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手紙にみるそれぞれの歩み

 カルムスの父からアインテール国とセインデル国の開戦を知らせて貰ったが、その背後にカインズ国の武器供与があるため、敵国だけが代理戦争の様相だ。


 西に位置する大国のワジェリフ国がどう動くかの情報集めが始まった。バルセル国も念のために確認しておこう。


 どちらの国にも友人がいるため、グリュッセンにいるから危なくなったら連絡が欲しいと緩い探りの手紙を出しておいた。ラウルもミュリスに手紙を送っていた。

 先に送ったアインテール国の友人からも手紙の返事が順次返ってきている。


 皆、詳しい近況報告も書いてくれているので読んでいて楽しい。誰と誰が結婚したとかいうものも中にはあり、おめでとうと返事を書かなければいけないな。嬉々として、祝用の便箋や封筒の用意をした。


 グルバーグ領に屋敷を購入したいと動いた数人が、失敗したと顛末を書いてくれていた。


 今は、他国から来ているボンズ一人が、領地運営をしているらしい。“上手くいかなかったので、セルベニア領を継いだフォルマに頼みました”と、アレクからも詳しい内容を記した手紙がきた。


 グルバーグ領とは隣接している。相談をしたのだろう。フォルマからは、“辺境領はどこも平和ですから心配無用です。民もちゃんと食べており、慎ましく生活しています”そうしっかりとした返事がきていた。グルバーグ領のことをたくさん書いてくれている。気を遣わせたようだ。


 アインテール国の王族派閥に属する補佐官のモレビスについては、開戦したことから自領の確認に戻っているようだと書かれてあった。


 王都勤務の貴族も外遊していた貴族達も自領で戦争の備えを始めたらしい。そのため、グルバーグ領は放ったらかしのようだ。一部混乱している領もあると書いてあった。


 大方、領主が根回し好きやパーティー好きとかで王都の屋敷に入り浸り、中々、自領に戻っていないのが原因だろう。

 平民たちに情報が下りずに、屋敷に詰めかけられての混乱だな。押されて門前まで来られない限り、混乱など起きないだろうから。


 きっと、辺境の領民達はのんびりしているだろうな。腹が座っている。


 グルバーグ領の領民には、食べ物や金銭は、床下にでも隠して備蓄するように言ってあった。国を出るのが2年後だと分かっていたのだ。実際には3年後だったが、みんな上手くやっているだろう。


「あ、先生達から別々できているな」


 封筒にそれぞれの名前が書いてある。クライン先生は女性らしい香り付の花の便箋と淡い水色の封筒だ。なんとなく、ポリコス先生の白い封筒より先に手が伸びた。


「屋敷を訪ねた時はよろしく、か。先生らしいな」


 ポリコス先生からはクライン先生と住む家をグルバーグ領内に随分前に買ったとのことで、そちらに移動する旨が書かれていた。住所も書かれていたが、確かにグルバーグ領内だ。


 どうやらお互いにちゃんと話をしていないみたいだ。ポリコス先生が家を買ったことを言っていないのかな。思わぬ行き違いの手紙に笑ってしまう。


 俺達は知らなかったが、自分達よりの上の階級に呼ばれて食事をとる場合、知らない異性と二人きりの時は、お見合いになるそうだ。


 先生達は担任を受け持っていたから気にしていなかったようだが、ポリコス先生がクライン先生を好きだと知っていて同席させた。これはやはりお見合いとなる。

 二人とも、あの後もデートを重ねていたらしく、突然、“結婚をしたい”と、知らずに仲人をした俺達に律儀に報告に来た。


 俺とラウルは驚きの余り、クライン先生に詰め寄ったのだ。

『ポリコス先生で本当にいいんですか!?』

『そんなつもりじゃなかったよ!?』

 結婚の意志確認を再度して、ポリコス先生に怒られた。

 クライン先生は、その時、とても幸せそうに笑っていた。

『人となりは、この二年で十分に確認したわ。大丈夫よ』

『不器用だけど、優しい人だとは思う』

 大声で笑って、そうね、と言った。その顔を見て安心したのだ。


 二人の結婚パーティーに出席してから、グリュッセンに移動をすることにしたのだ。


 ハイブベル家は、伯爵家で、クロオール家は、子爵家であるため本来は家格が釣り合わないのだが、仲人をしたのが侯爵家の俺達であるため、引っくり返せると説明をされたのだ。


 二人が揃って頭を下げ『宜しくお願いします』と言うので、引き受けた。

 ちょうどエルクシスがアインテール国に俺達を迎えに来ていたため、恩師が結婚すると伝えた。

 巻き込まれたエルクを連れ回し、三人で結婚をさせてあげて欲しいとハイブベル家とクロオール家に言いに行き、無事に婚約し、俺達のいる内に結婚することになった。


 ポリコス先生からするとクライン先生は高嶺の花で諦めていたそうだ。

 そんなことを知らない俺達が、勝手に後押しをしてしまったことになる。

 小声でクライン先生に婚約者は大丈夫かと尋ねると、初等科のボッコス先生の名前を挙げ、暑苦しい男と結婚しないで済んだと喜んでいた。


 体育祭の時に、肘鉄をくらった人だなと後から思い出した。


 とりあえず、クライン先生には、“ポリコス先生が先生を喜ばせようと内緒で家を購入しているようです”という告げ口の手紙を書いておく。


 グルバーグ領内に買っているらしいので、一度聞いて欲しい。こっちに来るのであれば、力になることを認めて封をして、ロクスに手紙を出してくれるように預けた。


 開戦は、急なことで驚いたが、戦争というのはそうすぐに事態が急変するものではないのかもしれない。それなら、もう少しできる備えがあるはずだ。

 エルクとラウルに少しいいかと声をかけるべく、部屋に向かった。


「うん。いいよ」

 ラウルはそう言うだろうと思っていたから先に訪ね、エルクの部屋に向かう。すぐにかまわないと言ってくれた。悪いけど、俺の部屋で話がしたいと伝え、来てもらう。見せたいものがあるのだ。

 ローテーブルの上に、ベリオールの売上金などが書かれた資料を置き、ミーナに紅茶を頼んだ。


「アインテール国のベリオール店のことなんだ。どうしようか? お店を畳む?」


 シリルは、俺達の店ではないし、出資もしていないからもう関係はない。芋のレシピを頼まれたのが、2回だけだ。

 そもそも、カルムスの弟のアイオスさんが跡を継いだ領で、他より安全は確約されている。


 逆に、ベリオールはケーキ通りにあるため魔道具で守られていない。

 あるのは、店舗に施されている防火の魔法陣だけだ。出国前に学校や教会にこっそり描いた守護魔法陣すら描いていないことにさっき気づいてしまった。


「すっかり、忘れていたよ。だって、『5年後は戦争かもねー』とか皆で言っていたけど、何もないままだったでしょ? このまま平和に過ぎていくと思い直していたんだよ」


 ラウルの言葉に頷く。

 その通りなんだよな。考えすぎだったなと笑っていたのだ。カルムスに聞くまで、不安に思うことすらなかった。


「それは、俺も同じだよ。アインテール国を出て7年だからな。戦争にならないに越したことはないから余計にそう思ってしまったのかもしれない」

「うん。使用人たちの行き来も3年経った頃には了承していたくらいだものね」

「ごめん、本当に大丈夫だと思っていたんだ」


 頭を掻く俺に、ラウルもエルクも怒っていないし、判断が悪いとも思っていないと言った。皆も一度、戻りたいという使用人には許可をしようと交代制でまとまって帰国させることには賛成していた。


 その時もカルムスとダニエルは何があっても自己責任だと言い、エルクも頷いたから、魔法が使える人と使えない人に分けて、帰国の日程や人数を調整した。

 結果、執事とメイドが足りない時もあったけれど、部屋の掃除くらい自分でやることにして乗り切った。


「各国の王子たちが動けば5年から10年以内。王座についてからならば、うまくいけば15年後になるかとカルムス達とは話していた。ソウルもラウルもグリュッセンに出した店の経営に奔走していたのでな。ダニエルはともかく、私とカルムスでは経営のことは分からぬゆえ、黙っていたのだ。おまえ達の背負うべき荷ではない」


 テーブルに置かれたアッサムティーを優雅な所作で飲むエルクは本当に格好いい。

 だから、そんなことまで言わないで欲しい。同じ男として差を感じる。聞いた時、だいぶ慌てて、慌てている俺達に執事とメイド達が慌てていた。

 あれは、よくなかったな。


「ダニーはどっちも参加なら大変だったろうな」

 苦労をかけてしまった。

「全然、気づかなかったね。ソウルに任されていた新店の内装のことばかり考えていたよ」

「そういえばリゾート感を出すかどうかで悩んでいたな」

「アハハ、そうそう! 懐かしいね。気負ってはいないけど、まだ安全ならベリオールはなんとかしないといけないね。本当にどうする?」


 実際の話、売上金も商業ギルドのカードに自動入金されると世界中の商業ギルドで下ろせるから経営している実感もなかった。


 商業ギルドのカードは一人1枚制だ。アインテール国の1号店とグリュッセン国の2号店。どちらのベリオールの売上金なのか分からないし、他の事業の売上なども振り込まれているため入金だけでは把握できない。

 毎月、店舗からは帳簿の控えが送られてくる仕組みではあったのだが、信用できると判断してからは、余り目を通していなかった。


「行ってみる? 働いている人は誰も辞めてないの?」

 ベリオールって、ハニハニと違って平和だよねと笑うラウルからの問いに大きく頷く。

「うん、今のところ誰も辞めてないな。在庫切れになったハニハニの方が忙しかったからな」


 ベリオールより、カルムスとダニエルが丁度旅行に行っている最中に、美容品のハニー&ハニーの方が期間限定商品でヒット作が出て、凄い売り上げを叩き出していたため、二人で事業拡大に向け、邁進することになったのだ。


「アインテール国のベリオール店の売上は、年に小金貨212500枚だから金貨2125枚で、人件費や諸経費を除いた純粋な売上金は金貨2062枚だよ。7年で金貨14434枚を稼いでくれた。これが俺達の生活費や各地の別荘の維持費、使用人達の給与に充てられていた」

「思っていたよりあるね」

「そうだな、使用しなかった分は積立ていったけど、新規店の開店費用も出せたからこの店の貢献度は高いよ。アインテールは裕福な国だからこういったものに、高い支払いをしてくれる貴族が多い。グリュッセン、ここの時は、どこにオープンさせるのか。かなり悩んだ。金額も普通のケーキの何倍もするからな。リゾート地だけど、貴族が来るシーズンは決まっているし、沿岸部は賃料も高いから今の平民街の富裕層エリア、貴族街の門前にしたんだ」


 同じ賃料でも、こちらの方が店舗も広くとれた。

 これは当たりで、リゾートに来た貴族達もグリュッセンの貴族達から美味しいと噂を聞いて足を運んでくれるようになったことから店内飲食の売り上げはとてもいい。


「畳むか継続かの二択でいいのであれば継続の方がいいだろう」

 エルクに頷き、ラウルは?と意見を求めた。

「僕も賛成だよ。続けるなら移転だね。利益が出ているところを閉める必要はないよ」

 二人とも継続希望のようだ。

「そうなると、移転先は、安全な辺境領のどこかになるか」

「生クリームやバターが手に入らなくなると困るからそうなりそうだね。あ、待って?」

 ラウルが口元に指をやり、考えてから顔を上げた。

「他国は? たとえば、ディハール国に移転するのは?」

「「……ディハール国」」


 まさかの国外移転案に唸るような低い声が出てしまった。


「案外いいかもしれない」

「平和な国ではあるな。カインズ国より南に位置している。だが、軍部は繋がりも深いぞ」

「あ、そういえば、ガンツ殿からカインズ国との軍事演習がどうとか昔聞いたよ」

「僕も覚えているよ。エルクも言っていたやつだよね。それなら、アインテール国に攻めてくるの?」

「さすがにアインテールまで遠征はしない。あの軍事同盟は、戦争に加担するものではない。想定されていたのは、あくまでも互いの国交のための安全な移動をそれぞれが確保するという話だった」


 エルクはディハール軍で剣を鍛錬する職に就いていたらしい。

 教官役だ。ラウルと高等学府の夏休みに驚かせようと内緒で会いに行き、騎士服がとても格好良かったのを思い出す。

 ノエルも卒業後、同じものを着たのか。今回、アヴェリアフ家が動かないのならよかった。


 エルクは、お爺様に、俺達と会いたいのならここで6年間働くようにと言われたそうだが、軍での待遇もよく、あれは、ガンツ殿に話をつけてくれたのだろうと前に言っていた。


「交戦状態だが、まだ途中にある渓谷でやり合っている段階だ。ここで負けた方が領地を割譲して話をつけることもできる。戦争といっても国内を戦火にすることは稀だ」


 魔物や魔獣もいるものな。

 辺境に移転するにしても、ディハール国に移転させるにしても従業員の意思確認もいる。

 今の内にこっそり行って確認しようかと話す。


「正門で気づく。侯爵家だと話したとしても亡国だ。お前たちを留めるはずだ」


 ソウルもラウルもアインテール国に行かせる気はない、とエルクに静かに言われて俺達は笑う。二人でエルクの頬に口づけた。親愛の印は久しぶりだな。


「分かっている」

「ふふ、そうだよ。ちゃんと分かっているよ。ありがとう、エルク」

「内緒でゲートを作ってあるんだ」

「…………なに?」

 眉間にできた皺を揉んでいた。

「お爺ちゃんの愛した山の中に神殿があってね。そこと繋がっているから、そこからならばれずに出入りできるよ。ソウルの力作の魔道具だね」

「でも、使ったことはないからなあ。調整はしたい」

「……二人が行くなら私も行こう」

「本当?」

「せっかくだから家族旅行でもしようか。最近、行っていなかったからな。どう?」

「そうするか」


 少し照れて、紅茶に口をつけるエルクに笑って、どこに行こうかと仲良く三人で話す。秋だから綺麗なところがいっぱいあると盛り上がった。

 話している間にベリオールのことを完全に失念した俺達は、カルムスとダニエルにアインテール国に遊びに行こうよと誘いに行き、

「何を気軽に言っている!?」

 そう言われるまでベリオールの存在を思い出すことはなかった。


「家族旅行に行こうよ。アイネも連れて行くからね」 

 思い出すことなく、笑うラウルに苦笑いで止めた。

「ベリオールの移転の話を先にしようか」

 訂正を入れつつ、カルムスとダニエルにゲートを作ってあるのだと話をした。

 ようやく要領を得た二人は、ほっとした顔を見せた。

「ならば、父上の顔でも見ておくとするか」

 もう年だ。いつ逝くか分からん。と、縁起でもないことを言うが心配しているのだろう。

「では、私も行きます。屋敷の者にも声をかけて皆で行きましょうか」

 ダニーは優しい。

 分かっている、と言わんばかりに笑って一緒に行くと言った。

「ふふ。家族旅行だね」

「うん、まだ安全なアインテールに家族旅行をしに行こうか」


 お茶の席を設け、どうするかを決めていく。使用人も全員連れ帰るかの話になり、一度グルバーグ領にいる執事長と会っておこうという話になり、日をおいても仕方がないだろうというカルムスの一声で、明日行くことになった。


 久しぶりに行くアインテール国か。

 楽しみなはずなのに。部屋に戻って一人になると、訳の分からない不安や悲しみが込み上げてきた。


「変だな、俺」


 もう寝ようと無理にベッドに入って目を閉じれば、いつも包み込んでくれる闇が安眠を拒む。嫌な感情が言葉になる前にお爺様を思い浮かべた。


 思い出すのは、いつも笑っているお爺様の楽しそうな顔だ。

 そうすると、不思議と落ち着く。


 このまま眠れそうだとそのまま何も考えず、自分の感情も言葉にして形にする前に崩れていった。これでいい。家族がいれば明日も幸せな日になる。途端に深い眠りに落ちていった。

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