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研究室

 与えられた研究室は、広さも適度にあった。中央の大きな作業台は便利そうだ。魔導具作りに使おう。綺麗になった部屋を見てようやく息を吐いた。



 同じ研究をしていた先輩がいれば、その研究室を引き継げるため、備品申請をせずともある程度揃っていて、研究を始め易いと聞いた。

 そこで、俺とノエルは、それぞれ使いたい部屋を空き研究室の中から選ぶべく、春から見て回っていた。


 魔道具の研究者が、アインテール国で肩身の狭い思いをしているかと言われればそんなことはない。

 先生になる人もいるし、ちゃんと学校でも授業がある。魔法陣の授業時間が突出して多いだけで、他の授業より少ないということもない。


 このため俺が選んだのは、魔道具を研究していた研究室だ。近年はいなかったらしく、部屋の掃除から始める必要があったけれど、置いてある魔導石もあったし、資料も多いことが決め手だった。


「ソルレイはそこにしたか。ならば隣を使おう」

「4階も無かった?」


 最初は一緒に見て回っていたが、ノエルの使いたい研究室が一つも見当たらないために、教務課で鍵を借りて、分かれて探すことにしたのだ。

 見てくれと頼まれたこの階に、聖職者の使う魔法を調べた研究室はなかった。


「ああ。研究された形跡すらなかった」


 そうなると、どの研究室でも同じになるから隣の部屋を使うという。魔道具の研究室は、一番端で、5階は誰も使用していないことから他の研究生達とも会いそうにない。遅くなると廊下に日が差し込まず、なんとなく怖いから大歓迎だ。


「身体を修復させる魔法陣は難しいのにやるんだな」

「その分遣り甲斐がある」


 楽しそうに笑うのを見て、本当にやりたい研究なのだと分かった。


 ノエルは、授業で見た俺の魔法陣をいたく気に入ったらしく、研究テーマは、ポーションを超える魔法陣を作ることだった。


 エンデイ先生のライバルになるというわけだ。といっても専門で研究するのは、ノエルが初めてだ。『研究したい。いいか』と問われた時は、とても驚いたが応援したい。


「難題に挑むのか。ノエルらしい。俺は魔道具で頑張るよ」

「そちらの方がよほど難しくないか」

「落ちた身体の機能を補助して負担を和らげるんだ。あくまでも延命だから。ただ――」

「ただ?」


 そこから言葉は続かず、呑んだのに……。しっかりと見てくる目に降参して、伝えることにした。


「毎日、教会に行って回復魔法をかけたらどうなるだろうなって」


 少しずつ、悪い部分の修復はしないのだろうか。


「他者から与えられる魔法は、身体によくないからなるべくやらない方が良いと司祭は話していただろう」

「そうなんだよな。でも、魔道具も魔法陣も魔力で動く。出所が違うだけで、自然由来の魔導石か。魔法士・魔道士の魔力かくらいだ」


 教会に行く度に色んな事を教わっていて、それが今も続いていた。回復魔法は、死ぬよりはいいと行使するものだと教わった時は、目が点になった。それだとポーションと変わらない。


 魔法ではなく、魔法陣を使うほうが、時間をかけて緩やかに治すこともできるため負担が少ない。大国では、魔法陣で癒やすように推奨されつつあるという世界の動きまで教わっていた。


 教会には、他国に独特のパイプがある。各国の教会との連絡は密のようだ。


 それでもなんとなく、自然由来の魔導石を使う方がいいような気がしてしまう。長い年月がかかって石に魔力を貯める分、身体にも馴染むのではないかと思う。


「治したい相手の魔力に変換できれば、効果的かもしれない。若しくは近くする。適した魔導石も用意するからそれも試して欲しい。自然の鉱石と魔獣の体内で堆積した鉱物とも比べて」

「そういう重要な意見を廊下で言うな」


 そう言いつつ、複合魔法陣の一つで本人の魔力と交じり合わせる方法は試すと頷いていた。


 魔導石に魔法陣を描いたものも混ぜてもらおう。そうすれば俺の研究も捗る。

 実績さえ出せばいいのだから適した魔導石と適さない魔導石に魔法陣を書き加えて適するように改変した物の、魔法陣使用時における効果の比較データでもとっていこう。


 ゲートを作る時に、足りない魔導石はこの方法で解決できるかもしれない。そうなると辺境領に埋めた魔道具の量産も可能になる。


 あくまでも2年で結果が出ればの話だ。

 研究テーマを鉱石にしておいて良かった。魔道具ではないので、研究成果は数字で出せる。


「この階は誰も使っていないよ。本人の魔力が一番だろうから回復の程度の実験をするなら比べて教えて」

「ああ、そうしよう。ソルレイも魔道具を組み立てる過程で、思いつくことがあったら言いに来てくれ。魔導石に関しては、聞きに来る」

「分かった。協力できる部分は、お互い助け合おう」


 こういう話は楽しく、いつまでもしていたいが、現実逃避をするわけにもいかない。廊下から荒れた室内に目をやり、“大掃除”の文字が頭を巡る。


「ノエルの方ってさ……」

「さして変わらない。貴族は、片付けをできない者が多い」

「またそんなことを言って。できる人もいるよ」

 ミーナもロクスも貴族家だけれど、立派なメイドと執事だ。

「研究者は研究だけだろう。鍵を開けた瞬間に止めた部屋もあったからな」

「それは、……そうかもしれない」


 酷い部屋は省いたが、それでも汚いのは確かだ。これからお互いに掃除だけれど、二人で一部屋ずつやるか、それぞれやるかの話になり、お互いのメイドや執事総出で一部屋ずつやることを決め、とりかかるのだった。


 なんてことはない。ここまで物が散乱していると、俺達もできる気がしなかったのだ。


 助けを求めたメイド達主導の下、廊下に荷物を全て出す作業をやり続け、その後に部屋を清めた。ここまでやった時点で互いの部屋に分かれて作業だが、ノエルは棚を先に買いに行くと廊下に物を置いたまま出かけて行った。

 

 ある物でいい俺は拭き清め、数時間後には見違えるほどピカピカになった。なったのだが……。

 再び研究室に荷物を運び入れる際、要る物と要らない物に分けていったら気づきたくないことに気づいた。


「魔導石の魔力が少なすぎる。種類も少ない。魔石はあるか。ああ、これも駄目だな」


 棚にあったのは、何かに使ったのか魔力を計っても役に立ちそうにないことが判明した。魔石はあるが、質が悪い。


「このでかいのは、どうですか?」

 モルシエナが廊下からオブジェのような魔導石を動かす。

「計ろう。……あ、使える」

「よかったですね」

「うん、ありがとう」

「ですが、ノエル様の研究室の方が、あるくらいでしたね」

 ミーナのハズレを引きましたねという言葉に笑うしかない。

「本当だよ。綺麗にした後だと他の部屋に移る気もしない」


 とりあえず、使える魔導石を幾つか作業台に並べてもらい、魔力を補うために手を置き魔力を込めてみると、弾けて砕け散った。コロコロと破片が作業台に転がる。


「「「ソルレイ様!」」」

 心配されたが怪我はない。

「大丈夫だよ、魔道具もあるから。それにしても。経年劣化か」

 ため息が出た。

「いえ、言いにくいのですが、魔力の込め過ぎのように見えました」

「「…………」」

 なんとも言えない空気に早々に謝った。

「ごめん、一つ減ってしまった」


 魔法陣を描くべきだった。

 ロクスが買い付けに行って参りましょうかと申し出てくれたが、助手でもないのに申し訳ない。


「いや、採りにいく。こうなったら早い方が良い。ノエル様と約束をしていたんだ。アインテール国内にあるレジャー施設の鉱山は、いくつあったかな」


 知っているのは、一つだけだった。ロクス達に知っているか尋ねると、授業で行ったことがあるらしく頷いた。


「二つでございますね。一つは王都にございます。完全に観光用です。もう一つは――」

「財務派閥の長である公爵家のジルドール様の領地ですわ。ソルレイ様、こちらに行かれませんか」

 ロクスを遮ってまで言うので驚いた。その顔は能面のようで、とても勧めてくる態度ではない。

「ミーナ?」

「前にグルバーグ家にいらっしゃったことがありますわ。利用料金は高く、時間制です。偶に貴重なものが見つかるそうですわ。それで領内を潤しているとお聞きしました」

「ああ、あの感じの悪いお客人か」


 モルシエナも知っているようだ。

 ミーナはその人が嫌いなのかと聞いてみると、お爺様に対して失礼な物言いをしていたとメイド仲間から聞いたらしく、腹を立てたというので、お礼を言った。


 ただ経営の観点から見ると良き領主な気がする。領民からではなく、遊びに来た人に落としてもらうというのは理に適っている。遊びに来た人は裕福な人だろうから喜んでお金を落としているんだ。


「せっかくだから両方行きたいな。ノエル様に声をかけておくよ。ラウルも一緒に連れて行くからアリスにも伝えておいて欲しい」

 先に帰って休んでいいよと伝える。

「「かしこまりました」」

 モルシエナを残して二人が帰って行った。

「モル、前に来たって、何かあったのか? 」


 ミーナはよく笑う女性で明るい。嫌がらせでも受けていたのだろうか。魔導石を壊さないように魔法陣を描いて魔力を調節して込めながら覚えているかを尋ねた。


「勝手に母屋に入ろうとした客人が一人いましたよ。そいつの親の友人だったと思います。気づいたルイスが止めて、メイドのフランがアイネ様に言ってくると走って行きましたね」

「そうなのか」

「ラウルツ様が、玄関に行くよと仰ったので向かいました。カルムス様やダニエル様が来るまではと思われたみたいですね」


 危ないことをして……。

 そうは思うが、誇らしくも思う。家族を守ろうとしたんだな。


「モル、ありがとう。苦労をかけるね」

「いえいえ、楽しいもんですよ。ミーナは、沢山鉱石を採って困らせたいんじゃないですか」

 毎夏の思い出は、帰ってきたらすぐに使用人の皆に、とても楽しかったのだとよく話したものだ。

「アハハハハ。それなら頑張らないとな。いっぱい見つけるよ。護衛は宜しく」

「ハハ。お任せを。ベンツにも頼まれています」

 ドンと胸を叩く。

 それに、と続けるので促すと、ラウルに、自分よりソウルを守ってと言われていると聞き、ラウルは、モルから見て強いのかと思わず尋ねてしまった。返ってきた笑みに、俺も強いよと張り合い、違う意味で笑われるのだった。

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