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ルベリオ店の完成

 当初は、お酒以外の甘さが控えめなケーキ類も置こうと思っていたのだ。


 コーヒーのスポンジとピスタチオクリームを使ったケーキや、紅茶煮のプルーンを使った全粒粉で作るシフォンケーキ、レアチーズケーキやポリコス先生に好評だったコーヒーのジュレ、甘夏やグレープフルーツなどの苦味のある柑橘を使ったさっぱりしたムースやレモンの酸味のクリームが中から出てくるスプーンで割って食べる球体のケーキ、スパイスたっぷりの手土産用のクッキーなどだ。


 シナモンと胡桃のケーキも考えていた。


 考えるのが楽しくて、こっそり部屋で紙に書いているのを見つけたラウルに、これは別の店でやろうね、とにっこり笑われて部屋に持って行かれてしまったのだ。


 エルクに言いに行ったら、頭を撫でて『また今度だ』と言われたので諦めた。

 子供相手の対応だったこともあり、何をやっているのだと目が覚めた。


 ルベリオの建築は、順調に進み、建物の外装ができた時点で、壁や床や天井至る所に守護魔法陣を描いていく。

 これだけ拘って作ったお店を、アインテール国やカインズ国に取られでもしたら腹立たしいからだ。


 エルクの落ち込む姿など見たくないので、ラウルと頑張ることにしたのだ。

 アインテール国を出る時に魔道具を埋めたグレイシー領だから大丈夫だとは思うが、ラウルオリジナルの二重守護魔法陣を描いた。


 これは守護魔法陣の重ねがけとは全くの別物で、一枚目の守護魔法陣とは違う守護魔法陣を描いて重ね合わせるものだ。


 一枚目が強力な攻撃に晒されると、無理に耐えることなく、割れる仕組みだ。

 その割れる時に飛び散る魔力を粒子に変換し、二枚目の魔法陣が吸収をして、第三の魔法陣に生まれ変わる。


 第三の守護魔法陣は、壊れた第一守護魔法陣の攻撃内容を取得。受けた攻撃に完全対応している。


 ラウルは魔法陣が魔法陣を作る自動魔法陣を研究していた。

 その成果がこれだ。魔力は食うが、余裕のある時に前もって準備できるところが魔法陣のいいところだ。


「これで最後だね!」

「よし! やっと終わったな」

 床に描いていたものも終わり、ぐっと伸びをした。

「来月には完成できそう?」

「来月の半ばならば間に合うだろう」

「そうだね」


 その間に、食器なども用意しないといけないのだ。

 初等科の仲の良い教務課職員のお父さんの工房へ行き、内緒にしていて欲しいと頼んで食器を注文しておく。


 ついでに隣りの家にも守護魔法陣を描いておいた。

 いつも世話になっている礼だ。


 前に紹介してもらった陶器屋にも出向き、守護魔法陣を書くから値引きして欲しいと頼み、ルベリオ専用の食器を作ってもらう。


 こちらはシンプルな白皿だが形がケーキ用の形になっている。


 長方形のケーキは四角い器だ。

 重ねておけるように、少し両端が湾曲している。フォークが落ちない仕様にしているのだ。

 前にベリオールの食器も作ってもらっているので、問題ない。


「次はーーーー」

「カーテンとか布系だね」

「テーブルクロスはいらないぞ、そのための手触りの良い香木だ」

「「ふーん」」


 エルクに言われ、なるほど、とそれらしく頷くと、分かっていなかったかと苦笑いだった。

 花はいらないが、皿の下に引く大きい皿がテーブルウェア代わりになる。

 二人で買いに行くと言うからラウルとエルクに任せ、人員の手配を考えることにした。


 商業ギルドにはギルド長宛てに手紙を書いてあった。

 アインテール国に行ったり来たりしているのがばれるとまずい。男性1級、又は2級の給仕資格所持者で貴族の対応もできる人、お酒についての知識があると尚いい、丁寧な対応ができる静かな従業員を募集すると記した。


 夜勤務があるので、これはアイオスさんの領から人を採用する方がいいだろう。

 地元で雇用することも大事だ。

 守秘義務が守れる人材で男性のみとした。

 “ルベリオ”は再来月オープン予定だが、事前に情報が漏れた場合は、前に漏らした商業ギルドを疑うので全員解雇する、と脅しておいた。


 斡旋ギルドとも話をして人数を揃えて欲しい。

 返事はオープンする店がある領のアイオスさん宛てで頼んである。

 アイオスさんには手紙が来たら教えて下さいとだけ言っておこう。


 料理人とパティシエをどうするか考え、領民を介してグルバーグ家の料理人達に、裏口からこっそり声をかけに行くことにした。今は別館にマーズしかいないはずだ。




「皆さんが戻らないのであれば移りたいです」

「使用人達の食事しか作っていません」

「古参の使用人は、ほとんど連れて行ったのに厨房組は置いていかれてショックでした」

「料理長と新人だけ迎えに来たのでしょう」


 全員が不満を口にした。

 カインズ国が動いたら迎えに来ようと思っていたが、悪かったと謝った。

「ごめん。料理長ももういないので……。そう言って欲しい」

 マーズにそう言って、揃って辞表を出して来るように言っておいた。


 グリュッセンの屋敷で働きたい者は、そちらで、アイオスさんの領の方で働きたい者はこちらで、と家族や独り者でどうしたいかを考えてもらった。


「やっぱりグリュッセンがいいとか、アインテール国がいいとかは、働き始めて感じたら言ってくれれば一年以内に移動させる」

「分かりました」

「菓子職人の枠は空いてたりしますか?」


 作る料理のラインナップや店のコンセプトや仕様を言うと、俺がいた頃は、よく厨房で作っていたからか“お菓子作りに興味が出てきたので勉強をしようと思っていました”、と二人の料理人が言うので、じゃあここでやればいいよ、と二人はパティシエ側に回す。


 俺もパティシエでも何でもなく素人だから、材料と分量、温度さえしっかり見れば大丈夫だ。


 これで料理人4人とパティシエ2人が手に入った。

 店が完全にできたら、料理や菓子を作り、それが終わったら従業員の訓練だ。


 9年前にベリオールで最終選考に残っていた人に声をかけるか、新たに募集するかを考える。

 落ち着いた年の功が一人いるだけで、その人に配慮したりすることで人は成長していくと思うが、実力がないと厳しいのも事実だ。


 これは、カルムスとダニエルに相談だな。グレイシー領の屋敷に戻ることにした。


「二人はどう思う?」


 アイオスさんと共に客間で寛ぐ二人にざっと話をすると、そんなに人数がいるのか。ソルレイは 一人で作っていただろうと言われた。

 数を作る必要があるからあと 二人のパティシエと洗い物を洗ってくれる人の代わりに食洗機の魔道具を作る必要があると話す。


 混ぜる、ホイッパーをしてくれる魔道具は、ベリオールの時にも作った。

 それでも生地はパティシエ達で配合して混ぜていたのだ。

 メレンゲを立てる作業などがいる。

 お酒の匂いが調理場で充満しないように魔法陣は作ってあるが、お酒に強いパティシエとなるとなかなか見つけるのが大変だ。


「商業ギルドへの募集は止めた方がいいぞ」

「前の時も店からのスパイが応募してて大変でしたからね。パティシエの父を持つ跡継ぎの子供が来ていて、篩にかけるのも大変だったのでしょう」

「うん。でも、販売員の募集はかけたよ」

「先に相談したらやめておけと言ってやったのに」

「カルムス兄上、料理を運ぶ人はいるからね」

「……それは分かっている」


 好きでもない芋の茶菓子に手を伸ばしていた。兄上と呼ぶといつも少し照れるのだ。

 その様子を実弟のアイオスさんが面白そうに見ていた。


「珍しいものを見ました」

「そうでしょうね。屋敷ではソルレイ様だけがそう呼びますから」

「ラウルツ殿には何と?」

「「カルムお兄ちゃん、と」」

 それにも驚いたようだ。

「弟は誰に対してもずっと同じです。私は、兄になってくれたのならと、カルムス兄上、ダニエル兄上と呼んだら、ダニーには断られました」

「あれは……」


 目を伏せて困っていた。

 やめて下さいと強目に言われて、怒らせたと思ったのだが、カルムス同様に照れていただけだったのだ。

 そのことに気づくのが遅れて、タイミングのないまま、ずっとダニー呼びだった。


「今日からダニエル兄上にしようかな」

「そうしろ」

 カルムスは仲間が欲しいらしい。ダニエルは笑いながら、やっぱり断った。

「今まで通りでお願いします。ダニーも気に入っていますからね」

「ふふ。分かった。諦めるよ」

「仲が良いようで何よりです。本題に戻りますが、貴族家の料理人やパティシエを引き抜く方がいいのではないですか」

 そう言われて、カルムスがアイオスさんに話を振った。

「誰かいるのか?」

「ええ。料理長に声をかけて来ましょう」


 この後、ドルチェを担当していた 二人が働きたいと言い、アイオスさんの許可を貰って、雇用契約を結ぶことになった。

 守秘義務ありの永年雇用で大丈夫か確認すると、一生働けるなんて嬉しいです、と喜んでいた。

 30歳が平均寿命で、50歳で大往生だ。

 このため、40歳を過ぎると働けなくなる。

 なぜかというと働かせて死んだ場合、お見舞金を雇用主が支払わないといけないからだ。

 17歳から働いていても多くの雇用主が40歳前後で首を切る。10年働くと月給の5割を10年毎に慰労金として渡す律があるため、40歳で慰労金を渡してくれる雇用主は優しいとさえ言われている。

 40歳以上でも働ける飲食業など自営を夢見る者も多く、また、兵士、看護師などの平民にも門戸が開かれている国の直属機関である軍も人気がある。


 長く働けると嬉しいのだ。

 永年雇用と5年契約があるベリオールのパティシエは、7年経ち、フォルマの領に移転する際、独立するかを問い、揃って残ると言ったため、永年雇用に切り替えた。

 従業員については、5年契約の雇用のままだが、40歳を超えても守秘義務を破らない限りは、こちらから首を切ることはないと言ってある。

 30歳で採用した人は39歳になったが、このまま働いてもらう。


「契約書の内容に違反したら永年雇用でも解雇だよ」

「例えば、『この菓子に使っているのはどこ産のワインだ』とか『働いているのは誰々だ』とかも言ったら辞めてもらう。うちは、人気店だから付け回されたりとかもある。従業員の安全も守らないといけないし、レシピは皆で流出しないように守っている。レシピが誰かのミスで流出した時は、全員連帯責任で解雇だ。くれぐれも気をつけて」

「「はい!」」

 ベリオールでは、お母さん従業員が、子供にばれたことがあり、近所に自慢してしまったが、『凄いわね!』で済んだ。子供が言うのなんて可愛いものだ。

 隣近所が良い人だとさして問題にはならない。



 こうして、順調に建設や準備が進み翌月の中旬に、酔い覚ましに出られるように2階にウッドデッキがついている横長のログハウスが完成した。


 湖畔に面したテラスは、0.5階に下げて作ってある為、1階のカフェからの眺望は湖だ。

 どちらも調理室から運びやすい動線にしてある。

 大きな一枚窓で見られる湖畔に面した席は、8席のカウンターと個室は、1階が4つ、2階が3つだ。

 カウンターは2階にはないのに、なぜ個室が3つなのかというと、一部屋、一部屋が広いのだ。

 そしてその内にの一つは、オーナー専用部屋で、家族しか入れない。

 広々としたオーナー部屋は、エルクが拘って入れた絨毯やソファー、間接照明などがあり、もはやカフェ仕様ではない。

 店内にある観葉植物より良い物がいつの間にか入っているし。

 個室以外の席の区切りを観葉植物でするという案はいいと思ったので採用したが、大規模な物で鉢植えとかじゃないんだね、とラウルと驚いていたが、この部屋を見ると……。


「いいできだろう?」

「う、うん」

 歯切れの悪い相槌しかできなくなっていた。

 ラウルに手招きされ、耳を寄せるとコソッと言う。

「ソウル。エルクにこの中の予算でやるんだよって言っていたけど、建設と内装だけで使っていい額だと思ってない?」

 『しかも使い切る気だね』と、恐ろしいことを言う。

「人件費を含めたトータルの額だったんだけどな……」


 ラウルと相談をして、エルクが頑張ってくれているのだから、予算オーバーしてもこのままやらせてあげよう、そうだね!と温かい目で見ていたのだが、内装を見て怖くなってきた。


「建設費の安いログハウスにしておいて良かったな」

「だね」


 木っていいよね、とそれとなく薦めておいたのだ。

 大幅にオーバーはするだろうが、グリュッセンのベリオール2号店の稼ぎもある。大丈夫なはず、だ。

 初期費用にまさかこれだけ使うとは思わなかったが……。

 家族が使う部屋は、防音にしたいとカルムスが言うので、魔道具を埋め込んだ。


「カルムお兄ちゃん、ここで会合でもするの?」

「いや、そうではないが、知らぬ者に会話を聞かれるのは嫌だろう」

「……そうだね」

「アハハ。大貴族っぽいよね」

「それにしてもここは特に良い部屋ですね」

「?うん」


 ダニーに促されるように見られて、視線の先にいるエルク目を向けると、いい笑顔だった。

「ソウルとラウルが木の店がいいと言っていたからな。拘った。どうだ?」

 嬉しいかと微笑まれて、俺もラウルも何も言えないまま抱きついて頬に口づける。

「お客さんをいっぱい呼ぼう!」

「男性限定でプレオープンをして人を呼べるように頑張るからね!」

「大丈夫だ。必ず客は来る。ここにあるのは一流品だからな、ソルレイの菓子も含めて」

「「うん!」」


 俺とラウルは、エルクのためにも、かかった費用のためにも、絶対に成功させようと誓うのだった。

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