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懐かしい補講授業 前編

 図書館で、珍しい鉱石が載る本を借りて2階の自習室に向かう時に後ろから誰かに呼び止められた。


「ソルレイ様、少しよろしいでしょうか」

 声をかけてきたのは、アンジェリカとケイトだった。珍しいところで会ったな。

「うん、いいよ。どうしたの?」

 ここでは少し、と言うので、確かに図書館で話声はまずいな。カフェに行くことにした。

「季節のジェラートパフェを3つ」

「「!?」」

 会員カードを見せようとして、ラウルにあげたことを思い出した。裏メニューを頼めない。

「ああ、ごめん。やっぱり今の注文はなしで」

「いかがされましたか?」


 弟にあげてもいいとカフェのオーナー兄弟に言ってもらえたから渡して手元にないのだと伝えると笑い出す。


「ソルレイ様は覚えておりますから提示は結構ですよ」

 笑顔でカフェの店員に頷かれた。

「よかった、ありがとう」

「お持ちの方しか頼めないのですが、特別に3つお作りいたします。内緒にしておいてください」

「うん。二人も内緒にしておいて」

「「もちろんですわ!」」


 ノエルにご馳走したときも何も言わずに作ってくれていたようだ。ジェラートは初等科でも高等科のカフェでもあるが、季節もののパフェは高等科しかない。会員カードの一番上のスペシャルカードを持っていると、その季節限定の豪華なパフェが食べられる。


 今日は、一番好きな桃のパフェだ。

 テーブルに置かれたパフェを見て、二人の女性が可愛らしく喜んでいた。


「綺麗ですわね」

「ええ、美味しそうですわ!」

「早く食べよう。小食の女性よりたくさん食べる方が好きだから、気にせずに食べて。そのために目立たないように一番奥の席にしたんだ」

「ふふ。ありがとう存じます」

「ソルレイ様ありがとうございます。頂きますわ」


 3人で美味しいパフェに舌鼓を打つ。

 モモのパフェが一番美味しいよな。これを食べに何度も来た。だから覚えられているのだ。

 パフェが底の方に来たので、温かい紅茶を頼み、紅茶がきてからどうしたのかと聞くことにした。二人は真面目な顔になり頷き合っていた。


「その、少々言い辛いのですが、試験に受かりそうになくって。ソルレイ様のお力をお借りできませんこと?」


 切羽詰まった顔を見るに相当まずいのだろうか。試験といっても3年目が始まったばかりだから焦る必要はないと思う。


「まだ慌てなくてもいい気がするけどな」


 始まって早々。合格をもぎ取っている生徒は少ないのではないだろうか。


 そういえばクラスメイト達は3年生目か。どうしているんだろうな。すぐに合格している気もする。3年目からは卒業は一律ではなく、全ての試験に合格した時点で卒業できる。セレモニーも特にない。2年で卒業できる者は、特進科と普通科共に合同の卒業式とパーティーが学内のダンスホールであった。


 選択でダンスを取らなかったからな。初めて入ったホールは、天井にステンドグラスが嵌りシャンデリアが下がる美しい大ホールだった。


「4年間いていいということでしたが、3年目でとれないと厳しいと言われておりましたの。頑張っていたのですが、難しいのですわ。家庭教師にも来てもらっているのですけれど……」


 俺はその言葉に驚いた。ケイトは他国から来ているのでまさか家庭教師をつけているとは思わなかった。


「二人に個別で教えるってこと? でも、授業が違ったはずだからな。教科書も違うらしいんだよ。ちなみに何の教科?」


 2年で終えて春に入寮してからずっと研究をしていた。クラスメイトのアレクやクラウンが時々研究室にここが分からなくて、と聞きにくる以外ノータッチだった。


 ハルドもこのクラスになれるかなれないかという優秀な成績だったため、クラスの授業は余裕で、借りたいと言われた特進科の教科書は全てあげた。

 ラウルに借りればいいだけだからな。

 ノートは渡せないけど、写すなら貸すと言うと借りたいということだったので、貸している。メイドがせっせと写しているらしい。一冊終わったら返してもらいまた貸す式なので、滞りなく返却を受けている。ハルドに教科書を借りようか。


「全部です、と言いたいのですが、魔法と魔法陣、魔道具は頼みたいと意見が一致しておりますの」

「意見の一致って?」

「実は、私たちが代表で来ましたのよ」

「元レリエルクラスは頑張って教え合っているのですが、授業が難しいのですわ」


 同じ授業でもクラスごとに先生が違うため教え合っているという。


「あーうん。なるほど。全員に補習か。でも、教科書が違うと何とも。2クラスは同じ?」

「ええ。同じですわ」

「選択科目は違うようなのですが、通常授業は同じですの」

「ふん、ふん。とりあえず教科書を見たいな」


 アンジェリカもケイトも鞄を持っていたので、見せてもらう。

 魔法は……理論か。クライン先生が言っていた通り本当に内容が別物だ。こうやってみると特進科の授業ってかなり難しいように思える。特進科でやらないような基礎授業だ。分からない内容もない。なんとかなるかな。


「魔法の試験って実技?」

「ええ、実技ですわ。でも、実技の前に理論の試験を受けて合格しないと受けられませんの」


 それに困っているらしい。

 試験期間も筆記に受かっていないために夏までに実技で合格すればいいのではなく、冬前の試験に合格しないとまずいという。うちのクラスでは、実技試験のみだった教科も他クラスでは筆記試験のみだったりするようだ。


「へえ。試験の方法も特進科とは違うのか。もしかして魔法陣も?」 

「同じです」

「ほとんどが筆記試験ですのに、魔道具は実技もありますのよ。二つ作らないといけませんの」

 なるほど。魔道具に苦労しているんだな。年間二つでいいなら楽勝だと思ってしまった。

「教えるのはいいよ。とはいっても、研究でどうしても外せない日もある。俺にも予定はあるからそれ以外の日なら教えるよ」


 教える教室は、フォルマのいる3組の方にしよう。確かホワイトアクア組だったな。アインテール国の貴族ばかりの方がいいだろう。


「今からで間に合うか微妙かもしれない。思い切って4年で取ると思えばアインテール魔道士高等学校卒業になるよ」


 研究者として2年はいることが認められたので、弟の卒業まではアインテールにいようと思っているのだと言うと、ほっとした顔をしていた。


「「ソルレイ様、よろしくお願いしたします」」

「俺が頑張っても試験の時には助けられないから皆に頑張るように言っておいて。教科書は授業前に読んでくるように。分からなくてもそこはいいから。授業中に分からないところを集中して聞けばいい。それからなるべく先生には質問をして。恥ずかしければ、皆で相談して持ち回りで手を挙げればいいよ。それから、隣の組の元レリエルにも声をかけておいてくれる?」

「分かりましたわ!」

「名簿を作っておきますわね」

「うん。今週末の二日で魔法理論と魔法陣理論を並行して総ざらいするよ。1 年生の内容も入るけどね。時間は 8 時から 16 時で 12 時から 1 時間昼休みにしようか。一人でも遅れたらやらない」

 これは絶対だ。

「うっ、はい。皆にちゃんと言いますわ」

「連帯責任ですわね。分かりました。授業より 1 時間早いので間違えないようにしませんと」


 二人とも伯爵家の為、発破をかけるだろう。


「うん、俺も休みを使って教えるんだから教えてもらう方は来ないと駄目だ。それから、初日に来ていた者しか参加は認めない」


 病欠の場合はかまわないが、その場合は、ビアンカとケイトがその生徒に教えることとした。

 二人とも、お礼を言って帰って行った。


 そうして、週末の2日とも補講をすることになった。ラウルがへそを曲げないように、今週末だけで後は平日に1時間か2時間にすると先に伝えた。

 渋々了承をしてくれた。ただ、3年で受かって欲しい。エルクが来たら毎日遊びに行きたいと言われた。

 そうだよな。アインテール国にいられる最後の特別な一年だ。気合いをいれてやることにした。


 

 週末――――

 先生っぽく見えるようにローブを着て、ボードで使う延ばし棒を手に入れホワイトアクアの教室に入る。そこには、生徒がぎゅうぎゅうにいた。


 多いな。25 人クラスのはずなのに明らかに席が増えている。40 人近くいそうだ。

 元レリエルクラスだけのはずが、“誰だ?”と首を傾げる生徒が何人もいる。


「……レリエルクラスだったよしみで友人たちに補講を行うことになった、フェルレイ侯爵家のソルレイだよ。知らない生徒がかなりいるけれど、どういうことだろうか」

 あれ? クレバとオルガスも何でいるんだ?

「特進科の生徒もいるけれど、補講はエメラルティア組とホワイトアクア組の教科書に沿うから来ても知らない魔法陣を知れるとかそういったことはないよ」

 二人を見て言うと、あっさり頷く。

「とりあえず参加してみただけだ。俺たちのことは気にしなくていいぞ」

 初日参加が必須なんだろうと訳のわからないことを言ってくる。

「なんだよ、それは」


 オルガスのいい加減な返事を聞きつつ、事情を知ったハルドに借りた教科書を開く。ハルドは二年で卒業しているが、この国に留まっている。まだ読みたい薬学の学術書があるらしく、図書館通いだ。


 俺やノエルの研究室に遊びに来ることも多い。卒業生も利用手続きをとれば施設を使える。治癒士に興味があるようで、教会への出入りも多い。仲のいい友人の一人だ。

 貸し出している特進科のノートの返却も猶予ができたと喜んでいた。


「いてもいいけど邪魔はするなよ。後、面識のない生徒の分も責任を以って名簿を作って渡すように」

「「お任せください」」

「じゃあ早速、魔法理論の基礎と魔法陣の基礎理論の違いから。比較してみることで分かりやすい。個別で覚えるより楽だな。今は話を集中して聞く時間だからノートは書かなくていいよ。話をよく聞いて頭に入れるように」


 それぞれの理論や特性を一通り説明をして、名前を知らない生徒を当てる。


「名前は?」

「は、はい。ギーク・スヴィアスと申します。本日は、勝手ながら――――」

「そういうのは必要ないよ。問題を当てようとしているだけだから」

「!?」

「では、ギークに問題だ。庭で本を読んでいると、ふとメイドが洗濯物を木に引っ掛けているのを見つけた。手は届かず困っている。助けてあげよう。さて、使うのは魔法が正しいか魔法陣が正しいか。理由を合わせて答えて」


 そうすると、今やったところなので理論立てて答えた。


「……魔法陣が正しいです。理由は、木に引っ掛かった洗濯物という動かない対象物であるため範囲指定がしやすいからです。魔法だと葉を散らせたりしてメイドにかかるかもしれないのでふさわしくないです」

「うん。正解」

 ほっとしていたが、とても簡単な問題だ。

「理論と言われると難しく考えがちだけれど、どのタイミングでどの魔法、魔法陣を行使するのかを正しく行えるのかということに尽きる。では応用問題。次は教科書の内容だ。当てるから全員考えるように」


 参加型の方が集中できるはずだ。


「校内を歩いていると、空から氷が舞ってきた。季節外れだなと見上げて視線を戻すと、自分の前方にローブを着た男がいる。僅かに魔法を行使した反応があった。その奥にも魔法陣を起動させようとしている男がいる。さてどうするのが正しいか。5 分待つので目を閉じ自分ならこうすると考えて欲しい」


 その間にボードに魔法理論と魔法陣理論の比較を書いておく。特に大事なところは赤色で書いた。次の板書分も書いてボードを下げ、重なるようにして隠しておく。


「はーい。終了。何人か当てよう。今日は名前を知らない人が当たると思って油断しているレリエル組にしようかな」


 そう言うと、分かりやすくサッと目を逸らす。


「初日で当たる方がいいと思うんだけどな。じゃあ、シュレインとマクベルにしよう」


 二人にどう思うか尋ねると、シュレインは魔法で 2 人とも吹き飛ばす、で。マクベルは、まずは守護系の魔法陣を描くと言った。


「なるほどな。シュレインは騎士家だもんな。戦う気満々だな。でも、その答えはまずい。なぜなら、後ろの魔法陣を起動させようとしていた者は、実は先生でシュレインが襲われていると思い助けようとしていただけだからだ。何の魔法陣を起動しているかも分からないのに敵諸共吹っ飛ばすのはまずいな」


 引っ掛けだと文句を言うが、実戦では危ないだろう。


「そして、一見よさそうに見えるマクベルの手は最悪の一手だ。魔法陣を今から描くのでは、行われようとしている魔法の行使に間に合わない。防げないのでかなり危ない。シュレインの味方ごと吹き飛ばす案なら少なくとも自分は助かる。その後、先生を救助できる可能性もある。一方、マクベルの案は身を守れるようで守れない。とはいえ二人とも身の安全を図ろうという方向性はいい。と、なると足りないのはやっぱり理論だ。今から魔法の行使と魔法陣の行使を見せる。どちらも同じ氷魔法だ。時計の秒針が 12 になったら魔法から始める」


 時計に目を落として 5 秒前とカウントダウンをして、教卓の前に立ち、魔法で教室に粉雪を舞わせた。


「発動時間は 1 秒を切っている。行使するのに手振りや身振りはいらない。誰が魔法を使ったのか分からないように問題とは違い、冷気を纏わせなかった。これが魔法の行使による利点だ。では、次、魔法陣だ。12 の秒針の時に始める」

「5、4、3、2、1」


 カウントダウンをして、魔法陣を素早く書いて行使をした。同じように粉雪が舞う。


「今ので発動時間に 3 秒を切っているくらいだ。本気でやればもう少し早く描ける。では、どれだけの距離を相手と離れていれば行使する時間を稼げる? 自分に氷魔法で攻撃されたとして、魔法陣であっても距離があれば相殺も可能だ。マクベルの案は最悪の一手ではなくなる。では、魔法理論の教科書の 68 ページと魔法陣理論の 32 ページを開いて」


 全員が開いたのを確認してから、そこに書かれている魔法・魔法陣の理論と行使する対象物の距離についての理論の話を今していたことを伝えた。


「実戦では魔法で攻撃されても、相手と150メートル以上離れていれば魔法陣でも対応可能だとある。これは直線距離の場合だ。ここで疑問が出てくると思う。相殺魔法や、守護魔法を使えるので魔法陣にする意味があるのかどうか、だ。そこで最初に話した魔法と魔法陣の特性と理論に戻るわけだ」


 ボードを示し、もう一度説明をしていく。

 これで頭に入っただろう。


「最後に、応用問題の答えを。攻撃を受けた時点で、見えていようがいまいが、攻撃された方向に敵がいることが分かる。ギークが対象物が動かないから魔法陣を使うべきだと最初の基礎問題で答えたが、ならばそうすればいい。相殺は魔法で行い、魔法陣で相手を見つける。同時行使が一番いいということだな。では、実際に見てみよう」


 秒針が 12 時にきたときに、教室に粉雪を魔法で舞わせ、生徒全員の机の上の教科書を閉じる魔法陣を書いた。どちらも 4 秒後には行使完了だ。


「範囲指定は面倒だけれど、全員の机の上の教科書を指定して閉じたよ。これで行使時間は 4 秒だ。4 秒あれば全員捕縛できるから時間を稼ぐというのはとても大事だ。同時行使できれば攻守ともに万全だということ。これが、後期試験の実技試験であるわけが分かったと思う。では、午前の授業は終了。板書したい人は書いてからお昼を食べて。13時に戻ってくるようにね」


 午後からの授業は、魔道具だと伝えて、俺はラウルやロクス達と外に食べに行く約束をしているのですぐに正門に向かうのだった。


 美味しい肉料理を出す学校近くの店に行き、腹ごなしがてら初等科のローズガーデンを歩いて高等学校の校舎まで戻った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり優秀なお兄ちゃんって素敵♩ 前回までのストーリー重視な弟くんパートも楽しく読ませて頂いてましたが、全体をリードして行くお兄ちゃんメインのお話は安定感あって読んでて満足度高いです。 …
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