう迷惑だから来ないで貰えませんか?って言ったんだよね」

「うん。来られないのは嫌だからって言っていたから、原材料の場所を聞きませんっていう誓約書だけ書いてもらったんだ」


 雇用契約書を書き終り、目録から印を選択する。

 これを押して、俺とラウルの署名を入れる。


「これが雇用契約書になります。希望職種は検討しておいてください」

「パティシエと従業員がいいのですが、両方で働くことは可能でしょうか」

「「え?」」


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― 新着の感想 ―
[良い点] クレバくんがまた出てくれて嬉しいです。 学生時代は不憫だった分、少しでも幸せな思い出が作れるいいな。 クレバの背中の守護魔法陣はまだ残っているのでしょうか。 次のお話も楽しみにしています…
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