ラウルツ・フェルレイの高等学校 3
今日は、お弁当を持って、ミュリスとラピスを誘って庭園で食べることにした。高等科はガーデンテラスもあり、自習するにはいい場所だとソウルが教えてくれたけれど、それはまた今度。
庭園の中にもお茶会用のガゼボと呼ばれる建物やもっと簡易のパラソル付のテーブルセットがある。
その中でも、とりわけ美しく咲く花の近くに点在しているガゼボは、柱が太く鳥かごのような建物で周囲の目を気にせずに済むと女の子達に人気がある。
休息場所をとるのも悪いから僕たちは奥のパラソルの方に向かった。
大抵、お昼は、ミュリスやラピスと一緒に数量の限定ランチを食べている。初等科のレストランの限定ランチも食べに行きたいけれど、二人は初等科の子達に譲るべきだというので行けなかった。
ラッピーは乗ってくれると思ったんだけどね。そこは、侯爵家としての振る舞いになるようだ。
「今日はお弁当にしようって言われたので、執事に頼んで作ってもらいましたが、ラウル君のお弁当はとても美味しそうですね」
テーブルに重箱のようなお弁当を置いた。全部食べられるのだろうか。
「うん、ありがとう。僕の好きなものばかりだよ。愛情たっぷりだね」
キノコとパセリのオムレツに、アスパラのベーコン巻にエビのベーコン巻、ホーンラビットのから揚げにズッキーニの素揚げ、型抜きされた人参の花があちこちに散っていた。キャベツと人参のコールスローは小さい容器に、それから、デザートの凍らせたジュレは半解凍くらいだね。
「彩が美しいな。もしかして作ったのはソルレイ様?」
「どうして分かったの! ミュー凄いよ!」
蒸したカボチャを茶巾包みにして空豆まで彩で隙間に埋め込むように配置されていたら、メイドじゃないと思うそうだ。
「芸術的な色使いだから分かるよ。これはどうなっているんだろう? 蓋のようになっている部分を開けてみてくれないか。ああ、プリンセスアップルがくり抜かれて器になっているんだ。その中にマカロニサラダが入っているんだな」
「そうみたいだね」
気づかなかった。
小さいリンゴが丸ごと入っているのかと思ったよ。中からウサギの形のりんごがリンゴの容器に手をかけていた。すごくかわいい。僕を喜ばせるために、早起きして立体のウサギを作るところを想像して笑みがこぼれた。
「ソルレイ様は、手作りでここまで作れるのですか」
「うん。パンも可愛いパンだと思う」
ごそごそと別で持たされたパンの包みを開けると、手の平サイズのパンが2つ。
6弦楽器と横笛の絵が描かれていた。焼き印じゃないね。そこだけ白い。影絵のようになっていた。その下に午後もガンバレと白いメッセージ入りだ。
「選択授業があるって言ったからだね」
嬉しくて目を細める。
音楽じゃなくてダンスの方だったんだけど、そこまで言わなかったからね。時間も午前じゃなくて午後だと思ったようだ。
「ソルレイ様は、本当に器用だな」
「うん。こういうの作るの好きなんだよね。僕が、喜ぶからかな?」
「教会用のクッキーも凄いからそうだろうな。喜ばせたいのだと思うよ」
ミュリスはお兄ちゃんを慕っていることもあり、パンを見て笑顔になった。
「お菓子も美味しいので、料理とパンも美味しいはずです。ラウル君、少し食べたいです」
「絶対に嫌」
僕は無視をして頬張って食べる。
うん、美味しい!
「ええ!? そんなあ。少しだけでいいですから」
もぐもぐと食べながら答える。
「嫌だよ。わざわざ早起きして作ってくれたんだよ」
このお弁当は、滅多にない機会だから分けることはできないのだと伝える。
なるべく自分が作ると言ってくれたけど、アリス達と一緒に食事を摂るのは、朝と夕だけのはずだった。屋敷にいた頃は、メイドも執事も護衛も屋敷の皆は一律同じ食事で、豊かな自然の下、肉も野菜も豊富に使われた料理が出ていた。
だから、寮で暮らす4人にも食事手当が新たについている。
昼は、それぞれが好きなところで食べるのだ。僕も昼はレストランかカフェでとることになっている。
モルシエナだけが少し違っていて、元々は僕の護衛だけれど、ソウルが研究室に行く時は、ついて行っているから二人は一緒にとっていると思う。
「分かりました、仕方ありませんね。機会があればソルレイ様に頼んでみます」
「どんな機会だよ、それは。先輩に対して失礼だからやめておくんだ」
そういうミュリスの食べるお弁当も美味しそうだ。ローストビーフが普通に入っているが、それもメイドの手作りらしい。
アイネは料理ができるけれど、アリスはできない。お菓子も絶望的でクッキーを焼きましたと言われて渡されたものは、酷かった。
ミーナはソウルと一緒に用意をしたり、僕たちの焼く姿を何度も見て覚えたりとかで、上手だ。料理もやったことはないと言っていたが、手際はいい。ソウルは初日で気づいたらしく、お手伝いはミーナ、テーブルセッティングは、アリス、紅茶はロクスに頼むと言っていた。懸命な判断だよね。
ちなみにモルはソウルと買い出しだ。
「そんなお弁当を作ってくれたら好きになったりしない?」
デートをした時に一度だけアイネに作ってもらったことがある。とても美味しく感じた。
「40近いからないな。母親代わりのような人だ」
口元が優しく弧を描き、目が細まった。大切な人に代わりはないようだ。
「ラウル君に心を決めた女性がいると知れてよかったですよ。侯爵家狙いの世の女性達が、僕を見てくれる機会が増えるので大歓迎です」
にぱにぱと嬉しそうにする。
「ラピス、先にその肉を落とせ。いくら成績が良くても、ダンジョンでは動けないと駄目だぞ」
視線がお腹にいく。
「ラッピーのここは、ぷるぷるだもんね」
隣に座るラピスのお腹をもみもみした。
「見た目からも分かるけれど、結構ついてるね」
「や、やめてくださいー」
「痩せたラッピーって絶対格好いいと思うよ」
「そ、そうですか?」
「うん」
肌艶も良いし、顎の肉が落ちればだいぶ違うと思う。それか今の体重を保って、背を30センチ伸ばすかだね。
「牛乳を飲んでみたら? 縦に伸ばせばいいんだよ」
「なるほど!」
「こんなに食べていては絶対に無理だ!」
何を言っているんだ!現実を見ろ!と、ミュリスがお重という名のお弁当箱を指差す。
「アハハ。そうだね。ちょっと揚げ物が多いかも」
「せめてお重の大きさでも一段にすべきだ。レストランでは、メインを3つとるのをやめて2つにしてみろ」
「そんなの無理です。授業中にお腹が鳴ってしまいます」
「席が隣だからそれは迷惑だね」
「そうだな」
「ひどい!」
「ひどくない!」
「アハハ。授業中に鳴ったら、今鳴ったよね?って、言っちゃいそうだよ。ベリオールに通うのは、週一にしたほうがいいよ」
アリス達に顔を覚えられているくらいの通いっぷりだが、一度に買うケーキの量も多いと聞いた。
「ミュリスも通っていますよ!」
「メイドの分と合わせて二つしか買っていない。そもそも毎日行っていないぞ。一緒にするな」
楽しいお昼を過ごして、愛情たっぷりの美味しいお弁当を平らげた。ごちそうさまでした!
その頃、研究室では。
同じお弁当をモルシエナと食べながら、ラウルも午後の授業を頑張っているのだから俺もここまでは仕上げないとな。と、魔道具の設計に精を出すソルレイの姿があった。
朝起きると、丸いテーブルの上にアッサムティーが置かれていていい香りが広がっていた。
席に座らず、立ったまま、ソーサーとカップを手に取り口をつけた。
「おはよう、アリス。うん、美味しいね。ミーナ、ロクス、ソウルは、このまま寝かせておいてあげて。朝食は、カフェでとるよ。ソウルが好きなのは、茶葉多めだから起きたら淹れてあげてね。モルも今日はお休みだね」
「ハハハ。了解です」
ソウルは、珍しく寝坊だった。アリス達が言うには、昨夜ずっと本を読んでいたらしい。下がっていいよと言われたため、自室に戻り、朝起きたらソファーで寝ているのを見つけ慌てて毛布をかけたらしい。今はモルに運ばれ、ベッドで寝入っている。
「「「ラウルツ様、行ってらっしゃいませ」」」
「はーい。行ってきまーす」
恭しく頭を下げるメイドと執事に送り出され、部屋を出る。
ソウルが朝食も夕飯も作ってくれるし、お昼はレストランばかりだったので、高等科に進学してからカフェには行ったことがなかった。今日が初めてだ。
必修科目ではない武術の授業や選択授業の剣舞が午前中に2つあった時は、一限目の休み時間にソウルの作ってくれたお菓子を食べてしまうくらいお腹が減る。今日はその日だった。そこそこ食べておかないともたない。
ソウルは、カルムお兄ちゃんに、剣や槍の授業があることを内緒にしていたみたいで、入寮する時に部屋に来てくれた日に選択授業を見るなり、まだちゃんとあったと知って驚いていた。
僕がどれをとればいいかの相談をしたから知られてしまったんだよね。
『ソルレイ? 何を取ったんだ』
カルムお兄ちゃんが、剣を教わりに来なかっただろうとソウルに詰め寄った。
『俺には無理だと思ったから一つも取らなかったよ』という言葉に、カルムお兄ちゃんもダニーも納得して頷いていた。
僕は、知っていたから、せめて体力は作った方が良いと、朝は一緒に走っていたんだ。
必修科目ではない為、武術系は一切取らずに、自由の利く魔法陣の討論の授業や他国の文化授業をとっていたらしくて、ソウルの授業のとり方は全く参考にならなかった。
この日しかないと、カルムお兄ちゃんとダニーに相談しながらとる授業を全部決めた。
僕がソウルとは真逆の騎士家の子がとるような武術系ばかりをとったので、ルベルト先生に、兄とは正反対だなと面白がられたくらいだった。
普通なら成績が優秀だと騎士団からスカウトが来るらしいけれど、さすがに僕のところには来られないよね。
ソウルが色んな先生と仲がよく、上手に付き合ってくれていたこともあって、目を配ってくれる先生が多い。寮生になっても過ごし易い学生生活を送れていた。
初等科と高等科の先生との人脈さえ持っていれば、アインテール国である程度の融通は利くと言っていたので、僕も先生との人脈作りは積極的にしようと思っていたから先生達から話しかけてくれて助かっている。
「ここだね」
レストランでも朝食は食べられるけど、静かに食べたかった。
寮生はレストランだと 自動で割引きになるみたいだから、学生ならそっちに行くんだろうね。
朝が早いから数人の先生や教務課の人しかいなかった。教務課の人は無視でいいや。
「リンツ先生、おはよう」
「おや、早いね。おはよう」
横を通る時に挨拶をしてから二人席の静かな奥の席に座り、メニューを広げる。
朝食Aは、クロワッサンとベーコンエッグ、朝食Bが、ハムとチーズの挟まったクロックムッシュ、朝食Cが白パンとベニマスのスモークだね。
スープとサラダ、チーズはどちらもついているのか。良心的な値段だからジャムはついていない。
「朝食Aに単品でオムレツと桃のジュースをお願い」
「かしこまりました」
焼くだけのはずなのに、ソウルの作る方が美味しいなと思いながら完食をした。
会計で引き継いでいるカードを見せると、端数が割引きになった。
ソウルは、こういうのが好きだからね。きっと最大の特典が受けられるまで通ったのだろう。
そのままカフェを出て、騎士候補生達が鍛錬している芝生を横目に奥の庭園へ行き、朝の剣術の鍛錬をしてからロッカーに模擬戦用の剣を直すと、いつも通り教室へ向かった。
「おはよーう」
「おはようございます」
いつも早い朝には、ラッピーしかいない。その机の上には参考書代わりの本と教科書が、重なるように開いてあった。いつも授業の予習を欠かさずやっている。
「今日もラッピーは早いね」
「朝の女性というのは一番無防備なのです! 素顔に近いので見逃すなんて勿体ないですよ」
「アハハ! 動機が不純だね!」
「来るまでに勉強をしているので役に立っています!」
「うん、うん。その部分だけ見れば偉いよ」
席を寄せ、見ていた参考書の魔法陣の説明を簡単にしたら『分かりました!』と嬉しそうにした。そのため、いつしかこれが日常になっていくのだった。




