エリドルドの見極め 後編
おじいさんが俺とラウルを包み込むように抱き寄せた。
「そのようだ。ディハール国に亡命に行ったと聞いた。既に半月以上も前のことだ。今もラルド国の上空にはドラゴンがおる。戦うか迷ったのだが、王も軍も大部分がおらなんだ。魔法士たちも全て連れて行かれては、もはやどうにもできぬ」
眉間に皺を寄せ、なんということをと頭を振る。
「そんな国にラインツ様がこれ以上関わる必要などございません。それに……」
痛ましそうに見られる。その視線に耐え兼ね、おじいさんに抱きついた。
「私も一人なら戦ったかもしれぬが、この子らを守りたくてな。顔の広いその方とここで会えて良かったぞ。魔道士学府に入れようと思うのだが、入学予定の子がいる家は知らぬか? 顔を繋いでおきたい」
頷いて話を聞いていたが、魔道士学府と聞いて目を閉じた。
「貴族学校ではなく、魔道士学校でございますね……」
独り言のように小さく呟くと、瞑っていた目をカッと見開く。
「アインテール国では、ムシェル伯爵家のレイモンドが来年入学するはずです。ドナレア子爵家のベリコフは今年か来年かと聞いた憶えがありますぞ。ディハール国では確か侯爵家の……アヴェリアフ家の長男が来年入学予定だと話題になっておりましたな。カインズ国からは今年の入学者が多かったので、来年のことはまだ分かりません。私もカインズ国で古い知りあいに会ったらアインテールに帰国する予定です。詳しく調べてお伝えしましょう」
ああ、この人は情報通なんだ。
人脈が広いのだろう。カルムスがきっちり目でと言ったのは、隙を見せるなということなのか、それともこの人に気に入られろということなのか……。
おじいさんは、仲が良さそうに見えたけどな。
「すまぬが頼むぞ。この子らの道を作るまでは、まだ死ねぬ」
「何をおっしゃいます。ラインツ様はアインテール国の宝。まだまだ健在でいていただきますよ」
おじいさんから俺に視線を移すと、がしっと両肩を掴む。
「⁉」
どんぐりのようなクリクリとした大きな目で、
「気をしっかり持つのですよ!」
ーーーー活を入れられた。
ラウルには、穏やかに頭を撫でながら「味方はこれから作ればいいのですよ」と微笑んだ。ラウルが「うん!」と笑うと満面の笑みで頷く。
悪い人では無さそうだ。
ラウルに対しての態度で決めていいのか迷うところではあるけれど、わざわざ俺たちを引き寄せて話を聞かせた、おじいさんの気持ちは分かった。
“この人との縁を大切にしなさい”
きっとおじいさんの信用している人を教えてくれたのだ。
護衛を連れて各国を外遊しているだけなので、せっかくだから食事をご一緒にと誘われた。断る理由もないので皆で食べることになった。
おじいさんが、収納庫からテーブルと椅子を取り出す。もう見慣れたが、貴族は野営中でも地べたに座って食べるのが嫌なようだ。とはいえ野営中だ。肉の入ったスープを作りパンとチーズをバスケットから取り分けて食べる。
会ったことのないレイナのことを聞かれても答えられないので緊張していたが、気を遣われたようで尋ねられることもなく、終始和やかな食事になった。
食事が終わると、ディハール国でアヴェリアフ家と顔繋ぎをしておこうとおじいさんが言い。エリドルドもラルド国王が亡命しているのなら、おじいさんの立場上、簡易のやり取りで済み、会うのは容易いはずなので会っておいた方がいいと勧める。
「悲しくとも、貴族の振る舞いをせねばなりません。ソルレイ様、できますかな?」
問うように聞かれたので俺の振る舞いが大事なのだと気づいた。
目を見返して頷く。
「ご不快な思いをさせないように気をつけます」
「良い心がけです。では、知っていることを少々。アインテール魔道士学校にご入学されるのは長男のノエル様です。ご兄妹は、妹がお一人いらっしゃるだけですね。私が何を言いたいのかお分かりですか?」
いくつかなら思い浮かぶ。
皆に見られている。答えないと駄目なやつだ。
えっと……。
「大事な跡目なので、両親や周りが神経質になっていることや男兄弟がいないことで本人にも重圧がかかっていることでしょうか。アインテール国にある学校に行くことになるので、向こうも友人を求めている? かは、分かりません。もう侯爵家同士で付き合っていれば求めていないかも……」
これ以上は分からないよ、助けてと、おじいさんを見ても微笑んで頷かれるだけだ。
「良い答えだぞ?」
「ふむ、素晴らしいですね。私がこの質問をすると、“親に大事にされていて甘やかされているから警戒する”という回答が多いのですが。いやはや、周りが神経質になるなど、本人以外に言及する子は珍しい」
客観的に置かれている状況を把握する能力が高いのですね。褒められるが、なんだか恥ずかしい。
ひけらかしたわけでもないのに、“俺はこういう事ができるんだぞ”と偉ぶったように感じ、身の置き場に困る。
「なぜ眉を下げるのです?」
不思議そうに尋ねられた。
酷く情けない顔をしているのが分かる。
「……過大評価を受けているので居た堪れないのです」
「そういう奥ゆかしさなど必要ありません。いいですか? グルバーグ家は魔法陣を世に出した偉大な名門家なのです。堂々としていなさい」
頭を搔くわけにもいかず、小さく『はい』と返事をした。
「お兄ちゃんをいじめないで!」
ラウルが大きな声を出したので、ハタと大人のやり取りから抜け出す。感覚が子供に戻るわけではないのだが、兄に戻るのだ。
「ラウル、おいで」
席を立ち、両腕を出すと飛び込んでくる。
もうすぐ7歳になり、俺は9歳になる。
いつまで抱きしめられるかは分からないが、これはラウルというより俺にとって必要な癒やしの時間なのだ。
抱きしめて背を撫でた。
「エリドルドさんは俺を虐めてるわけじゃないんだよ。注意だ。心配いらないよ」
「本当?」
「本当だよ。おじいさんが怒っていないだろう? 失敗しないためのアドバイスだ。堂々としているのが大事なんだって」
褒められてオロオロしてしまったと言うと、笑う。
「うん、お兄ちゃんはすごいよ?」
「ふふ、ありがとう」
俺の苦手な分野だな。
頑張らないと。
ラウル越しに目が合ったエリドルドに頭を下げた。
「本音を顔に出さないようにするのは難しいです。これから頑張ります」
「ハハ。そこまで分かっているのならいいのですよ。グルバーグ家に相応しい振る舞いができるはずです。ラウルツ君に笑いながら言った“ありがとう”と返せる余裕が理想です」
なるほど、ラウルに褒められても居た堪れない気持ちにならない。
どうしてだろう?
でも、少し掴んだ気がする。
「うむ。まだ学校にも通っておらぬので、本来ならまだよいのだがな。他国の侯爵家の跡取りとなると難易度が上がるのだ。エリドルドとこれだけ話せれば問題ない気もするが、なにせ同年代の貴族と話す環境になかったのでな」
「師匠、ソルレイなら大丈夫ですよ」
軽く言い切れるカルムスくらいの自信が欲しい。
「はぁ、カルムス。ソルレイ様とラウルツ様にとっては最初の交流です」
「慣れとはいえ、最初が侯爵家。それも他国の子息とは些かハードルが高いですからね」
俺の味方はダニエルだけか。エリドルドもなんだかんだ笑って言っている。
ラウルがしがみつくように抱きついていたのだが、その小さな手で俺の頭を撫でた。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ!エルクと一緒の侯爵家だもん!」
「プッ!」
一番の味方はラウルだった。
「アハハハ!そうだな。同じだ」
それに、もう侯爵家とは話しているじゃないか。
俺たちが話合うのを、邪魔しないように静かに護衛についていた者達やダニエルが驚き、カルムスは笑いを堪え、おじいさんは豪快に笑った。
「ハハハハ!そうじゃ!気にすることなどないぞ!侯爵家であやつほど付き合いづらいやつはおらぬ!私でも困ったほどだ」
「「ええ⁉エルクが⁉」」
エルクは少し言葉が少ないだけで、とても優しかった。おじいさんと気が合いそうなのに。ラウルと二人でそう言うと、更に笑いを重ねる。
「ハハ、ハハハハ」
「えっと、ラインツ様? エルク様とは? どこの侯爵家の子です?」
「ハハハハハ!やめよ、エリドルド!笑い死ぬぞ!」
しばらくおじいさんは笑い続け、わけが分からず虚を突かれた気の毒なエリドルドに俺たちは、エルクはあだ名だよ。
本当の名前は、エルクシス・フェルレイだと告げる。
エリドルドの零れ落ちそうなほどに開かれた目に俺もラウルも首を傾げるのだった。




