エルクの拘りの店
戦中だというのにセインデル国産のワインもカインズ国の魔道具も高値で入って来ているモンパー国は、北国にとっての交易の要所だった。
魔力を吸い上げる魔道具には辟易したものの、一面の花畑の奥に奇怪な岩石郡があり、遠目に海も見える絶景などもあった。
小さな領土の割に見るものも工芸品のお土産も多く、楽しく過ごし1ヵ月程見て回ってからグリュッセンに帰国した。
「「おかえりなさいませ」」
「ただいま」
出迎える皆と挨拶を交わし、土産を渡していく。
「美味しいお土産も買ってきたよ。皆で食べて」
玄関扉を開けたルイスや近くにいたメイドのルーチェに土産用のカバンを手渡す。
「なんでしょうか?」
「花茶と花ジャムと……ラウル、燻製は何だったかな?」
「アヒルだよ。あとメイド限定でローズウォーターだね」
「ああ、そうだった。ワジェリフ国の香水瓶が売られていたんだ。ガラスの中にバラの花が閉じ込めてあって綺麗だったからそれに入れてもらったよ」
「皆で選んだからどれも綺麗だよ」
一人一つで、柄が違うから喧嘩しないようにして欲しいと言えば、そのような年ではありませんわと笑われた。
「アハハ、それもそうか」
メイドも執事も、俺達がこの屋敷に来た時からずっと一緒に過ごしてきた。皆いい大人だ。
「僕のお勧めは、ピンクから黄色のグラデーションの横長の瓶にピンクのバラのやつだよ」
そうするとピンクのバラですわねとメイドが復唱する。
「こら、ラウル。喧嘩を誘発しようとしているだろう」
「アハハハハ」
いつまで経っても子供の心を持ったままのラウルの横を、これまたいい大人3人組が通る。
「疲れたな。茶を部屋へ」
「私にも頼みます」
「シャワーを先に浴びる。後でいい」
言いおいて、スタスタと大階段へ向かっていく背に、メイドや執事が『かしこまりました』と、恭しく頭を下げた。
それを間近で目撃して、あれが貴族のふるまいだと二人で笑った。
「僕は、アリスとお茶会にするよ」
アイネとの土産話だな。いや惚気話か。
「俺は買った魔道具の分解かな。お茶だけ頼むね」
そう言うと、ロクスが手紙が着ていると言うので、また王子かと焦ったが、封筒が違っていた。
ロクスに手紙を渡された俺は、蝋封の印を見て慌てた。
許可を得ていたことですっかり忘れていた“ベリーオール”のお兄さん店になる“ルベリオ”の件でアイオスさんから進捗状況を尋ねる手紙が2通も来ていた。
「まずいな。忘れていた」
「ん? どうしたの?」
部屋に戻ろうとしていたラウルが振り返った。
「ルベリオ店のことをすっかり忘れていたんだ」
「湖畔に作るカフェだね。僕達も落ち着いて、席で寛げるくらいのゆったりとしたソファー仕様がいいな」
「テラス席と個室も用意しようと思っているんだ。あとカウンター席だな」
「うん、うん」
湖畔で雰囲気もあるから夜はバーでもやりたい。最近、お酒が好きなったラウルはいいね!と喜んだ。
部屋に向かいながら、ラウルが喜ぶとなると、本腰を入れないといけないなと考える。
黒コショウの利いたお爺様の愛した山に見立てたポテトサラダや鰻のキッシュ、マッシュルームにチーズと香草パン粉を詰めて焼いたものや牛肉を使った生ハム、マスやチーズを始めとする燻製類を充実させた前菜メニューを書き出す。
メインは、肉と魚料理を一品ずつ日替わりで。
ハンバーグのベーコン巻きやローストビーフ、ミートパイ、ロールキャベツに豚肉の塊を香草焼きにして、夏季は冷しゃぶ、冬季はシチュー、春季は春野菜の肉巻き、秋は栗やきのこと共に薄切り肉を甘辛くしてパエリアだ。
イメージは前世のすき焼きだな。
魚料理は、湖畔で採れる魚のフライにエビの素揚げ、陶板焼、シーフードピザ、アクアパッツア、ピリリと辛い香辛料と香草で炒めたカニを出そう。
夏季は南蛮漬け、冬季は湖畔で採れるハマグリや蜆を使った白菜の一人鍋、春季は梅肉で食べる湯引きを秋は……秋刀魚が欲しいけどグリュッセンじゃないから無理だな。
暫定でつみれとキノコ汁だ。
部屋でだだっと書き上げ、ラウルにどう?と見せに行く。
「アハハ! 全部食べたいよ」
そう言って俺を抱きしめる。
「ラウルから合格を貰えたら大丈夫だと思えるよ」
「エルクにも聞きに行こうか」
「うん」
エルクにもどう思う?と聞きに行き、座り心地の良いソファーに座った。
「酒が進みそうだな」
シャワーを終えたエルクがソファーにかけた。メニューは、薄く微笑まれ合格を貰えたが、呑みたくなったのかお茶ではなく、ワインになっていた。
そういえば、肝心のカルムスに話を通していなかったと、夕飯の席でカルムスとダニエルに“いい?”と聞くと笑って頷いた。
「あの領地はアイオスのものだ。あいつがいいならいいぞ」
「ありがとう」
「湖畔で大人のカフェと夜はお酒ですか。いいですね」
「うん。ちゃんと個室も作るよ。男女のためのものじゃなくて、客層は男性一択にしたい。気兼ねなく、入れるお菓子屋が欲しかったから、俺達のための店かも。従業員も男性だけにするよ」
「従業員もか? 拘るのだな」
カルムスが片眉を上げる。
そこで俺は、ラウルと出かける苦労を話した。
もう慣れたけど、遠巻きに人垣ができるのだ。料理屋で視界に入られると、食事の作法が気になって、がつがつ食べられないと言うと、ラウルも真面目な顔で同意し、『大きな口を開けて頬張りにくい』との言葉に『気になるのはそこか』と笑う。
「それならーーーー」
ダニエルから内装はこうして欲しい、注文の時はこういう感じだと嬉しい、と珍しく要望をされて、ふん、ふんと頷く。
「料理を運ばれる時に邪魔をされたくないから、一度に運んで欲しいのです。用がなければ来ないで欲しいですね」
静かにお酒を楽しみたいという。
「それなら魔道具のベルを採用しよう。ボタン式にして押されたらどこの席か分かるようにするよ。雰囲気が悪くなるから。音は鳴らないように対の魔道具の色が変化するようにするよ」
厨房に個室分のベルの魔道具を置けばいいだろう。
聞いていたカルムスからも我が儘な案を聞く。
「全席から湖が見えるようにしてくれ、2階席も欲しい」
「全席から見えるのは無理だけど、家族用としていつでも使える一番良い席を空けておくよ。2階席は作るね」
「アハハ、大規模になったね」
「うん。お菓子よりこっちがメインになるかも」
「菓子は酒の菓子か?」
「うん」
「前に頂いたワインと栗、チョコレートでしたか? あのお菓子はとても美味しかったです」
ダニーが言ってくれるのは珍しいので、とても嬉しかった。
「ありがとう! あれも置くよ。後は、ナッツと無花果のケーキにブランデーを染みこませたケーキも。胡椒やシナモン、グローブのスパイスを利かせたケーキはリキュールにするよ。辛口だね。夏季限定のジュレは手作りのブランデーで作る梅酒で作るよ。一粒の青梅を入れて綺麗にする。グランマニエ、ブランデー、シャンパン、ワインでケーキを種別にしてショーケースに並べるよ。生クリームを使わないから日持ちは 5日くらいかな。後は、チョコの中にシャンパンのジュレを入れようかなって。これはラウルが気に入ったら家だけにするけどね。できたら皆で試食をして欲しい!」
俺が一気に喋ったので、笑い出す。
「ハハ。楽しみにしています」
「僕も楽しみだよ♪」
「酒の菓子は今までにないからな」
「ああ、楽しみだ」
「期待していて!」
アイオスさんには、手紙で昼と夜で店が変わる構想や店舗の設計図を大まかに引き、湖畔に面していて 2階建て、魔道具で湖畔をライトアップ。
大きい一枚板の窓などカルムスの無茶ぶりを実現するために書いておいた。
それから考えている菓子のラインナップと夜のメニューも記載しておく、従業員は、執事のような感じがいいな。アインテール国の商業ギルドに要望を出す考えであることを記し、手紙を送っておく。
張り切って、翌日からお菓子を作り、自分が食べたいシンプルな菓子を作った。
皆に試食してもらうと、美味しいと喜んでもらえた。
エルクがどうかと甘さは大丈夫かと心配だったが、『十分に楽しめる味だ』と言われ嬉しかった。
「ソウル、シャンパンのガナッシュはいいけど、このシャンパンのジュレはお店で出さないで? 僕と家族だけのものにして」
「もちろん。いいよ」
「一番うまいものを店で出さないのか?」
色んなお酒をジュレにして包んだチョコレートは、カルムスが食べるのを止めないほど気に入っていた。
かなり入っているから酔うからね?と言ったが、ポイポイと口に入れては食べるのだ。
「これが一番うまい」
エルクが指差したのは、輪切りの分厚い果肉付きのオレンジピールにグランマニエのチョコをかけたものだ。一つで満足感がある。
「それも旨かったが、買うのならこれだろう」
「僕が売らないで欲しいのは、シャンパンのジュレだけだよ?」
テーブルの皿の上のチョコを指差す。
「分かっている」
嬉しいけれど、何だか言い合いになってきたな。
「一気に出すより、小出しの方がいいのでは? ジュレチョコは3年後に出しましょう」
「「「「…………」」」」
テーブルの上に並んだ菓子を見て、皆がそうだなと冷静になって頷いた。作りすぎたようだ。
「ダニーが美味しいって言ってくれたから。嬉しくて、つい作りすぎたな」
「ソルレイ様、ありがとうございます」
俺達が照れながら微笑み合っていると、他から待ったが入った。
「僕も凄く美味しいって言ったよ? ジュレチョコは僕のために作るって言っていたよね?」
「私も楽しみにしていた」
「ソルレイは、ダニエルを落とそうとしているのか」
酔って訳の分からないことを言うカルムスに、『そんな訳ないよ』と言い、酔っているからもう食べちゃ駄目だ!と注意をしてチョコを取り上げた。
「明日、食べるぞ。これはうまい」
すぐに俺の手から皿を回収するので、コロコロとチョコが皿の上で動く。
「もう。お菓子屋兼呑み屋なのに、チョコ屋さんになっちゃうよ」
「「「「……チョコ屋」」」」
皆がいいかもしれないと呟く。
「え!? やらないよ。ここはもう、男が入りやすい菓子屋、夜はお酒の店って決めたんだ」
それでなくても盛りだくさんの内容なので、しっかりやらないとごちゃごちゃした店になる。
アイオスさんに近々訪ねに行きますと、手紙を送っておいた。
カインズ国が、沈黙を守っていることは不気味だけれど、ルベリオ店は着々と準備が進んでいく。
アイオスさんの領でせっせとラウルとエルクと開業準備をしていると、偶に見知らぬ人に、「あ」と、声を上げられることもあるが、誰かは分からない。
口元に人差し指を立てると、黙って頷いて去って行く。
恐らく、ここに新しく店ができることに気づいたのだろう。
「ソウル。今の者は知り合いか?」
「ううん、知らない人」
「…………」
「もう! 駄目だよ。ソウルはこれだから! ちゃんと気をつけて!」
「アハハ。ごめん。でもさ、『ベリオールのオーナーがここに店を作るっぽいぞ』くらいだと思う」
「それで内緒だよってしていたの?」
「うん」
「今のは違うと思うが……。まあいいだろう」
頷いていたしな、とエルクも言うので、よく分からないが、今は準備が大事だと精を出した。
エルクもここでの稼ぎが生活費になるからね、と言ってあるので、積極的に内装業者に指示を出していた。
ただ、椅子とかカウンターの木とか材質に驚くほどに拘っていて、ラウルと密かに、だいぶ予算オーバーになるなと話している。
俺もラウルも香木の種類を言われてもさっぱりなのだ。ヒノキや桐って“いいらしいね”くらいの薄い前世の記憶しかない。
その上、何がいいのかもよく分かっていない。
「エルク。ケーキ屋にその要素はいる?」
「そうだよ。甘い匂いがするよ」
二人で拘るところが違うのではないか。それとなく言ってみたが、首を振られた。
「そういうことではないのだ。中途半端はよくない結果を生む」
そこまで言うのならばと、内装はエルクに一任することにした。
しかし、頷くと、夜は酒を楽しむ場であるから、甘い香りも一切させたくないと言われた。
ぽかんとしながらラウルとどうするか相談をして、その夜、お爺様の部屋で何かないか魔法陣を漁ることになった。
「ラウル、これはどうかな?」
集約の風魔法だ。これを魔法陣にして店に置いた箱に集めようと提案した。
「フルール系は集めるだけだから駄目だね。エルクは、たぶん浄化系がいいんだよ」
「ふぅ、探し直すよ」
違う書棚を探すか。分厚い年季の入った本のゾーンは、避けていたが見てみよう。
「あ! これはいいと思うな。ラウル見てくれ」
「どれ? うん、いいね!」
目についたのは、浄化の魔法陣だ。
空気を清浄にする魔法陣を部屋に描いておくことにした。
お酒の匂いが充満しても困るので、空気を浄化にするものが見つかって良かったかもしれない。
ちなみに、ラウルが見つけた魔法陣は、自分の好きな香りを持続させることができる魔法陣で、やたらとクオリティーの高い複雑なものだった。
いつ使うのだろうか。
俺達は生み出したグルバーグ家の人に思いを馳せ、揃って首を傾げるのだった。




