ラウルツ・フェルレイの高等学校 12
「ラウル?」
「ん?」
前の席のミュリスに、新しい教科書を渡された。いけない。1限目が始まっているね。ごめんね、と厚みのある本を受け取る。1限目は魔道具だね。
「後期は攻守一体の魔道具を作ってもらうぞ。儂が今まで見た中で、これほどのものは今後出ないだろう。そう思ったのは、80年前に死んだ、カインズ国の魔道具士ノアが作った100連術具だ。これは100の攻撃をランダムで100回繰り返す。その度に威力を増幅するというものだった。その間の守護は完璧で、攻撃力はテルミナ石やクワン石、プルーア石での守護をも撃破する」
マルコーロ先生がいかに素晴らしい性能を持つ攻守一体の魔道具かを解説した。
“ふーん”という感想しか出ない。興味がないからだね。みんなも似たりよったりの関心の低さだった。
「これほどのものは二度とお目にかかれまい。80年前の当時は、秘匿されずに解説本なども出回った。この発表があり、カインズ国は一躍、時の国となり貴族学校ができ、多くの学生が最先端の技術を学ぼうと通った。儂も本でその魔道具の仕組みを知り驚いた。高等科は、カインシー貴族学校に行ったのだよ」
へえ。
魔道具を学ぶのなら、やっぱりカインズ国なんだね。
「しかし、学問に学ぶ場所というのは関係ないらしい。本人の資質によるところが大きいのだろう。あとは学ぶ姿勢だ。私はこの魔道具よりも素晴らしい魔道具を近年、何度も見た。信じられない気持ちでそれらを手にとり考えさせられた。君たちに教えた後はしばらく、魔道具の研究に専念する。儂の最後の教え子になる君たちは、魔道具に興味のある者は少数かもしれないな。だが、是非ともいい物を作って、唸らせてくれたまえ」
話が終わった後に僕をじっと見る。
「先生?」
「ラウルツ様。後期試験は落とさないでもらいたい。そうすればソルレイ様はもう1年延長するのだろう?」
「ん? 今のってソウルの魔道具のことだったの?1年延長するのかな。研究者は、2年で功績をあげられたら更に2年の延長が認められるんでしょ。合格しそうなの?」
さっき、家を借りようとは言っていたよね。研究は続けるのかな。
「うむ、2年の延長は1年目の時点で決定している。初年度で延長が決まったのは珍しいが偶にある」
ノエルも延長が決まったので、あの二人は別格だと教員たちに広く知られているらしい。
「そうなの? 聞いていなかったね。僕が成績優秀者に選ばれたら嬉しいとは言われていたよ。ソウルが延長するかは本人に聞いてみて」
それから、僕は試験を落としたりしないよと笑った。満足そうに頷く。
「では授業に入る」
残りの 時間で教科書が20ページも進んだ。うん、魔道具の本は、教科書自体が分厚いけど、この一冊が後期で終わるんだろうね。
ソウルに教えてもらいなから攻守のバランスの取れた魔道具も何度か作っている。
それなりにいいものは作れるはずだけど、先生は教え子に魔道具の才のある生徒がいないことを残念に思っているようだった。
助言をもらいながら自分の中で一番良いものを作れるようにしよう。
それを誰かにプレゼントしたいな。
プレゼント相手は家族じゃないと頑張れない。まずはソウルだね。
それにしてもマルコーロ先生は、研究室への出入りが許可されていたんだね。
ソウルも言わないけど、先生も言わないから分からないよ。
何度か行ったけど、研究室は本当にひたすら研究する場所だから僕の場合は、選ばれても困っちゃうかも。理論立てて考えるのは、得意じゃないよ。
2限目の音楽の移動教室の時に、ミュリスとラピスに残るのか訊いてみた。
「ミューとラッピーは成績優秀者に選ばれたら何の研究をするの?」
音楽室に向かいながら、僕は研究したいことがないよと言うと笑う。
「ラウルは魔法陣があるだろう」
「そうですよ。各国の魔法陣の研究をすればいいんです」
「なるほど。身近すぎて気づかなかったよ」
あっさり解決をした。
「逆に私やミュリスは困りますね。ソルレイ様のように魔道具に秀でている才もありませんし、魔法陣も得意ではありません。初等科の体育祭でラウル君とソルレイ様、私とノエル様の対決で、手も足も出ないとは正にこのことだと思いました。すぐに父上にも手紙を認めたほどです」
「なんて書いたの?」
「僕も気になるな」
「大した内容ではありませんが、“生まれたのがディハールでよかったです。アヴェリアフ侯爵家のノエル様は軍門派閥の長ですが、ソルレイ様とは無二の親友の為、我が家も平和主義の王と協力をして全力で戦いは阻止しましょう”と書きました」
「「アハハハハ」」
ラピスは内政派閥を率いる侯爵家のため、ノエルとは真逆に位置するから不思議な巡りあわせになったよね。
「ミュリスは、ワジェリフ国では何派閥なの? ちなみに僕達は無派閥だよ」
泊まった時にもよく分からなかった。まあ、家にはほとんどいなかったね。毎日遊びに出かけてばかりで家の人もびっくりしていたくらいだった。
「無派閥か。グルバーグ家らしいな。財務派閥だよ。朝も話したけど、ソルレイ様とラウルが遊びに来てくれたことで、グルバーグ家に対しての好戦的な印象が変わったみたいだ。僕も手紙は送っていたけど、一緒にやっているボランティア活動とか、兄さんに“どうして一緒にやっているんだ”と心配されていたんだよ。大丈夫だって言っていたのだけど。百聞は一見にしかずだよ。見て納得していたよ」
グルバーグ家は、戦場でも名前が轟いているらしいと知ったのは最近のことで、ソウルはそのことに傷みを覚えているようだった。僕にもよく分かる。お爺ちゃんは絶対にやりたくなかったはずだ。
「一緒に魔導具を作りたいって言っていた人だよね」
ミュリスが、エリット様もいらっしゃるのでご遠慮ください。迷惑です、と嫌そうに断っていて、エリエリもソウルも大人の対応で『別にかまわないぞ』『鉱石もあるし、皆でやろうか』と声をかけていた。
兄弟で仲がいいのは珍しいって本当なんだと驚いたけど、お兄さんの方はミュリスのことを好きみたいだった。
かまいたい兄と嫌がる弟の図で、ソウルが、僕の方を困ったように見るので、にっこり笑うと安心して息を吐き、お兄さんに同情して魔道具の助言をしていた。
移動する時の車内で、一緒に学校に通えて楽しかった、ありがとうと言ってくれたので僕もだよと笑った。
「どういう人物か見極めると偉そうに言っていたけれど、ラウルの第一声が『おっきい家だね』だったからか、すぐに無害だって判断していたよ」
それもどうかと思うよね。危ない人もいるからね。ラッピーにも遊びに行かせてもらう約束を快くしてもらった。
初日の音楽で、決められた課題曲を弾き、先生にもう完璧ですねと言われた。
試験は、一週間経たないと受けられないそうなので、ソウルと初等科で弾いたルミオルベを弾き、横笛の音が欲しいと物足りなさを感じるのだった。
昼になりお弁当を持って食堂に行く二人と一緒に向かう。
「ラウル、お弁当の中身が分かっているのなら教えてくれないか? 見ると食べたくなるから同じものを食堂で頼みたいんだ」
「今日はビーフシチューだよ。昨日の夜から煮込んでいたからトロトロなはず」
てっきり夕飯だと思っていたら違っていて、明日のミーナ達のお昼になると言うからお弁当にしてと頼んで入れてもらった。
今日は学食の予定だったからアリスやミーナ達しか食べられないなんてずるいよ。
「聞いていてよかった。ビーフシチューにしよう」
「私もそうします」
席を取っておくと言いかけ、思い出した。
「ちょっと待って。オムビーフって言えばオムレツの中にビーフシチューを包んでくれるよ。美味しいからおすすめ」
「なんですかそれ!? 知りませんでしたよ!」
憤慨したように言うラピスに笑ってしまった。
「初めて知ったよ。二年の後期で言うなんて。もっと早く教えてくれ」
「アハハごめん、ごめん。でも、僕じゃなくてソウルだよ。裏メニューをよく知ってるんだよね」
そう言うとラピスがそういえば、初等科でもから揚げはモモ肉とムネ肉が選べるとか、スパイシーと言えば辛いものが食べられるとか教えてくれましたね、と思い出していた。
「その情報も初めて知ったのだけれど……」
ミュリスが、高等科のレストランでも頼んでみるから量が多かったら食べて欲しいと言うので頷き、ソファー席をとっておくよ、と奥の席に向かった。
アイスティーを三つ用意しソファー席でお弁当を広げる。こっちはデザートかな。大きなお弁当箱を取り出す。
「ん?」
何か紙が落ちたね。
包みを開けた時にソファーに飛んだものを拾う。
「“お弁当箱の蓋の裏のネジを右に2回転して蓋をしめて1分待ってみて”?」
なんだろう?
とりあえず、ソウルの指示通り、ふたの裏についている物を見ると魔道具だった。
右に2回転……。
ギギギと音が鳴る。中々に力がいる。これでよし。あとは1分だね。蓋をしめ時計の秒針を見ていると、二人がお待たせと、熱々のオムレツにしか見えないものと、ミュリスが山盛りのから揚げを持ってきていた。
「多いね」
「ラピスだよ。どうせなら食べ比べしようってモモ肉と胸肉と辛いのと。6種類だよ」
「アハハ。遠慮なくもらうね」
「そうしてくれ。この量は絶対に無理だ」
時計に視線を戻すと10秒過ぎていた。
蓋をあけると、湯気が立ち上っていた。
「わぁ! この魔道具は温め機能だったんだ!」
大きめのココットに入ったビーフシチューにりす型のかわいいパンは手に沢山のクルミを持っていた。
サラダは根野菜の温野菜のサラダで、小蕪の蓋は開いていて、中は卵の蒸し物だ。甘くないけど、プリンのように滑らかなもので僕の好きなエビが見えている。
これはなんだろう? カキと刻んだキャベツかな? 一口サイズでカキと同じ大きさしかない。初めてみるね。
「美味しそうだな。それに、かわいいリスだ。ソルレイ様っぽいな」
「アハハ! 凝るからね」
「ビーフシチューにしてよかったです! 香りでやられていたはずです!」
席に着いたので食べる。
まずは、やっぱりビーフシチューだよね!
パクンと大きなスプーンで食べる。
おいしい!かわいい子リスのパンをしっぽの方からかぶりつく。
ふわふわー!幸せー!
カキのおかずをパクンと食べる。前はカキで後ろはベーコンだった。真ん中は、やっぱりキャベツだよね?
「これ、すごく美味しい」
「どれですか!? 一つくれませんか!!」
ラピスが物凄く見てくる。
「から揚げを渡す僕なら交渉できると思うんだけど、どう?」
「カキは好きだから駄目。初めて食べるよ。なんだろう。すごく美味しいんだよね」
また作ってって言わなきゃ。
「仕方がない。それじゃあレシピを聞いておいてくれ。メイドに頼んでみるよ」
「私も欲しいです!」
「うん、分かった」
レシピを渡すことを約束して、ソウルのお弁当を堪能してからから揚げの食べ比べをする。
「スパイシーの胸肉と、ガーリックのモモ肉と迷うよ」
「私はこちらのモモ肉一択です。辛いのは苦手です」
「こら、ラピス! 辛いのが苦手なら両方頼もうって言うなよ。モモ肉と胸肉の二皿あるんだぞ」
アハハ。確かにこの量を二人で担当するのは多いね。
「僕とミュリスでスパイシー担当だね」
「いいですよ。こちらは僕が食べましょう」
大皿を自分の前に二皿置いた。
「もしかして計画的な犯行か?」
ミュリスがそれを見てハッとしたようにラピスを見ていた。まあ、もう言っても遅いよね。
「ミューは辛いの平気なんでしょ?」
「ああ、こっちの方が好きだな」
「じゃあ、仕方がないよね。3個ずつ食べようよ」
「そうだな」
僕も6個くらいなら食べられる。隣で食べ比べをして更に今から12個を食べるラピスのお腹を一瞥してから、フォークを突き刺した。
「ラウル君、さっきから気になっていたのですが、その箱はデザートですか」
大きなから揚げを、丸々口に放り込んだラピスは既に3個食べていた。早いね。
「これ? なにかは見てないけどたぶんそうだと思うよ」
包みに半分隠れていた箱を引き寄せ、こちらにもあったソウルの書いてくれたメモ紙を一瞬で読み、まずい、と僕は手で隠すように紙に覆い被せようとして、横からラピスにタックルするように掴みかかられた。
「え!? ラッピー!?」
ソファー席で危なくはないけれど、圧し掛かられ重い。押すが、腰をがっしりと掴まれていた。
急に何!?
「ミュリス! 急いで紙を見て下さい! ラウル君が隠そうとしたということは、私たちと分けなさいと書かれているはずです!」
「任せておけ!」
向かいに座っていたミュリスがひらりと舞った紙をキャッチするのをスローモーションのように見た。
あー! しまった!
「フフッ」
紙を見て勝ち誇ったようにミュリスが笑う。
そして指で挟んだ紙を僕たちに向けた。
そこには“デザートを作ったから友達と食べて”と書かれていた。
「くっ! ミュリスが隣ならなんとかなったのに!」
痛恨のミスだよね。先に確認しておくべきだったよ。
「ずっとラウル君の動きを見ていたのです。初日で油断していましたね。前期のラウル君なら私とミュリスが後から合流する時は、真っ先に読んで、紙は隠したはずです」
くやしい! 気づかなかった。まさか、行動を分析されていたなんて!
「本気で悔しいんだな。僕の名前を正確に呼んでいるぞ。というか、ミューというあだ名はもうやめてくれよ」
「嫌だよ!」
「ミュリス、今日の交渉は成功しません」
「それもそうだよな。今更にも感じる。言ってみただけだ」
くやしいけれど、食べないという選択肢はないため、ラピスを押しのけ『今回だけだからね』と蓋を開けた。
長方形の箱の中にはみかんの器に入ったジュレが入っていた。小ぶりで可愛い。
デコレーションはさすがソウルで、可愛いお花の型抜きジュレに蜂がとまっている。蜂は何で作ったんだろう。ジュレじゃないね。生クリームはバラの形だ。花びらが繊細で綺麗だね。
「芸術作品だ。ん? 五つか? 多いな」
「本当だ。三つじゃない……そうか。カレラとスイレンの分だね」
「なるほど。しかし、いませんので私が二ついただきましょう」
「大丈夫だ、ラピス。甘いものなら入る。任せてくれていい」
「僕は二つ目も取るから後の一つは好きにしてよ」
脇に二つ確保をした。
可愛い作品だね。ここにソウルの愛情がこもっている。食べるのがもったいないけれど、せめて最初に食べたい。
スプーンを入れるとすっきりとした甘さで美味しい。蜂はケーキだった。びっくりした。スポンジケーキをマジパンで包んで蜂の形にしたようだ。
味わって食べていると、カレラとスイレンが食器を返却しているのが目に入った。
聞こえるかな。聞こえなければ僕が食べよう。
「カレラー! スイレーン!」
距離があったけれど、二人は振り返ったので手を振る。ラピスとミュリスが驚いて二人を見ていた。
周りの学生たちにも見られたけど気にしない、気にしない。
だって、他人の視線を気にしてたら生きていけないからね。手招きをすると、首を傾げながらこちらに歩いてきた。
ミュリスは諦め、味わって食べることにしたようだ。女子ならば仕方がないと早々にラピスも引いた。
近づいて来た二人に食べるかを尋ねた。
「ソウルが、友達と食べてって。いる?」
「まあ! ありがとう存じます」
「いただきますわ。ありがとうございます」
同じテーブルにつき「「かわいいですわ!」」と声をあげてからデザートを美味しそうに食べていた。
たまにはこういうのもいいよね。そう思うことにした。




