ラウルツ・フェルレイの高等学校 4
「おはよう」
「おはようございます。今日も早いですね」
「ラッピーこそね」
皆の顔を見るために一番後ろの座席に陣取り、朝一番に来るのだ。
一年が経ち、女子の登校時間が大体把握できているため来るまでは勉強に充てている。
だからラッピーはずっと成績がいい。僕達は、ミュリスを含め、2年で授業を取り終わりそうだ。
「ラッピーに朗報だよ」
「なんですか?」
「いい返事を貰えたから、卒業したら正式に婚約するんだ。将来はアイネと結婚をするよ」
「うぉおおお! 同年代のライバルが早々に一人いなくなるなんて何たる幸運なんだ! ついてるぞ!! 侯爵家狙いの可愛い女の子! 私はいつでも待っていますよ!」
一人で思いきり叫んでいた。
二学年目の初日くらいは早く来ようと、半端に開いたままの扉の前に人の気配を感じるけれど、誰もしばらくは入って来ないだろうね。隣のクラスの早く来ている女の子達は、怖がっていそうだ。
「アハハ。ラッピーはラッピーだね!」
「当たり前です! 侯爵家という大紋で可愛い女の子をゲットして幸せに暮らすのです!」
「女の子は物じゃないからね。ゲットっていう言い方はどうかと思うよ。素敵なお嫁さん探しだね」
「そうですね!」
にぱにぱととても喜んで笑っていた。
「ミュリスも言っていたけれど、まずはダンジョンを頑張ればいいと思うよ」
「確かにそうです! アピールポイントです!」
「お腹のお肉は減らなかったね」
「ミュリスには、体重を減らすように言われましたが、夏ならともかく、秋冬に落とせるわけがないのです」
「それなら、今は春の終わりだからそろそろ落とすシーズンに入ったんじゃない?」
「芽吹きの春は短い旬を頂きました。しかし、これからの夏は、よりいっそう甘い果実が出回る季節です。ベリオールでも新作が出ると小耳に挟みましたよ」
情報を下さいと言われたが、4種の柑橘を使ったケーキだというだけで、それ以上のことは知らない。
ソウルに聞いたら知っているのだろうけど、僕の休みに合わせて遠出して集めた鉱石で先生達と何か作ると言っていたから忙しいだろう。
邪魔をしたくないから聞いていた発売日だけ教えてあげた。教科書の端に大きく書くので、ノートにしなよと笑った。
「開店前に並びます」
「アハハ。それじゃあ食事以外で何とかしないといつまで経っても減らないよ?」
美味しいものが、じわじわと増えるので無理だと悟りを開いたように首を振る。
それは食べることが好きな僕も同じだ。
それでもそこまで増えない。やっぱり運動かな。ソウルの体力も戻った。といっても決めたらちゃんとやるからね。継続していたからだけど。ラッピーは続くかな。
「僕と朝、走る? 5キロくらいなら減るかも」
「もし、5キロ落ちたら10キロ分食べます!」
「アハハ。意味が分からないよ! この身体はどうなっているの?」
お腹を高速で揉むと、プルンプルンとお肉が服の上から揺れていた。揺れは鈍く、前より確実に増えている。
「や、やめてくださいー」
遊んでいると、ミュリスが入って来た。
その後ろには女の子達もいた。うん、分かり易くミュリスを盾にしているね。
「ミューおはよーう」
「おはよう、ラウル。ラピスもおはよう。二年目も宜しく」
「もちろんです、おはようございます」
クラスの女の子達とも挨拶をしていると、男子達も入って来る。
初日は皆も早目のようだ。
「お!全員来てるな」
ルベルト先生が来て、早速ダンジョンの話をする。
「1学年の初日に言ったことを覚えているか分からんが、レイテックのダンジョンへ行く。今年で3年目だ。初年度は、手探りの部分もあったが、3年目なので問題ない。だが、冒険者が見つけたダンジョンということで、我々以外にもダンジョンに潜っている者達がいる。どういうことが起きるか分かるか?」
ルベルト先生が言うには、流れ矢どころか流れ魔法などが当たる場合もあるため、冒険者やハンターと呼ばれる素材集めに命を懸けている者達との遭遇には気をつけるように言われた。
マナーの悪い者や、素材や獲物を奪う者もいると教えられる。
この辺のことは、ソウルからも聞けない。カルムお兄ちゃんに手紙を書いて対処法も聞かないと。
「行くのは、アインテール国の南にあるレイテックの街にある通称“トワイライトダンジョン”だ。一応、各ギルドには、学校の演習で学生が参加すると連絡を入れてある。各ギルドやダンジョンの管理をしているレイテックの街の長は、入口で冒険者への通達はするが、中で何が起こっても分からないというのが現状だ。そこで、魔道具の腕輪をつけてもらう。これで教員にも居場所が正確に分かる仕様だ。それから、教員のいる部屋も予め伝えておく。階層によって難易度も違うが、広さも階によって大きく変わる。行っていいのは3階までだ。教員がいるのも3階だ。4階に下りる階段付近の小部屋だ。ちなみに、アンデットは一切出ないから安心するように」
カルムお兄ちゃんからは、魔物や魔獣よりダンジョンに来る人間の方が厄介だって聞いていたことを思い出す。
安全仕様なのかな。
もっとギリギリな感じでも良かったような。
2階の真ん中までは、罠も少なくて安全度が高いから初心者も多く、色んな意味で気をつけないと危ないと説明が始まった。
僕は、ソウルから貰った魔道具やお爺ちゃんがくれた魔道具があるけど、皆はそうじゃないから慎重に行動しよう。
「ここのダンジョンは、何故か涼しくてな。比較的過ごしやすい。夏は暑さもあってダンジョンに潜って涼むバカもいるくらいだ。うっかり殺さないように気をつけろよ」
確認もせずに魔法で攻撃をするなんて、よほどのことがない限りない。先生の言葉に笑った。
でも、女の子たちは心配になったみたいで、手を挙げていた。
「ルベルト先生、質問があります。急に部屋から出て来て怪我をさせた場合は、どこまで救護をすればいいのでしょうか。ダンジョンから出ても宜しいのですか?」
「ハッハッハ! 自己責任だ! 救護なんかいらんぞ! ダンジョンは最短でも6日以上は潜ってもらう」
「?」
最短でも、ということは。最長は何日だろう?
皆が引っ掛かっていると、先生が楽しそうな笑みを浮かべた。
「課題をクリアできない班は、夏休みがなくなると思え!」
なるほど、そういうことなんだね。
僕は笑って頷いた。
「ええー!? そんなあ!? 嫌です!」
ラッピーが席を立って抗議をすると、他の女子生徒も手を挙げて発言をした。
「ルベルト先生! 私は、お見合いがありますの!」
「わたくしも今年は帰って来るようにと言われておりますわ!」
「黙れ! おまえ達の都合など知らん! 勝手に予定を入れたおまえ達が悪い!」
ルベルト先生が叱っていた。
ダンジョン好きな先生からするといつまでも潜っていたいのかもしれないけれど、僕たちはそうでもない。
かといって3階までの探索で夏休みが潰れるとも思えない。女の子達に味方するほどの理由も見つからないから黙っていた。
「ルベルト先生! わたくしも質問がございますの。そもそも課題はなんですの?」
「ああ。課題は3つある。1つ目は、8本獅子を倒して毛皮と牙を剥ぎ取ること。女子だけの班もある。無理なら牙だけでもまあ、合格にしてやろう。2つ目は、ティンカーン石だ。3つ目は、1つ目と2つ目を持って来た時点で教える」
予め用意できないようにだね。
それにしてもちょっと困った。毛皮の剥ぎ取りか。
「1つ目をクリアして持って来るも良し、2つ目まで揃えて持って来るも良しだ」
先生は説明を終えたとばかりに言い放つ。
「夏の3回目の時の日にダンジョンに着いているようにしろ。入るのは一斉にだ。持ち物は、チェックするから課題を持ち込もうなんて思うなよ。そもそも皮など乾き具合で分かるからな」
皮を剥ぎ取ることができそうにないよ。
「ミュー。皮を剥げる? 僕はできない」
机に身を乗り出して、話しかけた。
「無理だ。小動物ならともかく8本獅子は大きいから自信がない」
それなら牙だけにしようか、と小声で話しているとラッピーが声をかけてきた。
「私はできますよ!」
ふふん、とラピスが胸を仰け反らせる。
「「じゃあお願いするよ」」
僕とミューがあっさり頼むと、『お任せください!』と胸を叩く。モテ要素なので、必須の技術だという。
「そこまで一貫していると、なんだか尊敬するよ」
「うん! ラッピー格好いいよ」
「ラ、ラウル君! そこは女の子が言うところだから取らないで下さい!」
周りの女の子を見まわすが、誰も聞いていないようだった。一緒に組むカイラもスイレンも席は遠い。
「ごめん、ごめん」
テキトーに謝り、ミューもダンジョン内で格好いいところを見せればいいだろ?と言い話は終わった。
時の日にダンジョン前に集合なら、月の日にはアインテール国を出ないと着きそうにない。帰ったらソウルに話しておこう。
後は班で決めるようにと、ルベルト先生に言われたので、カイラとスイレンを呼んで全員で集まり、いつ出発するかを決める。
やはり月の日には発って、ダンジョンの情報収集などもしたいという話になった。賛成して、一日早くレイテックに行くことにする。
持ち物は個人個人で持って行きたいものが違うため、荷物は自分で持ち歩くことになり、食事も各自で持って行くことに決めた。最短でも6日ということは、情報収集がかなり重要だね。
持ち込みは駄目だろうけど、冒険者を雇って保険をかけるという手もありなのかな。ざっと必要なことを話し合って決めていった。
冬休み明けの初日の授業は、軽い復習程度のものが多かった。部屋に帰ると、ソウルはロクスとモルを連れて出かけているとアリスに言われたため、夕飯の時に聞いたダンジョンの話をした。
晩御飯は、大きな魚のようで、鱗をがしがしと鱗取りで取るソウルを見て、ミーナやアイネが手元を凝視していた。飛び跳ねる鱗は凄いもんね。あ。掃除の心配かな。
「やっぱりレイテックに行くみたい」
香味油をかけられ、ふわふわに蒸された魚はとても美味しい。食べながら話すと、皆が例年通りですねと頷いていた。
「レイテックは、危ないって聞いたことがあるな。冒険者が作った街で国の認可は下りていないはずだよ。薄い外壁は、魔物からは守れるけど、大型魔獣にぶつかられると壊れると思う。自治運営だから意外にお金が効くかもしれない。商業ギルドや交易方面から聞いてみようか。友人達にも聞いておくよ」
「うん、ありがとう。持ち物はどうしたらいい?」
尋ねると、何か考えるように視線が空を彷徨っている。
「そうだな。ちょっと当てがある」
自分がダンジョンに持って行った物やこれがあれば便利だというものを揃えておくと言ってくれた。
お爺ちゃんの魔道具は、寝る時や休む時に便利なので絶対持って行かないと。
「食事は、水を入れて火にかけるだけでできるようにしておくから小鍋だけ持って行ってくれればいい」
「そんなことができるの?」
「うん、乾燥パスタや干しエビや干し貝柱を使えば美味しく食べられる。スープもブイヨンを小麦粉で固めて乾燥させて木枠に入れて圧縮して固める。1 つのキューブで小鍋 1 杯分になるようにして作っておく」
「分かった。ありがとう!」
どうしようかと思っていた食事もこれでなんとかなるね。最短で6日だってと伝えると、重いかもしれないけれど、10 日分で用意しておくと言われた。
お腹が減りそうだからお菓子も作ってと頼み、僕もソウルたちみたいに部屋に籠って遊べたらいいなと楽しみだった。
楽観視していたわけじゃないけれど、大変なことになるとは思わなかった。ミュリスもラピスもいる。皆で仲良く、わいわいやれればいいかなって。それだけを思っていた。




