鉱石探し
晴れ渡った空に雲はなく、夏のように暑いのに吹く風は涼しくて、木陰で本でも読みたくなるような肌感だった。
スニプルは脚が速い。車内の窓を少しだけ開けていると青々とした山の涼しい風が車内の空気を変えてくれる。
今は、王都の近くのとある領にやって来ていた。ここから更に山を登ると、木々が切り崩された鉱山地帯となっており、その一画で採掘ができるように整備されている。
切実に魔導石がないことからすぐにレジャー施設に採掘しに行きたいとノエルとラウルに伝えると、二人とも笑って、『今からか?』と目を瞬き、『明日にでも行く? 僕も欲しいからいいよ』と笑って言ってくれた。
ノエルには明日でもいいか尋ねて、快く了承をもらいやって来たのだ。
高い料金を取るだけあって駐車場所も山の中に整備されていた。観光としての力の入れようが凄い。ここは財務派閥の長である公爵家の領だ。
カルムスの家であるグレイシー家も財務派閥だ。その縁もあり守護の魔道具を作ることにもなっているが、グルバーグ家と財務派閥の仲が良好かと言われるとそうでもない。家による。
新事業に対しての横槍もあったが、頑として口を割らずにいてくれた最初から関わっていた財務派閥の家もある。
一枚岩ではなく、利益のためなら出し抜きもアリだと考えている集まりのため、ある意味フランクに付き合いやすい。
一時の利害関係を結べばいいのは楽だ。守護の魔道具も直接やり取りをせずにグレイシー家に渡して終わりだ。
今日来た領の領主は、直接的には面識もないし、お爺様に対して酷かったとミーナが言うので、遠慮せずに鉱石をざくざく持って帰る予定だ。
「着いたな」
木々はなく一見するとはげ山だ。
赤茶けた土の山が点在していて、麓にまた木々が茂っているのが遠目に見えた。
「初めて来たから楽しみだよね。ノンも教えた魔法陣を使ってみてよ?」
「分かっている」
ノエルもラウルもやる前からどこか上機嫌になっていた。
「あとで、誰が一番採れたか比べようか」
「うん! 僕が一番だと思うけどね」
「どれだけ細かく指定できるかが勝負になるかな。後は運か。一級、二級で数の多さで決めよう。大きくても1つ計算」
重さは無しだと言うと、二人ともそれでいいと賛成をした。
「では、数の少ないものが昼食を持つか」
「アハハ。ノエルは意外にそういうの好きだよな」
「負けないように頑張ろうっと」
スニプル車が所定の場所で停車すると、すぐさま誰かが近寄って来て、スニプルの世話代はいくらですとロクスに話しかけて来ていた。
採掘料金だけではなく、こういうところま
で商売にするのが財務派閥家だなと感心した。駐車料金も取られるのは初めてだ。
ロクスに法外な値段でないのなら任せていいから皆で入ろうと声をかけた。
中は涼しいはずだ。
モルシエナとノエルの執事も一緒だからロクスも一緒に入ろうと誘い、皆で入る。
停車場から一番近い場所に小屋があった。そこが受付のようだ。近づくと爽やかな風貌の男性と女性が一人ずつ座っており、女性に、にこやかに声をかけられた。
「ようこそ。料金についてのご説明をさせて頂きますね。採掘場への入場料は、入る入口ごとにより料金が変わります。プラチナが金貨10枚、シルバーが金貨5枚、ブロンズが金貨1枚となっています」
鉱石を取るのに、ややこしい名前をつけたなと思っていたが、料金が目を剥くほどに高い。前に行ったところは、小金貨10枚だった。
「これって時間じゃなくて、場所によって料金が違うんだよね?」
「はい。時間は2時間制でございます。プラチナからは一級鉱石がでることもございます。プラチナ料金の方は、シルバーとブロンズにも行って頂けますのでお勧めですよ」
「「「…………」」」
離れたところまで行き、3人で相談をする。
「ブロンズで試す?」
「探知魔法と範囲指定で調べれば当たるだろう」
「わざわざ分けるということは、魔法陣の対策済みかもしれない」
これだけ広範囲で採掘していることを考えるとやっていそうだ。
「そういうこともあるか。アインテール国の財務派閥家の領だと言っていたな。日中、鉱山自体に対策をしておき、客足の途絶えた時や休日、夜間に採掘しているとしたら採り尽くしていて無いかもしれない」
そもそも採れなくなったところを開放しているのではないかと言うノエルの意見を一蹴したいが、やっていそうで怖い。入場料目当てで還元する気がないことも考えられる。
「変な噂が立っても気にしなければあるかもしれないな。運次第だって言えないこともない」
「そういうことなの? うーん。ここは初めてだし、ブロンズで試してみてもいいんじゃない? ソウル、どうする?」
周囲で聞いているロクス達は黙っており、俺達の出した結論に従いますという顔だった。入場料が高いことで判断が難しいな。もっと気楽なレジャーなはずなのに。
「金貨10枚は、採れないとぼったくりの域だ。高ければいい物が出ると思わせる心理戦な気がする。でも、一般的な相場でいくとブロンズでもかなり高い。何かは採れるはずだ」
「一番下からやって試すのもいいだろう。念のためブロンズでは、何が採掘できたのかを聞こう。それから俺とソルレイの分は、研究費用で申請できる」
「ええ? そうなの? じゃあ二人は、一番高い料金の場所に行くべきだよ」
聞いたラウルが、絶対にプラチナに行くべきだと勧める。自分のお金で試すには怖い額だと言う言葉に、ノエルと深く頷いた。貴族でも流石に2時間の遊びで金貨10枚はない。
「僕は皆とブロンズに行くから二人はプラチナに行ってよ。何が採れるか興味あるもん」
「ならここでの勝負はお預けにしよう」
「うん。王都で1泊して、次の採掘場には明日行けばいいからそっちでやろう」
一級鉱石が採れたらラウルにもあげる約束をして、料金所でお金を支払うと、男性に案内を受け、離れたところにある鉱山入口を目指すことになった。これが、山に這わせてかけられている角度のある梯子を幾つも上るもので、なかなかに怖かった。
「ソルレイ」
「ん?」
怖くて顔を上げられないまま、必死に上っていた。
「一級鉱石は、深い場所にあることが多いと言っていなかったか」
「うん。……あ。ブロンズの方があるかもってこと?」
「恐らく」
「うーん。これだけ料金に差をつけているから、あると思うんだけどな。この鉱山自体が隆起してできたものかもしれない。下層部分が盛り上がってできた可能性もあるよ。深い地層が表層に現れているなら上の方があるよ」
話しながら上に着いたら、探索をかけたほうがいいなと思った。
思った通り、男性は行きだけの案内で、入口はあそこですと言うと、帰りは下まで自力で下りて来て下さいと言って、再び梯子で下りて行った。
「ノエル、ここって鬼仕様だよ」
「?」
「うん。 酷い仕様を鬼仕様って言うんだ。 下りて来た時点で2時間だ。さっき受付のところに小さい文字で、戻りはここまで知らせて下さい。そうでなかった場合は、後日延長料金を請求しますって書いてあった。駐停車場に人がいるのは、請求できるように貴族家の家紋の確認だよ」
実際に請求するのか、今回だけですよと恩を売るように言うのかは分からないが、中々な商売の仕方をしているようだ。
「…………急ぐか」
「うん。10分経過しているよ」
帰りも梯子だ。
両手に採掘した鉱石の袋を持っていたら危ないからな。下で料金を支払ってから案内するシステムだったから、執事を上に連れて荷運びをさせるわけにもいかない。
お爺様と何度も行っていてよかった。
ちゃんと両手が空くように、採掘場へはリュックスタイルだと教わっていた。
「入る前にここで魔法陣を描いて調べるよ。中は採り尽くしていても違う場所にあるかもしれない」
「入らずにこの周囲で採るのも手か」
「今までやったことないけど、ここでやることには何も思わないな」
辺りはだだっ広い。足の踏み場もなく、梯子を上ったら即入口かと思ったが、そうではなくカルデラのようになっていた。この場を探すのも手だ。見えている入り口は斜め下に向かってはいるスロープ状だった。
「手伝おう」
「広範囲魔法陣でこの辺り一帯の地中の魔力反応を調べるよ。魔力は俺が叩き入れるから、探査場所が移って行くように時間で範囲指定を区切る補助魔法陣を描いて欲しい」
「難しい注文だな。1分おきに深度を変えて位置をずらしていくか」
「アハハ、ノエルの好きな実践練習だよ」
二人で複合魔方陣を何度か描き直し、調べた結果。梯子がかかっている辺りに一級鉱石が密集していると分かった。採れないようにわざと梯子をかけたのかもしれない。
「「採るか」」
「アハハハ。揃ったな。ノエルは嫌がるかと思った」
「違う物を固めて埋めておけば地盤も安定して安全だ。問題ないだろう」
「うん、一級って貴重だ。採ろう、採ろう」
梯子を使いながらは怖いので、調べた密集場所を正確に魔法陣で割出し、この場所から取り出す作業へと移った。
座標さえ分かれば物質を移し替える魔法陣を描いて固めた土と鉱石を入れ替えられる。
しばらくこの作業を繰り返していたが、1時間を切ってから、全く入らないのもつまらないなと話して、中に入ることにした。
ただ、良質な物が採れるといっても小さいものばかりで、やっぱり外だと梯子を下り、途中にあったシルバーの採掘入口でも同じように調べると、こちらは中の方があった。
「まずいよ、ノエル。ここは中だ! 一番選ばれない採掘場所ってことか!」
「行くぞ!」
「うん!」
走って中に入り、壁や地中から魔法陣を使って抜き出すように採集する作業が続き、急ぐと危ないため、良質な 2 級鉱石は泣く泣く諦め、梯子を使って下りた。
ラウル達はすでに受付の前にいて、モルシエナが俺達を見てあからさまにほっとしていた。
ロクスもノエルの執事も流石貴族で顔に出していない。ラウルはいつも通り笑顔で大きく手を振っていた。それに手を振りかえす。
「あれは受付で何か言われたな」
「追加料金の説明でも受けたか」
歩いて向かっていると、『あと2分で金貨3枚だってー。間に合ってよかったね』とラウルに言われるのだった。
「もうここには来たくないな。ノエル、ごめん」
「かまわないが、確かに遊びをしている気はしなかったな。ディハールでは、遊びの色が強かったからな」
4人で楽しく、わいわいと一つの鉱石を一緒に採掘したり、マリーが綺麗な石を見つけたと喜んだりしていて可愛かった。ラウルもはしゃいで、大きいのを探すと言って奥に行って、ノエル達をおいて慌てて追いかけたりしたのだ。うん、あれは遊びだった。
「明日は、楽しめると思う。行ったことがあるけど、他国の人もいて賑わっていたよ」
人は多いが、皆で入れる。
今日のようにかかった料金分はなんとかなどと考えずに気楽に遊べる。大きさはそれほどないが、種類は多かった。二級鉱石以下の鉱石ばかりだったが、そういうのも楽しいだろう。
戻って来たことを受付で言うと、木札を渡された。これを停車場にいる人に渡すと延長料金はとられないらしい。皆でぞろぞろと車に戻った。
「何が採れたの?」
わくわくしているラウルに報告しにくい。
「プラチナで採れたのは1種類だけだよ」
「オッドアイ鉱石だ」
ラウルが、何に使えるのと俺の顔を見てくる。
「そうだなあ。表が黄色で裏が緑の鉱石で、魔道具にするなら増幅かな。補助に使える1級鉱石だ。攻撃系にも守護系にも向く。他の石との親和性が高いから使い勝手はいいよ」
「へえ!」
「ラウルに作った時計の魔道具も文字盤のところにも一粒入れれば綺麗だよ」
極々小さい欠片でも宝石のように美しい石だ。
「うーん。僕はいいや。これ気に入っているんだ」
石は欲しいけど、時計にはいらないというので、分かったと頷き、頭を撫でた。もう随分使ってくれている。
明日は王都に行くからベルトの交換はしてもらおうと話して、ラウル達はどうだったのか尋ねると、にこにこと笑う。
「どちらだ?」
「これは採れた方だよ、きっと」
「正解はねえ……僕は採れたけど、3人は採れなかった!」
「なるほどな」
「裏に回ったら結構あったから斜面を下りて採ったんだよ。皆は中でこつこつ採ってたからね。真面目な人は、採れないよね」
言い辛いけど、そうだな。
「利用料金に見合っていない以上、やむを得ない面もある」
「うん、うん。二人ならそう言ってくれると思ったよ。誰も説得できなかったの。モルも執事たちに怒られて、裏切って中に行っちゃうし」
「いやあ、すみません」
「アハハ。大変だったな、モル」
「ハハハ、家臣まで付き合ってはいけないと言われまして……」
頬を掻くモルシエナに笑った。
「いいよ、いいよ。俺達が悪い主なんだ」
「あれくらいいいだろう」
「ノンが言うと違和感があるね!」
「ソルレイに商売の裏側を聞くと、どうも採って帰らねばという思いになった」
「アハハハ、なにそれ」
「アハハ、ノエルを引きずり込んでしまったのか。ごめん、ごめん。でも、採れてよかったよ。明日は色んな鉱石を採ろう。今度は皆一緒に入れるしな」
「うん! 大きさ比べもしようね」
数が少ない人が昼を持ち、大きさが一番大きい人は王都のドルチェを皆にご馳走してもらえるのというラウルの提案に、勝つのは自分だと自信のある俺達は乗ることにした。
王都に来るのはこれが最初で最後だろうなと複雑な思いを抱きながらも、せっかくだから一泊した翌日。
生憎の雨に見舞われながら行った採掘の結果は、数も大きさもラウルが一番で、その理由は一緒に採掘をしていてすぐに分かった。
描くのがとにかく速い。それを最小化してあちこちの壁にランダムで飛ばしていくものだから、俺たちの探査が間に合わないのだ。
採ろうとしたところを奪われるので、途中からはラウルから飛んできた魔法陣を相殺して、何とか守りつつの採掘で、ノエルは早々に品質のいい鉱石を探す方にシフトしていた。
「やったー! 僕が一番だね!」
「こら、ラウル。途中から俺のところばかり狙ってきていただろう」
「ふふ! だって、ソウルは鉱石に詳しいから大きい鉱脈をピンポイントで探すでしょう」
「うん。前に来たから、何の鉱石があるかは分かっているんだ。ベーリン石は大きなものが採れるし、欲しかったレッドスパイダー石も手に入れたかったからな」
石の特徴を絞ればその石のある場所を探策魔法で調べられるが、今回はここで採った鉱石の欠片もちゃんと持って来てあったため探知魔法を使えた。
そうして採ろうと描き始めると、小さな魔法陣が狙い澄まして飛んでくるのだ。
それがかわいい弟のものだと知った時の胸中を慮って欲しい。
固まって動けずにいた結果、一番大きな鉱石を奪われたのだ。
「ラウルツは容赦がないな」
「うん! 遊びだからね! 真剣にやらないと!」
「今日は雨で人が少ないみたいですが、周りの人に見られてましたよ」
「そうだよ! モルもっと言って!」
「いえ、あれは、大きな魔導石に驚いていただけですよ」
「私にもそう見えましたね」
いつの間に仲良くなったのか二人の執事に、微笑まれてしまえば、それ以上は何も言えない。
「分かったよ。王都で一番だって聞いた老舗ホテルのドルチェセットを奢るよ」
「わーい! ちゃんと聞いておいてくれたんだね」
「うん、ホテルの支配人に確認しておいた」
限定のセットは14時からで20食だから早目に行けば食べられる。
「楽しみー!」
「先に昼だな。ドルチェがソルレイなら俺が持とう」
昼の賭けは、品質重視に変えたノエルの負けだ。
「ノエル、ドルチェは、ベッタがトップに奢るだけだぞ」
「一緒に行く」
「うん、行くのは皆で行けばいいよ」
「そうか」
「うん」
ならば執事たちの分も持つのだろうと言われて、『うん』と更に答えて、ここで支払わないのは俺と俺の執事だけになる。会計もややこしいだろうと言われて『うん? そうかな』と言いつつ、丸め込まれるように会計を持つのだった。




