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ベリオールの移転作業

 ご馳走になった礼を言ってから本来の目的であったベリオールへと向かった。


 訪ねる時間も良かったようだ。15時をとっくに回り、ケーキは売り切れのため、店は既に閉まっていた。裏に回って従業員用の出入口から入ると、中では、明日の仕込みを行っている最中だった。

 一様に驚く姿に、貴族らしい微笑みを返し、久しぶりに会う従業員達に労いの言葉をかけながら仕込みの続きを頼む。


「確認したいことがあって来たんだ」

「何か報告に不手際でもございましたか!?」

「アハハ、違うよ」


 帳簿をつけていた店長の手を止めさせ、来訪の目的を告げる。

 ディハール国に移転するか。辺境の領地に移転するか。どちらがいいかを店長を任せていたレンキルに尋ねた。


「ベリオールは、もうケーキ通りの顔になっています。できればここでやりたいのですが……」

 国内まではさすがに入って来ないだろうということらしい。確かにそうかもしれない。

「壁も厚いですから大丈夫だと思うのです。駄目でしょうか」

 チラチラと従業員達が見ていて、気がそぞろになっている。手招きすると、すぐにやって来た。

「何かあっても助けに来られないかもしれない。皆がそれでいいのであれば……」


 皆の意見を尊重しようか。

 ラウルとエルクにもそれでいいかを尋ねた。


「ここがいいみたいだ」

「危ないと思うよ? 僕達ですら国を覆う外壁を魔法陣で吹き飛ばせるよ」

「こらこら。怖がらせたら駄目だ」

 できるけれど、そんなことはやらないぞ。

「魔物や魔獣が入って来ると、統治後が面倒だ。それ故に滅多とないが、カインズ国が動いている以上来るだろう。お前達は死に急ぎたいのか?」


 エルクの言葉は重かった。


「え」

「あ、あの。セインデルですよね?」

「セインデル国ではないのですか」


 従業員達が度肝を抜かれた顔をする。

 聞くと、平民に回っている情報は、セインデル国がちょっかいをかけて、軍に追い払われているといった、少しアインテール国にとって都合のいいものだった。


「カインズ国が兵器の支援をしているって聞いたよ。前線で戦っているのは、セインデル国の軍みたいだね」


 ラウルが従業員の問いに答えると、皆どうするか考えているようだ。さっきよりも真剣な顔だ。


「俺達が来るのは、今回が最後かもしれないから一日話し合ってくれないか。明日の朝にまた聞きに来るよ。辞めたい人がいればそれでもいいから。5年契約の人は、残りの3年分は慰労金代わりだ。返却は必要ないから辞めるという決断でもいい。移転先が遠いという人もいるだろう。レンキルは、永年雇用契約だからな。ここがいいなら守護の魔法陣は描くけれど、安全は保障できない」


 材料も確保できるか不透明になった場合は、閉めていいと伝えた。


「ソルレイ様、移転先は安全なのでしょうか?」

 不安そうに聞く。

「そうだな。強盗とか通り魔に襲われるかもしれないが、少なくともここよりは安全だと思う」

「分かりました。アインテール国内の方がいいので、辺境領に移転するかを皆で話し合います。一日時間を下さい」

「「うん。分かった」」

 俺とラウルはそう言ったが、エルクは不満顔だ。

「時間の無駄だ。国内が良いなら移転をするように」

 エルクがばっさり言う。

 怒らせたのかと従業員達の顔が強張っていたが、ただの助言だ。

「辺境領は、ソウルとラウルが、魔道具や魔法陣で守っている。死ぬことはない」


 世界に名が轟くグルバーグ家の力を舐めるなとエルクが言うと、今、思い出したという顔で従業員達に一斉に見られ、居心地が急に悪くなった。


「移転します!」

「う、うん。分かった」

「いいのならいいけれど……」


 俺とラウルはいいのかな?と思いながら全員に外に出るように言う。

 ぞろぞろと全員が出たところで、二人で魔法陣を描いていく。お爺様の魔道具を使うのも久しぶりだな。


「ラウル。やるよ!」

「うん。せーの!」


 二人で魔力を籠め、店を丸ごと収納した。

 ごっそりと魔力も減ったが、前の屋敷の入れ替えの時ほどではない。規模によるようだ。


「レンキル。移転先に今から行くからついて来るように」

「は、はい!」

「誰か、ここに辺境領に移転しましたって看板を立てておいてくれないか。それから、事務方は、今月までしか賃料は払わないって商業ギルドに話をしてきてくれ」

「今日ではなく、今月末で宜しいのでしょうか」

 販売を担当してくれている一人のお母さんが尋ねた。

「移転先を知らせる看板を出しておきたいからそれでいいんだ。頼むね」

「はい! かしこまりました」


 すっかり敬語も上手になっていた。そのことが嬉しい。平民も学べば使えるようになるのだ。俺達だってそうだったのだから。



 フォルマの領にでも行こうか。行き当たりばったりで領地を訪ね、良さそうな土地を借りた。

 月に金貨3枚でいいか尋ねると、多いです、1枚でいいですよと、笑うので、逃げてくる人間がいれば人も増えるし、土地が奪い合いになる可能性もあるし、治安も荒れると話して金貨3枚を支払うことにした。

 ケーキ通りは金貨5枚なんだよと話した。ここならテラスも作れると笑い、収納庫から店を取り出して移転は完了した。

 明日からここだと話して、辺境に来たことでケーキが余ったら領主に渡すように言っておいた。


 一日に“収納”と“取り出し”をしたので、俺もラウルも随分と魔力が減った。

 少し休みたくて、フォルマに頼んでゲストルームを借りる。二人で懐かしいと言いながらエルクを巻き込み3人で眠った。


 人の家でもすぐに眠れる俺とラウルは午睡をして、少し回復をした。


 フォルマから夕飯をと誘われたが、密入国をしたと告げ、グルバーグ領にいるボンズを縛り上げて、屋敷にいる料理人の料理を食べる予定だと言うと大きな声で笑った。


「聞かなかったことにします」

「ありがとう。アレクにも宜しく言っておいてくれ」

「分かりました」


 グルバーグ領に堂々と入り、屋敷に行くと、古参の使用人達が揃って出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。ソルレイ様、ラウルツ様、エルクシス様」

「「ただいまー」」

「……ああ」


 顔に見覚えのない使用人達は、何が起こっているのか分からないようで後ろに控えていた。

 その割にエルクにもラウルにも媚びるような視線を送る。

 不躾な目線は控えるようにと眉根を寄せて睨むが、効果はなく、ため息を吐いた。貴族ではないようだ。

 ただ、エルクとラウルは俺のため息に気づいて『どうしたの?』『どうした?』とすぐに声をかけてくれた。


「なんでもないよ」


 二人に手を振り、大したことではないのだから目くじらを立てるべきではないと思い直す。既に来ているというカルムスとダ二エルの元へと向かった。


「来たか」

「お二人の好きな料理長自慢のミートパイも作ってもらいましたよ」

「「やった!」」


 すぐに席に着く。

 料理長が腕によりをかけた料理を久しぶりに食べ、美味しいと喜んだ。

 食事の給仕も、古参の使用人達が担当してくれ、安らいだ時間となった。子供の時によく出してくれたジュースが食後に出て笑った。


「ボンズ殿は?」

「執務室だな」


 にやっとカルムスが笑うので、眠らせられでもしているのだろう。

 俺達は迎賓館に泊まることにした。

「そっちの方が静かに過ごせるからな」

 カルムスが言い、こちらも一部の使用人の態度が気になったようだ。

 探るような目で見られるのが、気に入らないのだ。俺もカルムスも神経質だよなと心の中で笑った。


 迎賓館でこちらの屋敷を纏めている執事長のルキスと話をして、アーチェリーは一度も領に戻ることはなく、卒業後に戦場に出向いたため、その後のメイドの被害はないとのことだった。


「それなら安心ですね」

「夜の仕事を生業にしている方に依頼しておりましたので、概ね解決致しました」

「ああ、ほっとした。良かったよ。本当に心配だったんだ」

「うん、ようやく安心できたね」


 連絡が来た時は、『10歳だろう!?』と、俺は驚きの声を上げたが、カルムスは、こうなると思ったと言っていた。

『実体験か?』

 エルクがそう聞くと、相手には困らなかったと言ってダ二エルをも呆れさせた。


 平民からすると、使用人でも綺麗な女性ばかりに見えるだろうからな、と尤もらしいことを言うので、そんなものなのかと頷いた。


 俺は前世の記憶が一部あるので、そうでもないが、ラウルはどうだったのかと見ると笑っていた。

『ずっとアイネが好きだったからね』

 そんなに前からだったのかとそれにも驚いた。


「使用人達はどうする? あいつらが雇った新顔の連中に任せて、お前達は移動するか? それともここに残るか?」

「希望者の一覧はこちらにございます。残りの者は、こちらで情報を収集したいと言っております」


 一覧をカルムスに渡すと、ルキスは俺を見てくる。首を傾げると、目尻にしわを寄せて笑うだけだった。


「?」

「ふむ。3人だけか」

「では、連れて戻りましょうか」

「ああ。なにかと仕事は多い」


 今の戦況はどうかという話になった。

 ルキスとキアが言うには、まだリックファイ渓谷での攻防なのにアインテール国の旗色が悪いという。

 軍部は隠しているが、第5、第6騎士団では話にならないので第3騎士団を出しているそうだ。

 フィルバから聞いた通りだな。


「カインズ国の兵器の性能がかなり良いそうです。魔力を予め自国で魔法士に充填させてから戦場で魔道士が魔法陣を発動させつつ撃って来るそうで、2倍の攻撃を受けている状態です。向こうは常に援護をされている状態です」


 戦争って怖いな。

 無理だって思っても戦わないと蹂躙しか待っていない。戦わざるをえないんだ。


「なんだそれは。さっさと第1騎士団と第2騎士団を出さねば詰むぞ」

「出したところで、戦場に出ずに援護となると、背後の者達までは叩けまい。武器や兵器の性能を見るための犠牲だ」


 エルクのその言葉に俺は溜息を吐く。


「ソウル、失望したか?」

「エルクに? そんなこと思うわけないよ。ラルド国でのことは覚えているよ。皆は必死で戦っていたけれど、結果が報われるとは限らないから辛い。カインズ国は安全圏だ。前に出ているのは、セインデル国だから厳しいと思う」

 証拠もないなら向こうには逃げられそうだ。

「そうですね、二国を相手にしていますからね」

「アインテール国はどちらに勝ちたいのかな。勝ちたい方を攻めに行けばいいのにね」

 ラウルの言葉に全員の抑揚のない声が重なる。


「「「「となると、カインズ国か」」」」


 カインズ国を攻めるのか。

 相手にされないセインデル国は怒りそうだが、本丸がカインズ国である以上、セインデル国を攻撃しても仕方がない。

 ラウルの勝ちたい方を攻めるというのは、なかなかに良さそうな意見だ。


「守るより攻める方が楽だし、戦争は先手必勝だよ。でも、襲う準備をしていたカインズ国とアインテール国では……。いや、もしかして、アインテール国も何かしていたりするのかな?」


 そうだ。何もしてないわけがないよな。各国の情勢は、外交家から常に報告が上がるはずだ。


「いや、していないだろう」

「カルムスに同意だ」

「え? 本当に? 何か策があるんじゃないのかな」

「あって欲しいですが、ない気がします」

「僕もないと思うよ。あったら第1騎士団も出しているはずだよ。怖がって周りに侍らせて安心しているのならないよ」


 ラウルの言うことが的を射ていそうで怖い。

 あくまでも勝手な推測だと、甘いジュースに手を伸ばしていた。


「グルバーグ家の者として、アーチェリーを戦場に置いているのが精々ではないか。抑止効果は、戦争が始まればもうないのだから実力を見せて引かせるしかない」

 ああ、抑止で戦場に連れて行かれたのか。下手をしたらその役回りは俺達だった。

「味方の鼓舞をしているんだね!『頑張って! まだやれるよ! 早く魔法陣を展開させて!』」


 うわっ、いらないやつだ。

 却って、雰囲気や連帯感が悪くなりそうだな。


「鼓舞か。苛つきそうだな」

「一人だけ元気なのでしょう? そんな人に指示されるのは、なんだか嫌ですね」

「気が散るだけだ」


 集中力が切れるので邪魔だと皆が言い、戦場に出たことのない俺もそうだろうなと予想がつく。


「カルムス兄上、ダ二ー。明日、高等科の時のクラスメイトが訪ねて来るんだ。第2騎士団の騎士になっているらしい。家族分の魔道具を作ろうと思う。魔導石に少しずつ魔力を注いでくれる?」

 エルクとラウルからは、快く了承をもらっていた。

「ああ、いいぞ」

「いいですよ」

「第2騎士団なら優秀なやつだな。軍部の情報も聞いておいてくれ」

「うん、分かった」


 せっかく来たのだから、2、3日泊まって行くかとカルムスが大胆なことを言い、ダ二エルがため息を吐いて本当のことを言う。


「領地外で遊び回っていて、屋敷に向かわなかったから明日、もう一度行ってきますね」

「ダ二エル」

「隠しても仕方ありませんよ」


 手土産を選んでいる店で友人とばったりあったらしくそのまま飲みに行ったという。別に隠す必要もないの変だな。そうは思ったが笑って頷いた。


「いいよ」

「僕も久しぶりのアインテールを楽しむよ」

「ああ、そうしよう」


 俺達は笑っていいよと言うのだった。

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