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ソルレイとクレバの友情 前編

 翌日の10時頃。手土産の卵を持ってクレバが訪ねてきた。

 俺がいるのは迎賓館であったため、メイドがこちらにある応接室に案内をしたのだ。


 今いるのは俺だけだ。

 カルムスは、アイオスに会いに行っており、ダニエルはその付き添いだ。ラウルとエルクは山の中にある神殿へ赴くと言っていた。誘われたエルクは、グルバーグ家の修行場だと聞き喜んでいた。


 家族だからお爺様も許して下さるだろう。


「お久しぶりです、ソルレイ様。お招きいただきありがとうございます」

「久しぶり。高等科の卒業以来か」


 卵を渡されたので、礼を言って籠ごとテーブルの上に置く。グルバーグ領は、養鶏が盛んなことを話す。


「ありがとう、嬉しいよ。俺も弟もオムレツが好きだから食べたくて育てていたんだ。他の領には秘密だったけれど、殻が薬になると知らなくて、他の領の清掃業者を入れてばれてしまって……。財務派閥の人達に睨まれたことがあった」

「そうでしたか」


 緊張を解そうと思ったのだが、駄目なようだ。心ここにあらずという顔だった。

 どうぞ、とソファーを勧める。


「飲み物は紅茶でいいかな」

「はい」


 メイドがすぐに運んでテーブルの上に置いて下がった。

 少し込み入った話になるからと伝えてあった。


「よければどうぞ。これは、俺が作った焼き菓子だ。クルミと無花果のケーキもある」

「いただきます」


 甘いものが大丈夫かどうかも知らないので甘さは控えめだ。ブランデーを少し塗ってある。


「美味しいです」

「甘いものが大丈夫で良かったよ」

「卒業後は騎士になりましたので、初任給でベリオールに行きました」

 甘いものは好きらしい。

「そうなのか。あそこは、……男は入り辛いだろう」


 女の子受けするように可愛い内装にしている。価格も高めだ。父親や恋人に強請れるようにという同性を売りとばした仕様になっている。


「さすがに、店内では食べられません。持ち帰りですね」

「店内だと同じ値段でも、果実が使われている量が変わるんだ」

 そう言うと、少し驚かれた。店内用と持ち帰り用を分けているところは珍しいか。

「持ち帰りだと、少なくしないと零れ落ちるから持ち帰りはジュレが厚くて、店内用は果実が多い」


 こういう焼き菓子なら一律で済むけど、生菓子だからそうなるのだと説明をした。菓子の話になったところで、さっさと謝ることにした。


「初等科の文化祭の時は、話を聞かなくて悪かった」

 微笑んで頷く。怒っていないようだ。

「エリット様に譲られてショックでした。私の方が先に声をかけたのに、と。エリット様の分をやはりクレバに譲ろうと言って欲しかったのです。しつこくして申し訳ありませんでした」


 侯爵家に譲るのは当たり前なのに私も子供だったのですと、頭を下げた。


「あれは、俺が悪かったよ。元々、ガーネルクラスのはずだったからエリット様には少し思う所があって協力したんだ」

「ソルレイ様がですか?」

 不思議そうに聞かれる。

「うん。俺の髪色は父親譲りで、弟のラウルは母親譲りの金髪だ。学校で、辺境伯家じゃなくて、平民だろうと誹られると思っていた。心配している姿を見てお爺様が、入学前にノエル様と引合わせてくれたんだ。一緒に遊んで、また学校で会おうと約束した。俺の成績は10番でガーネルクラスだったのだけれど、弟からその話を聞いたノエル様が、それなら、虐められないように守ってやろうと教務課にかけあってくれたみたいだ。入学式にガーネルクラスに行ったら、レリエルクラスに異動になっていた。その時に、エリット様と話をして、最終的に理解してもらってレリエルに移ることができたという経緯があったんだ」


 2年生の時にガーネルクラスは文化祭の件で学級崩壊を起こしたと聞いた。

 同じクラスであったなら、世話を焼いて失敗しないように立ち回っただろうと思って、今回はうまくいけばいいなと協力したのだと説明をした。


 それから、フロウクラスは図書の占有をしていたこともあって、クレバのことを避けていたのだと正直に言った。


「なんと言うか。ノエル様とエリット様とクレバを調理室で見た時に怖いって思ったんだよ。関わり合いになりたくないから話は聞かないでおこうかと……」


 最初から話を聞く気がなかったと告げた。

 三竦み状態だったのが、調理室に入った途端に、一斉に6つの目がこちらを向いた。全員の無言が怖く、捲し立てるように挨拶をしたことを思い出す。


「それは、少し酷くないでしょうか?」

 呆れたように言われた。

「ごめん。でもさ、中に入るの嫌だったよ。後、あの時いたフロウクラスの子の印象が悪かったから、“やっぱりな。フロウは敵視しているんだ”と思っていた。初等科の文化祭の時は、俺が悪かったよ。でも、高等科の試験は何だよ。受かったのだからいいだろう」


 そう言うと笑うので、俺はムッとしながら見る。


「私は、騎士になるのを楽しみにしていたのですが、それと同じくらいソルレイ様と同い年に生まれた幸運を喜び、学校で会えるのを楽しみにしていました」

「? 何の話をして……」


 学校で会えるのをって、入学前に会ったことなんてないはずだ。噂でも回っていたのだろうか。


「初等科ではうまくいきませんでしたが、高等科では同じクラスになったので、初日のダンジョンの募集の時に手を挙げたのですが、また無視をされました」


 困ったような自嘲するような。何とも声をかけ辛い顔をする。


「あの時、手を挙げたのは二人だけだった。ちゃんと見まわしたよ。後ろの席にクレバがいたのも見た」

「はぁ。やっぱり……。私が手を挙げたんです」

「?」

「ノーシュ・ベルマンではなく、私が手を挙げていたんです」

「……え?」

「ソルレイ様は、私を見てすぐに目を逸らしました。後ろの席にいたノーシュに声をかけた時はショックでした。手を挙げたのか聞いたら挙げていないと言っていましたよ。面白がってノーシュは何も言わなかったのです。その日は、ノーシュも手を挙げていたのだと思っていましたし、組むまで帰れなかったのです。組みたくない人と組んでダンジョンで死にかけたので、後期試験をもう一度受けさせる復讐をしました」

「!?」


 笑顔で言い切られて、俺はオロオロとする。

 ノーシュは、純朴な青年ではなかったのだろうか。


「田舎の好青年?」

「モンパーは塩湖で有名です。金回りはよく、裕福な家が多いです。一度行って国を見られたらいいですが、商人気質な貴族が多いです」


 カインズ国のように高層の建物が多いという。移動は球体の魔道具に入って移動する二人乗りで、とても田舎の雰囲気はないと聞き、顔を手で覆った。


「……ごめん」


 言わなかったノーシュが悪いわけでもない。

 しっかり見ていなかったのだ。


「避けられるだけのことはしましたから、もういいのですよ。復讐も無事に終わりました」


 弱った。

 お互いに謝って、水に流す。そしたら渡そうと思っていたのに。軍の配属先のことも言わないようだ。あれは、あくまでも復讐だったということにするらしい。


「……初等科でフィルバにバイキングを御馳走になった。お礼だ」

 作った魔道具をテーブルに置く。

「4つですか?」

「お父さんとお兄さんとクレバとフィルバで4つ。そう聞いたと思ったけど……」

 自信がないのでちゃんと聞く。

「うちはあと二人兄弟がいます。もう2つ作ってください」

「分かった。今から作ろう」

「自分で言っておいてなんですが、宜しいのですか?」

「いいよ。謝らせようと思ったのに、俺の勘違いの方が多かったから」


 笑って『では、お願いします』、と頼まれ、メイドに部屋から材料と道具を持って来てもらい作った。


「ダンジョンでは、授業中に見てもらった魔道具で命を拾いました」

 懐かしい話だな。

「まだ持っているのか? 7年以上経っているからもう持たないよ」


 大した鉱石が使われていなかったので、ダンジョンで持っただけでも奇跡だ。


「これです。お守りのようなものです。騎士はゲンを担ぎます」


 首にかけている物を外すので、手を出して受け取る。無事か魔道具をばらして確認をする。

 やっぱり、もうボロボロだ。

 石はMPポーションに入れてやっても助からないな。


「ゲンで命は助からないよ。作り直そう」


 目録を見て収納庫から、守護の1級鉱石をいくつか取り出す。詫びだからな。特級も入れて作るか。取り出した鉱石と相性のいい物を選んだ。


「今のは何ですか」


 目録の魔道具をタップして、現れた魔法陣に触れ鉱石を取り出したのを見て目を丸くされた。


「ふふ。ベリオールはケーキ通りから隣の領に昨日の夕方に移っているんだよ。こうやって力技で運んだんだ。それ以上は言えない。グルバーグ家秘伝の魔法陣がたくさん描かれた魔道具だ」

 この魔道具と魔法陣があって初めて収納できる。お爺様が俺達も使えるように血の登録をしてくれたからこそだった。

「そういえばお聞きしたかったのですが、いつアインテール国に戻られたのですか?」

「騎士として、そこは聞いておきたいと思うのだけれどハズレだよ。戻っていない。密入国だ」

「…………」


 鉱石をMPポーションに浸け、力を少しでも上げることにした。


「密入国をして、懐かしい初等科のバイキングを食べたくなって、卒業生だから奢ってと注文をしている生徒に声をかけたのがフィルバで、グルバーグ領を自治しているボンズは執務室で眠らせて、久しぶりに料理長に夕飯を作ってもらって、迎賓館に勝手に泊まってる」


 2、3日したら帰るから内緒にしていてよと話した。

 盛大な溜息を吐かれた。


「聞かなかったことにします。捕まえないといけなくなるので」

 誰にも言わないようにして下さいと嗜められた。

「うん。ありがとう」

「私よりソルレイ様の方が、よほどクレイジーです」

「あ。聞いちゃったのか。ごめん、ごめん」


 クレイジークレバと呼んでいたのを知られてしまったようだ。


「せっかく作って頂けるのであれば、魔道具はいいものをお願いします。第2騎士団もそろそろ声がかかるはずですので……」

 第3だけではないのか。

「どんなのがいいの?」

「ダンジョン同様。生きて帰れるものをお願いします」

「そういえばあの時も絶対死なない魔道具を作りたいとか言っていたな」


 授業中に作る物に何て欲張るのだろうか。そう思ったのだ。

 持って来ていた魔導石ではそこまで良い物を作れないと思いつつも最大限の守護を考えて設計を直してやった。あれはあれで、難易度が上がって楽しかったことは内緒だ。


「メンバーが最弱そうだったので……私に負担がかかると思ったのです」

「なるほど。それでだったのか」


 収納庫からもう一つ。いや、二つだなと材料を追加で取り出して設計図を書きだす。計算はもうだいたい頭に入っている。守護の魔道具は作る機会が多い。


 命を削るポーションを使わなくても済むようにしてやろうと、難しい治癒・回復魔法陣を組み込む設計にする。この7年で学んだ成果を見せてやろう。


「集中してやるからお菓子でも食べてて」

「はい」


 そこからは喋らず、黙々と魔道具を組み上げた。

 手首に着けると、腕を切り落とされると困るので、ネックレス型にすることが多い。

 これもネックレス型だ。


 吸収の石に思い切り魔力を叩きこみ魔法陣に組み込んだ。

 これにより、吸収の石が俺の魔力と魔法陣を吸い魔道具になった。それをまた材料にして違う石と魔法陣で繋ぎ組み立てていく。

 一区切り付き、息を大きく吐き出し、また細かい作業に戻る。ここまで力を入れて作るのも久しぶりだな。


「……できた」


 MPポーションの中に入れて、石たちに仲間の石を教え合う。相乗効果が見込める石の配列が好きなのだ。石の共鳴がすぐに始まり、色が変わっていく様を見守る。

 落ち着いたのを見計らい、取り出してMPポーションをハンカチで拭っていく。いい魔道具ができた。


「力作だ。もし、王族の手に渡ったらはらわたが煮えくり返りそうだから、ここに血を垂らして欲しい。所有者の印だ」

 血縁関係者以外は使えない。

 血の掟だ。

「私が殺されて奪われでもしたら大変ですね。アインテール国が終わりそうです」

「奪おうとするのなんか第一王子くらいだろう。腹が立つから取り返しに行く」


 ぼこぼこにしてやると言うと、声を上げて笑われた。

 短剣で指を切り、滲み出た血がポトリと石に落ちた。さわさわと、石が啼き光を放つ。所有者の魔力を憶えた。


「できたな。どうぞ」

「ソルレイ様、ありがとうございました。一生涯大切に致します。……それも貰って宜しいですか?」


 ん?どれだ?

 テーブルの上の鉱石や、MPポーションを見る。


「ハンカチを」

「え? いいけど……MPポーションの染みこんだハンカチって貴重なの?」

「いえ、そういうわけでもないのですが、記念に」

「?」


 クレバがさっとハンカチを取って畳んで懐に入れた。


「騎士って何でもゲンを担ぐんだな」


 兄弟の魔道具にも力を籠め、クレバにも籠めるように言う。魔法陣はこうして強くなるのだ。


「そうだ。一ついい守護魔法陣を教えよう。前線で使える。人数の多い軍向けの魔法陣だ」

「助かります」


 俺は、歴代のグルバーグ家の魔法陣のとっておきの魔法陣を教え、これは色んな人が少しずつ籠めるといいのだと教えた。

 すると、今度は攻撃用も教えて欲しいと請われた。


「人が死ぬのは嫌だ」

「守りだけでは勝てません。見せて頂ければ私が写します」

どうでしょうと聞く顔は騎士の顔で、どうしたものかと頭を悩ませる。

「ご迷惑はおかけ致しません」

「クレバがそうでも、他の人は違うだろう?」

「言い聞かせます」

 本当だろうなと言いたくなる物言いだ。

「…………これならいいよ」


 魔法陣一つで戻って来られる人が増えるならいいかと根負けして、相手の攻撃を反射できる魔法陣を教えた。攻撃用ではなく、守護系だ。あくまでも相手の魔力を跳ね返すだけのものだった。俺ができる譲歩の範囲内だ。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」

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― 新着の感想 ―
[一言] クレバの運のなさが切ないですな。 どうか彼に今までの分まで幸運が流れ込みますように。
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