ラウルツ・フェルレイの高等学校 8
3階に向かうと手練れの冒険者になるのか。きっちりフォーメーションを作って進む人が多かった。人さらいも2階の中央を境に徐々にいなくなり、3階では見なくなった。
眼光鋭い冒険者や傭兵のような恰好をしている人が増えたことで、気を付けて進むことにした。
確か、貴族家から依頼を受けて素材を集めるプロ集団だとカルムお兄ちゃんは言っていたっけ。
「順調だな」
「これなら中ほどまで行けるかな」
話しながら進んでいたが、左手の小部屋を横切る時に、靴の擦れる音がした気がして目を向けると、部屋の中から槍を振りかぶってきた男がいた。左を歩いていたミュリスに当たる前に、魔法で槍の切っ先から持ち手迄を粉砕しておく。
「な!?なんだこりゃ!?」
男が慌てて持っていた武器を捨てるように投げると、その部分も粉々になって舞い散っていった。
間抜けな男を見ながらミュリスに聞く。
「魔物かな?」
「聞くなよ。分かっているだろう。助かったよラウル」
「どういたしましてー」
上半身が裸なので魔物かと思ったよと笑う。
女子たちが容赦なく魔法を放ち、足が凍り付いていた。20 秒ほどで溶ける軽いものだ。火傷のようになるだけで大したことはない。
「まったく。凝りませんわね」
「恥ずかしくて外を歩けないようにズタズタに引き裂いてやりますわ」
この階では見なくて嬉しいと皆で話したばかりだった。安堵していた分怒りは大きい。
「ひぃっっ。おまえら貴族じゃねーのかよ!」
「「「貴族です」」」
「貴族だ」
「アハハ」
そこから女子たちの手によりナイフで切られながら全裸にされ、荷を奪われる。
「素材もありません。はずれの人さらいでした」
ラピスの言葉を聞いてミュリスが「襲われ損だな。もう行こう」と言い、「そうだね」と皆で納得して先を急ぐことにした。
部屋で待ち伏せもあるみたいだし気を付けよう。
魔物と魔獣が強くなったけれど、罠が増えてきてこちらの方が厄介だった。
中ほどまでなら今日中に行けると踏んでいたが進めたのは、僅かだった。手練れの冒険者が大人数で潜っていることを鑑みて、部屋は早めに確保して休むことにし、入ってこられないように守護魔法陣を全員で重ねがけをしておく。
「冒険者たちと狙いが同じでないといいのですが」
寝るときにラピスがそう言ったためベッドに輪になって座り皆で考えることにした。
「まず僕の意見ね。冒険者との共闘がアリなら、罠は慣れている向こうに任せて進むというのもいいと思う。ミューが前に言ったことを考えていたんだけど、夏休みの返上って自力でなんでもかんでもやった場合っていう意味もあるのかなって。8本獅子は魔法の力をみる課題、2つ目のティンカー石は情報力をみる課題だよ。交渉ができるのなら狙いが違う冒険者グループとの共闘もアリだと思う」
「なるほど。ラウル君のいう意見も一理あります。3階が罠だらけならお互いに利はあります。大人数ではない冒険者に罠の解除を依頼して、我々が支援や警護を担う魔法担当ということですね。しかしながら見極める目がないと人さらいを引き当てかねません。女性がいる以上、慎重に行動しないといけませんよ」
ラピスの発言を女子たちが見直すように見ていた。うん、うん。いい感じだね。ラッピーは優しいからこういうのが大事だよ。
「ここに来るのに移動を含めて4日だ。3つ目の課題もまだだし、戻りを考えると10日以上経つぞ。3つ目は特に課題すら分かっていない。食用魔獣も出てきていないとなると、食事量を考えつつ、急ぐ場面では急ぐべきだ。1階はとにかく魔物より人が危険だった。急げるとしたら2階の後半からこの3階の前半部分になる」
ミュリスは賛成も反対もせずに時間の経過に伴う食糧について言及した。
カレラとスイレンを見ると、互いを見て頷いてカレラが口を開いた。
「わたくしは魔道具を身に着けていますわ。スイレン様も身に着けているとおっしゃっていました。今の時点で8日かかることが分かっています。ティンカー石を手に入れて、先生のいらっしゃる部屋まで行き、2日で3つ目の課題をクリアし、10日で出るのが理想だと考えます」
「そのための行動をすべきだと私も思います。ラピス様のお気遣いは有難いものですが、ここは解除に時間のかかる罠が多いですわ。道を変えてもこのままなら共闘も考えましょう」
「分かりました。では、カレラ嬢とスイレン嬢は私が守ります」
ラピスが神妙に頷くと、女子たちが焦り出す。
「だ、大丈夫ですわ」
「ラウルツ様もミュリス様もいらっしゃいますもの!」
「実際のところラウルは交渉できると思っているのか?」
「うん、まあそうだね。難しいけど何とかやってみるよ。ソウルから交渉の時は、金で顔を叩く真似はしてはいけないって言われてる」
「素材を倍の値段の金で買い上げたよな?」
もう叩いた後だろうという言葉に皆が同意する。酷いね。
「あれは売買であって相手の尊厳を傷つけた場合とは違うよ。嫌なら売らなければいいんだよ。上から物を言うのは駄目ってこと。“僕たちが魔法を使うから罠を頼む”と“罠を解除してくれたらいくら支払う”というのはどっちも駄目だね」
「よく分かりませんね。どういう意味でしょう?」
ラピスが腕を組んで考えていた。
「わたくしも何が問題なのか分かりませんわ」
「ちゃんとした交渉に聞こえますけれど、いけませんの?」
不思議そうな顔をしていた。
「分からない。ラウル、それの何が駄目なんだ? ちゃんと対価を払うわけだろう。任せっぱなしではなく、力も出すのに駄目なのか?」
皆、生まれた時から貴族だもんね。
「どこがって言われると、全部駄目だよ、全部。貴族の罠を解除して進ませるために身に着けた技術じゃないよ。言うならこうだよ。“僕たちはティンカー石を狙ってるんだけど罠が多いから助けて”」
すると、とぼけたような顔をする。
「ふふ。皆、その顔なあに? 貴族が冒険者ギルドに依頼をかけるときの値段って知ってる? 金貨を何枚も出すんだよ。最初から引き受けたいって名乗りをあげていない別の目的で来ている冒険者を相手に交渉するんだよ? 素材なら元々売買予定だからすぐに売ってくれるよ。どうせ売るなら高値のほうがいいんだから。でも技術は別で、見せたくない人だっているし、貴族の遊びかよ、協力するのは嫌だなって思う冒険者もいる。ここで生活の糧を得ている人にとっては、学校の課題だからふざけるなって思う人もいる。色んな人がいるのはこの階に来るまでに見たでしょ?」
先に“こっちが困っているので助けを求めている、プロのあなたに”という形を取らないとこの交渉は失敗すると話した。
「これが大前提だよ。狙いが被ったら嫌なのは向こうも同じだよ。こっちから声をかける以上、狙っているものは先に言わないとね」
でないと共闘はできない。
「言われるまで気づかなかったことを考えると、僕たちは余計なことを言わない方がよさそうだ」
「頭を下げることは何とも思いません。それで早く出られて、カレラ嬢とスイレン嬢の負担が軽減されるのならば、私は頭を下げます」
ミュリスも『教会のボランティアを初等科から続けてきたんだ、頼んでいる以上頭くらい下げるさ』と、笑った。
侯爵家二人の言葉を聞いて、平民に頭を下げることに躊躇っていたカレラとスイレンも頷いた。平民を差別する選民意識なんて、平民の方が多いここでは邪魔なだけなもんね。
「頭を下げるのは一度だけだよ。交渉がまとまって引き受けてくれたグループがあった時に“ありがとう”っていうお礼だね。“頭を下げて頼め”っていうところは断るよ。それは対等じゃないからね。お互い早く進める利が分かる相手がいいよね。明日は早朝から回って他の道を確認しつつ、交渉も並行してやろうよ」
そうしようと全員で確認をしてさっそく寝ることにした。
ラピスが寝袋で寝るというので、ラビオリはもうないよと言ってから横になった。
翌朝、僕の起床時間を狙ったかのようにラピスが起きだし、『奇遇ですね』と言ってきたので、可笑しくなった。
「ラッピー? わざとでしょ?」
顔を洗いタオルで拭きながら尋ねると、違います、と手を振る。
「ラウル君、言いがかりです。偶々です」
着替えを始めると視線を感じたので、振り返ると目が合い、我慢できずに笑ってしまった。
「アハハ! じっと見すぎだよ。用意が終わってからしか食べないよ」
「では、私も身支度をします」
「アハハ。あげないからね」
リュックから服を出すのを横目にさっさと着替えを済ませ、汚れた服を水魔法で渦を起こして洗い、風魔法で乾燥させる。器用ですねと褒められた。アイネの仕事を手伝うために覚えた魔力加減だ。
「寝袋+同じ起床時間でミュリスはラビオリを手に入れました。私を憐れんでくれてもいいはずです」
「それを侯爵家が言うの?」
「家は関係ありません」
裕福な家なのに。駄目だね、ラッピーは。
「仕方ないね。ラッピーの持ってきた中で僕が食べたいものがあれば一口だけ交換してあげる」
「ラビオリは2つでした。二口でお願いします」
「えー。無理言わないでよ」
服を畳んで直していると、血走った目で『二口で!』と近付いて来て再び言うので、ちゃんと寝たの?と思わず尋ねた。
ミュリスがそこへ、朝からうるさいよ、と身を起こした。
そしてまだ眠っている女子を見て、部屋の隅でシャワーを急いで浴びだした。
起きた女の子たちがミュリスの裸を見て悲鳴を上げないように遮絶魔法のレインボーサークルを使っていた。
こういう気遣いがラッピーにもあればいいのにね。
リュックから4日目と書かれた大きめの包みを取り出す。いつもより長めに書かれた紙がはらりと足元に落ちた。拾い上げ、目を通す。
“丁度今くらいが、疲れのたまっているころかな? 元気がでるようにお昼はハンバーグにしてあるよ。朝食は、ラウルの好きなチーズオムレツだよ。今日は、時止めの魔道具を使いました。夜も楽しみにしててね。そろそろ折り返しかな。無事に帰ってくるのを待ってるからね、ガンバレ!ラウル!”
初等科にソウルが一人で通っている頃からずっと、ずっと手紙はもらっている。今までの家とは比べものにならないほどの大きな家で寂しさを感じないようにと、学校で離れている間も愛情を与えてくれた。
大切な僕の宝物の一つだ。
手紙が汚れないようにリュックの背に忍ばすように入れ、包みを解いて時止めの魔道具の箱を取り出す。三段の両手サイズの小さいお重だった。
「ラウル君、それは何です?」
「時止めの魔道具だよ。ラッピー悪いけど、今日のごはんは渡せないよ。家族が僕の好きなものを作ってくれたからね。交換は明日にしよう」
「えー!? 嫌です! 私にも下さい!」
「アハハ。これは絶対に嫌だね。諦めて」
僕はラピスを回避するために、ベリオールの菓子職人が焼いてくれたクッキーの缶をそのまま放り投げて渡した。
長期保存のために空気を抜き、ベリオールの持ち帰りでも使うことに決まった竹墨の乾燥材を入れてあるので、ダンジョン内でも湿気ていないはずだ。
「ラウル君。今日は我慢しますが、明日は絶対ですよ!?」
「もうそのクッキー缶でいいんじゃない?」
「駄目です!」
険しい顔のラピスから目を逸らす。
「ミュー。ラッピーにベリオールの非売品のクッキー缶をあげたんだ。開けたら日持ちしないから女の子たちと一緒に食べていいからね」
シャワーを浴び終え髪を乾かしながら笑って頷く。
「分かった」
「ぐぬぬ。1枚なら差し上げましょう」
「それ、カエラ嬢とスイレン嬢にも言うんだろうな」
ミュリスに詰め寄られ、幾分、分が悪そうだった。
僕はソウルが作った時止めの魔道具をいったん停止させ、朝食の一段目の蓋を開けると、ふわりといい香りが漂った。
ぐぅーぎゅるぎゅるとラピスの腹が盛大に鳴るのを無視し、目を細める。
中はチーズオムレツを真ん中に旗が立っていて、ガンバレと書いてあった。鶏肉がたっぷりのローストチキンサラダは葉が瑞々しくトマトが煌めいていた。僕の好きなオニオンと醤、酢で作られたソウルの手作りドレッシングの香りだ。
ショートパスタが入ってる。パンには飽きただろうと入れてくれたんだろね。
バジルとアーモンドで作るジェノベーゼソースがたっぷりのペンネとおじいちゃんの好きだったラグーソースのパスタ。それからココットでオレンジのムースケーキ、上にオレンジがバラのように飾られている。
隙間にはこれでもか、とエビのベーコン巻きとアスパラのベーコン巻きが入っていた。ぎっしりだ。ぎゅうぎゅうだから入れたのはアリスとミーナかな。
「ふふ。僕は幸せだね」
「できたてか? またすごい魔道具を持っているな。さすがソルレイ様だね」
さすがにそれを見てしまうと腹が鳴るのも分かる、とミュリスが言った。そう言いながらも目線の先は、オレンジのココットだ。
「これはソウルオリジナルの魔道具だよ。これがあると旅行の時に便利だからって作ってた。1ヵ月しか止められないからそれ以上持たせるときは魔力を込めて補うことになるって言ってたね」
十分に使い勝手のいいものだ。ベリオールの持ち帰りの箱に使えるかなと、頑張っていたのを思い出す。
頑張っていたから持ち帰り料が高額になるよって言えなかったんだよね。
作るのが好きだから終わってからアリスに言って来てって言うようにしている。
天然なところがあるから『アリスは鋭いな』って驚くのを皆で見守っている。
それがお弁当箱に再利用されたようだ。
「ラウル君! これは、これはいいのではないですか!?」
ラピスが指を指し、譲ってもらえそうな沢山あるサラダのローストチキンを指す。
「明日って言ったじゃない」
笑って断り、ソウルの味を噛みしめた。
美味しい。幸せ。
大きなオムレツ、とろっと出てくる伸びの良いチーズは辺境領で育つ水牛のチーズだね。僕もソウルもこのチーズが大好きだ。気づいたらあっという間に平らげていた。一段目を洗って直し、時止めの魔道具を再び使う。
二段目はお昼のハンバーグでしょ。三段目は何かな。
きっと僕の好きなものだと幸せな気分でリュックを背負う。
「さあ、出発だよー!」
この日、愛情たっぷりのお弁当にやる気を出した僕は、罠を全て力技の大魔法で強引にねじ伏せ最短ルートを選択をして3階一番奥にある先生のいる部屋にたどり着いた。
「おお! 早いな!」
「本当ですわね!」
先生たちがほめてくれた。一人はジョエル先生だね。確かソウルの時の魔法担当の先生だ。授業は厳しいけれど、生徒思いの優しい先生だと言っていた。
「ふふ。当然だよ!」
「ラウルツがやる気になってくれたので予定より1日早く来られました」
ミュリスの報告に先生たちが笑う。
「どんなに早くても12日はかかると思っていたぞ」
「え? 先生方、ここはそれほどに日数がかかりますの?」
スイレンの言葉に同調した。僕は早く帰りたい。帰って、家族にただいまを言いたい。
「ええ。3階は大した魔獣はいませんが罠だらけですもの」
ジョエル先生の言葉に首を傾げる。あれくらいなら強引に通れるよ。
「最短で6日と聞きましたから10日分の食料しか持ってきていませんわ。どうしましょう」
「困りましたわね。食用になる魔獣もいませんでしたわ」
女の子たちが頬に手を当て、相談していると先生が声あげて笑う。
「3階は夜になると食用魔獣が出るから、それを調理して食えばいいだろう」
「なるほど、なるほど。食用魔獣ですか」
ラピスが美味しいものだといいですね、と目を輝かせる。
「まあ、先生。ヒントを言いすぎですわ。それにしてもここに来るのに6日だなんて、ルベルト先生くらいだと思っていましたわ。まさか4日目の夜に来るなんて。さすが成績優秀者たちが3人もいると違いますわね」
最短でも6日って、往復じゃなかったのか!? と全員が言葉をなくしていた。しかも、さっき12日はかかると思っていたって……。本来なら12日だったってこと?
24日もここにいるなんてありえないよ!
夏休みは一緒に魔導石をとりがてら、他国に旅行に行こうかって笑って話していたんだよ。
去年の冬は、グリュッセンにアイネやカルムお兄ちゃんやダニーに会いに行って、遠出をして鉱石で有名な場所に行き採取をして帰ったくらいだった。
ソウルが気を利かせてくれてアイネとデートできるようにって別行動にしてくれた。
楽しかったけど、今年の夏はエルクにも会いに行こうかって……。夏の教会へのボランティアはやっておくから、僕のこのダンジョン実習次第だけどって言われていた。
「先生! ティンカー石かどうか早く鑑定して! 違ったら、今夜取りに行くから! 僕たちは10日で出ることを目標にしていたんだからやり遂げるよ!」
「お! さすがグルバーグ家だな! その意気だ!」
「では、採ったものを全部出してください。二つ揃っていたら、三つ目の課題を言いますわ」
「うん!」
僕はリュックの下に吊り下げて持っていた牙を差し出す。
ラピスが皮で、ミュリスが鉱石だ。
「8本獅子は文句なしだ。牙もある。この皮剥ぎは職人の域だな」
「ラウルツが気絶させ、皮をはぐのはラピスが一人でやってくれました」
「ほう。意外だな。得意なのか?」
ルベルト先生が問うとにっこりと笑って頷いていた。
「子供の頃やらやっています。男として生まれた以上は、重要なことですからね!」
”それは婚活用だね?”
”婚活だな。痩せることが第一だと何故分からないんだ”
”相手への条件でそんなことを求めるのは騎士家くらいですわ。ましてや侯爵家の方には求めませんわ”
”できても、ラピス様にはそれ以上に改めるべき部分がありますのよ”
思う心を胸に秘め、褒められるラピスを見ていた。




