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魔道具ギルドに行ってみよう

 屋敷の移転前に母屋に置いていた魔導石と研究棟に置いていた魔導石を持ち出し、更にそれを春に入寮した寮から学内の研究室に運び出す作業が終わり、今度はそれを棚に直し、仕分けを行っていた。


 色んな所で採集しては増えていく鉱石は、何かを作りたくなったらあっという間に消費されていき、また採集に向かうという日々が続き、いい加減、採集依頼でもかけようかと思い始めていた。


 そんなある日。研究室にひょっこり現れたのはリリス先生だった。

 しばらく教鞭から離れて研究したいと願い出て、教員名簿に名を残す形なら三年を目処に認めると学長の許可が下りたらしい。


 同じ研究者として、挨拶に来てくれたらしいが、先生とでは実績が違う。


「まずいな。ライバル出現だ」

「ふふふ。それは私の台詞ですよ。むしろ燃えますね。ソルレイ様は魔道具ギルドの会員にはならないのですか?」

「魔道具ギルドですか?」


 持っていた魔導石を棚に置き、お茶でも淹れましょうと声をかけると、いえいえお構いなくと返された。


「人の作った物をご覧になるのもお好きでしょう?」


 リリス先生の言葉に甘え、片付けてしまうことにした。引き出しから出していた魔導石を作業台まで運ぶ。これで終わりだと手元に積み上げていた魔導石を手伝いましょうと半分持ってくれた。


「作るのも見るのも好きですが、ギルドの会員は、平民のためのものではないのですか? 貴族は会員になれましたっけ?」


 商業ギルドには商売上、止む無く登録をしたが、これは国の法で決まっているからだ。だけど、ギルドとは本来、何の保証も得られない平民が後ろ盾を得て、広く活動できるように後押しするという理由で生まれた組織のはずだ。


 他のギルドでは登録自体が無理なのではないだろうか。


「実は、私は登録しているのですよ」

「!」

 こんなところに会員がいた。それで会うたびに勧めてきていたのか。

「もしかして、貴族だということは隠していたり?」

「はい! どうしても我慢できなくって」


 清々しいまでの笑顔だ。貴族だということも魔道具の教師だということも言わずに、ただのリリスとして登録しているらしい。


 身分を隠すのか。

 世間的には駄目なのだろうが、俺の善悪では、どちらかというとアリだ。

 それで多くの魔道具が見られるのならいいなと思ってしまう。いつか役に立つものを公表するから許して欲しいと誰かの良心に訴え、登録してしまおうか。


「楽しいですよ。同士がいるって」

「ハハハ。勧められたことは黙っておきます。行きたい気持ちはあるのですが、今は研究が先かなって」


 研究費を出してもらっているのだからアインテール国を出る前に研究成果を形にして残したい。

 そのことを伝えると、真面目ですねえと笑われた。


「リリス先生は大胆すぎです」

「けっこう先生方はそういう人多いですよ。内緒で会員登録しています」

 毒好きな先生もいて、危険視されているギルドに登録している人もいるという。

「危ないギルド……」

「ふふ」


 先生達は欲望に忠実なんだな。

 問題にならないように上手くやっているらしい。ギルド長に金を渡して黙らせている人もいるという話は聞かなかったことにした。思い切り貴族のやり口だった。


「私の場合だと、家が女系でして。姉妹は魔道具に興味がないわけですよ。加えてアインテール国だと大っぴらに言いにくいといいましょうか。ひた隠しにしていたのですが、どうしても仲間が欲しくて学生の頃に行っちゃいました」


 思えば、思春期の時で意欲という名の欲求を抑えられなかったのかもしれませんと言う。

 教師になってからではないのか。この国で魔法陣が尊ばれるのは、間違いなくグルバーグ家の存在が大きい。


 そう聞くとグルバーグ家の子になったのに、魔法陣よりも魔道具に精を出した俺は随分と甘やかしてもらった気がする。なんだかリリス先生に悪いな。


「……私の場合は、家で作りまくっていましたよ。お爺様も上手で、カルムス兄上も得意だし、弟も教えてと言ってくれて。あまり興味はなかったと思うのですが、できあがったら喜んでくれて、家族みんなで見てくれました」


 リリス先生とは違って、一緒に分かち合う喜びが家の中にあった。食堂のテーブルで全員が何かを作って、教え合ったということもあった。

 研究棟ではなかったのは、ダニーやノエルがいたからだろう。お爺様は優しかった。基本すら分からない最初の頃も丁寧に一から教えてくれた。


「えー! 素敵ですね! 羨ましいです!」

「ハハ、はい。いい思い出ですね。魔道具より魔法陣をと言われたことは一度もありませんでした」

「ラインツ様もお作りになられていたのですね。知っていたらもっと早くに、家族に言えたのにと思ってしまいますね」


 反対されると思って、学生時代は言えずに婚約の話を持ってこられた時に、魔道具の教師になりたいと言ったらしい。


 これが最後の機会だと言ってみたら思いの外、両親は応援してくれたと言う。


 そういうのは、本当にどう転ぶか分からないものだ。熱意にもよるし、熱意があっても反対されるかもしれない。ちゃんと伝えたリリス先生の勇気は称えたい。


「レイナ、……母のことは知りませんでしたか? 魔道具好きで有名だったとか」

「えー!? 全然知りません!」

「そうですか」


 知っている人と知らない人の差が激しいような。設計図も隠していたようだから周囲にも黙っていたのかもしれない。


「先生と同じで、秘密にしていたのかもしれません。設計図を数枚見つけたのですが、どれも違う関係のない本に挟まっていたり、研究棟の部屋に隠されていたりでした」

「では、苦労は同じだったというわけですね!」

 仲間だと喜ぶ先生に笑って頷いた。

「そうみたいですね」


 だいぶ探し当てたが、断片的な設計図も多い。何を作ろうとしていたのか分からないものまである。設計図が混じり合っているような……。


「あ! そうでした! 魔道具ギルドの会員になると、手に入りにくい鉱石も手に入るかもしれませんよ。会員同士で売買されています」

「またそんなことを言って。登録させる気でしょう」

「ランク制なのですよ。創るものによって変わるのです。滾るものがありませんか?」

「アハハハ、滾るものですか? ないです、ないです」


 一度一緒に行きませんかと誘われたが、断ることにした。今は、本当に忙しい。ベリオール店の人手の采配もようやく目処が立ったところだった。



 この半年後。

 リリス先生に、滾るものなんて無いですと前に誘われた時は言ったのだが、そうでもなかったようだ。


 欲しい鉱石の売買があるかだけでも確認に行こうと学校近くにある規模の小さい出張ギルドの方に出向いた。


 魔道具ギルドは、入って右手に買い取りの商談ブースがあり、奥は作業台。左にカウンターがあり、職員が応対をするようだ。

 カウンターには何もないが、職員の人数はいる。あっちは受注生産の受付かな。

 変わった作りだった。


 ひとまず、暇そうな左に向かうと、奥から出てきた冒険者のような人と目があった。


「新人か?」

「違いますね。鉱石の売買について聞きたかっただけです」

 主に買いたいことを申し出る。

「そうか。なら、やることは一つだ。こちらの用意した魔導石で魔道具を作ってもらう」


 今日は話を聞きに来ただけだったが、いきなり腕を見せろと言われた。


 鉱石の売買情報すら会員以外には明かさないのが魔道具ギルドだと説明を受けた。その分、商業ギルドより希少なものが出回ると聞き、やる気が出た。単純だなと自分でも思いつつ、


「まあ時間もあるからいいか」と答えた。

「この中から一つ選べ。手は抜くなよ」


 渡された籠に入った数種類の鉱石の中から一つを取り、言われるまま奥の作業台で使っていい工具を手に魔道具を作る。部品も多いし、職人が磨けるようにか専用の魔道具もあった。

 揃えられない駆け出しの職人でもここで作業できるのなら良心的だ。


「何にしようかな」


 貴族家ならどの家でもある明光石を使った明り取りを作ろうかと作成を始めた。


 出来上がり、カウンターの一番手前にいた近くの男性に見せると、先程のスキンヘッドの男性もやって来て一緒に作ったものを見ていた。

 もう会員になって、欲しい鉱石の依頼をかけて買おう。そんな気分になっていた。


「ブルーティアーズ石があったら買いたいです。ありますか?」


 他にも欲しい鉱石はあるが、このギルドの使い勝手を見たかった。依頼もできるならしたい。まずは、どれだけの流通量があるのかを知りたかったのだが……。


「ハハハ! こんなしょうもない魔道具を作っておいて欲しがる鉱石が1級かよ!」


 カウンター越しに大柄な男性に笑われ、周囲のローブを着た職員達も笑い出す。

 その物言いに、呆れて言い返す。


「作ったら、情報は公開する約束だったよな?」


 嘘か尋ねると本当だという。

 ただ、こんな魔道具だと教えられるのは3等が精々だと級にもならない微弱な魔石の情報になると言うので、もう出て行きたくなった。


 騙し討ちを受けた気分だ。


「籠に入っている鉱石は、どの石も弱っていて動かないと思う。その鉱石はもう死にかけている。動くのは明光石くらいだったのに、何を作れって? 設計だけを見るなら片手落ちだ。動いてこその魔道具だろう」


 言うことは言おう。

 もう二度と来ない場所だ。


「馬鹿言うな。ちゃんと手入れされたーー」


 スキンヘッドの男性が、笑いながら魔力計で測るとやはり弱っていた。数値が低いのだ。

 そのことに驚き、後ろで様子を見ていた金髪の女性がこちらに来て謝罪をした。


「すみません。ご用意を誤ったみたいです」

「いいえ、もういいですよ。笑ったのは失礼ですからそっちの人達には注意して下さい。でないと、来る人がいなくなりますよ」


 押し黙ったギルド職員達に、色がくすんだり、青白い時はちゃんと魔力計で測った方がいいと伝えた。


 スキンヘッドの男性も女性に促されて渋々俺に謝ると、側に一人の男性がやって来た。おかっぱ頭の人でついスキンヘッドの人の頭と目が行き来しそうになり、体の向きを変えた。


「なにか?」

「ブルーティアーズなら持っているぞ。私は鉱石採取専門なんだ」


 魔道具ギルドってこういう人も会員なのか。てっきり、冒険者ギルドの範疇かと思った。


「見せてもらえますか? ものが良ければ買いたいです」

「いいとも。小さい粒から大きな物まであるよ」

「大きい方がいいですね」


 何の変哲もない袋から石をカウンターに置くが、その袋の魔道具の方が気になる。


「あの、その袋はーーーー」

「ああ、これかい?」


 どういう作りか見せて欲しい。魔法陣が描かれていないということは、魔導石を組み合わせて作られているはずだ。


「ちょ、待て! 会員同士の直接取引は禁止だ!」

 スキンヘッドの男がカウンターから出て来た。その後ろから女性が声をかけて、時が止まった。

「あっ君、いけないわ」

「え? あっくん?」

「か、母さん」

「…………」


 この驚きを周囲の人と分かち合いのに、驚いているのは俺だけのようだ。

 スキンヘッドの男性は、金髪の女性と親子なのか。似ていない親子だ。同じ職場でやり辛くないのだろうか。


「その人は貴族よ」

「ちっ、リリスの知り合いかよ」


 リリス先生……。バレているのなら言って欲しかった。ちゃんと平民の格好で来たのに。

 待てよ。先生の場合は気づいていないこともあるかもしれない。


「……そういう貴女も貴族なのでは?」

 綺麗な金髪だった。

「確かに私の父は貴族ですよ。ですが、愛人の母は平民ですわ。だから身分は平民ですの」


 初対面で聞いていい話なのだろうか。

 貴族の問いかけに答えないといけないと思わせたのかもしれない。話を変えよう。


「そうでしたか。失礼を。鉱石の売買なのですが、私はまだ会員ではないので、規約違反にはならないかと思います」

 場所が魔道具ギルド内だっただけだ。

「まあ! そのような解釈をなさるのね! 本物の貴族ね!」


 手を叩いて笑う。

 興奮して喜ばれているがとても怖い。

 聞きようによっては嫌味にも聞こえる。

 平民の考えではなく、貴族よりの考えの持ち主なのかもしれない。


 若干引きながら、売ってくれるという男性が出した鉱石を選ぶことにした。早く選んでここを出よう。

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