居心地のいい初等科の書庫室
ベリオールは、週末の面接で一人か二人を雇おうとラウルと話した。長く働いてくれる人がいい。が、まずは、一生懸命に働く人で故意にさぼらなければそれでいい。
売上金を扱うため、一人に任せるより複数人に任せた方が、問題は起きない。互いの存在が、魔が差してしまう抑止になる。
ひとまず、カフェは順調だ。このままいけばいいな。
2年の間にすべきことが決まっていることもあり、一覧にしてある。
終わればチェックを入れる簡単なスケジュール帳だ。ゲートの作成は、研究の合間に無理のない範囲でとりかかることにした。
今は手持ちの鉱石も少ない。
辺境地やグレイシー領の領地に魔道具を埋めたことで、特級や一級の魔導石がごっそり無くなったが、こればかりは仕方がない。そうは思いつつもグルバーグ家から持ち出した魔導石もビアンカ達の領地にも埋め終わったらなくなってしまうことに落ち着かない。
屋敷と別荘を入れ替えた時に持ち帰ったものだからグリュッセンに行けばまだあるけれど、手元にないことが何とも心許ないのだ。魔道具を作る人なら分かってくれると思うが、常に頭の片隅に気にかけている状態だ。
高値で商業ギルドから買い付けるか、依頼料を支払い誰かに頼むか、自分で採るかの三択だが、研究者である内は自分で採掘することに決めた。自身の貧乏性に苦笑いだ。
「早くノエルとラウルと鉱石を取りに行こう」
遊び感覚でもいいから手に入れたい。何か作りたい。
目標のゲートの魔道具は、製作することさえ禁じられていないものの、作り方は秘匿されている。このため実質的には、作り出すのは不可能だ。
しかし、やらかしてくれたレディスク家の学長のおかげで、実物を見ることができた。あれは正に行幸だった。
それでも一部の仕様で不明点もある。特級の鉱石に直接描き込み組まれた魔法陣の持つ効果が今一つ分からなかった。
恐らく、足りない鉱石の代わりを担わせるために、代用した特級の鉱石に魔法陣を描き込んだのだろうが、本来いるはずだった鉱石が何だったのか分からないのだ。
その調べ物をしたいと思っている。
「相談するならソフィー達だな」
寮から近い高等科の半円状の丸みを帯びた外観の図書館を横目に初等科の図書館へと向かった。ソフィーとエルマが司書としていてくれる初等科の方が専門書を読める。
それに高等科で禁書に指定されている本の一覧も教えてくれる。本の題名が分かれば、案外手に入るものだ。
エルマの書いてくれた紹介状で行った本屋は、毎年自分たちの為と、教会用にかなり購入していることもあり、禁書指定の本も伝手をあたって用意してくれる。
本当にまずいものは、王都や城で保管されているそうだ。
二人は、お爺様より下の世代になるが、エルマが初等科の一年生の時、お爺様は高等科の一年生だったそうで、わざわざ高等科まで顔を見に行ったそうだ。
グルバーグ家ってそんな感じなのかと驚いたことを覚えている。社交界に出ないからレアキャラ扱いなのだろう。
お爺様とラウルを連れて文化祭を見て回り、書庫室まで挨拶に来たことが嬉しく、握手を快くしてもらったことで、憧憬の念が蘇ったと言っていた。
そんなこともあり、書庫内にある禁書庫への出入りも自由になった。ラウルは入り浸って高度な魔法陣が描かれた本ばかりを読んでいるそうだ。
近道をすれば、この春に入学した真新しい学生服を着ている初等科の子達が、移動教室に向かって渡り廊下を歩いているのを見かけた。案外、新しい当主になった子も頑張っているのかもしれない。
勝手知ったる図書館内の書庫室入口で、本の修復作業をしていた二人に声をかけた。
「ごきげんよう、ソフィーさん、エルマさん」
「その声はソルレイ様ですわね。切りのいいところまで待ってくださる?」
「今が大事なところですの」
「もちろんです」
顔を上げずに真剣な表情でそう言った二人は、拡大鏡を使って、破れた紙に描かれた絵の部分をピンセットで位置を合わせる一番大事な作業中だった。糊付けはもうしているらしく、重ね合わせたら木片でそのページだけを固定し乾かす作業になる。
それにしてもまだ夏前なのに、作業台に積み上げられた修復用の本が多いな。入学したての頃はやってしまうとは聞いていたが、それにしても多い。終わった本は、作業台の後ろに置かれている。合わせるとかなりの冊数だ。
「多くて驚いているのでしょう?」
先に作業が終えたエルマに優しく微笑まれた。顔に出ていたようだ。
「まだ学校が始まって2週間ほどですよね」
「ええ、そうなの。公爵家のお坊ちゃんがお二人、入学されましたの。見苦しい本の取り合いをなさって。こんな酷いことになりましたのよ」
同い年だから何かと張り合うのでしょうけど、本に当たらないで欲しいわと、彼女にしては珍しく怒っていた。二人だけでこの量をやったのか。投げ合いでもしたのだろうか。
「修復できそうですか? 良ければ、買い取って教会に寄付しましょうか」
教会の子達には、専門書だからつまらないだろうか。教会関係者の人には喜ばれるかもしれない。そう思いながら尋ねると、目の端の皺を幾重にも寄せて笑顔を浮かべていた。
「その申し出だけで十分ですわ。お金で何でも解決できるとお思いのお二人も『買えばいいのだろう』『平民の図書館におけばいい』と仰ったの。ですから、『買い直しは致しませんわ。先輩方にも知られて恥を覚えて下さい』と言い渡しましたの」
ふふふと笑う。内容と違って、その笑い方には、気品があって嫌らしさの一片もなかった。
「アハハ、良い案ですね。誰がやったのだと噂になるということですか。それならその修復を手伝います」
「ありがとう存じます。意地で言いましたけれど、多いわねと二人で嘆いていたところですのよ」
「ええ、本当。相手を困らせるために、何冊も積み上げてお読みになるから他の方にもご迷惑ですとお諌めしていたのですけれど。思い切り引っ張り合ってしまわれたので、何冊も被害が出てしまって……」
表紙だけの被害は、張替えの専門業者に出したそうだ。
「手先は器用な方です。三人でやれば早いですよ」
空いている作業台に高所の書棚にある本を取るための三脚を置き、そこに腰かけて始める準備をするとソフィアをエルマが可笑しそうにしていた。
3人で並んで作業をしていると、休み時間に勉学に熱心な生徒が本を紹介してもらおうとやって来た。
「ごきげんよう。詩の参考になる本をお願いしますわ」
金髪の少女は髪を三つ編みにしていた。髪が傷むのが嫌な女子は、大抵一つで緩く括るため不思議な感じがした。
「そうねえ。どういったものをお探しかしら。沢山載っている本がいいのか。創作の仕方のヒントになる方がいいかしら」
「そうですわね。どちらも借りたいですわ」
「でしたら詩集と入門の書が宜しいわね」
てきぱきと対応するソフィアは、とても楽しそうだった。懐かしい光景に初等科の1年生の時を思い起こさせた。
対応はできないのだから。その分、作業をしようと、再び本に手を伸ばす。
集中してやっていたらしい。3冊を修復し、4冊目をやろうという時にソフィアと手が同時に伸びた。
「これで最後ね」
「明日も修復本が出るかもしれませんよ」
そう言って、仕事を奪うと笑ってくれた。
「ソルレイ様、遅くなりましたけれど、ご用事はどういったものでしたの?」
「あぁ、そうだった。実はゲートを作りたくて」
学長のミオンが作っていたことは知らなかったようで驚いていた。仔細を知らずにいつもよくしてくれていたことに心が温かくなる。
作業をしながら、禁書庫内を探してもいいかを尋ねた。
「宜しいですわよ。魔道具の本は少ないですからね。すぐ見つかるはずですわ」
「ええ。書名でそういったものはございませんが、記述がある本もあるはずです」
纏まっておらず、何冊も読むことになるかもしれないけれど、と付け加えられたが、魔道具の本なら寝る前にも読むくらいだ。苦ではないので、のんびりと二年がかりで探すつもりだ。
「楽しみです」
「ソルレイ様は本当に魔道具がお好きなのね」
「レイナ様に似られたのかしら」
急に上がった名前に驚いた。
「よく魔道具の本はないかしらと探しておられたと」
「そういえば、高等科もカインズ国にあるカインシー貴族学校に通いたいと仰ったとか。風の噂で聞いたことがあります」
結局、グルバーグ家の伝統通りに高等学科へ進学した。
「お二人は、母が学生だった頃からここで司書を?」
「いいえ。まずは、専門の試験を受けて公爵家や侯爵家の書庫室から始まるのですわ。認められて、推挙されれば、こういった蔵書の多い学校の司書になれますのよ。ここでキャリアを積んだ先にいらした方からお聞きしましたの」
エルマは嫋やかに笑みを浮かべ、その方は王宮の書庫室管理の一人になったという。二人は、推挙をされたこともあるが、学生の力になりたいとここに残っているそうだ。
「そろそろ後進に道を譲らなければとは思っているけれど、好きだからやめられなくって」
「困ったおばあちゃん達でしょ」
「ふふ」
「それなら続けて下さい。もう初等科の生徒ではありませんが、いて下さると嬉しいです。話しかけやすい空気を纏うお二人に学生たちも感謝していると思います」
「まあ、また続ける理由ができたわ」
「本当ね。当分はいましょうか」
終わった作業本を乾かすために磁石の埋まった木片で挟む。ピンと紙が立つ。それを見て背筋を伸ばす。ついで腕も伸ばしてストレッチだ。
「よし、終わった」
「「ありがとう存じます」」
「いいえ、いつもお世話になっていますから」
二人と話していると、大ごとの話も人生における小話くらいに思えてしまう。いい気分転換になった。
「鍵をお借りしますね」
「「ええ、どうぞ」」
禁書庫に入るための鍵を借りて、魔道具の本がある辺りを探す。気になる題名があるとどうしても読んでしまうため、ゲートを作る作業は、中々進みそうになかった。
そうして、ラウルの学校が始まる夏まで、毎日のようにここへ来ては禁書庫内に座り込んで本を読み漁るのだった。




