明日を信じて生き抜きます
「ラウル、怖くないか?」
抱きしめて問うと、ギュッと抱きしめ返して頷く。
「お兄ちゃんがいなかったら怖かったと思う」
「ふふ、本当にしっかりしているな。おいで」
逃げるための非常用持ち出し袋を、両親が泣きながら謝っている間に作っておいた。
「食料に水に服だ。お母さんとお父さんが、それぞれ隠していたヘソクリを毎月抜いて貯めておいた」
「うん!知ってるよ!」
こっそりやっていたがバレていたようだ。
でも、それなら話は早い。
「これを分けて持つ。誰かに襲われても全部を盗られなければ問題ないからな。渡していいよ」
「うん」
真剣な顔をしているので頭を撫でる。
跳んでも音がならないように作ってあるコインケースに紐を通して、服の一番下に入れさせた。俺も同じようにする。靴底にも銀貨を入れておく。見せ金の銅貨はポケットだ。銅貨を何枚か渡せば黙るだろう。
ラウルのポケットにも5枚を入れてっと。
金目のものをリュックに入れて背負う。玄関の扉を少しだけ開けて空を見上げると、まだ多くのドラゴンが飛んでおり嘴に人を咥えているものもいた。
ラウルに見えないようにすぐに扉を閉めた。
「まだ数が多い。視界に入って移動するよりも、ここにいる方が良さそうだ。ドラゴンたちが城に引き上げたら、頑丈な建物に移動しような」
「教会?」
「教会は、子どもたちが多く逃げ込むから狙い撃ちにされる。たぶん、今も教会の上空はドラゴンだらけだ。無事に入れても今度は出られない。それよりは、軍の建物を狙おう」
ここから近い西棟は、魔法士の棟だから軍人の出入りも少ない。入ってしまえば、警護も万全だ。
「あのね、お兄ちゃん。ばれたら捕まる?」
「10歳未満の犯罪は裁けない。怖かったと言えば大丈夫だ」
笑って頭を撫でると、不安そうな顔をやめて頷いた。
「うん!分かった!」
直ぐに出発したかったが、さっき見た限りだとかなり危ない。軍や魔法士たちが応戦している音を聞きながら、魔法やドラゴンが家に落ちてこないことを祈った。
「予定変更だ。腹ごしらえをしよう」
ラウルを安心させてやりたいので、不安な気持ちを押し殺し明るく声をかけてリュックを下ろした。なぜかにっこり笑うので、首を傾げる。
「どうした?」
「お兄ちゃんのパスタが食べたい!お母さんより上手だから」
「アハハ、いいよ」
台所に何の材料が残っているか確認をする。干しキノコは常備品だ。トマトのビン詰めもあった。なんとかなりそうだ。
小麦粉を練り、穴の空いたショートパスタを作って、干しキノコと共に茹でる。フライパンで、ニンニクオイルにトマトを炒め、パスタの茹で汁を加えてトマトソースを作り、パスタを戻ったキノコごと和える。チーズを削れば完成だ。
食べている間に茹で汁で、芋を茹でておこう。夜に火を使うと目立つはずだ。お腹が減ればチーズと食べればいい。
皿を二皿持ってテーブルに行くと、水をコップに入れ終わり行儀よく座って待っていた。
「やっぱり、おいしい!」
「ふふ、ありがとう」
口いっぱいに頬張る柔らかな頬を指で擽ってから、隣りに座って食べる。
ドラゴンは目がいいので、夜半でも動くのは危ないと言われるが、動くなら腹が膨れている今夜だと思う。西棟からなら国を囲う外壁も近く、森までならなんとかなる。
問題は、木立が姿を隠してくれても森を抜けて更に隣国まで行く力がないことだった。
何か考えないと……。
食べ終わったラウルの口を拭いてやりながら、考えをまとめる。
一番高さのある建物の王宮は、すでに根城のようでドラゴンたちが止まっている。時おり聞こえる瓦礫の崩れる音は、重みに耐えかねた城の一部が崩壊しているものだ。
出発は、絶対に早い方がいい。今夜動く。そう決断をしてた。
「今のうちに眠ろうか」
ラウルの手を引き、『怖くないよ、お兄ちゃんがいる』と言い聞かせながらベッドで抱え込むようにして眠った。
策はある。荷車にバレずに乗れれば何とか……。