暮らしていくための新事業
「 突然なんだけど、皆には、ベリオールの店で少しの間、働いてもらいたい。ベリオールは、女性をターゲットにしたケーキカフェだ。元手が半年で取り返せるように、金額は小金貨 3枚に設定してある」
春、いつも通りに動いてくれているロクスやミーナ、アリスにそう告げた。驚いているロクス達に事の仔細を説明しなければならない。何とも格好悪い話だが仕方がない。
カフェの金銭管理を任せたいのだ。これには、色々と訳があった。
まず、領地も無くなり、税も入ってこない。稼がないと生きていけないことから新事業をラウルと話し合って、ケーキを出すカフェをやろうと決めた。
2年の研究で、製菓に特化した魔道具も作る予定だ。
ひたすら混ぜるとか単純作業の魔道具だ。
これでホイップや、タルトの生地作りは楽になると思う。そういう計画はすぐに立てられた。問題は人材だった。
「今からお店について説明するね。座って」
ソファーに全員座る。
「ケーキカフェをすることしたんだけど、困っていて……」
まず、ベリオットハウスは、友達のフォルマの領に移動させたことを話した。一次産業では厳しいことから、ベリオットを使った商品を考えたこと。
その延長上にケーキ屋があり、カフェがあった。
そして、ケーキ通りに店をオープンをさせるべく、店舗を確保しており、内装も既に整えてあることを伝える。
中はオシャレ可愛い仕様にしてある。
店に入ると虹やウサギ、クマやネコ、イタチが可愛くデフォルメされて遊んでいる絵が描かれている。
真っ先に目が入るここは持ち帰りのケーキ売場。
左が店内になっている。
丸い木のテーブルに深緑色の脚のおしゃれなカフェテーブルに白とピンクのテーブルクロス、真ん中には黄色い花が置かれる。
食器は春夏が硝子食器で、秋冬が陶器の白だ。
隠れウサギなどの仕掛けがある器やグラスで客を楽しませるのだ。
教務課の職員のお父さんに注文をしに行った。とても喜んで作ってくれた。それを使う。
「売上金の回収は、商業ギルドのカードに自動で振り込まれるんだ。だけど、税務上、帳簿の問題が出た。パティシエは、すぐに確保できたんだ。でも、売上計算ができないらしい」
腕がまだまだでも真面目で守秘義務を順守できる人を商業ギルドで募集したが、応募人数が多かったため、選考に残った素直な人をラウルと選んだ。
いくつもの特許技術やケーキ作りの製法が絡んでくるので、5 年ごとの契約更新制で店を辞めても守秘義務は続く。
長く働いてもらえると嬉しいが、独立するのであればそれはそれで仕方がないことだと思っている。
主になるケーキを作る責任を持つ統括パティシエは、永年雇用で、こちらは応募が殺到した。
どうやら、雇用主が貴族だとばれたらしい。
最初は、人を紹介する斡旋ギルドにぼやっとこういう人が良くて、新規オープンの店でと伝えて人材確保に動いていたのだが、横槍が入った。
商業ギルドが、『パティシエならうちの方が人材はいますよ』と、乗りこんできたのだ。
ギルドというのは、会員から会費を貰う場合もあり、斡旋ギルドは、紹介が決まった時点での紹介料が発生するだけなのだが、商業ギルドは、年会費を支払う為、店を畳む時には会員になった歳月に応じて慰労金が支払われたりする。
保険の様な意味合いもあり、また店が潰れた時の助け合いや協賛費などもある。
俺は保守的なため、またベリオットハウスをグルバーグ家所有の財産からラウルとに共同名義に移し、個人経営になった。そのこともあって、商業ギルドの会員になっていたのだ。が、そうなると商業ギルドが黙っていなかった。
「どうして!うちに最初に話を持って来てくれなかったのですか!?」
血走った目の職員に言われ、ラウルと相談をし直した。若いパティシエは、斡旋ギルドから取り、数を入れると約束をして、商業ギルドの方では、力のあるパティシエをと募集をかけ直すことになったのだ。
正直、二度手間だった。忙しい中で振り出しに戻った。
大店や、長く菓子店で修業を積んで独立を考えているパティシエや、店からうちにいい子がいるんだけど、ということで面接をしてもらっていたのだが……。
面接の過程で、面接を受けにきた人達からオーナーはどういう人ですか? という質問をされることもあり、菓子コンクールで優勝実績のある人だと話したギルド職員により、あっという間に特定されたらしい。
貴族が店を運営すると、経費は潤沢だと思われる様で、『そんなことはない、カツカツだ』と言ったのだが、時すでに遅し。人が殺到したのだ。
永年雇用も珍しいらしく、働けるまで働くというのも魅力的だったようだ。
「というわけで、パティシエ達は新しい製法の菓子店兼カフェということでやる気もある人達なんだけど、店の接客をする人って、ライバル店からの送り込みもあるみたいなんだ。信用できる人を採用するまで、皆に簡単な計算をして欲しいんだ」
「働いてもらうって言っても長くて4時間の二交代制だからね。お給料も別で出すからお願い」
俺とラウルが頭を下げて説明をすると、快く、分かりましたと引き受けてくれた。
「「ありがとう」」
「授業や研究室におられる間、手持ちぶたさを感じるところでした」
「どうするか話していたのですよ」
メイド同士でそういう会話があったと分かりほっとした。
「1ヵ月後にはちゃんと入れるから」
「本当にごめんね」
こうして急遽、貴族が経理業務を行う謎なカフェが始動することになった。
オープン前には、ノエルや親しい友人を招き、味を見てもらい、お墨付きを貰った後にプレオープンとした。
初等科でラウルとお世話になった先生達を招こうと招待状を送り、その後、元レリエルクラスのクラスメイトたちの家にも『良ければ来て欲しい』と招待状を送った。
当日は、沢山の人が来てくれた。ラウルとお礼を言って、回ると、知らない人がいることに気づき、ラウルを見ると、俺を見ていた。
どちらも知らない人のようだ。
「ごきげんよう。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「今日はプレオープンだよ。招待状はあるかな?」
「「ええ、勿論ですわ」」
見せられたのは、俺が元クラスメイトに送ったものだった。カインズ国の貴族学校に行っている同級生だった子の家に宛てたものを持っていることに驚いた。
「本人がいないため、私が来ましたの」
「しっかりお味見させて頂きますわ」
姉妹が来たのか。
最初は、困惑していたが、友人は誘っていないようだ。数もあるし、いいかと振る舞った。
その場を離れると、クラスメイト達が、寄って来て耳打ちしてくれた。
「単なるお菓子目当てですわ」
「婚約目当てではないと思いますが、一応気をつけた方が良いですよ」
教えてくれたので、余り関わらないように気をつけた。
ラウルもラッピーことラピスや、ミューことミュリスも呼んでいたのだが、会話を聞いていると3人は仲が良いようだ。
未だにラッピーと呼ばれていることには驚いたが、本人は嫌がっていない。ラピスもミュリスも俺に丁寧な挨拶をしてくれたので、必要ないよと笑った。
ラウルがクラスメイトを呼ぶと、他クラスの女子が激昂する可能性があるのでやめたと二人から聞いて分かり、俺は複雑な気持ちになった。
グリュッセンにいるアイネに申し訳ない。
やっぱりもてるのだろうな。
金髪に天然パーマがふわっとしていてくりっとした目が可愛い天使だったのだが、初等科の2年生までは美少年で、今は美青年といった具合だ。
元レリエルクラスの女子達からチラチラと見られている。ラウルはもう可愛いから格好良いに変わったのだ。
ケーキは小金貨 3枚からという値段の高さだが、生クリームの美味しさに感激したと女子達が言うので成功しそうだ。
辺境領では、脂肪分の多い生クリームは、手に入れようと思えば手に入るが、需要がない。
意外にも王都の菓子店では、色目からカスタードクリームの方がよく使われる。
縁起のいい色で卵を使う贅沢品とされているからだ。
だから、他の領の菓子店でも倣って、カスタードクリームが多い。流行は王都から齎されるもので、似た商品を作るのだ。逆にベリオールでは、カスタードクリームは余り使われない。
ベリオットのショートケーキは正方形で提供され小金貨 5 枚もする。
その上、持ち帰りは一人2つまでと個数まで決まっている。プレミア感を出している限定商品だ。
プレオープンでは、皆に食べてもらった。
美味しいと言ってくれたが、高い。売れなかったら食べてしまおう。
春の日差しが柔らかく地面を照らす気持ちのいい今日は、ベリオールの開店日だ。
俺とノエルでどんな感じだろうなと通称ケーキ通りへと向かった。
学校のある領の隣の領で、街は隣接しており歩いてでも行ける距離だ。
空気も澄んでいる朝の涼しい時間なので、せっかくだから歩いて向かうことにした。
「ついて来てくれてありがとう」
「息抜きだ」
「ハハ、そうか」
「ラウルツはどうした?」
「調べものだよ。魔法陣が好きだからな。初等科の禁書庫を内緒で開けてもらってるんだ」
眉を上げるので、名目は本の整理だということにしてあると補足を入れた。
「ならば問題はないか。後でどんなものだったか聞きに行く」
「ハハ。言っておくよ」
のんびりと目的地に向かって歩いていた。春は、軒先にも色んな花が咲き乱れていて、目を楽しませる。サクラに似たあの花は、アーモンドの花だ。俺とラウルの好きな花だった。
「あ」
「…………」
ケーキ通りの角の店に行列ができている。
ベリオールだ。よかった。
「やはり心配はいらなかったな」
「逆に違うことが心配になるよ」
高いケーキでもやっぱり富裕層は買うんだな。一応ターゲット層は決めてあったけど、行列を見て安心できた。
「小金貨5枚もするのに買うのか。売れればいいなとは思ったけど、それ以上だ」
「舌触りの軽さと果実の香りが良くて驚いた。ジェラードが発表された時は、金貨 1 枚だったという。安いものだ」
「いや……うん、比べられると分が悪い気がするな。冷菓自体がなかった時代だろうから」
ジェラードの値が落ち着いて、今の銀貨 2 枚になるまで 100 年の月日が流れているのだからこれで安泰だと言われて落ち着かない。
「まだ初日だ。目新しいんだと思う」
「謙遜も過ぎると嫌味に変わる」
「え? ああ、ごめん。いや、ありがとうだな。上手くいくって言ってくれてありがとう」
笑ってお礼を言うと、ノエルも少し口角を上げていた。
あの行列に並んで買ってみたい気もするが、従業員たちをいたずらに緊張させてしまうのもな。
「帰ろうか」
「念のために違う店を敵情視察すべきだ」
冷静に言われ、確かに必要だと頷いた。
これがラウルと俺の生活費になるからな。領地の無い貴族になったのだ。稼ぐ手段は大事だ。
「心配しなくとも、シエルは未だに並んでいるぞ」
「え? ノエルも常連だったりするのか?」
芋好きなのは、クライン先生くらいだと思っていた。
「買わなければ食べられないのだからそうなる。それともソルレイが作ってくれるのか」
「そりゃあ、よっぽど忙しい時でないなら作るよ」
ノエルは、大切な友人だ。そう言うと、目をパチパチとさせる。おお。久々だ!
「今までも作っていたつもりだったけどな。 そんなに驚くとは思わなかった」
高等科に上がってからは、なかっただろうと言われ記憶を辿る。
ん? 何回かあるよな。
「プリンが食べたい」
「ああ!」
プリンか。そう言えば気に入ったって言っていたな。ノエルの為に作ったプリンはこの世界ではまだなかった。
シエルの店では甘藷のプリンがある。
味は違うが、それを食べて紛らわせていたのだろうか。
「いいよ」
「そうか」
ノエルが見たことのない満面の笑みだった。もっと早く言えばいいのに。ノエルの性格的に言い辛かったのかもしれないな。お洒落な落ち着いた店に誘われて入った。外観がバーのようだったが、中に入ると間違いなくカフェだった。
「クラインからここが美味しいと聞いた」
「そうなの? というか、ノエル。先生を呼び捨てはまずいよ」
「もう卒業したので良いだろう」
「え!? 先生は先生だろう」
案内されてオープンカフェの人目のつかない場所に腰を下ろす。
卒業しても先生はいつまでたっても先生のような気がするが……。
面倒くさそうに言われたので、ノエルからしたら敬語とかも嫌だったのかもしれない。
「美味しいカフェを教えてもらったんだから、先生ってつけてあげてよ」
「ソルレイの役に立つかと思って聞いただけだ。グルバーグ家のことでは力になれなかったからな」
よほど驚いた顔でもしていたのだのだろうか。不思議そうに言われた。
「ラインツ様には、世話になった。よくしてもらったのだから何かしたいと思うのは当たり前だ。このようなことを望んでいなかったはずだからな」
そうだよな。うん、きっとそうだ。その言葉に目が潤みそうになった。
「アインテール国の大半の貴族は、お爺様にありがとうって言わない。お爺様がいなくなって、困る、どうしようってそればかりだった」
悲しむ人もお礼を言う人もほんの一握り、10 人もいなかった。
領民や辺境の領主達だけが悲しんで、墓前に手を合わせに来てくれた。
あの時こうしてもらった、ああして助けてもらった、まだ恩を返せていないのにと嘆いていた。
知らなかったお爺様の話を沢山してくれたのだ。自然とこの人達を守るために動こうと思えた。
「そうか。自分のことで手いっぱいなのだろう。それだけ影響力のある偉大な人が亡くなったということでもある。だが、魔道士として優れている以上に、人のことを気に掛ける優しい人だった。ソルレイもラウルツも似ているところがある」
「そうなら嬉しい。ありがとう」
「ああ。ここは、タルトが有名らしい」
「そうなんだ。どれにしようかな」
悲しむのも少しずつ終わらせないと、お爺様も天国で悲しむ。
気持ちを切り替え、メニューに視線を落とした。二人でメニューを見て、カラマンダリンのチーズケーキタルトレットと時期的に最後かもしれない。まだあるリンゴのタルトレット。同じベリオットを使ったダブルベリーのタルトレットを頼んだ。
頼んだ商品の価格は、どれも銀貨6枚だ。
お茶は別料金で銀貨 1 枚、たっぷりとダージリンティーがポッドに入っている。
カップの数を聞かれる。
二人でシェアすることもできるのだ。
「二つで」
「かしこまりました」
給仕の女性が下がってから小声でノエルに伝える。
「ベリオールは高すぎるかも。ここは高いケーキでも銀貨8枚みたいだ」
5倍の値段に自分でもまずいと思い声が小さくなる。
「あちらはどのケーキも見たことがない。食べたことのないものだ」
「うん。そこは拘ったよ」
俺とラウルの生活費を稼がないといけないのだが、パティシエに払う給料や使用人達の給料もあるのだ。
だから、春のこの時期に取れるピスタチオのムースは葉っぱの形でちょこんとドーム型のケーキの一番上に乗せるなど、ケーキのデザインにも拘った。
中はコーヒーを含ませたスポンジと、ベリオットのムース、コーヒークリームで真ん中にピスタチオの角切りジュレが入っている。
ベリオット自体は、ラズベリーとイチゴの間の味なのでカカオとも相性がよいため、ベリオットと生クリームがサンドされたクルミ入りのカカオケーキに薄く生クリームを塗り削ったホワイトチョコレートを羽根のように削ったものもある。
ベリオルレットと名付けたタルトは、円形の蓋付きタルトでカンカン帽のようなタルトの蓋を持ち上げて外すと、薄いジュレでコーティングされた生のベリオットがどっさり乗っている。
蓋を開けると零れ落ちるのだ。楽しさをプラスしている。
円形のタルト台の上にアーモンドプードルの生地が乗り、マーマレードジャムを塗り、薄く切られたベリオット、その上にカスタードクリームと生クリームその上にベリオットが乗る。
チーズケーキは、秋冬はりんごを焼きこんだクラフティー風のベイクドしたチーズケーキで、春夏はマスカットがたっぷりのレアチーズケーキになる。
どちらも果実たっぷりのハートの形で作られたケーキだ。
ベリオールは四季で限定のケーキを 1 つずつ用意しているのが特徴だ。
この春はチェリーを使った“タワーチェリー”と名付けられた縦長のスクエアケーキが季節限定だ。
「大丈夫だ。ソルレイの作る菓子はうまい」
王子の微笑みで返され、照れながら頷いた。
給仕が運んでくるのが見えたので、会話を止め、視線をそちらにやる。
背筋も伸び運ぶ仕草も安定している。手慣れているので、働いて長いのだろう。
ベリオールで働く人たちは、今頃大丈夫だろうか。少しだけ不安になった。
「お待たせいたしました」
テーブルに置かれていくタルトを眺める。
よし。うちの方が、使っている果実の量は多いな。
「ソルレイ、食べたいのはどれだ?」
「味を見たいんだ。一口ずつくれるならノエルが好きな物を選んで大丈夫だよ。でも、タルトはベリーを使っていて被るから食べたいな」
全部半分ずつでいいか尋ねた。
「分かった。そうしよう」
「どうぞ」
綺麗には切れなかったが、皿に分けた。
「ベリオールと食べ比べだな」
検分するようなゆっくりとした咀嚼に、困って視線を下げた。
「うまいが、ソルレイの方が上だ」
「ふぅ、ありがとう。緊張したよ。でも、値段が 5倍だからなあ」
「貴族はうまい方がいい。自信を持て」
「うん」
頷いて、俺も食べて味を確かめる。
うん、大丈夫そうだ。
これに関しては、うちの方が美味しいな。
「ソルレイ。次も味を見るぞ」
2つ目のリンゴのタルトも運ばれ、食べた。
食べる瞬間を給仕した店員に見られた。
わざわざテラスまで来て、逃げるように引っ込んだのを見て、“あれはわざわざ見に来たな”と気づくのだった。
この店には、もう来られないかもしれない。
タルトやパイがケーキと認識されているこの世界なので、値段は、高いけどなんとかやっていけそうだと分かった。
カラマンダリンのタルトが一番美味しかったと話しながら店を出た。
ノエルが持つというので、駄目だと言って割り勘にして貰った。
腹ごなしに、噴水のある公園まで歩いた。
「ソルレイ。研究だが、鉱石の発掘はどうする?」
「予算を聞きに言ったんだけど、研究生だと予算の際限がないって本当だったよ。他国の滞在費も全部出るよ。そういえば、アインテール国にもお金を払って採掘するところがあるんだけど、行ってみる?」
近場すぎるかなと笑う。
「前にディハールで行ったやつだな」
「そうそう。マリーと行った」
「相当採っていたがコツでもあるのか?」
「アハハ。えっと……怒らない?」
「怒るようなことなのか?」
「……怒ると思う」
「……ふむ。怒らない」
怒らないと、言われたものの逡巡する。捕まることはないだろうが、アヴェリアフ家には言い辛いものがある。
「怒らないと言った以上、怒らない」
もう一度言われたので、顔を見ずに言う。
「魔法陣で採掘したんだ。これ、駄目なやつだよ。ごめん」
「なぜ、俺が怒ると思った?」
よく分からなかったみたいで、首を傾げていた。
「ルールには書かれていないけど、他の国で、魔法陣は止めてくださいって言われたんだ。俺もルールに書いてなかったけどなあってその場で言っちゃってさ。そしたら、どこかに連絡してて。偉い人が来る前に帰ったけど……。駄目みたいだ。ディハール国でやったからノエルは怒ると思った」
詳しく説明すると、何度か頷きながら考えていた。
「ルールにないならいいだろう。怒ったりしない」
「本当? よかった。ラウルと怒られちゃうねって話してたんだ」
「そんなことで怒ったりしないが、アインテール国では、認められているのか?」
「ごめん。一回しか行ったことないんだ。怒られなかったというより気づいてなかったんだと思う」
お爺様やカルムスが握手を求められている間にラウルもダニエル走って散って行ったので、俺も追いかけたのだ。
「そうか。では、ラウルも誘って3人で行くか」
「そうしよう。有名な場所だけど、結構取れたよ」
噴水のある公園でベンチに座って、持って来た本を読んだ。
二人で没頭して読んでいたようで読み終わると、昼を回っていた。
「ランチはどこでとろうか」
「リターナで魚介のリングイネかバルゴでステーキか」
ノエルが俺の好きな魚介の美味しい店と魔獣や動物の肉を扱う店が併設している飲食店の名前を挙げる。
「コインで決める?」
「いいだろう。表がソルレイ希望のリターナ、裏が俺の希望のバルゴだ」
ピンとノエルが空に投げる。
「表!こい!こい!」
手の甲でパシッと受け取るので、近寄って見ると、表だった。
「やった!」
俺は思わずガッツポーズだ。
「では、リターナだな」
移動をして、ランチはいいだろうと奢られ、春の花を眺めながら食べられるテラス席で魚介を堪能した。
「ああ、美味しい」
グリュッセンに行ったら海鮮三昧だろうか。それだけは楽しみだ。
「2年延長できて幸いだった。ハルドも2年でとり終えたらしいが、1年はこちらで過ごすと言っていたぞ」
「まだ行っていない店があるとか言ってたね。あんなに美食家だとは思わなかったよ。本とノートも勉強するから貸して欲しいって頼まれたよ」
本はあげて、ノートは貸している。隣のクラスでは、ハルドが一番いい成績だった。
「居心地が良い国だからな」
ノエルまで離れ難いというので、可笑しくなる。
「だったら功績を上げて更に2年延長するしかないな」
「そのつもりだ」
不敵に笑う。
本当にできそうだから凄いよなと笑って返した。




