ディハール国への入国 後編
ーーードコッドゴ。
スニプル独特の足音が近づくと、扉を声がけもなく外から開けられる。
「私は、アヴェリアフ侯爵家のガンツだ!ラルド国から来た貴族たちは一律別室に移動してもらおうか!」
うわぁぁ。
強制的に移動させるとは、思わなかった。予想外だ。
そして、気づきたくないことに気づいた。
こんな筋肉バキバキの軍の総大将っぽい人の子供とか!仲良くなれない!
俺が二重の意味でもう無理だと首を緩く振り、ダニエルを見ると、苦笑いを浮かべ、カルムスを見るとため息をついて頷いた。
その目は、“そうだな。関わるのはやめておいたほうが良さそうだ”と語っていた。
「ふむ。私は、アインテール国の大魔道士ラインツ・グルバーグである。ガンツ殿。子供が寝ておるゆえ、声量をおとしてもらえるかの」
侯爵家相手に敬語を使わず、年の功で押し切ったが、全然嫌味に聞こえない。
落ち着いた声色だからかな。
「おお!かの有名なグルバーグ家の!」
……声の大きさ。……少しも変わってない。
「ガハハ!つまらぬ検閲の仕事をさせられてうんざりであったが、良き出会いに感謝せねばならんな!」
「そうか、そう言ってもらえると嬉しいものだの。アインテール国に帰るところで急いではおらぬ。良ければ1杯どうかの?」
おじいさんがワインのテイストをするように指を揺らす。
「ほう!いける口ですかな!」
「お師匠様。ソルレイ様もラウルツ様もいらっしゃいます。せめてお食事になさってください」
カルムスが貴族らしく水を向けた。
「お!うちと変わらぬ子供が……いや孫ですかな?」
射抜くように見られ、圧を感じる。
カルムスがしっかりやれとばかりに俺に視線を送る。
裏切り者!
「……お初にお目にかかります、ガンツ様。ソルレイ・グルバーグと申します。祖父と共に帰郷するところでございます」
ラウルを見習い、にこっと笑っておく。
笑顔は平和に繋がるはずだ。
「うむ。よき挨拶だな!歳はいくつだ?私にも息子がおるのだがな、そう変わらぬように見える」
「来月で、9つになります」
「そうか!我が息子と同い年であるか。いやはや、うちは成長が遅いと思っていたが、こう見るとそうでもないように思えるな」
「子供の成長は子供それぞれ。気にしてはならぬ。しかし、同じ歳か。我がグルバーグ家は魔道士学校に通うのが習い。貴族学校ではないのだが、仲良くしてやって欲しいものだ」
おじいさんがわざと社交辞令のように返すと、ガンツが豪快に笑う。
「ガハハハ!これはなんという偶然か。我が息子はアインテール魔道士学校に通う予定なのだ!是非とも友人になってやってくれ!今夜、我が家に招こうぞ!」
ええ?
誘うのって普通は明日とかじゃ?
「ガンツ様。グルバーグ家の方に失礼ですよ。初対面なのに今日誘って今日招くなど。皆さん長旅でお疲れのはずです」
後ろで空気に徹していた騎士が流石に非常識だと口を挟み、ガンツを嗜めた。
「いいかシルド!こういうのは縁なのだ!早い方が良いに決まっておるだろう」
「ふむ。それもそうじゃな。機を逸するのもよくない。子どもたちが緊張する前に会わせてみようぞ」
「決まりだ!我が邸に19時にいらしてくれ」
「あい分かった。伺おうぞ」
「うむ!」
検閲は終わったとばかりに、派手に音を立てて扉を閉められたので、車をゆっくり進ませる。すぐにトンネルを抜け車内に眩しい光が差し込んだ。
ダニエルに何ごともなかったことを喜び、カルムスには、恨み言を洩らす。
「酷いパスだったね」
しかし、堪えていないようで片眉を上げると言うに事欠き、「うまくやれていたぞ?」と褒めてくる。
上手に敬語を使えていたようでちょっと嬉しくなる。
嬉しくなるけど、ラウルのように素直にありがとうなんて言わないからな。
「もう!あの人の子供とか暴力の匂いを感じるよ」
じと目を意識的に作って見る。
「いや、言い過ぎだぞ。成長を遅く感じるということは、ひょろい感じかもしれないだろう」
「カルムス、失礼だ」
ダニエルに怒られたので溜飲を下げる。
分かりやすく視線を外に向けるカルムスを見ていると、頭に大きな手がのる。
おじいさんに優しく微笑まれ、頭を撫でられた。
「会ってみんことには何とも言えぬが、学校には色々な子が来るのでな。先に知れる機会は大事にした方がよいのじゃ」
「うん、……そうだね。話してみたら気が合うかもしれない」
「ハハ、そうじゃな」
「でも、合わなかったら卒業まで逃げ回ることになりそう……いっそうのこと嫌われたい」
「むぅ。それは回避せねばならぬな」
もっと積極的にいけとカルムスに檄を飛ばされ、憂鬱になりながらスニプル車に揺られた。
ラウルはダニエルの膝の上でぐっすりで、あの大声の中眠れるラウルは大物だと思った。




