ラウルツ・フェルレイの高等学校 13
高等科の2学年後期の筆記試験は、冬休み前に全て合格した。後は選択授業の実技と最後の魔道具作りだけだ。
授業自体は、休みが明けた肌寒い時期から春の終わりまである。そうして再び夏に1年生が入ってくる。2年生以上の場合は、1年生の入学までに試験に合格できればその年に卒業できる。
「ラウルツ、ミュリス。2年での合格が、ほぼ決定したな。おまえたちがこのクラスの初めての成績優秀者となるだろう」
「先生? 初めてってどういう意味?」
他に合格者候補がいるのかな。
夏までにとればいいもんね。合格予定者がいるのだろう。
「コホン。ラピス! 選択科目だけをわざと残して3年目の授業を受けようとしているようだが、音楽教師が他クラスの女子生徒から“一緒に授業を受けましょう”と言われていて怖いと相談を受けている。退学になりたくなければ次の授業で合格するように」
「えー!? ご、誤解です。私は純粋に同じ学び舎で、お互い理解を深めていきましょうと言っただけです」
「おまえは、一体何をやっているんだ」
ミュリスが呆れて、そういうことはやめるんだと斜め後ろを向いてきつく注意をする。僕も友達として言わないと。
「ラッピー、駄目だよ。ソレ。侯爵家だから女の子が恐怖を感じてるんだよ。上級貴族は、下級貴族を追い詰めてしまうから言い方には気を付けないといけないよ。遊びなんかも誘うのは下級貴族からだね。上級貴族から誘うと強要になるからね。断れないでしょ?」
ダニー式処世術の基本の基だけれど、衝撃を受けた顔をしていた。
「そ、そうなのですか?」
「うん、僕がいつも二人を誘っていたのは、辺境伯家だったからだよ。ベリオールの招待状も真っ先に二人に出したよ。その女の子は、断れないように追い詰められた、と感じて先生に相談したんだよ。だから、“ごめんね”って謝って試験に合格すべきだね」
「そんなつもりはなかったのです」
肩を落としているラピスを見て、クラスメイト達もわざとではないと分かったようだ。ざわついていたが、静かになった。
「ラウルツの言うとおりだ。知らなかったようだが、そのほうがいい。同性間では割に高圧的な物言いをして誘うこともあるが、異性間では珍しいからな。次の授業で合格すれば誤解も解けるだろう」
「わ、分かりました」
ラピスのことだから、長く一緒にいれば婚約者も見つかると思っていそうだ。どちらにしても動機はちょっと不純だからね。
その日は、ちょっと落ち込んでいたので、ソウルに頼んで夕飯によんであげ、ミュリスとカレラとスイレンに婚約者を得られるように助言を頼んだ。
女性からの意見も聞いたほうが良いと思うんだ。
ソウルがノンも呼んだので、にぎやかな食卓になるね。
テーブルには皆で作った料理が並ぶ。
誰もラピスに助言をせず、ソウルが教えながら自分たちで作る料理で盛り上がる中、大人しいラピスを見て、悪いと思ったのかソウルが口を開いた。
「ラピスの駄目なところは、女性に女性を求めていると伝えてしまうことだ。それを侯爵家に言われると、ラピスの内面を知る前に拒絶される。“怖い”が先行するんだ。自分が嫌だと言っても家の力で無理やり求められると逃れられないと感じる。だから婚約者を探していると知った時点で身を引くんだよ。でないと、身を引きたくなった時に引けなくなる。爵位、それから男の立場と女性の立場の違いをまず理解しないと駄目だ」
カレラとスイレンも大きく頷く。
ソウルは、そう言った後で、ラピスのいいところをあげた。
「いいところは、争いを好まない穏やかな性格、女性を守るという勇気も持っているし、そのための努力もできる。女性が目の前で攻撃をされたら、ラウルもノエルもミュリスも戦う。俺は戦えない。魔法陣は描けるし、魔法も放てるけど戦えないんだよ。だから守る魔法の行使になる。ラピスも戦うだろう。魔法でも魔法陣でも敵わないと分かっている敵でも戦う。敵になると分かった時点で、情報戦なのか、根回しなのか。相手を引かせるのか。戦略を練れる。図書館の利用がこの中で一番多いのはラピスだ。努力家な一面を見てくれる人は必ずいるから、自分から求めるのはやめたほうがいい」
ラピスは目をパチパチとさせてから口を開いた。
「私はノエル様のように何でもできる王子様ではありませんし、ミュリスやラウル君もそうですが、皆のように顔もよくありません。運動も苦手です。魔法も魔法陣も魔道具もこの中の侯爵家の皆に敵わないのです。選んでもらえるでしょうか」
選んでもらえるとは思えないから積極的にアピールしているのだという言葉に、そうだったのと驚きつつ、偶に奇怪に映る行動にも納得できた。
「うん。選んでもらえるよ。成績優秀者に選ばれる努力の天才だからな。多くの書物を読み、努力を続けるラピスは、俺たちが触れていない知識が必ずある。それから、天才だとでも思っていそうだけれど、俺もノエルもラウルもミュリスも苦労して勉強を頑張っているよ。見えづらいだけだな。ノエルともグルバーグ家でよく一緒に勉強をしたよ。もっと自信を持って」
焦る必要はないからね、とソウルが優しく笑うと『はい』と笑顔になった。
「そんな風に思っていたのか」
ノエルが不思議そうに見ていた。
「初等科の体育祭の時に足手まといだとは思わなかったのですか?」
ラピスが食べるのを再開しようとした手を止めて、そう言うと、『ああ』と即答した。
「え?」
「思わなかったな」
「え!?」
「思わなかった」
言うだけ言って、ウナギのキッシュを口に優雅に運ぶ。ソウルもそんなノンを気にせず、料理を食べているけど、続きが気になっているラッピーを考えてあげてよ。
「ノン、聞こえていないとかじゃなくて。ラッピーは、本当に思わなかったのか驚いてるんだよ」
僕は、体育祭を知らないカレラとスイレンに初等科の卒業試験ともいえる大規模なイベントを教えるととても驚いていた。4年生と2年生がペアを組むのは他校ではないもので、ソウルが言うには、戦場での上官と部下に見立てた敵陣での模擬戦だと教えると増々驚いていた。
「ふむ。詳しく話をするか。……ソルレイが2年生の時に元学長と行った賭けの話はあっという間に教員や生徒の間で広がった。そもそもの開始時刻が5分早められたいたことに気付いたのはソルレイだけだったからな。気づかずに放送で体育祭の終了が告げられ、のこのこ出たものは皆、教員に掴まり失格となった。俺たちが5分後に行くと、教員に遅刻だと責められた。理由を求められ答えられたのは、ソルレイから聞いていたからだ。実質、あの年の勝者は情報戦を制したソルレイ一人だったといえる」
ソウルが2年生の時は、僕たちも入学していないからミュリスもラピスも知らない。
魔法や魔法陣が禁止で相手の背に触れるという武技を試される内容だったことに頷いて話を聞いていた。
僕たちの4年生の時の体育祭はこちらに近かったので、魔法士や魔道士としての力を見る試験と相手に近づいて捕える、躱す武技を見る試験と交互なのかもしれない。
「2年後は、30人以上捕まえると宣言をしたソルレイを捕まえる役の俺と組みたい者など皆無だった。担任のクラインからは、“2年のレリエルクラスの担任、ノックスから”勘弁してください“と言われたので、他クラスのラピスはどうか”、と打診を受けた。同じディハール国出身の階級も同じ侯爵家だからな」
「あれ? ラッピーのペアが決まらなくてっていう話じゃなかったんだね」
「ああ。そうだ。先に教員同士で話をしていたようだったぞ」
30人以上が確実に捕まるということは、ソルレイを徒党を組んで討つか、標的にならないようにするかのニ択であの年の4年生は苦慮をした。開始してすぐにニ人討ち取られ、恐怖しかなかっただろうと言うので目を丸くした。
そんな話は知らなかったから驚いたけど、ソウルもびっくりしていた。
「やたら徒党を組んで襲ってきたり、大人数で籠城していたりしたのはそれでだったのか」
「ソルレイは、勝ちにいくと決めると全力で、その行動力が凄まじい。レストランやカフェの店主と話をつけ貸切にしたのは 二年前だと支配人が漏らしたのでな」
「口止めしておくべきだったな。味方にするには、言葉が足りなかったか」
本当だね。てっきり味方で、応援してくれていると思っていたよ。
「クラインに食事くらい皆にさせろと根回しをして、食事場所での戦いは回避した。トイレでの待ち伏せも禁止だ。ソルレイの策を潰しつつ、他クラスのラピスと組むことが漏れぬようにした。会いに行くのは 4 年生からで前回の時のようにペアが事前に一堂に介する真似はしないようにしておいた。ソルレイは 30 人以上捕まえるのが条件に入っている。積極的に動かざるを得ない。戦う日にちは、3 日の予定を 1 日に変更させた。組む者を知られないこと。いかに有利に進めるかの戦いは、体育祭の前から始まっていた」
話を聞いているカレラとスイレンが、目を丸くしているので、一応、ここまでやるのはノンくらいだと言っておく。
「教員や教務課の者に尋ねれば、仲の良い教員たちは口を割っただろう。しかし、ソルレイは体育祭を楽しんでいたからか聞かなかった。知ったのは、当日の食堂前での一戦でだ。おまえは、組んでいる相手が俺だと誰にも言わなかった。だからこそソルレイの策は、8割ほど潰せた。それに、ソルレイはイベントが好きなだけで元々は、穏やかな気性だからな。組んでいるのが、ラウルツの友人だと分かった時点で狙うのは手足のみだ。そうなると守るのは容易い。ラウルツの方に注力すればいいからな。足手まといではなく、十分に貢献をした」
ノエルの話を聞くと、ソウルがテーブルに突っ伏した。
「変だと思うことが色々あったんだよ。そうか。くそっ」
珍しく悔しがるソウルを皆驚いて見ていた。ノエルはそれをフッと笑い、カエラとスイレンが頬を染めた。ラッピーがやっぱり男は顔だと思ってしまうからやめてあげて欲しい。
「アインテール国出身のクラスメイトの何人かに、捕まえない代わりに、俺の組んでいる 2 年の者を調べさせただろう。他国出身のクラスメイトには、逆に俺が手を打っておいた。レリエルクラスの者と組んでいると思わせるために、2 年のレリエルクラスの者には、他国出身の 4 年のロッカーを 1 週間ごとに回って使ってもらっていた」
ソウルが突っ伏していた顔を上げ、それで特定できなかったのかと呟く。
言ってくれれば、僕からクラスの皆に頼んだのに。皆ソウルのことをよく思っていたし、僕から話せば誰も上級生には協力しなかったはずだ。
「女子たちが非協力的だったのは?」
せっかくだから教えてよと、ソウルが尋ねた。
「ソルレイは、クラスメイトを積極的に捕まえないが、俺は捕まえる。どちらに与するのがいいかなど自明の理だ。成績がかかっているからな。ソルレイはクラスメイトに勉強を教えていただろう。進学したければ、心で謝りながら協力はしない。進学して力になるほうがいいと考えたのだろう。ビアンカ達はそうすると言っていた」
悔しそうにしながらも納得していた。
「それはそうか。まあ、今は皆が 卒業できるように勉強を教えているけど……」
それから、ソウルが、アレは?コレは?と聞いていった。随分と色々手を打ってくれていたんだね。
「ノンは先生達にまで協力を仰いでたみたいだね。そう言うのはルール違反だよ。ソウルがしているのは工夫だけど、ノンは侯爵家の大紋を振りかざし過ぎだよ」
レストラン封じも日にちの短縮も駄目だよと怒る。
「馬鹿を言え。元学長があの場で俺をソルレイの撃破に名指しした時点で、体育祭では敵だと互いに分かっている。開始直後に狙ってくると思っていたほどだ。使える物を使い、策を弄するのは当たり前だ。高等科へ楽に進学するには体育祭で開催時刻の半分までは決して捕まらないことが必須だとクラインからも聞いていた」
それは知らないことだった。
「「へえ、そうだったんだ」」
そうなるとノンも追い込まれていたことになるね。
まあ、終わったことだしね。魔道具もマットン先生からいいものがもらえて、僕たちは喜んだ。ソウルもお礼に何か作って渡していたことを覚えている。
話を聞き終えたラッピーは、役に立っていたのならよかったです、とほっとしていた。
僕とラッピーが仲良くなったのは、図書館だったね。積み上がっている本の多さにびっくりしたよ。ミュリスは、 2 階の奥の自習室で静かに読んでいるのをよく見かけたよ。侯爵家だと知ったのはその後だった。友達になるのに理由はいらないからね。
「僕もソウルもアインテール国の貴族よりも他国の貴族達の方が気が合うんだよね。なんでだろうね?」
パスタを巻きつつ、疑問を口にした。
ラッピーに『今日も多いね。何読んでるの?』って会うたびに声をかけた。ミュリスにも声をかけてあげて、とソウルが言ったので“集中して読んでいるから無視されそうだね”って思いながら声をかけたら微笑んで、読んでいる本を傾け、題名を見せてくれた。
それから声をかけ、白服は先生の雑用で大変だよね、と言いあうようになった。最初はびっくりしていたけれど、本音で、『そうだな』と笑うようになった。
「グルバーグ家のソルレイとラウルツだと見られるからかな? それなりの振る舞いをしないといけないのが煩わしいんだよ。友達は友達で階級は気にしないでいいって言っても下級貴族たちからしたら怖いだろう? でも、他国の貴族達は、学校を卒業したら帰るからか。“揉めなければいい、本人が望んでいるならそうしようか”っていう割り切りがある」
ソウルはそう言いつつ、それでも、とノンを見る。
「侯爵家の存在は、特別だったな。ノエルの力が大きかった。レリエルクラスがまとまっていたのはノエルのおかげだ。平和なクラスでよかったよ」
ノンが物言いたげにソウルを見ていた。
レリエルクラスの平和は、間違いなくソウルが築いたものだよ。僕ですらそう思う。
文化祭も皆で楽しそうだったことを思い出したので、その時の話をしてから僕たちの年の話をした。
「ラッピーのクラスは、モンスターラピスの襲来で大変だったみたい。文化祭の売り上げが底辺で 2 回とも書庫整理だよ」
すると、元気になったラッピーが怒る。
「文化祭なのです! 食べ物屋をやるのは当たり前です!」
「その影響で、クラスの進学率は学年で最下位だぞ。4 年生の時にペナルティーを受けたのはお前のクラスだけだ」
ミュリスの呆れた声に、しれっと言う。
「勉学は個人の努力です」
「「アハハハハ」」
笑うのは僕とソウルくらいで、ノンが真面目に言う。
「売り上げは寄付金になる。クラスからの寄付金が金貨 5 枚以下になったことを恥じ入れ」
「?」
ピンと来ていないラピスに、ソウルが笑って、全く予算を使わずにできる出し物をいくつか上げる。
「全く使わなければ金貨 5 枚が寄付される。使ってもそれ以上の金貨 5 枚以上にできる方法もある。金貨 5 枚の寄付は最低ライン。ラピスが恵まれない領地を任されたとして。“そこから何ができるか考えなさい、銀貨 1 枚が大金の平民の暮らしぶりに目を向けなさい”、という学びだよ。だから平民を学内に招くんだ。領地運営で予算を使いすぎて失敗しました、だと。領民が飢えるだろう?」
だから、失敗したほうが学びは多く反省して、皆 4 年生の時には何とかしようと努力をする。
「クラスに横暴な王家や公爵家、侯爵家がいれば、それでは駄目です、と上手く諌め、クラスに根回しをして、それぞれの階級の役割を子供の頃に身に着け、自分が正しく、こうしたい、こうありたいという未来への繋がりを作るものだ」
悟らせるように語りかけられ、ラピスは顔を赤くして『反省致します』と言った。
「アハハ。遊びには変わりないよ。皆、そこまで考えてやっていないよ。ラピスのクラスの美味しい料理は、売切れる前に真っ先に食べに行ったな」
一番乗りだったかもと笑う。
僕もアイネと回ったよ。ラッピーのクラスには早めに行ったね。少ない時間でも一緒に回れて嬉しかったなと顔がゆるむ。
「うん。美味しかったね。最初から赤字覚悟だから妥協していないからね」
「アハハハハ。そうそう。だから美味しいんだ」
「気づいているクラスと気づいていないクラスで差が出るものだ」
「カレラとスイレンも行ってみるといいよ。夏にやってるよ。貴族は招待状がいるんだけど、高等科の生徒は入れるからね」
「行ってみますわ」
「わたくしも。見る分にはとても楽しそうです」
その言葉に皆で大笑いをする。
「そうなんだよね、回る分には楽しいんだよ」
「やっていると大変だけどな」
「ソルレイ。俺たちも行くか?」
「ああ、そうか。俺たちも行けるのか? いいよ。初等科の 3 年生の時に一緒に回ろうって言って行けなかったから行こう」
「ソウル!?」
「ん? ああ、ラウルも一緒に回ろう」
ああ、駄目だね。分かっていない。
食事が終わり、みんな寮生であるため玄関でまたと告げ部屋に戻って行く背を見ていたが、ソウルにははっきりと言っておこう。
そこに座ってと言い、アリスにお茶を頼む。
「いい? 文化祭の約束していたけど、夏にはエルクも来るよ? だって卒業だもん」
「あ」
「回るならエルクとだよ」
「本当だな。ごめん。来年の夏はもう約束したから 3 人で回ろうか。えっとラウルも成績は順調だよな。1年延長してくれるか? 俺も元レリエルクラスの同級生に勉強を教えてるからもう1年延長しようと思っていて……再来年の夏は、エルクと3人で回ろうか」
前に言っていた小さい家を借りて3人で一年間アインテールで暮らそうと改めて言われ、笑顔で頷く。アイネからも今を大切にして下さいと返事を貰っている。
「先生が、僕とミューとラッピーは成績優秀者だって言っていたよ。それからね。魔道具の先生が、研究に回るから僕たちが最後の生徒なんだって」
「アハハ。マルコーロ先生だろう。教員棟じゃなくて、ほぼほぼ俺の研究室にいるよ。一番いるから学長に怒られたんじゃないのか」
他の先生は放課後に来ることが多いらしい。魔道具の先生達は、かなり出入りしているみたいだね。
「僕もソウルまでとはいかなくても、先生を喜ばせられるものを最後に作りたい。教えてくれる?」
「もちろんだよ。何でも聞いてくれていい」
そう言ってくれると思った。
「構想はあるよ。剣に魔道具を付けて威力をあげるとかそういうの。エルクが魔法剣士でしょ? 魔力切れになっても補助してくれるものがいいなって」
最初はソウルにとずっと思っていたけれど、エルクの顔が浮かんだ。そうしたらこういうのがいいって案も出たんだよ。ソウルは沢山作って持っているから、何がいいか考えると詰まってしまった。
「うん、うん。良いと思う。重くならないようにしたいよな。軽量って言うだけで先生はくすぐられる筈だ。世界中の物は、大抵重いからな。魔道具イコール重いっていうのを払拭できればポイントは高いよ。鉱石はあえて 2 等級で作るといいよ」
なるほど!
「特級じゃなくていいの?」
「マルコーロ先生は、良い材料で良いものが作れるのは当たり前っていう考えがあるからな。ここはあえて、“ありきたりな 鉱石でもこれだけの物が作れます!”で勝負するといいよ。ラウルは苦手だって思ってるのかもしれないけど、構想もいいし、実力も十分だよ。石の組み合わせをよく考えれば 1 級にも弱っている特級の鉱石にも勝てる付与ができるよ」
応援するから、分からないことはいつでも聞いてと笑顔だ。昔から何でも教えてくれる優しいお兄ちゃんだからね。
「ありがとう! 頑張るね!」
「ちょっと待っていて。ちょうど研究室から部屋に持って帰ってきているんだ。良い資料になると思う」
魔道具のお勧めの本があるから取って来てくれるという。席を立つのに喜んで送り出した。隣の部屋だから扉を開けて廊下から部屋を覗いている。すぐに戻って来てくれた。
「アハハ、ラウル、ちゃんと来るってば。他の生徒に変に思われてしまうよ」
「大丈夫だよ。この階は成績優秀者の中でも優秀な人間が使う部屋ばかりだよ」
「え? そうなのか?」
大きく扉を開いて迎えると、知らなかったようで部屋に入りながら首を傾げていた。
机に置かれた本は二冊で、ノートがもう一冊あった。ノートは石の等級別で、ソウルがまとめたものだった。事典に鉱石の等級は載っているけれど、置き換えられる石までは書かれていない。自身で調べたものを持って来てくれた。
「ミューやラッピーは別棟だよ? 北の寮の方だよ。ノンもソウルも初等科で満点だったでしょ? 1 番だった生徒は優先的に使えるんだよ。そのまま高等科でも成績優秀者に選ばれることが多いからね」
「へえ、そうだったのか。途中で入寮したし、学長と言い合いになったからな。それで気を遣ったのかと思った」
「教務課の人は何人か入れ替わってたよ」
またあそこに行ったのかと、頭を撫でながら聞かれた。別に喧嘩を買いに行ったわけでも売りに行ったわけでもなくて、ただ単に用事があった。
「読みたい本を借りていたのが研究生だったんだよ。返却期限も過ぎてるし、買い取りで新しい本を購入することになったみたいなんだけど、僕が次の予約で何度も図書館に行っていたから司書さんが教務課に入る日を教えてくれたんだ」
「そうか、そうか。初等科と違って、高等科の教務課は、印象が悪すぎてあれから一度も行っていないよ」
「今は普通だよ。感情の読めない顔をしている人が多いけどね」
研究室の部屋決めの時もノエルが鍵を借りに行ってくれたから扉の外で待っていたそうだ。
グルバーグ家じゃないって思うのは好きでいいけど、他国の侯爵家に失礼な物言いをしたんだもん。異動になって当然だよね。
「仕事さえやってくれればそれでいいよ」
「あんな言い方される必要ないもんね」
「うん」
面倒な家名の変更手続きもあの時学長に言っておいてよかったよ。人員が変わっていないままの教務課に行かないで済んだしね。
フェルレイ侯爵家の名を使うことは、エルクが、手紙ですぐに“いいよ”と返してくれた。
亡国の侯爵家など何の役にも立たぬと思っていたが、ソウルとラウルを守ることができそうで嬉しいという文言に二人で“エルクは素直でかわいいよね”と言い合った。
将来はアイネと結婚したいため、貴族の爵位が必要だ。今はフェルレイ侯爵家の養子という体裁をとっている。
あれ? このままいくと、アイネはアイネ・フェルレイになるね。なんだかエルクと結婚しているような気がして、そのことに複雑な気持ちを抱くのだった。
<ラウルツ・フェルレイの高等学校編 了>




