ラウルツ・フェルレイの高等学校 1
高等科に主席で合格した僕は、中央の一番前の座席は嫌だったけど、寮はソウルと隣の部屋で嬉しかったからまあいいかと教室に向かった。
朝から僕好みの美味しい朝食を食べられたこともあって、機嫌よく鼻歌を口ずさむ。
このクラスには、違うクラスだったラッピーとミューもいるので、楽しめそうだね。
教室に入ると、人はまばらだった。
寮生が多いからもっと早く来ていると思ったのに。逆にギリギリまで寝ているタイプが多いのかもしれない。
座席の着席順の説明でも貼ってあるかなとボードを見るけど何もなし。教卓を見ても何もないので、ひとまず後ろの左寄りの席に座った。
先生が、ボードを書いていくのって左側からだからここの方が見やすいんだよね。
少ししてミューが来たので、手を振ると前に座った。
「おはよう、ラウル。改めて宜しく。侯爵家になったって?」
「うん。フェルレイ侯爵家だよ。だからラウルツ・フェルレイだね」
「普通なら敬語がなくなったりするけど、ラウルはずっと敬語を使わないから今まで通りか」
「アハハ。そうだね。ソウルを高等科に迎えに行く時は使っていたよ。『ソルレイ兄様。一緒に帰りましょう』って」
「はぁ、ソルレイ様、絶対に困っていたよ」
額を片手で押さえて首を振る。
動揺して、慌てて席を立つ姿は可愛かったけど、お兄ちゃんからソウルに変更だ。僕もいつまでも守られるだけの弟ではなく、家族を守りたい。
「ミューは、絶対“ソルレイ様”ってつけるよね。どうして?」
本来、侯爵家より下の辺境伯家に敬語は使わない。まあ、上級生には使うように言われるけど、それは校内の話だ。
「最初によくしてもらったからだよ。クレープで書庫整理は回避できた。カフェをするはずだったから予算を使いすぎていたんだ。今なら分かるけど、アレだと無理だ」
前日だったため、どうしようか迷ったが、大丈夫だよ、と頭を優しく撫でられたので持ち帰りのクレープに変更をすると、ドリンク類は、4年生のガーネルクラスに交渉して引き取ってくれるよう話をしてくれたのだと言う。優しいからね。
「2年生で回避できたのは、レリエルとファリスだけだった。ソルレイ様の冷菓は、競争率が激しくて食べられるか分からないからとお客さんも流れてきたから助かった」
他クラスのことを気にしていなかったので、知らなかった。
「そういえば、ラッピーも書庫整理で痩せたって言っていたね」
「2回も文化祭で失敗して書庫整理をしたのに、体は全く変わっていない。あいつは自分に甘すぎるよ。体育祭だってあの体形で嫌がられて、同国出身の同じ侯爵家ということで、レリエル組のノエル様に組んでもらえての参加だったじゃないか」
辛口のミューの後ろで、頬を膨らませたラッピーが、ずんずんと向かってくる。僕の隣の席に座った。そっちに座るんだ。
「そんなことありません! ノエル様だって私でいいといって組んでくれました!」
「おはよう、ラピス。標準体形になってから言って」
「おはよう、ラッピー。今日から同じクラスだね」
「おはようございます。私はぽっちゃりなだけです。たとえ、赤字でも文化祭は食べ物を出すべきです!」
4年生でも食べ物屋をやり、夏休みを返上しての書庫整理となった。
それでも、成績を落とさずに3番をキープし続けたので、ソウルは、ラピスは頑張り屋だと褒めていたっけ。
でも、ガーネルクラスはラッピー以外、このクラスにもいないし、内部進学率も低い。夏の書庫整理が響いたみたいだった。
クラス替えがない以上、クラスに一人モンスターがいるとこういうことになるんだね。
次第に生徒がクラスに入って来た。知っている子は少ないね。その中に一人知っている女の子がいた。情報ギルドに入っているあの子には、告白されたことがある。
でも、よくよく聞くと、グルバーグ家のことが知りたかっただけだったんだよね。質問ばかりで変だなと思って、アイネに調べてもらったら、怪しいギルドの会員だったから関わらないようにしている。
「席についていない者は、どこでもいい。席に着け」
話をしていると、ルベルト先生が来た。ソウルのお願いが通ったんだ。
「このクラスを担当することになったルベルトだ。今座っている席がこれからの固定の席だ」
やったね。この席で2年間だ。
「せ、先生。前の席から成績順に座ると聞いたのですが?」
「わたくしもそう聞きましたわ」
一番前の席の生徒達が不満気に言う。
「そういう教員が多いというだけで決まってはいない。私は、時間にルーズなやつが嫌いだ。前の席は遅いやつが仕方なく座る席だ。教師が来るまで座っていなかった、そういうやつもそこでいいだろう」
ルベルト先生は、はっきりしているので分かりやすくていい。
「ちなみに中央と俺から見て右の列は優秀な者が座っていると教員達は思うはずだ。難しい問題が授業中に当たるだろう。しっかりやれよ」
知らずに座った生徒達が頭を振っていた。
右の列のラッピーも『そんなあ』と声を上げていた。
僕とミューは知っていたが気にしていない。間違ったっていいよ。試験じゃないからね。
「もう一つ言っておくことがある。例年、2年生になると、優秀な者が集まるこのクラスは、夏にダンジョンに行っていた。5日間で4階層までにいる課題の魔獣を狩るものだったが、2年前にクラスの半数以上が禁じられた4階層以下の階層に行き、行った者のほとんどが死亡するというショッキングな事件があった」
ピシっと生徒達が固まるのが分かった。
「クラスが半分の人数になったわけだが、救助に向かった教員8名もスケルトンロードに 1階まで追いかけ回され、挟み撃ちや待ち伏せに会い、階層を改変されたり探知魔法でひっかからない罠に落ちそうになったり、と危うく死にかけてな。だから、ダンジョンは他国の比較的安全度の高いダンジョンで行われることになった」
やっぱり違うダンジョンなんだ。一緒でいいのに。4階より下に降りなければいいだけなんだから。
「とはいえ、そこもダンジョンに変わりはない。遊びではなく死人が出るという事実を踏まえてチームを組んでおくように。5人組だ。3日以内に知らせに来るように」
ソウルにダンジョンのメンバーは、信用できる者で、男ばかりで組むように言われている。
男女だと逃げる時も女の子を気にかけないといけなくなり、生死を分けると言われたのだ。
ノンにも、慎重に行動した2班だけが助かったと聞き、その内の1班はお兄ちゃんとノンの班で、もう1班は、一日前にダンジョンを出たエリエリの班だと教えてもらった。危ないと思ったらダンジョンを出る、というのが基本のようだ。
「ミュー、一緒に組んで。僕、まだ死にたくないよ」
前にいるミュリスに小声で話かける。
「組むのはいいけど、縁起でもないことを言うな」
エリット様から、あれは、下層に行った者達が悪いと聞いたぞ、と話してくれた。
「男同士で組まないとトイレの見張りとかも困るし、逃げる時に気にかけて怪我をする可能性が上がるからやめるように言われているんだ」
「なるほど、分かった。残りも男3人で組もう」
「うん」
話を終えた先生は、すぐにボードに書き出す。あれはボランティアだね。
「この中から、好きなボランティアを選ぶように。人数が偏っても構わないが、さぼった者は夏休み中、私の雑用係だ」
僕達の教会のボランティアがないね。
「ルベルト先生。質問!」
手を挙げる。
「どうした?」
「僕は初等科の頃から、ソルレイ兄上が作ったボランティアに参加してきたんだけど、それでもいいのかな」
「お! グルバーグ家の弟だな」
「ふふ。先生! 初等科にグルバーグ家の新しい跡取りが来たよ。僕たちはフェルレイ侯爵家に引き取られたの。だから、ラウルツ・フェルレイだよ。一生、大好きなお爺様の孫なのは変わらないけどね」
クラス中の視線が来るけど、多くに見られるのは初等科で慣れちゃった。
「ハハハ。そうか。そのボランティアは知っているが、人数はいるのか?」
「僕とミュリスとラピスの3人だよ。でも、兄もノエル様も変わらずにボランティアに来てくれるから5人はいるので認めてくれる? 偶に他の人も来るよ」
「よし。いいだろう」
頷かれたので、笑って席に着いた。
「ありがとう」
ラッピーが横で「え!?」と言っていたので、お兄ちゃんがお菓子をくれるから参加でいいでしょ?と言うと、頷いていた。
「それは参加するしかありませんね」
シエルの常連でもあり、ベリオールの開店も楽しみにしていたくらいだ。乗ってくると思っていた。
女子達にどういうボランティアか聞きたいのですが、と説明を求められたので、ボードのに書かれた教会のボランティアに人気が集中するけど、やる気のない人が多いから、その人達に代わって子供達に勉強を教えたりもするし、教会の人達が働きやすいように雑用を一手に引き受けたりもする。雑巾で掃除もするよ。ちゃんと説明したら目を泳がせる。
「夏休みも冬休みも 教会に行ったよ。ボランティアに慣れていない人には厳しいからやる気がないなら選ばないでね」
僕が説明を終えるとミュリスがつけ加える。
「隔週で日の日と夏冬は 2 週間、全員が絶対参加だから成績が良くないと来られないだろう。ソルレイ様やノエル様のように成績優秀者で研究者に推挙とまではいかないけれど、参加者は、全員が優秀な成績だった。高等科は授業が難しいと聞くから自信がないならやめておいた方がいい」
だって、ビスケット作りが楽しいよとか言えないもんね。
先生達のついでだからっていつも僕達が食べる用の焼き菓子も作ってくれていたけど、メンバー以外に食べさせたくない。
僕とミュリスの言葉は、侯爵家に近寄りたい女の子達の二の足を踏ませるのに成功したようで、誰にも選ばれずにボランティアが決定した。
ルベルト先生が授業の進め方などを説明して、高等科のレストランやカフェの説明も済ませると簡単に自己紹介をさせ出て行った。
「ラッピー、ダンジョンの班を一緒に組まない?」
「さっき聞いていましたが、班に女性がいないのは嫌です!」
はっきり言い切った。
ラッピーは好色なんだね。
「うん、分かった!」
「うん、ラピスがどういうやつかよく分かった。方向性が違うようだ」
ミュリスと誰に声をかけるかを相談して、アインテール国の持ち上がり組から性格の穏やかそうな3人を誘うことにした。
レリエルから一人、ロゼリアから二人だ。
「一緒にダンジョンいい?」
「「「よろしくお願いします」」」
王族派閥はいないから大丈夫そうだね。
今日は、授業はないけど、各教員から授業の説明があった。
どの先生も僕を見るから、にこっと笑っておいた。
そうすると、微笑んで頷くので、お兄ちゃんの言う通り、困った時は笑っておけば大概のことは何とかなる、は本当だ。
今日の授業はこれで、お終いなのでルベルト先生に班員が決まったことを知らせに教務課へミュリスと向かい、伝えてから寮に戻った。
「お兄ちゃん、だだいまー!」
「おかえりー」
僕の部屋で、笑顔で出迎えてくれた。
寮にしてよかったことはこれだね。昔のように距離が近くなったこと。懐かしい記憶が蘇る。
文化祭で作ったエプロンをつけ、メイド達と一緒にお昼を作るというので、僕も参加だ。
「ラウル、手洗いが先だよ」
「うん」
洗面所を使っていると、アリスがタオルを持って後ろに立って待ってくれている。
手を硝子のボトルに入ったハチミツ石鹸で綺麗に洗って、コップでうがいをする。
差し出されたタオルを受け取り、ついで洗った顔も水気をふき取る。
「担任の先生は、どっちだった?」
「ふふ、ルベルト先生!」
心配してくれていたようだ。
「よかった。エンディ先生は授業の方がいい。ちょっと変わっているからな」
「明るいのが一周回って変になったんだよね?」
「うん、真面目にやっていくのかと思ったのに。思った感じにならなくて、我が儘な感じになっているな。無茶ぶりも多いから授業だけの方がマシだ」
お兄ちゃんは少し苦手のようだ。僕は明るくて割に好きだ。
「先生は、『何回も家にある貴重な魔法陣の資料を見に来ないかい?』って誘っているのに、来てくれないって言っていたよ」
パスタにしようかとミーナに相談しながら小麦粉をボウルに出していた。その手を止めずに、苦笑いを浮かべた。
「初日の授業中にそんなことを言ったのか。公爵家の代紋を利用しすぎなんだよ」
「僕と一緒なら行くかもって言ったら一緒においでって言われたよ。行く?」
「ラウルは興味あるのか? 行きたいなら行くよ。王都に近い領だったはずだから遠いな。まとまった休みの日になるけれど行こうか」
「うん、貴重な魔法陣は見たいな。急いでないからいつでもいいよ」
「ん、分かった」
魔法陣については、よく知っているし、新しい他国で生まれた魔法陣にも詳しいので勉強になると言う。
性格が少し苦手なだけで嫌っているわけじゃないみたいだ。よかった。見たことがない魔法陣は、やっぱり見ておかないとね。カルムお兄ちゃんからも今は力をつける時だって言われたし、エルクからも似たような手紙がきていた。新しい学び舎で明日から頑張ろう。




