魔道具ギルドに行ってみよう 後編
「小さい物も大きい物もあるが、大きい方がいいんだよね?」
魔導石は磨くと宝石より美しくなるものがあり、ティアーズブルーもその一つだった。貴族には、そうしたものを贈りたがる人もいる。アクセサリーに使うと思われるのは困るため、すぐに否定をした。
「プレゼント用ではなく、魔道具に使います。小さくても密度が濃く、元々の魔力量が多いのならそちらがいいです」
「それならこれはどうだろう?」
幾つか取り出して、カウンターの石置きに出して見せてくれた。
「見るからにいい純度はこれですね。でも、魔力量はこっちかな。ああ、やっぱりだ」
魔力計で測り、両方を買うことにした。
「見ただけで分かるんだね」
「自分でも採りますから。ただ、制作に追いつかないんですよ」
「ハハ、なるほどね。これは大きさもあるから値も張るよ。いいかな?」
「魔道士学校の研究生なので研究費用として出ます」
「そうなのかい! よかったよ!」
値引きを求められることもあるのだと言い、ほっとしていた。売買は現金がいいと言われて、この場で支払った。いいものが手に入った。
無事に売買が終わるとカウンターに頬杖をついていたスキンヘッドの男性が声をかけてくる。
「お貴族様、ランクはどうするんだ? 見逃すのはこの一回きりだ。次は、勝手に売買しないでくれよ。コーカスもだ。勝手に応じるなよ。ランク下げるぞ」
もう来るつもりもないからいいかと思い、頷いた。
「ランクはもういいです。鉱石は他で探します」
「そうか」
スキンヘッドの男性はほっとした顔を見せた。貴族に来られるとやり辛いに違いない。リリス先生のことも迷惑がっているのかもしれないな。そのことを伝えるかは迷うが……。
「君、待ってくれないか。値の張る鉱石を買ってくれる貴族は、実は意外にいないんだ」
引き止められた理由は分からないけれど、売ってくれたおかっぱ頭の男性のその言葉には疑問だ。解消しておこうと足が止まった。
「貴族なら欲しがりませんか?」
貴重なものは好きだと思う。物欲もあるはずだ。
「貴族が欲しがるのは、魔導石を加工して作られた魔道具や製品で、鉱石ではないんだ。鉱石を食べる魔獣や魔法を使う魔獣から取り出した魔導石は臭うと言って嫌がる者も多い」
「……魔導石に匂いはありませんよね?」
顰め面で頷いた。
「その通りだよ。ただ臭う気がすると言われるんだ。自然由来の物が好まれるのさ」
だからここでの売買はそういったものが主になるというのだ。
そうなのか。
ノエルに作った守護の魔道具に使った魔導石はどうだっただろうか。2つは魔獣の物を使ったような。後で調べておこう。
「気にしない人もいるのではないでしょうか」
希望的観測でノエルも怒らないはずだと思うことにした。黙っていよう。渡した時も何も言われなかった。良いできだと喜んでくれていたと思う。
だいたい、ロクスやミーナだって普通につけている。お礼以外に何も言われなかった。お爺様でさえ、喜んでくれたのだ。考え過ぎではないだろうか。
「機能性重視の人はそうかもしれないね。私は、ランクが低いんだよ。理由は、月に決められた量をギルドに持ち込まないからなんだが、持ち込んでも買値が付かないこともあってね。良ければギルドに登録して私が採取した物を買ってくれないかい?」
それが呼び止めた理由か。
買うのは良いんだけど、登録が面倒だな。採取の数量縛りも好きではない。
「こんな言い方をして申し訳ないのですが、あまり魅力的なギルドに映らなくて。鉱石を買うだけなら商業ギルドでもいいかなと思っています。品ぞろえが良いのは分かるのですが……」
「そうかい。残念だよ」
肩を落とすので悪いことをしたなと思う。すみませんと謝っておいた。
「あっ君、今のは随分な言い方だと思わない?」
「ま、仕方ないんじゃねーか」
「依頼もできますよ! いかがかしら?」
「母さん!」
定期的に買うと見込んで、貴族にも売り込む母親は職員の鏡だな。
「依頼か……。欲しい鉱石は沢山あるから。でも、ランクの維持は難しそうですからやめておきます」
「維持は、定期的に魔導石や当会員の魔道具を買ってくれればかまいませんわ。採集専門ではないのですから十分ですよ」
「ランクを決めるのは、また魔道具作りですか?」
「ええ。一律皆さんに受けて頂いていますので、こればかりは譲歩できませんわ。その代り、材料はコーカスさんの魔導石で宜しいですよ。ランク決めに自作の魔道具を持って来る方もいるのですが、こちらで用意したもので作ってもらうことにしております」
その代わり、コーカスから鉱石を買うのは魔道具ギルドのため作ったものは返却されないと言うのだ。
「うーん」
腕を組んで悩む俺に、コーカスの材料を使って作るのなら出来栄え次第で、コーカスのランクも上げると言いだした。
そうなると、ああ、やっぱり。そうなるよな。じっと、横からすがるように見つめられて、息を大きく吐いた。
「いいですけど、作った魔道具のできが良かったら一番良いランクを下さい」
「ええ、分かりましたわ」
スキンヘッドの息子の方は、母親の返事に狼狽して、ギルドの信用が落ちるとかこの若さで作れる物なんてたかが知れている。作成に失敗したらギルドが爆風に巻き込まれて吹っ飛ぶとか。
散々、失礼なことを言われた。
「そんなことはしません」
「作ってから言え!」
「ふざけるな! 物を見てから言え!」
結局、売り言葉に買い言葉になってしまい、この鉱石採集を専門にする男性のランク上げの為と俺の名誉のために本気で作る羽目になった。
それでも欲しい鉱石が手に入りやすくなるならいいかと奥の作業場で持っている鉱石を袋から出してもらう。
一見すると何の変哲もない袋の魔道具は、表側ではなく、袋の内側に魔法陣が描かれていて、発動させるために砕いた魔導石を染料にしており、色が青だった。これは、魔道具ギルドからの貸与されている品で、採集者は貴重な人材のため、ある程度のランクが上がれば渡されるという。
今、この人自分で言ったよな。
ある程度のランクって……。早々に騙されたことに気づいた。
それにしても、生活に根づいた平民が使える魔道具か。あるところにはあるのだな。こういうのは、見るのが楽しい。重さが軽減される魔道具は便利だよな。
作業台に置かれていく魔導石は、どれも綺麗に磨いてくれる専門の職人による加工前の物ばかりだが、貴族が買うわけでもないからこれでいいのだろう。
「色んな種類があるのですね」
「そうだね。いつも6種類くらいを一回の採集で採るよ。仲間と行くこともあって、そういう時は、仲間同士で話し合ってお互いに同じ石を採り続けるんだ」
「それで規定量があるのか」
高額狙いの石ばかり採っているのだと思っていたが、そうでもないようで、値のつかない石も混じっていた。
それに相反して、値付けに困るレアな魔導石もあり、先に欲しい鉱石を避けることにした。コレクターというわけではないのに、ついつい欲しくなってしまう。研究に使わなかった物は、次の研究生に引き継がれるからいいかなと欲張った。
「一人で行く時は、狙って採る物とそうでない物があるよ。この辺の石は、本命だったルーナ石の周囲にできる石でね。陽の光が当たるところは、デミール石になってしまうからね。二束三文さ」
「割ったらルーナ石が出て来るかもしれないので、この大きいのは欲しいです」
「ルーナ石が出るかもしれないという前提の価格でいいのなら売るよ」
「だったら、出てきたらルーナ石の買い取り価格で、出なければデミール石の価格にして欲しいです。この通りの並びは加工店が多いでしょう?」
あなたの信用できるところに持ち込もうと提案する。
「ハハ、参ったね。分かったよ、そうしよう」
加工料にかかった金銭は支払うと約束をした。
平民にできずに貴族にできることと言えば、その最たるものが教育で。
今までも隠れてギルド登録していた貴族はリリス先生以外にもいると判断して、隠しているのはこの辺りだろうと開示する技術の幅を決める。
守護の魔道具と攻撃の魔道具の一体化で、片手サイズに納まれば十分かな。
それともお爺様が初めてくれたこの魔道具のように指輪まで小さくしてみようか。
石を見ながらの設計は楽しく、幾つもの案が浮かぶ。
二束三文で売られるデミール石が、脇に避けられていて、明かりに反射して赤茶けた石が光っていた。使ってと言っている気がした。
よし。小粒の石で作る守護の魔道具にしよう。形はネックレスだ。加工店もあるからいいよな。
「デミール石に魔法陣を一つずつ描いて性能を上げよう。それから一つずつの石に幅を持たせて、更に小粒の魔導石を補助石にしよう」
連なる魔導石の魔力が順々に巡り、強い守護鉱石に対抗する力を得る。魔法陣はあくまでも補助で、石によって違う魔力の含有量を魔導石が弾けないように一定にする役割だ。
「まあ、楽しみだわ」
「そんなことができるのかよ」
いつの間にか側に来ていたスキンヘッドの男性と母親に気が散るからと言ったが、見ているだけだと言われてしまい、仕方なく作業を始める。
コーカスはいつの間にか、加工手に向かったようだ。
設計図を書いてから作業を始めるが、せっかくだから同じ大きさで磨きも加工職人にして欲しい。
その話をすると、金髪の女性が頼んできますと石を持って行く。
「まだ、できていないから困ります」
「組んでからばらして加工してもらうより先にやってしまった方が、仕上がりがいいんだよ。母さんがこのギルドの天辺だ。加工職人や業者も頼まれたら断れん。すぐに戻ってくるぞ」
「ああ、あの人がギルドの長だったのか」
それで息子の大きな態度にも納得がいった。
すぐに戻って来ると言う言葉は本当で、10分も待たなかったように思う。超特急だな。
赤茶色だった石は、表面を加工されて均一にカットされると宝石のように赤く光り輝いていた。
宝石と遜色のない色や輝きでも敬遠されるのか。ただ単に魅力が薄いのか。加工店でも買い取りの申し出はなかったようだ。
こんなには使わない予定だったがせっかくだから使おうか。2連の重ね付けにできる長さにすればいい。
設計を見直し、石にこもった魔力に持つ人の魔力が反応するように作り、盗難対策をしよう。
設計図ができあがると集中して小さな石に魔法陣を描いていく。
折り畳みの拡大鏡を持って来ていてよかった。
固定をして覗き込みながら、魔法陣を一つずつに描けば、あとは組み上げるだけだ。
作業の終わりが嬉しいような悲しいような気分になるのはいつものことだった。
「できた」
「念のためこちらで動作確認をさせてもらうぞ」
「素晴らしい魔道具作りの過程だったわ。人によるから見ていてとても楽しいわね」
申し分ない出来だったようで、ランクは一番上のランクになると言われた。
コーカスも同じランクにまで上げると言い渡され、飛び上がって喜んでいた。
「ありがとう! 君のおかげだよ!」
また売るから連絡先をと言われ、魔道士高等学校の寮にいると伝え、ここにまた来ると約束をした。
ギルド長に向き直る。
「ここは宝の山に感じました。また買いに来ます。欲しい魔導石の一覧も今度持ってきますから在庫があれば売ってください」
他の人の魔道具も見たいと言っておく。
「はい、お待ちしております」
「なにか言うことは?」
スキンヘッドの男性を見ると、禿げた頭を掻きむしるので頭皮が赤くなっていた。
「分かった、分かった! 悪かったよ! お貴族様! クソっ」
その夜、小さな魔道具を作るのも楽しいかもしれないと思いながら眠りにつき、もらった一番上のランクが、実は隠しランクだったと気づくのは、ラウルのための魔道具を買いに行った当分先のことだった。
そして、魔道具ギルドでばったりとリリス先生に会い、目を丸くして会員になっていたことを驚かれるのも。あの袋の魔法陣はリリス先生でしょう!と、問い詰めるのも。花が咲き乱れる頃のことだった。




