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グリュッセン国の王子 前編

 グリュッセンの良いところは、観光国として成り立っていることから、他国の貴族に対し、羽を伸ばせるよう気遣いのあるところ。これに尽きる。


 社交界へ誘われるということが一切ないのだ。数ある別荘の中からここを選んでいる理由はそれだった。


 貴族街に住んでいるわけでもなく、観光客の多い海側でもなく、山側を選んでいる時点で、静かに暮らしたいと伝わっているようで、買い物中に貴族と出くわしても声をかけられたことはなかった。


 お互いに無言で貴族の挨拶の動作を行い、干渉しない。


 ハニハニやベリオール2号店の税金もかなりの額を支払っていることも大きいようで、下手につつかない方がいいと考えているのだと理解していた。


 俺達もその方がいい。

 何か言われたら、余所の国にある別荘に行くことになるだけだから。


 ところが、この日は少し違っていて、俺とラウルが並んで堤防から釣りをしていると、護衛の規模が尋常ではない人に声をかけられた。


「こんにちは。釣れますか」

「「こんにちは。ぼちぼちです」」


 後ろからフランクに声をかけられたので、挨拶だけをして、振り返らずに釣りをしたままだった。


 釣り人の挨拶なので、周囲で釣りをする平民からも声をかけられていたのだ。

 おじさんやお爺ちゃんばかりなので、“ラウル狙いの女性から守らないと”などと警戒することもなく、のんびりと楽しんでいた。


「護衛が一人もいないようですが、お貸ししましょうか」


 人を物のように扱う、その一言でラウルと顔を見合わせて振り向いた。

 大人数だった。一番偉いのは、中央の青年か。よく見ると、上背はあるがまだ幼い顔だ。少年かな。


「アハハ、そんなに人数いるの?」


 大規模な護衛団を見て、ラウルがいらないだろう、邪魔じゃないのと、言外に乗せた声色で言い、俺も観光で来ているどこかの王族かなと思いながら素知らぬふりで断りを入れた。


「お気遣いありがとうございます。しかし、魚が逃げるから結構です。できれば移動して頂けると助かります」


 向こうに行ってくれと笑顔で若い王族を追い払いにかかる。


 10代に見える学生の雰囲気のある王族も周りの騎士達は微動だにしないので、ラウルと目で相談し、船での釣りに変えようと釣竿を片づけた。


「もう行かれるのですか?」

「「…………」」


 俺達は無言で微笑んでから、漁師に船を出してくれないかと交渉をして、静かな海上で続きを楽しんだ。


 漁師に魚が好きなんだと言ったこともあってか、地元の美味しい魚を教えてもらった。もう何年も住んでいるので、馴染み深い魚の名だったが、気のいいおじさんに礼を言う。


「ありがとう。ついでに美味しい店も教えてもらえるともっと嬉しい」

「ハッハッハ! それならあそこだな」


 美味しい観光客用のレストランを言われたので、煙がもくもくの炭火焼き店の名前を挙げ、こっちの方が美味しかったと言うと笑われた。


「地元の漁師が行く塩煮の店は美味しかったよ」

「ここじゃなくて、向うの港にある店」

「ハハ。あそこは地元の漁師しか行かないが、売れない魚を無償で渡しているのさ」

「「“安うま”だった」」


 安くて旨い店だと褒め、それならと漁師が普段行く店の情報を教えてくれた。


「今日はやっているかな?」

「そういえばお腹減ったね」

「昼までだ。あと 2 時間で終いだな」

「朝早く行った方が、魚を選べそうだけどせっかくだし。よし、行こう」

「そうだね」

「それなら向こうの岸壁につける。その方が近い」

「「ありがとう」」


 店にほど近い場所まで船を動かしてもらった。

 多めに代金を支払い、船から飛び下りるように着地した。また!と手を振って別れ、閉まる前にと足早に大きな食堂に入った。


 入ると、“貴族だ”と、一様に見られるが気にしていたら美味しいものは食べられない。

 平民の食堂に案内などないので、勝手に良さそうなカウンターに腰掛ける。

 調理するところが見えた。特等席だな。


「お母さーん。美味しい魚の炭火焼きが食べたい。あと汁物もお願い」

「僕はねー。カキフライが食べたいよ。無ければ他の貝でもいいよ。それもなければエビフライか魚のフライ。レモン多目で。小舟の釣りで身体が冷えたから汁物もちょうだい」

「はーい。焼き1つ、汁2、カキフライはないけど、貝は種類があるから美味しいものを出すわね」

「うん!」

「じゃあ。盛り合わせにして。俺も食べたい」


 俺とラウルが厨房にいるお母さんに声をかけ、注文を告げると、店内の客も『あれ?』となり、貴族じゃなくて富裕層か?と気にせずにまた食べ始める。


 すぐにくる美味しい料理をラウルと二人でがつがつと食べ、頬張る。

 カキではない大ぶりの貝は何か分からないけれど美味しかった。たっぷり入った海鮮と塩味のみの汁は舌と臓腑が喜ぶ味だ。


 二人で良い店だと喜んで食べていると、さっきの王族が食堂の扉の所にいるとラウルに小声で言われ、ちらりと見ると、4名に減らした護衛と共に店内に入り、案内を待っていた。


「無視して食べよう」

「食べ終わったら急いで出る?」

「そうしよう」


 他の客が頼んだことで海鮮のおこわがあると知り、持ち帰りできるか尋ねるとできると言うので、お土産に10こを頼んだ。これ以上は他の客に恨まれてしまいそうだ。


 食べ終わり、いくらか聞いてテーブルの上に支払った。

 出入り口にいるのが邪魔で、他の客の迷惑になっているが、こちらは護衛がいるので明らかに貴族だと客達は分かっている。

 威圧しているわけではないが、怖くて何も言えないようだ。

 帰りたい客が、苛々とテーブルを指で叩いていた。お母さんと料理を作っている父親と息子も困っているので、大きな声で言う。


「初対面で失礼かとは思いますが、そこは出入り口なので他の人の迷惑になっていますよ」

 知らない人アピールもできる。

「アハハ。店に入ったら座らないとね」


 ラウルも援護射撃をしてくれた。

 慌てて横に避けたが、護衛は避けない。

 避けない護衛に王族らしき者は避けるように命令していた。それで誰が主かは決定打になる。


「お母さん、支払いの金額あっているかな? 帰ってもいい?」

「ええ、あっています。ありがとうございました」

 明らかにあの客のことを言っているので、気にしないでと笑った。

「フライも汁も美味しかったよ」

「ごちそうさま。本当に美味しかったよ」


 俺達が帰ると店主達に言うと、このタイミングで帰ろうと何人かが席を立った。

 出入り口付近で立ったままの護衛達に、もう少しそっちに行ってもらえませんか?あそこの席は空いていますよ、と言ってから店を出た。


 声をかけようと口を開かれる前に、言いたいことを言ってさっさと出る。

 そうして、歩いていたスピードを徐々に上げていく。


「腹ごなしに散策して帰りたいけど、明らかに追って来てるよね」

 ラウルの言葉に頷く。

「家の場所も知っていると思うか? 撒いて帰る方がいいのかもしれないな。他の護衛騎士もその辺にいるかな」


 俺の言葉を受け、ラウルが探査の小さな魔法陣を分からないように手の平に描いて調べると、建物の陰や曲り角にいると分かった。

 撒いて帰ろうかと話して平民街の裏路地に入ったが、向こうも慣れているようでついて来る。


「他国じゃなくて、この国の騎士達か」

「貴族街で見る騎士の騎士服とデザインが違うよ?」

「王族専用の護衛騎士達だ、きっと。アインテールも少しデザインが違った」


 初等科の時、荷物検査をしようとしたアルベルトの騎士服とクレバの騎士服が部分的に違っていた。


「ふーん、そっか。そこの角を曲がったらミラージュを使うよ」

「俺も何か光魔法を使おう」


 二人で簡単な目眩ましの魔法を使うことにして、角を曲がった。

 そして、知らない建物に入り様子を窺う。

 騎士達は、眩しい光の反射と隠蔽魔法に目を閉じ、足を止めた。

 優秀なのか、耳で音を拾おうとしていた。

 残念ながら認識阻害の魔道具を身に着けているので無駄だ。


 騎士を撒くこと成功し、その僅かな時間でベリオールの2号店まで行って従業員の休憩室からゲートを利用して家まで帰った。


 仕事でヘトヘトになった時用だったけれど、作っておいてよかった。俺の部屋の一枚の扉と繋がっている。緊急避難だ。


 探査・探知魔法を阻害する魔道具を着けているので、これで大丈夫だろう。

 作るのは難しかったが、高等科の時に魔道具作りのツワモノ達で考えに考え、作りあげたものだ。


「第一王子対策がこんなところで役に立つとは……」

「本当だね。エルクに言いに行こうよ」

「兄上達にも言わないとまずいな」


 カルムスとダニエル、エルクに変な王族につけ回されたと報告をしておしまいだ。


「どこの国か分かるか?」


 騎士服の特徴で分かるから話すように言う3人に手を顔の前で振り、違うと訴え、多分この国の王子だと言うと拍子抜けしていた。


「他国の王子が台頭するために力を利用しようと接触してきたのかと思ったぞ」

 カルムスの言葉に慄く。

「怖いよ、それ」

「そういうこともあるんだね」

「ここは観光国ですからそういったことはマナー違反です」


 といっても、情勢的に可能性はあるという。どこかで出し抜かないと王座には座れないからだ。そういうのは、自力でやって欲しい。


「ラインツ様は顔が広かった。礼儀知らずな国は出ないと信じたいが。ソルレイ、やられたらやり返せよ」

 名指さしか。

「頑張ってみるよ」

「やられる前に地面に縫い止めればいい」


 エルクにも言われて頷く。

 やり返せないと思われている。大丈夫だよ、今日もやり返したと伝え、ラウルを見ると、笑いながら一番弱い魔法でやり返していたよと言うのだ。


「光魔法のライトだったよ」

「まあ、それでもいい」

「やらないよりマシだ」

「そうですね」

 言いながら口元に笑みを浮かべて笑い出す。

「皆、酷いよ。ラウルがミラージュだったから効果的だったんだよ」


 色んな所に反射をして目を潰した。嫌な魔法だったと思う。


 家の周りに来ても正式な打診がない場合は、無視しようと話をして纏まり、執事長とメイド長も訪ねて来られても穏やかに話して帰って頂く、との対応で決まった。


 王族といえども手紙でアポイントを取らない限りは来られない。

 なにせ初対面だからな。

 呼び出しなら別だが、他国の貴族を呼びつけると間違いなくその国の王族と揉めるので、普通はやらないものだ。

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