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クレバの秘めた想い

「ただいま戻りましたー」

 元気のいい声でフィルバが帰宅する声が部屋まで届いた。

「フィルバ。クレバ兄上はいつ出陣になるか分からないんだぞ。今日は早く戻るようにと言ってあっただろう」

「ごめんなさい。でも、大事な話だったのです。クレバ兄様はまだいらっしゃいますか」


 一番下の弟は自分に用事があるらしいと分かり席を立った。扉を開けて階下に声をかける。


「どうした?」

「あ! 兄様、大変です! 兄様の想い人から伝言をお預かりしました」


 その言葉にダダッと階段を駆け下りる。

 フィルバと話をしていたグエンダは驚愕の顔をしているが、構ってはいられない。


「会ったのだな!? 何と言ったのだ?」

「高等科の後期試験でのことを家に来て謝って欲しいそうです、そうすれば、初等科の文化祭でのことは謝るとおしゃっていました」


 思っていた伝言ではなかった。

 何年も前のことをなぜ急に……。


「あの、兄様?」

 訝しんでいると、声をかけられたので最初から話を聞いた方がいいと思い直す。

「部屋で詳しく聞きたい」

「はい」


 フィルバから話を聞き、大体の成り行きが分かった。

 偶然がいくつも重なったようだ。

 フィルバに声をかけてくれて良かったと思う。

 知らなかった話もあったが、今度こそ、これがいいきっかけになればいい。


 翌日、卵を持参して訪ねるとソルレイ様は肌艶もよく幸せに暮らしているのが分かり、私も幸せな気持ちになった。


 あれほど話すのが嫌だった昔の話をして、『あの時は悪かった』との一言で救われ、笑みがこぼれた。

 自然と口から、

「昔のことですからもういいのです」と言えた。


 どうやら話をしたら魔道具を渡そうと作っておいてくれたらしい。フィルバからそろそろ出陣するのではないかと聞いたという。数が4つしかなかったので、兄弟のことを話すとその場で2つ作ってくれた。


 高等科の時に作った魔道具は、ソルレイ様がここをこうすればいいと色々と助言をしながら弄ってくれたため、自分でも理解できないクオリティになってしまい、本当の意味でのお守り代わりになっていたが、それを見て作り直してくれるという。


 出陣に間に合えば嬉しい。

 その思いが通じたのか、この場で作ってくれることになった。


「集中してやるからお菓子でも食べてて」

「はい」


 そこからは喋らず、黙々と魔道具を組み上げていく手つきに魅入った。テーブルに置かれた様々な鉱石は1級鉱石ではないだろうか。惜しげもなく使われていくので驚いた。

 私のためにそうしてくれることが嬉しく、口元が弧を描く。


 この時間がずっと続けばいいと思っていたが、そうはいかず、完成したと告げられた。MPポーションがふんだんに入れられた器に魔道具を入れると、宝石のように煌めいて輝いていく。


 磨かなくてもこれほどに美しくなるのか。

「はい、どうぞ」

 微笑んで差し出され、恭しく両手で受け取る。

「ソルレイ様、ありがとうございました。一生涯大切に致します。……それも貰って宜しいですか?」


 もう一つ欲しくなり、ハンカチを強請ると驚かれたが、いいよと言われたので気の変わらない内にと懐にしまった。


 昼食を一緒にどうか、と誘われ家で弟達と食べる約束をしていたのも忘れ頷いた。

 立とうとしたソルレイ様が不自然に動きを止め、手を額に当てた。

 そのまま動かないので“どうかされましたか”と声をかけようとして血の気が引いていることに気づいた。

 しまった。魔力を使いすぎたのか。


 グルバーグ家の魔力量はかなり多いと聞いていたために気づかなかった。


 昨日の件だとソルレイ様は話すが、魔道具を作るのに、かなりの量の魔力を注いでくれていたからだ。

 申し訳なさから魔力の譲渡を申し出た。

 誰かに魔力を渡すことを求愛だと知られたいような。このまま知られたくないような……。


 初等科からずっとつけている魔道具の指輪はどなたに?と尋ね、ラインツ様だと知りほっとする。

 楽しい食事の時間を過ごし、お土産を戴いて家に戻った。



 夕方近くになっていたため、弟達には『どうでしたか?』と聞かれたので、誤解は解けたと伝えておいた。


 ベリオールの新作菓子の試食の話をすると、甘い物が好きなフィルバは目を輝かせた。

 初等科の頃の文化祭のジュレも、子供は一律銀貨1枚ということで、こっそり食べに行っていたのを知っている。


 後でグエンダに知られ、兄上が退学になったらおまえのせいだぞ!と怒られていた。

 たった一日で忌々しい思い出が懐かしい思い出へと変わった。本当に不思議な方だ。


「クレバ兄様、嬉しいのですが、そうではなくてですね……あの……」


 気にせず、好きに行っていいぞと笑う。もうすぐ出陣だから気兼ねしているのだろう。伝え忘れていた辺境領へ移転していることも話した。


「兄上、ソルレイ様はお菓子を作るのが好きなわけですから、手土産は卵ではなく、お菓子が宜しかったかと思います」

 グエンダの言葉には、苦笑いをするしかない。

「何を言っているんだ。エイレバ兄上はダンジョンで一緒に行けなかったのを面白がって“想い人”と表現しただけだ。妄想もほどほどにな。それからこれは、おまえ達にだ。父上の分もあるが、これは私が戦場で渡しておく。ソルレイ様が作ってくれた魔道具のお守りだ。肌身離さず持つように」

「本当ですか! 凄いですね!」

「貰っても宜しいのですか!?」


 ソルレイ様に作ってもらえるなんて!と、喜んで素直に引き下がる弟達に笑って部屋に入る。


 重ねるように首から下げている貰った魔道具を掴んで両方に口づける。

 ダンジョンの時は、いつか真実を知ったソルレイ様が気に病むのではないかと思い、生存できる道を探った。

 こんなに素晴らしい物を貰ったのだ。今度の戦場でもダンジョンの時のように生きて戻らないと。

 


 2日後、出陣要請が出たため、グルバーグ領地へと向った。会いに行くと、巨石群を守る魔道具を渡された。


「わざわざ悪いな。これを2箇所に埋めて欲しい。そうすれば一帯は安全だ」

「お安い御用ですよ」


 それから、どうしても不味くなった時に逃げるための時間稼ぎに使える魔法陣だと渡されたものを懐に仕舞う。


 密入国でもばれないだろうと堂々としているので困ってしまうが、集合場所の正門まで一緒に行くと言われたのは嬉しかった。城壁の監視から見えない木陰まで頼んだ。


「その、少し、抱きしめさせてもらえませんか」

「その台詞は死にそうだな」


 決死の思いに対し、縁起でもないことを言い、この戦争ってそんなに分が悪いのかとぶつぶつ言っていた。


「クレバ。俺は想いに応えることはできないぞ」

 一昨日の今日とは短い幸せだったか。

「元より、どうこうしたいとは思っておりません」

「そうか。魔力の譲渡のことをカルムス兄上から聞いたから言っておこうかと思ったんだ」

 明るく笑う。

「ちゃんと生きて戻らないと駄目だぞ」


 戦場に行く前に想いに応えられないと振ったのだから、これくらいは許されるだろうと抱きしめた。


「ずっとお慕いしておりました」


 目を開けて嫌がられていたらと思うと、怖かったが、どうしても見たくて薄目を開けると、物凄く驚いていた。

 見たことのない顔に笑いが込み上げた。


「ハハハハハハ! 凄い顔ですね」

「!? 冗談か?」

 やっぱりクレイジーじゃないかと怒られた。

「いえいえ」


 怖いどころか逆効果で、嬉しくて笑顔になってしまいそうだが、相当に怒らせただろう。


「生きて戻れるように、戦場で胆を尽くして参ります」


 頭を下げ、行こうとしたら腕を掴まれた。

 眉間に皺を寄せている。

 不機嫌そうな声色で命令をされる。


「上半身の服を脱いで、背中を向けて立て」


 蹴りを受けるのか。

 第2騎士団の軍服を脱いで背中を向けると、背中に指が這う。描かれているのは魔法陣だろうか。


「死なれると目覚めが悪いからな」

 その言葉に冗談にしておくか迷った気持ちが吹っ切れた。

「出陣前に振るのはやめて欲しかったですが、自暴自棄になって突っ込んだりしません」

「カルムス兄上の予想は外れていると思ったのに……」

「ソルレイ様は昔から私に対して酷いです」

「子供の時のことは謝っただろう」

「“多分、違うのだろうな”と思いながら、“とりあえず振っておこうか”と振るのは酷いですよ。ちゃんと告白すらしていなかったのに。秘めた思いを暴かないでください。私は一生秘めるつもりでした」


 この間は本当に救護のつもりだったのにと嘯く。


「うっ」


 背中で呻くような声が聞こえて笑む。

 片恋で終わるのは目に見えていたが、このようなやりとりができるとは思わなかった。


 距離が縮まったようで嬉しい気持ちを持った。背中の指が止まり、魔力を籠められていく。

 身体に魔法陣を描かれると、魔力で焼けるような痛みが出て痕が残ると聞く。

 一生消えぬ痕をつけられるのならそれでもかまわない。


「少しずつやるから痛かったら言って欲しい」

「はい」

 無事を祈る温かな魔力だ。

 痛みはなかった。

「ふぅ。よかった」

 ソルレイ様の安堵の息を吐く声を聞き、礼を言う。

「人の身体に魔力を籠めるのは難しいと聞いたことがあります。ありがとうございました」

「うん。だいぶ頑張ったよ。これでなかったことにしてくれ」

「それはちょっと……」

「俺よりクレバの方が酷いと思う」

「ハハハ」


 シャツを着て上着を締めローブを羽織る。

 振り返ると、ソルレイ様は木に凭れかかっていた。


「ソルレイ様……。また無理をさせましたか?」

「これくらい平気だ」

 この前とは違い、しっかりとした口調だった。

「そうなのですか?」

「皆、もう集まっているよ! ほら!早く行かないと怒られるぞ!」

 確かに正門前には集まっているようだが……。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ! ほら!」


 ドンと押されたのだが、全く動かない。

 そのことに『ええ!?』と驚いた声を上げるので、笑いながら『行ってきます』と声をかけてから正門に向かった。


 振られて戦場に向かうのに、人生で一番幸せを感じる不思議な日だった。

 綺麗に整列している騎士団に声をかける。


「これよりクリヒーの丘にて迎撃戦に入る! 第2騎士団! 出陣!」

「はっ!」


 部下達の返事をする声が正門に響き渡った。

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