アーチェリーの憂鬱 3
17歳の春に領地に戻ることなく、アジェリード第一王子の命令でリックファイ渓谷の戦場に行く羽目になった。
そこで命の心配をしながら毎日言われるまま魔法陣に魔力を注ぎ続けては眠る生活をしていた。
逃げる機会を伺っていたものの、見張りの騎士がつけられており、二度スニプルに乗って逃げようとして失敗をした。
秋も深まった頃に、クリヒーの丘まで撤退をすると言われて、ようやく安全かと思いきや、そこで徹底抗戦をするという。
ここで勝たなければ、アインテール国にまでセインデル国とカインズ国の軍隊が来る可能性があると聞き、会議をしている軍人達のところまで行った。
警護の軍人がいて止められたが、魔法で強化した拳で叩いて強引に中まで入った。
「おい! やり合っているのはセインデル国だろ! カインズ国ってなんだよ!」
中に入ると、6人のおっさん達が、テーブルの上に広げた地図とその上に戦力を表す色硝子を置いて眺めていた。
「誰だ? 君は」
「俺はアチェリー・グルバーグだ!」
「ああ。例の子だね」
「今は会議中だ。出て行きなさい」
「なんだと!?」
全員にじろりと睨まれる。
「今は、騎士団長と副騎士団長による戦略会議中だ。出て行け」
「待て。見張りはどうした?」
一人の軍人が外に出て行き、倒れている奴に声をかけていた。
そして、すぐに声を張り上げた。
「ハッセン、ジェイモンド! 来てくれ、重体だ! このままでは死ぬ!」
その声を聞いた軍人の一人に殴られた。
「貴様!」
転がされ、地面に顔を打ち付けて鼻血が出た。
「なにをする!」
「それは、こちらの台詞だ! 貴様は生かしておけぬ!」
剣を抜き、魔力を籠めるのを見て、俺を殺す気かと後ずさる。いや、殺られる前に殺るか。
「エランド、やめろ。……グルバーグ家の人間だ」
そ、そうだ! 俺はグルバーグ家の人間なんだからこんなこと許されるわけがないんだ。
「あいつが、俺の腰を掴んで引き倒したから殴るしかなかったんだろうが!」
言い返してやると、剣を構えた。
「ミルバ殿。この者は我が第5騎士団の騎士を殺そうとしたのですぞ。グルバーグ家の人間などと王子以外誰も思ってはおりませぬ。こやつの所業は許せませぬ」
「ひっ」
剣を今にも振りかぶられそうで、嫌な汗が噴き出た。
「殺すのは許さぬ。軍法会議にかけるが、どちらにしてもクリヒーの丘まで撤退だ。これ以上、後手に回る気はない。時間が惜しい。その方も、仲間を殺してまでここに来て何を確認したかったのだ? グルバーグ家の人間は、威風堂々としているものだ。家名ではなく態度でグルバーグの人間だと示せ」
厳格そうな軍人がそう言うと、潮目が少し変わった。
「ふむ。ミルバ様の言う通りです。エランド様、心でどう思おうが勝手ですが口に出せば王族批判と取られます故、お気をつけを。ともあれ、皆が思っているので、ここでは大丈夫ですがね。君、知らぬようであるから言っておきますが、軍属の一騎士として登録されている以上、我々の方が立場も位も上だから口のきき方に気をつけなさい」
な!? 嘘だろう!?
「聞いてないぞ!」
「アーチェリー君。どうみても、君はグルバーグ家の人間ではないのですよ。ちなみに外にいた騎士も君より上の立場です。上官を殺そうとしたのだから軍法会議では死刑判決になるでしょう」
「そ、そんなことがあるわけないだろ!」
「戦争中は、刑の執行が猶予される。君が言った通り、誰も思っていなくてもグルバーグ家の人間なので利用価値はあるからだね」
「魔法陣に魔力を籠める仕事を頑張りなさい」
君にはそれしかできない、と言われ腹立ち紛れに魔法を放とうとして、何人にも腹を殴られ意識がなくなった。
次に起きた時は、クリヒーの丘だった。
周りの騎士の眼は冷たいものに変わっており、なんだ!?と思ったが、幕張前にいた重体のやつの一人が死んだらしい。
二人いたが、一人は幕張の側面で発見が遅れたとかなんとか。休憩から戻って来た感じだったからな。
カインズ国では、装備がちゃんとしていたがこの国では装備品は碌な物ではないようだ。
気絶している間に行われた軍法会議では、死刑判決が出たらしい。
従う気など更々なかったので、逃げようとしたら騎士に顔を何度も殴られた。倒れても馬乗りになって殴られ続けた。
「よくも俺の親友を! クズが!」
「ぐっ。ぐぁあっ」
背中に冷たい土が体温を奪っていくが、殴られたところは熱かった。その熱が身体の至る所に痛みとともに広がっていった。
ようやく終わった頃、周りに多くの騎士がいたことに気づいた。
だが、助けにも止めにも入らず、見ているだけだった。気に入らない目が幾つも見下ろしていた。
翌日には、魔力を吸収する貴族の罪人に使う用の鉱石を押し当てられた。
魔法陣は、これを使うのでそこで寝ていていいぞと言われた。
「クソ!」
この日だけではなく、縄で縛られ鉱石を押し当てられる日々が続いた。
三度の食事の時だけ、縄が外されたが、鉱石を押し当てられると、身体から一気に魔力を抜かれ、ふらふらになることから逃げることができなかった。
どうやって逃げるかを模索していたある夜、女性達がテントに来た。
カインズ国の学生寮で何度も抱いた女子達だった。
しめた!
「助けてくれよ!あいつら酷いんだ!」
「「「…………」」」
無言で近づいてくる中、両手に持っている大き目の石に気づいた。
「ちょっ。待てよ。それは何だ!? 誰か!! 来てくれ! 誰かー!!」
叫ぶ中、何度も大きい石を振り被って投げつけられた。
「ぐはっ。いてぇよ!」
騒ぎに気づいた騎士がやって来て、やめるように言うまで続いた暴行で、俺の身体は打ち身の鈍痛が酷く、熱が出て眠れなくなった。
骨も折れたようだ。動かすたびに激痛が走る。
ふざけやがって!
絶対に生き延びて復讐してやろうと決めた。
そんなある日の真夜中に、ここで一番偉いというやつが来て、俺に話しかけた。
「ここにいるようにと言っているのは、第一王子のアジェリード様だ。嘆願書を出すのはどうだろうか。牢屋に入ることにはなるが、ここにいても辛いだけでは?」
顔が腫れているため声が上手く出ず、痛みに呻きながら頷いた。
そっちの方がマシだ。
「返事が来るまでは、ここかもしれないが、なるべく帰れるようにこちらでも動くことを約束する」
そう言うと去って行った。
冬になり、テントで寒い中、片手で身体を擦って温めながら痛みを耐える苦しい日々が続き、春になれば帰れると、入ったばかりに見える若い騎士が伝えに来た。
「クレバ様に感謝した方がいいよ。王子が死ぬまでそこにいさせろって言ったのを、それは余りにもって説得したんだからさ」
「な、なんだと!?」
驚いて言うと、首を傾げる。
「そんなに変なこと言った?」
「なぜ王子が俺を殺すんだ!?」
「え?」
そう言うと驚きに目を見開く。
「だって、あなたは貴族の同胞を殺して、死刑判決が出ているんだよ。第一王子が連れてきた平民がグルバーグ家の人間じゃないのなんか貴族なら皆知っているよ。その平民が貴族殺しだよ? 本来なら公開処刑だよ」
なんだ!
そのガセ情報は!
「俺は間違いなくグルバーグ家の人間だ! 辺境伯家の領主だぞ!」
「まあ、そう言われると体面上はそうかも。でも、貴族同士でも殺したら死刑だからどのみち変わらない。どうせ死ぬなら戦場で役に立ってから死ねっていうのがアジェリード様のお気持ちなんじゃないの」
「な!? 幕張前にいたやつは、運が悪くて死んだだけだろ!」
カインズ国の兵士や騎士ならあれくらいでは気絶もしない。それほどの魔力しか籠めなかったのに、この言われようは何だ!?
「伝令は損だね。ここにいると疲れるよ。じゃあね」
待て! 声をかけても出て行った。
春になり迎えが来ると、アインテール国に戻れば死刑を執行すると告げた。憐れむような目つきだ。
「残念ですが、死刑は免れないでしょうね」
「嫌だぞ! なんでだよ!」
「罪人だからですよ。あなたは騎士を魔法で殺したでしょうに」
「カインズ国みたいにちゃんとした装備だったら死ななかっただろうが! あんな強化魔法で死ぬのなんか、おまえ達の責任だ!」
俺が叫ぶと周りのやつらが武器を構えた。
「!?」
「あなた……。もしや、カインズ国と繋がっているのですか?」
迎えに来た者の一言で、周囲の騎士達に取り囲まれた。
「クレバ第2騎士団長殿。やはり、戦場で働かせて貰えませんか。連れ帰ったところで処遇に困るのですよ」
無駄飯を食べさせるより、戦場で役に立ってもらった方がいいのです、と無駄に髪の長いやつが言いやがったので、魔力を籠めた。が、力が抜けていく。
「な!?」
クレバという騎士に背後を取られて首に石を押し当てられていた。
「見張りをする騎士達の疲労も大きいです。そこに2人の人員を入れると交代で4人が取られるわけです。戦況は聞いていると思うのですが?」
「では、見張りの者をこちらで用意するというのではいかがでしょうか」
「あなたが引き受けますか? その仕事は結局、別の軍属の騎士がするのでしょう」
「…………」
「士気が下がって迷惑なのですよ」
「……囮役で使えませんか?」
「26回逃亡しようとしています。本当にカインズ国と繋がりがあるのなら、向こうの軍部にこちらの情報が渡ります」
「…………連れて帰るしかなさそうですね」
話がつき連れて行かれそうになったので、俺は隠し持っていた魔道具を発動させた。
どうせ死ぬのならここにいるやつらを殺してもいいだろう。全員巻き込んでやる!
「死ね!」
ところが、燃えたのは俺の身体だけだった。
「ぎゃあ!」
「水魔法を」
クレバと呼ばれたやつが、そう言うと面倒そうに周りの騎士達が俺に最小限の水をかけた。
「な、なぜ効かなかった!? これは、魔道具だ。は、速さは最速だぞ」
「反射魔法だ」
さすがは、クレバ様だと声が上がる。何を言っているんだ! 魔法で防げるはずがないだろうが!
「そんなはずはない! 魔法より速いはずだ! これはカインズ国の英知の結晶だぞ! この魔道具は、世界最速の魔道具アゼルベンだ!」
「そうですか。その情報は嬉しいものです」
本当に嬉しそうに笑う。
それを見て、周りの軍人達も頷く。
「クレバ様の言う通りだ。その魔道具は解析しよう」
「そうだな。カインズ国の魔道具となると重要な情報源だ。おい寄越せ」
火傷に水をかけられ水ぶくれになっている身体を容赦なく縄で縛りあげ、俺の持っていた魔道具はいとも容易く取り上げられた。
「魔力を少しでも温存したい戦場で手間を取らせるな」
痛みに呻いても無駄で死なないだろうと判断され治療されることはなかった。
「まさか、本当にカインズ国と手を結んでいるとは……」
「そんなわけないだろう!俺はあそこの貴族学校を出ているんだ!魔道具など幾らでも買える!」
「ふぅ。そんなわけないでしょうに」
腹を殴られ、呻いている間にスニプル車に乗せられていた。処刑されるためにアインテール国に戻るなんて冗談ではない。
今の季節は春で1年も戦場にいたことになる。
俺は、一度王都に連れて行かれた。だが、そこで裁判があったわけでもなく、有無を言わさずにまた移動をして、郊外にあるという牢屋に入れられたが、死刑が執行されることはなかった。
夏になり、秋も過ぎ、傷痕は残ったものの、痛みは自然に癒えた。
最初は死刑判決にびびっていたが、一向にその気配はない。牢屋の中での噂では、王子が俺を庇護しているとか。それはそうだろう。グルバーグ家だぞ。
やはり、軍のやつらの言うことはあてにならないな。
この戦争で少しでも多くの軍人が死ねばいいのにと願っていたが、強いと思っていたセインデル国は、精鋭の第2騎士団と第3騎士団、それから、第4、第5、第6騎士団に退けられたと看守達が話しているのを耳にした。
興奮していて声が大きかったのだ。
退けた時に、大きな白い柱が現れカインズ国の方まで飛んでいったらしい。
アインテール国内からもはっきり見えたと言っていた。
これを受け、カインズ国がどう動くか注目されているようだ。セインデル国からは、和睦の申し出があったらしく、それもどうするか話し合っているらしいが、随分とのんびりした話だな。
俺の知っているカインズ国はもっと強かだった。今に攻撃を受けるだろう。
カツカツと独特な靴音が牢屋に響けば、同じ牢屋に入れられている奴らが大人しくなった。看守だ。俺のいる牢屋まで来て止まった。
なんだ?
「おい。おまえ、秋の終わりになったら軍が帰国するから死刑が執行されるぞ」
「なんだと!? 俺の死刑は撤回されたんじゃなかったのか!?」
「そんなわけがないだろう。騎士だと、戦中は刑の執行が止まるからな。最後の第6騎士団が戻ったら王都で処刑だとよ。1週間後に王都に護送だが、死ぬ前に食いたい物はあるか?」
クソ!どうなっているんだ!?
王子は俺を助けたくないのか!?
これが、ボンズなら!
待てよ。そうだ!
ボンズなら俺を助けてくれるだろう。
「……好きな物が食えるのか?」
「ああ。一度だけだかな」
「……そうか。グルバーグ家の料理長の料理が食べたい」
こうすれば、ボンズ達と連絡が取れるだろう。
「あん? それはできんぞ。料理を作る者は決まっている」
「そこを頼む。俺はグルバーグ家の跡継ぎだ。家が断絶することを王がするとは思わん。こちらについた方が、利があるぞ」
俺は、真面目に薦めてやったが、看守は俺の話を聞いて吹き出した。
「ブフッ、ワハハハ。まあ、食いたい物を決めておけよ。食うのは王都の死刑執行前だ」
歩いて行こうとしたので、呼び止める。
「俺はグルバーグ家の人間だぞ!」
「グルバーグ家の人間だろうが、貴族を殺せば裁かれるさ。殺したのが平民なら別だろうがな」
笑いながら戻っていった。
護送中に逃げるしかないか。
考える時間はあるんだ。隙を狙えばいける。
幸いにも俺がいれられたのは独房じゃない。
脱獄したいと話している連中はいる。
うまく扇動して、その隙に俺だけが逃げられればいい。
グルバーグ領に戻って、ボンズと合流したらスニプルで脱出だ。




