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ラインツへの恩義と敬意

 翌日、馬車でぐっすりと寝た俺とラウルとお爺さんが、仲良く身支度を整えていると、エリドルドがやって来る。

 出立の挨拶だろうか。


「おはようございます。見事な青空ですね」

「「おはようございます」」

 挨拶を返しつつ目線が空にいく。

 確かに雲ひとつない一面の青だ。

「清々しい朝ではある。この辺りは荒野であるがな」

「ハハハ。そうですね。もう少し東になると、盗賊の出

 やすい場所ですね。ところで、ラインツ様。私もディハール国までご一緒したいのですが、よろしいですか?」

「かまわぬが急いでおらぬのか? 私達はのんびりとしか向かわぬぞ?」

「はい、ラインツ様に教えを請うておきながら、この度の愚行。許し難いことです。ディハール国王に立ち会ってもらい、ラルド国の王。いえ、元王にアインテール国への帰国了承の旨を取り付けます。ラインツ様の名誉は守らなければなりません。つきましては、ディハール国王への仲介役をアヴェリアフ侯爵家のガンツ殿にお願いしようと思います」

 どうやら、カルムスやダニエル達からラルド国での詳しい経緯を聞いたようだ。


 二人とも、おじいさんが敵前逃亡だと流布されるのを防ぎたいと言っていた。

 より良い条件の亡命したさに勝手に王に話を作られる可能性がある。おじいさんが死んだものだと思っていたら、全ての責任をなすりつけることだってできるのだ。

 ディハールに王族たちより後に来たことが分かれば、少なくとも王より長くラルド国にいたことが証明される。ハッセルの入国証明書も提示すればいい。


 一番回避したい主張は、“ラインツ大魔道士が逃げた、負傷したのでこれ以上戦うことができなかった”という濡れ衣だ。その時は、“こちらは傷が癒え、戦うことができたのに王がいなかった”という反論を行うようだ。

 戦いに復帰しようと思ったら、王が軍と共に逃げていたという主張を第三者であるディハール王の前でするのだ。


 亡命条件を厳しくしたいと思っているディハール国側にとっては渡りに船なのでのる公算が高い。


「ふむ。お主も付き合うというのだな。恩に着るぞ。私だけでは分が悪いのでな。接触せずに帰国しようと思っていたところだったのだ。ラルド国の王に話ができるのであればしておきたい」

「何を言うのですか。着る恩などございません。私にお任せください。昔のご恩に報いたいのです。アインテールに戻ったら王もきっとラルド国の所業にお怒りになられます」

 自分が成功に導くのだと自信に溢れたその目は、とても力強い意志のこもる目だった。

 この人のことを少し誤解していた。

 そもそもは、顔の広い大商人だと勝手に思っていたのだが、アインテール国の外務派閥のまとめ役という偉い立場の貴族だった。

 思わず、教えてくれたカルムスに、“もう少しだけ早く情報が欲しかった”という気持ちが口を吐いて出そうになったほどだ。ちゃんと質問しなかった俺も悪いのだと飲み込んだ。


 エリドルドとディハール国の王が善意の第三者となるのか。証人って大事だもんな。


 俺とラウルは、朝の体操をしようかと広がる。

 懐かしのラジオ体操だ。全部は思い出せないが、腕を振り回すのはいくつか憶えている。

 難しい話は大人達に任せて、俺はディハールで会う同い年の子のことを考えないと。

 昨日は言わなかったけど、プライドが高くないとやっていけないだろうから勝ち気なタイプだと思う。

 きついことも言われるかもしれないけど、さすがに9歳で暴力まではないと思う。5日後にはディハールに着くという話だったから会う時は少し大変かも。

 それでも学校では、知り合いっぽくしていたら“虎の威を借る狐式”で何とかなるはず。2年したら入ってくるラウルのためにも上手くやらないと。



「ラウルー。朝ごはんを作るよ。お手伝いしてくれる?」

「はーい」

 俺の作る食事は好評なので、最初はしなくてもいいと言っていたおじいさんもこんなに味が違うならと、好きにさせてくれている。

「ソルレイ様がお作りになられるのですか?」

「はい。皆に食べて欲しいので」

「ああ、そうですね。れ……」

 レイナ様の、と口走りかけて口を噤み、『それでは私もご相伴に預からせていただきます』と、言い直した。


 悪いが、レイナさん直伝ではなく、完全に俺仕様の作り方だ。

 どうしよう。

 貴族っぽくした方がいいのか?

 何かそういう……らしいもの……あ、カフェのおしゃれ卵!

 貴族向けに見栄えのする、瓶に入ったエッグスラットを作る。何てことはない。マッシュした芋の上に卵を落として瓶ごと湯煎だ。味つけを忘れ、上からチーズと塩胡椒を適当にかける。

 スープは作り慣れた野菜だけのスープで、ソーセージはラウルが喜ぶようにウサギとブタの形だ。パンはすぐに焼ける平たいものを焼いた。

「エリドルドさん、護衛の方の分も作りました」

「これはお気遣い頂きありがとうございます。しかし、」

「皆で同じものを食べる方がいいと思うので」

 苦笑いを浮かべられたので、「今ぐらいは」と付け足すと「分かりました」と、折れて頷いた。


「お兄ちゃん、みんな待ってるよ? 食べよう!」

「うん」

 ラウルの隣に座る。口に出さず手も合わせない「いただきます」をしてスープに口をつける。味は貴族用に少しだけ濃くしてある。

「ソルレイはラウルツに構い過ぎだ。なんだその動物型のソーセージは⁉」

 え? 変だったかな。

「カルムお兄ちゃんの意地悪!」

 ぷぅっと頬を膨らませたラウルに頷く。

「うん、今のは意地悪だな。カルムお兄ちゃんはしてもらったことがないんだろう」

「それで意地悪をするの? 」

「羨ましいんだ。次はカルムお兄ちゃんのソーセージも動物にしてみるよ」

 そう言うと少し考えて皿にのるソーセージを見ていた。

「うささんはダメだけど、ブタさんなら交換してあげるよ、はい」

 お皿を突き出すラウルにカルムスは弱った顔をする。

「ハハハ。これはいい。カルムス殿、受け取るべきです」

 エリドルドが笑う。

「カルムス、厚意を無下にすべきではない。私も受取るべきだと思う」

「ふむ。そうじゃな。孫たちの厚意を受け取るのだ」

「早く受け取ってあげてください」

「子どもの気持ちを考えてやってください。わざわざ譲ってくれています」

 モルシエナやベンツにまで促され、カルムスは豚形のソーセージを取り、普通のソーセージをラウルの皿に入れる。

「嬉しい?」

「……そうだな。まあ、喜ぶ年ではないが、力作だからな」

 一応礼を言ったのだが、譲ったラウルの方が良いことができたと嬉しそうだ。

「うん!いいよ。もう意地悪言っちゃダメだよ」

「アハハ」

 ラウルに形無しにされたカルムスが可笑しかった。

 交換してあげて偉かったね、と褒めてからソーセージに齧りつく。皆が吹き出しそうになり、いけないと腕や顔を背けて耐える。

「ったく笑いすぎだ」

 皆の揺れる体を前に、その抗議の声はとても小さい。


 エリドルドよりも、もっと。もっと強い、物事を押し通し切る目を持っているカルムスの情けない姿に、とうとうラウルまで笑いだすのだった。


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