ソルレイとクレバの友情 後編
集中して魔道具を作っていたからか、昼を大幅に過ぎていたので、一緒に昼をと誘って立ち上がるとふらついた。
魔力を使いすぎたらしい。
あー、倒れるかなと思ったら腕を掴まれた。遠のいた意識が戻される。
「ソルレイ様? 具合が……」
「いや、違う。魔力の使いすぎだ。連日だったから……」
クレバが肩を押すように席に座らせるので、メイドを呼んで食事の用意をと頼んだ。
支度ができるまで少し休もうと、ソファーに座り直すとクレバも隣に座り肩を引かれた。凭れていていいらしい。
「無理をさせてしまってすみません」
申し訳なさそうに言われる。
「昨日のベリオールの移転だ。グルバーグ家の魔力量でも日に何度も使うには魔力の消費が激しい魔法陣だからな。弟と二人でやったけど疲れた」
辺境領には7年前に魔道具を設置して出て行ったことを伝え、戦争になったと聞いて安全な場所に移転をさせる必要があったのだと話した。こんなことをクレバと話すなんて自分でも不思議だった。
「それでお戻りになられたのですか。私の魔力を譲渡したいのですが、宜しいですか?」
「そんなことできるの?」
「騎士達は、救護の一環で仲の良い者にはやったりします」
「へえ」
お爺様からもらったような感じだろうか。あの時は手を出すように言われたけれど、いまわの際の弱弱しい手に両手で包み込むようにしたことを思い出す。
「手を出せばいいのか?」
「はい、手首を握ります」
「? 変わっているな」
手首の血管に親指が当たり表側は4本の指が添えられている。変な感じだ。魔力が流し込まれたが、その独特な感覚に身体が吃驚した。
お爺様の魔力は眠っている時に雀の涙ほどもらっていたからかすぐに馴染んで、気持ち悪くなったり酔ったりはしなかったのだが、魔力が混じり合うような奇妙な感覚だ。
目を閉じて車酔いのような感覚に耐えてソファーに背を預けた。
「気持ち悪い」
「すみません、応急手当ですので……」
言葉の選択が悪かったことに気づき、酔うような感覚になっていると言い直した。
「5分もすれば楽になるはずです」
「そう、なんだ」
真剣な顔でしているのを見るに本当に救護なのだろう。戦場で魔力が尽きた騎士にする行為なのかもしれない。
3分も経っていないと思う。魔力が落ち着いたのが感覚として分かった。急に楽になったのだ。
視界が端から黒く変わっていったからもう倒れるかと思っていたが、ふらつく感覚がなくなったことに安心をした。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、もう大丈夫だ。でも、これってクレバの方は大丈夫なのか?」
「はい。少し渡しただけですから。一晩寝れば回復します」
「そうか」
戦場で倒れて気を失っていたなら救護をされても知らずに済んだのだろうが、意識がある為、気恥ずかしい。
助けてもらった手前、やり方に文句も言えない。
念のため、もう少し立たない方が良いと心配された。メイドが食事の用意が整ったと知らせに来るまでそのまま休み続けた。
席を立つ時に手を差し出された。
こういうのって貴族は本当に紳士的だよな。
初等科の時に熱を出した時もカルムスやダニエルはとても優しかった。
前世の記憶が少しだけあるから、エスコートは女性にするものだという印象があるのだが、この世界では、必要な人に手を差し伸べることこそがエスコートという考えだ。
同性だろうが子供であろうが、お年寄りであろうが、ハンディキャップを持っている人であろうが健常者だろうが関係ない。
必要な人に手を差し伸べること、そうできることが貴族の誇りだ。
アインテール国の貴族はそれが顕著だった。
食事室で見知った顔の給仕に椅子を引かれ、席に着く。
クレバの持って来てくれた卵を使って欲しいと言ったので、前菜でベーコンを使ったミモザ風のサラダになったり、エビの黄金焼きになったりと使われていた。
メインは、鹿の塩釜にハーブを練り込んでオーブンでローストされたものだ。
益獣としてグルバーグ領では普通にいる。
草を沢山食べてくれるので山には必要な生き物だ。
それに赤身の肉が美味しい。
甘党だが、お酒もそれなりに飲めると言うので、赤ワインを出してもらい一緒に楽しんだ。ドルチェは赤ワインとチョコレートを使ったテリーヌで砕いた栗も入っている。
「凄く美味しいです」
「持って帰るか?」
「是非」
カルムスとダニエルが喜ぶかなと作ったものだが、2本あるので1本を土産に渡すことにした。
「赤ワインが入っているから、フィルバは食べられないよ。酔わないように気をつけて。あとチョコレートは要冷蔵なんだ。常温だと溶けだしてしまうからな」
今の季節は秋だから、まあ大丈夫だろうとは思う。
「分かりました。これもソルレイ様の手作りですか?」
「うん。大人用ドルチェだよ。好みが変わってきたのか。こういうものが良くなってきた。お酒を呑むようになったからかも知れない。ケーキも好きだけどね。今は少しずつ多くの種類が欲しい」
生クリームのケーキを 1 つよりも、一口サイズより少しだけ大きいもので後味が甘くないものが数種類欲しいのだと言うと、ベリオールでもそうして欲しいと言われた。
いつも何を買うか迷うらしい。
「季節のケーキ 1 択かと思った」
給料が入ったらご褒美に買うようなイメージだ。
「秋は一月しかないので、限定商品の競争率は上がりますが、夏は三月ありますから食べられます」
そんなに頻繁に行っているとは思わなかったな。ただのリップサービスかと……。
「ソルレイ様。本当に通っていますよ?」
「あー、いや……」
「顔に出ています」
視線を彷徨わせる。
近年は、貴族と交流をしていなかったから顔に出てしまうのかな。
エルクは元々平民だと知っているから激甘判定だし、カルムスも身内にはこの上なく優しい。俺もラウルも弟扱いだ。ダニエルも今は怒ってくれない。もう大人だからだ。
屋敷の皆も家族だからよほどやらかさない限りは注意されない。
エリドルドには怒られそうだ。『貴族と会う時は、どんな時であろうと気を抜いてはいけませんぞ』
久しく会っていない大きな目をした怒り顔が頭に浮かぶ。
「偶に買って帰るくらいかと思っていた。だって、フィルバが、“うちは貧乏男爵家なのです”って言うから」
言い訳をすると笑い飛ばされた。
「ハハ。確かにそうです。兄弟が多いので大変でしたが、騎士になったら働き手は増えますから余裕はあるのですよ。私と一番上の兄は、第2騎士団です。他の騎士より給料もよく、私は階級も上がりましたから」
「軍の騎士団の構成の話もフィルバに教えてもらったくらいなんだ。階級がどのへんなのかなんて聞いても分からないよ」
お互いに苦笑いを浮かべていた。
「小ぶりでお得なセットは作るように言っておく。パティシエ達から新作を出したいと言われていて、味を見ているところだから。良ければ、行って味見をして感想を言ってやってくれ。再オープンは、来週の時の日で、それまでは試行錯誤になる」
1週間はそうなので、隣の領にあるベリオールに行けばその間は試食できることを教えた。常連客の意見も参考になるはずだ。喜ぶだろう。
「兄弟を連れて行っても宜しいですか?」
「意見は多い方がいい。1週間、毎日行ってもいいよ」
カルムスから軍の話を聞くよう言われていたことを思い出し、何か言える話でもあれば教えて欲しいと頼むと、執事長からも聞いていたカインズ国の兵器は、魔力の充填式であることやセインデル国とは、兵器や武器の供与の代わりに二割の分配で話がついていることなども外交部からの話で分かってきたらしい。
今はリックファイ渓谷だが、戦況が思わしくないのでそろそろクリヒーの丘に第2騎士団と第4騎士団を展開して、第3騎士団と第5騎士団、第6騎士団はそこまで下がるらしい。
戦力の出し惜しみをしても仕方ないが、攻撃に向かない団も多いという。何をしているのか尋ねると、第7騎士団から第12騎士団までは、他国が動くか情報を調べに行ったりする情報収集に特化した部隊だったり、報告書をあげる事務作業に従事する部隊だったり、外交部とのやりとも必要でその護衛や補佐的な仕事もしているそうだ。
全部隊を出したところで、無駄死になるくらいなら出さずに鍛錬でもさせておいて方がいいと身も蓋もないことを言う。
「セインデル国軍は、クリヒーの丘まで引き摺り込んで撤退させます」
クリヒーの丘か。お爺様とラウルと出かけた場所だ。あそこが戦場になるのか。
「あの丘の近くに並んでいる巨石群は、いい鉱石が採れるからなあ」
「そうなのですか? 軍ではそんな話は出ていませんでしたが」
「お爺様と採りに行ったよ。丘の手前ではなくて奥側なんだ。巨石の岩壁にあるから、宙吊りで採らないといけない。両手が空いていないと駄目で大変だった」
沢山あったのに一つしか採れなかった。お爺様とラウルも一生懸命採った物を渡してくれた。魔法陣を使えば沢山採れただろうに、そうはしなかった。
あの時のことを思い出す。
もしかしたら、お爺様は鉱石を採らせたかったのではなくて、資源を守って次代に伝えて欲しかったのかもしれない。
少し逡巡してから、クレバに頼むことにした。
「2、3日いるから、帰る前にもう一度会いたい。出陣の方が早ければここに来てくれないか。守護の魔道具を預けるから巨石群の根元に何か所か埋めて欲しい」
「分かりました。出陣前にここに参ります」
荷物になるが、埋める了承をもらい、その後はお茶を飲みながら話をして帰って行った。
随分と情報を貰えたからカルムスが戻ったら報告だなと思いながら、疲れたのでひと眠りをすることにした。
これで魔力が早く戻ってくれるといいな。広範囲を守るには、魔力を帯びた守護に向く鉱石だけではなく、魔法陣を直接描いて叩き込む魔力が必要だった。思い出の場所を守りたい。




