エリドルドの見極め 前編
翌日の早朝ーーーー
ディハール国に向けて出立すると、多くのスニプルが曳く車も並走するように走っていた。その速さにつられてこの車のスピードも上がっていく。
固まって走らせるほうが、盗賊の被害を受けにくく安全で、狙われることの多い貴族は割に一緒に進むことがあるらしい。車のようにナンバープレートがあるわけではないが、車体の様式や家紋を入れている貴族家も多く、たとえ、どこの誰と分かっていなくても貴族同士だと分かれば並走はいいと聞き不思議な気分になる。
貴族だと走る順番まで決まっていそうだから、意外だった。
「お爺さん、休憩も一緒にとる?」
「む? 休憩は分からぬが、野営は同じ場所ですることになろうな」
「ん。分かった」
この方角だと目的地は同じディハールだもんな。
それなら挨拶はできないとまずいな。向かいに座っているダニエルを見ると、どうしましたか? と、目で問いかけられる。
「ダニー、貴族の挨拶の仕方を教えてくれる?」
「ええ。いいですよ」
ふわりと微笑む。
「ありがとう。でも、一人だと自信がないな。ラウルも一緒に覚えてくれる?間違ったら間違えているよって教えて?」
「うん!いいよ!」
優しいラウルにお願いと、笑いかけてからダニエルに頷き、教えてもらう。車内で座ったままだが、知っているのと知らないのとでは雲泥の差だ。休憩の時に何回か練習すればいい。
「手に、あなたを害する武器は持っていませんと示すために相手に利き手を見せます。指は揃えてください。それから利き手と反対の肩に手を置きます。相手を見て名前を言い、一礼です」
ふむふむ、簡単だからここでやってみよう。
「ダニーありがとう。……ソルレイ・グルバーグです」
「うむ。いいできじゃ」
「はい、合格です。ラウルツ様もどうぞ」
「うん……ラウルツ・グルバーグです!」
「ハハハ。かわいいのう」
「はい、とても可愛らしい挨拶でした。合格です」
この車内は激甘な人間率が高いので、カルムスを見ると笑いながら「合格だ」と言われほっとした。
休憩の時に立って練習をすると姿勢を直された。背筋がよく見えるように挨拶をする時は気をつけよう。
体を動かしていないと却ってしんどいので、ラウルとジャンプを10回跳んで骨盤の位置を正常な位置に戻してから走り回って遊んだ。
警護されている範囲内だが、身体をほぐしたい。ラウルはまだ小さいのでストレスを適度に発散させないと。整備されている道ではないので割と揺れるのだ。大人でもきつい移動だ。
呼ばれて再び馬車に戻った。
スニプルたちが疾走してくれたからか。
休憩を長めに取っていたらしき貴族家の一団に追いついた。気づいたカルムスが他の車にグルバーグ家だと告げた。
これはそうするのがマナーなのだそうだ。この車にはグルバーグ家のエンブレムがついていないから報せる必要があるらしい。
そうすると辺境伯家より下に位置する貴族家が挨拶に来るので、向こうの挨拶を受けてから挨拶を返した。
ひっきりなしに来る貴族のおじさん達の挨拶をラウルと共に卒なくこなしてると、
「次は先に挨拶だ。きっちり目でな」
わざわざカルムスがそう言うので、何かあるのだろう。姿勢を正して挨拶をした。
「これはご丁寧に。して、ラインツ様。このように可愛らしいお子さんがおいででしたか?」
「バカを申すな。私の子ではない。孫だ」
「え⁉ レイナ様の⁉」
「エリドルド、その方は声が大きいのう。社交界でもすぐに分かるその声の大きさはなんとかせよ」
「あ。いや、これは失礼を。しかし、驚きましたな。レイナ様はどちらに?」
周りを探すように目を動かしている。
「すでに亡い。この子らが忘れ形見なのだ。故、アインテールに連れて帰るところだ。ラルド国のことは耳にしておるか?」
「はい。風の噂で…ドラゴンの群れに襲われたとか……まさか……。このような場で申し訳ありません。お悔みを」
痛ましそうに目を伏せる。
本当に哀しんでいるようにも見えるが、貴族は上辺を取り繕うのが上手いと言うので、俺には見抜けそうもない。
「ありがとう。レイナも喜ぶだろう。私も傷を負って伏せっていたのだがな。この子らのおかげでまだ死ねぬと死の淵から黄泉帰ったのだ。此度は数が多くて手に余ってな。伏せっている間に王もいなくなっていた」
「なんと⁉ 王が国民を見捨てて逃げたのですか⁉」
大きな目を更に見開いていた。
無事に国から脱出することばかり考えていたから気づいていなかったが、俺たち平民は全員見捨てられたのか。
ラウルが辛くないようにこの場を離れるべきだろうか。




