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グリュッセン国の王子 後編

 王族と言えど、手紙でアポイントを取らない限りは来られない。

 なにせ初対面だからな。

 呼び出しなら別だが、他国の貴族を呼びつけると間違いなくその国の王族と揉めるから普通はやらない。


 そして、その数日後。

 まさかの呼び出し状が届いた。

 嘘だろうと全員がそれを見る。


 執事長やメイド長も含め使用人の多くは、下級貴族から中級貴族の貴族家生まれである。

 だからーーーー

「なんだこれは!?」

 そう声を上げるカルムスに同調していたと思う。

 無意識に何人かが頷いていた。


「私はラルド国の侯爵家だ。亡国の侯爵家には配慮しないということだろう。ダニエル然り、カルムスもアインテール国を出ている。やはり配慮すべき貴族ではないと判断したのではないか」


 そんなことあるのか?

 いや、あるからこうして呼び出し状が来ているのだろうが……。


「手紙には何て書いてあるの?」

「明日の15時の呼び出しだ。ソルレイとラウルツの二人と話がしたいとあるな」

 そう言われても困るな。心の中でそう思っていたら、ラウルも同じだったらしい。こちらは口に出して嫌がった。

「僕は少しも話したくないから断わってもいい?」

「「「「…………」」」」


 “話がしたい”という言い回しは、交渉の余地がありそうだなと話す。


「ソルレイもラウルツも嫌だろう。問い合わせてみるか?」

「うん。そうして欲しい。まだ学生に見えたから何かの手違いかもしれない」

 そうであって欲しいという願望もある。

「いくら何でも急すぎますからね」

「話がしたいだけであるのなら本来、呼び出し状は使わない。自国内なら3日前に手紙が来る。他国の貴族だと10日前に知らせるのが、国家間の慣例だ。そうでないと服の誂えも間に合わん」


 侯爵家のエルクも頷いていた。


「だいぶおかしな作法だ。間違いではないのか」

「そうかもしれん」

「本当だったら行かないのもまずいでしょうね。心積りはしておいて下さい」

「うん、分かってる。ラウルもいいね?」

「王族が相手じゃ仕方ないね」


 肩をすくめて返事をした。皆で紅茶を飲みながら、話す。問い合わせた場合、事実なら全員で行くかとカルムスが言ってくれたためお願いすることにした。

 対応を誤るとよくない。

 執事長のアドリューに事実確認の使者として城に行ってもらうことになった。


 だが、この日の夕方になっても戻って来なかった。


「戻って来られないっておかしくないか」


 もう部屋に戻っていたが、気になり城にもう一度問い合わせる手紙を認めた。

 ロクスに頼めるか話していると、アドリューが戻ったとメイドのミーナが言いに来た。

 無事を確かめるために部屋を出ると、既に玄関でダニエルと話し込んでいた。

 そこに加わり話を聞くと、『確認します』と言われて待たされ、上官を連れて戻って来たと思ったら『返事は、1日待って欲しい』と言われ、『呼び出しの日付は明日の15時なのですが?』と返して、『では、もう一度確認してきます』


 そういうやりとりが何度かあったらしい。

 対応する人間が2、3人変わったそうだ。そうすると初めから話さねばならず、遅くなったということだった。騎士から文官、外交官と変わっていったという。


「申し訳ございません」

「無事ならそれでいいんだ。ダニーはもう聞いた?」

「はい、手紙は本物のようです。15時に王の間に来て欲しいということです」


 王の間? 断罪でもされるのか?


「なんだか話しが変わってない?」

「ええ、そうですね」

「呼び出しの名前は?」

「王子ですね。王ではありません」

「でも王の間?」

「ええ」


 王の間の呼び出しは異常だと話す。罪人でもないのに、呼び出しに応じる必要があるのか疑問だ。

 どうするかの対応を話し合うために、再び家族会議となった。


「意味が分からないから。とりあえず、魔道具所持で守護魔法陣は身体に描いておこう」


 俺は魔道具で守護係をやると宣言しておく。できることとできないことは伝えておかないと、混乱するだろう。


「王の間は異常すぎる」

 カルムスも同じ考えだ。

「戦闘準備はしますか」

「武器の所持は認められん」

「隠せばいいだろう。王の間は暗殺防止のため、一定レベル以上の魔法の行使はできないはずだ。武器はいるぞ」

「だったら収納に入れておくよ。ソウルが守護役に徹するなら僕が取り出すよ」

「そうするか」

「うん、そうしよう」

「万が一の用意は必要です」


 服はどうしようかと言い、何かあると困るから、もう動きやすい服でいいだろうとなった。

 誂えも間に合わないのだから、何を着ても同じだとカルムスが言うので、俺もそうなるかと頷く。



 当日。

 迎えが来るのかと思ったが、待っていても来ないので、自前の馬車で向かうことになった。

 6人乗りの馬車に全員で乗りこむと、向かいに座ったラウルが良い天気だね、と外を見ながら言う。

 山の最後の下りのカーブで視界が開けた。

 晴れ渡った空に、青い海が太陽の光に煌めいて眩しい。


「このままどこか旅行にでも行く?」

「いいぞ」

「……カルムス」

 ダニエルが咎めた。

「私も構わないぞ」

「……エルク。ラウルも。行くだけ行って帰ればいいよ」

「「面倒だ」」

「面倒だよ」


 駄々っ子のようだ。プン、ツン、にこっとしながらも言うことは同じだった。こんな時に、そんないい連携を見せなくていいよ。


「それは、俺もダニーも同じ気持ちだよ。でも、ばっくれるのはまずいよ」

 王族相手の無視のほうが面倒事になる。

「15時の約束ですから1秒でも遅れたら帰りましょう」

「「「「分かった」」」」


 ダニエルの提案に全員が頷き、城に向かう。門番に名前を告げ、馬で先導してもらう。

 馬車で中央を通れる庭は左右に広く、手入れのされた草花は色の配列がグラデーションになっており、一枚の絵のような趣があった。


 しばらく進むと城の玄関口に着いた。

 空は、飛行魔獣のものなので、城はどこも大した高さはない。グリュッセンの城は4階建てだった。


 馬車から下りると、今度はまた違う騎士に案内をされる。14時45分に王の間に着いたが、通された部屋には誰もいない。カーテンも開いていないため、室内も暗く、ホラーだった。


「誰もいないが?」


 カルムスがここで合っているのかと、案内をしてきた騎士に問うと、目を泳がせる。

 こういうのって客人の方が早かったら、待機部屋に案内するのに直接ここに案内されたからな。

 男ばかりで化粧直しとかいらないからだろうと思っていたが、違うのかな。


 ラウルが武器を出すかエルクに目で問うのを見て、ポケットに入れて来た魔道具を探って起動させた。


「すぐに来られると思いますので、中でお待ちください」

「これ、暗殺とかじゃないよね?」

「そのようなことは致しません!」

 ラウルの言葉に顔を顰めて否定をしていた。そちらの気持ちがそうであるなら何故王の間なのか。

「……もう帰りたいよ」

「誰もいない部屋に入りたくないのですが?」

「どういうことか説明をしろ」


 騎士を問い詰めていると、この前の王子が廊下を団体で歩いてやって来た。


「来てくれてありがとう。話がしたくて呼びました」


 日に焼けたような小麦の肌の金髪王子は、今日は、王族と分かる格好だった。服が長く足元の靴まで届いている。


「ソルレイ・フェルレイと申します。王子にお尋ねしたいことがございます。王族の権威を笠に他国の侯爵家を王の間に呼び出した理由は、どういったものでしょうか。滞在先の王族からの呼び出しですので、一応参りました」


 抑揚のない声で返した。

 嫌そうに見ると、驚いた顔をして後ろの騎士達や周りのお付に確認をする。


「呼び出し状で呼ぶのではないのかな?」


 目を逸らしたり、泳がせたりする者が多い。

 聞かれた周りの騎士の中で、紋章入りの色の違う服を着ている騎士が困ったように答えた。


「シエット王子。恐れながら、他国の貴族の方を強制力のある呼び出し状を使って呼ぶのは非礼でございます。外交問題になります」

 そう言われて慌てている。知らなかったようだ。

「話がしたくて呼び出しただけで他意はありません」

「初対面なのですが、いったいどういったお話でしょうか?」

「菓子店、ベリオールはソルレイやラウルツが責任者だと聞いたので、そのことで交渉がしたかったのです」


 初対面なのに挨拶も無しにいきなり呼び捨てだった。こちらのことも調べてあるのだろうが、交渉とは対等でない場合、強制だ。


「そのこととは?」

「外で買った物は食べられないので、王宮でも食べられるようにケーキのレシピを教えてもらいたいのです」

 これは、王子の我儘か。きっぱりと断った方がいいな。

「申し訳ありませんが、商いで大事なものですので、お断り致します。ご用件はそれだけでしょうか」

「もう少し話をしたいです」


 全員で『話とは?』と促して待つ。

 話を変えるように、立ち話もなんなのでと王の間に入り、何もない広い部屋だと知ると扉を閉じた。自国の部屋の構造も知らないのかと唖然とした。


「また後日にでもお話ししましょう。今度は手紙を出します」


 俺達は嫌なので、隠さず思い切り嫌だと態度で示す。

 眉根を寄せて、周りの人間を見回す。

 おまえ達から言えよ、とカルムスやエルクが後ろの者達を睨むように見ると、頭を下げて頷いた。


「シエット王子、これ以上は王に叱られまするぞ」

「お話は自国の貴族達とお願い致します」

「いえ、私はソルレイとラウルツと話がしたいのです」

「初対面の他国の侯爵家の方を名前で呼ぶのは、お控えくださいませ」

「それは……」


 俺達の方を見て、呆れた顔をしているのに気づいたようで、頬を掻く。

 それでも話がしたいと撤回しないので、はっきりと言っておく。


「この前は騎士の方につけられていましたので、誰もいない王の間を見て暗殺かと思いました。失礼ながら、これっきりにしていただきたいのです」

「後ろの人が言った通り、話はこの国の貴族として欲しいかな」

 俺とラウルがお断りをすると、考えるように腕を組む。

「パーティーならどうですか?」

「「出ません」」


 思わず声を揃えてラウルと言ってしまった。

 即答はいけないのだが、しつこい。出たくないのは本当のことなので、撤回する気も起こらなかった。


「申し訳ありませんが、お断りします」

 何度同じことを言わせる気だ。

「どうして、僕達がこの国のパーティーに出ないといけないのかな。嫌がらせにしても酷いね。もう他国に行こうよ。いいでしょ?」


 ラウルがエルクやカルムス、ダニエルを見ると頷いた。俺も頷く。


「待ってください。そんなつもりではありません」

「失礼ながら、そのようなつもりにしか感じられません。お二人がこれだけ断わっているのに、執拗すぎます」

「後ろの者達も止めるならもっと強く止めに入れ」

「一応は王族の顔を立てて来たのだ。もういいだろう。行くぞ」


 エルクが俺とラウルを促した。帰るために王子の脇を通ると、反応して護衛の騎士が動く。

 その動いた騎士をエルクが目線で押し留めるのを見て、格好いいなと思った。

 俺にはできない芸当なので、止まっている間にさっさと通る。

 カルムスとダニエルが後ろから並んでついてくるので、そのまま家に帰った。


 数日後、王宮から非礼を詫びる手紙が届いた。

 丁度、王子からも非礼を詫びたいので、また城に来て欲しいと、手紙が来ていたので、“また呼んでいるが、お断りしたい。そちらで対応をして欲しい”という気持ちを遠回しに書いて、城に王子の手紙ごと送っておいた。


 これは求婚を断っているのに何度も申し込まれた時など、余程迷惑な時にしかやらない非礼な対応だ。こちらの気持ちは分かってもらえると思う。

 友人でも何でもないのだから気安く呼びつけて“私と話をしてくれ”というのは、自国の貴族を相手にやって欲しい。


 皆でモンパー国に旅行に行こうかと話した。


 ベリオール2号店には、王子だと名乗る者や王子のお付だと言ってレシピを盗みにくるやつらに接触されたら断るように言っておいた。


 レシピが流出した時点で、全員解雇にするしかなくなると告げると『ライバル店ですね! 絶対守ります!』としっかり頷いていた。


「断る時は、オーナーから漏らすなと言われています、と言えばいい。引き抜かれそうになったら断ってくれ。レシピを知ったら違うパティシエに作らせて捨てる気だ」


 この前、レシピを教えて欲しいと見知らぬ人間に声をかけられ断ったら付け回された、皆も気をつけるように、と話しておいた。


「分かりました!」


 ベリオールは、パティシエ界の憧れの店になっているが一度雇用されると本人が希望する限りは、5年ごとに更新されていくため空きがなかなか出ない。

 働く者もここで学んでいつかは独立をと、意識は高いからここまで言っておけば大丈夫だ。

 俺達は、迷惑な王子から逃げたいこともあり、モンパー国に遊びに行くことを決めたのだった。

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