貴族のありよう
ノエルと揃って2年での卒業が確定した。学校が終わるその日までは、穏やかな日々を過ごそうとしていた。
難易度の上がった授業を聞き、休み時間にグルバーグ領の書類仕事を済ませるといった具合だ。ノエルは相変わらず、本を読んで静かに過ごし、昼には、他クラスの友人たちと昼食をとりつつ情報交換をすることもある。
ノエルも一緒にお昼をとる時は、元レリエルクラスの女子生徒達が、席の奪い合いを始める。あまり酷い時は、それとなく伝えるが、間に合わずにノエルが一喝することもあった。そうしたら、しばらくは男子にだけ声をかけて食べるのだ。
そんな日々は楽しいものだった。
冬になろうとしている寒い日。
俺とノエルの成績に物言いが入った。
後期の授業は、それまでと比べると明らかに難しくなったため、既に試験をクリアしている俺とノエルが不公平だとクレバが担任に言ったのだ。
俺とノエルはこの場で言い返すべきだと判断した。
「だったらクレバ殿も受けたら良かったのでは? 他にも受けた生徒はいたのだから今更、蒸し返す話ではないでしょう」
「機会は、全員がもらったものだ」
その訴えは、納得いかないと憤った。
「ふむ。合否は変わらないが、お前たちも受けるだけ受けろ」
ポリコス先生が当然の如くそう言ったので、首を降る。
「受け直しはできないはずです」
「なぜ、何度も試験を受ける必要がある」
「受けていい点数を取れ。そうすればクレバも納得する」
「冗談ですよね」
「意味がないだろう」
ノエルが目を眇めてもどこふく風で。
「クラスのトップとしての意地をみせろ。文句のつけようのない点数を期待している」
そう言うと話は終わったとばかりにスタスタと歩き、教室を出て行った。
あーもう、忙しいのに!
腹が立った俺とノエルは、冬休み前に全教科を教え合い意地だけで、満点を叩き出して黙らせた。
「クレバ。満足したか」
ポリコス先生がそう言うので、エリットを挟んで隣の隣に座るクレバを無言で見ると、一つ頷いたが、それだけだった。
俺とノエルは、“あいつは、クレイジーすぎる”という意見で一致した。
一言あってもいいだろう。謝れというわけではない。自分が言いだした割には、反応が薄すぎる。
放課後教員棟に行き、ポリコス先生にあれは何だったのかを尋ねたが、満足のいく回答はもらえなかった。しかも、
「クレバにはクレバの考えがあるのだ」と、庇ったのだ。
「合格した人間に言いがかりをつけるのはおかしいですよ、受けさせた先生にも腹が立ちます」
はっきり言っておいた。
ポリコス先生は一言。
「それはそうだろうな」と頷いた。
むぅ。出された紅茶の揺らぎが収まると、怒った自分の顔が映りそうだった。一呼吸入れてから紅茶を頂く。
「先生のことを嫌いになりそうです」
「それは言い過ぎだろう。それより入寮手続きは早くしておくように。冬休みいっぱいだ」
えぇ!?
何を軽く考えているんだ。
俺とノエルだけが苛々とした1日だった。
ラウルの方も試験は問題なく、1番だよと報告するのはやっぱりお爺様だよね、という言葉を受け、二人で墓前に行き、無事に初等科を卒業できる報告と高等科を卒業できる報告を合わせてするのだった。
「どこにいても俺達は、お爺様の孫です。こんな結末を選んでごめんなさい。せめて、幸せになるよ」
「お爺ちゃん。僕達は国を出るけど、ちゃんと領民は守るからね」
「心配しないでね。鉱石を集めて、ゲートを作ってみせるよ。アインテール国とグリュッセンを結んで、いつまでも領民たちを見守る」
「ふふ。僕もお兄ちゃんを手伝うからお爺ちゃんも見守っていて」
学長が作れたんだ。俺も作れるようになろう。
ソフィア達に禁書庫を開けてもらえるように話して、ゲート作成の情報を集める。解体した時に必要な魔導石は、見ている。それから魔道具ギルドにも登録をして……この2年で鉱石を全て集める。
ゲートを使って、いつの日かまたアインテール国に戻って来るよ。
お爺様の墓石に花を手向けて、屋敷に戻った。
冬休みに入る前に、入寮の手続きをしに高等科の教務課へ二人で出向くことにした。
「入寮手続きをお願いします」
カウンターで声をかけると、ちょうど席を立った人と目が合った。
「今年はもう終わったよ」
面倒そうに片手を上げると、帰った帰ったと言われた。初等科の教務課とだいぶ違う対応だった。
「今年というか来春からですが、ポリコス先生からは、まだ終わっていないと聞きました。本当ですか?」
じっと見ると目を泳がす。
「この人嘘つきなの?」
「そうみたいだな」
「他の嘘つきじゃない人ー? 出て来て手続してー?」
教務課を見回すと、全員がさっと目を逸らす。
入寮の手続きって面倒なのかな。
カウンターの前で、ポリコス先生を連れてくるか話していると、ため息を吐いて奥の席から小さい鼻眼鏡をした人が出てきた。
「失礼いたしました。ソルレイ様とラウルツ様ですね。ポリコス先生から話はお伺いしております。もう少し早く来て頂けると助かりました」
「そうでしたか。寮は、試験の成績で部屋の広さが決まるのでは? 弟は一番を取ると思います。私は、成績優秀者なので寮の場所も決まっていると聞きました」
「早く来て頂けると、選べるのですよ」
「今年は、侯爵家のノエル様と私だけですが、空き部屋が出たということでしょうか」
研究室も2年毎だと言っていたなと思い出す。去る人もいるか。
ん? 何だか職員の様子がおかしい。しきりに汗を拭っていた。
部屋が選べるのって嘘なのか。そういえば、高等科に上がった時は、ノエルも選んでなかったような……。通知が来たと聞いて初等科の寮からの引っ越しを手伝った記憶がある。
「もしかして、何か言いくるめたいことでもありましたか。部屋はどこでも構いません。入寮手続きをお願いします」
「僕も狭くても大丈夫だよ。選べるなら幾つか候補を出して」
ラウルが、選べる部屋があるなら出してみなよと言わんばかりの笑みをたたえていた。
うーん。お兄ちゃんは、ブラックラウルを見たくないぞ。
「空いている部屋はあるのでしょう? 見せて頂くことは可能ですか。それともこちらの要望をお伝えする形ですか」
「グルバーグ家には春から新しい当主が来るとか?」
「それで?」
俺としては助け船を出したつもりだったが、相手はそう取らなかったようだ。
「コホン。貴族の方しか通えませんから入寮できません」
教務課は、平民で構成されていると思っていたが、王族派閥の貴族家か? 後ろ盾になってもらっているとかか。
「本気で言っていますか。本気なら名前を聞いておきます。お名前をお伺いします」
「…………」
「僕が、ここに入学することは決まっているよ。無理ならカインズ国や他の国の学校に編入手続きをしないといけないから、早く答えて」
「グルバーグ家の当主として、学校側に抗議をする。さっさと名前を言え」
「…………確認を取って参ります」
「なんの確認なの? 逃げようとしてるの?」
「ここにはまともな人間はいないのか。とりあえず、一緒に学長のところまで行ってもらおうか」
逃げようとしたので、魔法陣で拘束をすると、他の職員が慌ててこちらにやって来たが、無視をして教員棟まで連れて行くと、エンディ先生に偶然会った。
「ん? 何かあったのかい?」
仕方なく、事情を話した。
「それなら僕も行った方がいいね。ラウルツ君の担任になるからね」
「そうなの? 先生よろしくね」
「ああ、よろしく頼むよ」
エンディ先生が、担任か。ラウルは担任運がないのかもしれない。双方に失礼なことを考えつつ、教員棟の最上階を目指した。
学長に会うと、学長は背筋のピンと張ったお婆さんで、話をすると、教務課の人はこっぴどく怒られた。
「何を考えているの!」
「も、申し訳ありません。口が滑ってしまい……」
学校に通えないというのは嘘らしい。
まあ、分かっていた。
苛々していたし、言い負かしたいと顔に書いてあった。
「信じられないわ! あなたのことを採用した自分自身が許せない」
辞表を書くように迫っていた。
そういうのは後でやって欲しい。
「僕は入学できるの?」
ラウルも同じことを思ったようで話かけた。学長は、パッと職員を掴んでいた手を離す。
「できますよ。心配しないでちょうだい」
「寮に入れる? ラウルツ・グルバーグじゃなくて、ラウルツ・フェルレイだよ」
ラウルがそう言うと、学長が瞬きを何度かしてからこちらに来る。
教務課の職員は、助かったとばかりに息を吐いていた。出ていこうとして、秘書っぽい人に止められている。
それを横目で見ながら学長に視線を戻し、フェルレイ侯爵家としての挨拶をする。
「私も、もうソルレイ・グルバーグではありません。他国のフェルレイ侯爵家に名を連ねることになりましたので、寮はこちらの名前で願います。弟も高等科からは、こちらの名で通います」
「そうなのかい!? それなら僕が引き取りたかったよ!」
養子なら僕で良かったと思うのだけれど! なぜか強く主張された。
何を言っているんだ。
エルクとは全然違う。
俺もラウルもこの人をどうしようかと視線を交じり合わせる。
「エンディ先生、少し黙っておいでなさい。頭のまわる子だと聞いていましたが……。グルバーグ家と縁を切って、当主の手伝いはしないということにしたのね」
「グルバーグ家には、そこの教務課の職員が言ったように、来春に10歳の新当主と後見人、第一王子がつけた補佐官が来ます。立派な方が複数名来られるようですので、元から手伝う必要はないのですよ」
貴族らしく微笑んでおく。
「これは、アインテール国にとって大きな損失ね。王も、新当主が違った場合、すぐに引き戻すつもりだったはずよ」
眼光鋭く見られた。まるで俺達に落ち度があるような目だった。
「血縁鑑定もしないのに、何を言うのですか?」
「血縁鑑定をすれば、疑った記録は永遠に残るもの。無能な王子が王になった記録を残すわけにはいかないわ。何年か待てなかったのかしら?」
たかだか、そんな理由でグルバーグ家の皆を振り回すのか。
「その間は子飼いになれと? 国のために? 王のために? 王子のために? 私達は、道具ではないのですよ。王も王子も都合よく利用したいという意図が、透けて見えすぎます。王子を諌めるだけで良かったのでは? 王子の教育にグルバーグ家を巻きこむなんて、どうかしています」
「それでも次の王になるのよ」
王なら許されるのか。ラルド国の王も酷かったものな。
「お爺様がどれだけの貢献をこの国にしたか分かっているのですか。お爺様が亡くなった途端にこのようなことを仕出かして、まだ一年も明けていなかった。それを私達が尻拭いに動くのですか。グルバーグ家を馬鹿にしすぎではないですか」
言い返すと、失望したように溜息を吐く。
「そうね。ラインツ様のようにはいかないわよね」
仕方がないわねとため息を吐くので、きつく言い返す。
「ええ。頼られるばかりで、守ってもらえなかったお爺様を守るのは、孫の私達の役目です。遺言は、幸せに暮らしなさい、です。幸せに暮らしますので、重荷を背負わせるようなことはしないで下さい。それで肝心の話に戻しますが、入寮の手続きはそこの教務課の職員がするのですか?」
盛大なため息を吐いて、他の者にやらせるわと言った。
ついでだ。頼んでおこう。
「そうそう。弟の担任が、エンディ先生になりそうだと聞きましたが、ルベルト先生に担任をしてもらいたいです」
と、こちらの希望を出しておいた。
エンディ先生は目を丸くしていた。
「待ってくれないかい!? それはないよ」
「先生には授業でご指導いただきたく考えています」
頭を下げて部屋を出た。
ラウルに恰好良かったよ、と褒められた。階段を下りる前にぎゅーっと抱きしめた。
「今日は、ちょっと言い過ぎたとも思わなかった」
「ふふ。いい気味だったね」
「アインテール国民を守れだなんて、軍属でもないのにな」
一番死に急ぐ職業だ。
いつか思っていたことをラウルに伝え、お爺様はずっと守ってくれていたのだから、軍属にはならないと二人で誓った。
後日、入寮手続きが完了しましたという知らせの手紙と謝罪文が届いた。
謝罪文は、教務課からではなく、学長からで長い文面を要約すると、
“配慮に欠ける物言いをした”
ということだったので、すぐにゴミ箱に捨てた。
お爺様のことをもっと大事にして欲しかった。
大きな力で利用価値が高いとしか見ていないのだ。
グルバーグ家が大事だというのなら、周りは、もっと王子や王を諌めて欲しかった。苦言を呈して欲しかった。
グルバーグ家に土足で上がるような真似をしないで欲しかったのだ。
礼節を重んじて欲しかった。
まずは、お爺様の死を悼む手紙や言葉があれば、もっと違う頑張り方をした。
エリドルドさんと初めて会ったあの日。
“これから味方を増やしていくのですよ”と言ったが、俺達には貴族らしさがなく、受け入れてくれるのは、器の大きいノエルやエルクといった侯爵家か、中身を見てくれる優しい友人の貴族達くらいだ。
自分自身を偽るのは、とても苦しいことで、偽らずに自分らしく在れる人達と平和に暮らして幸せになる道を選んだ。
人生は一度きりだ。
責任を背負う立場を強要される前に放棄をした。
“グルバーグ家をやります!重荷を背負います!”
買って出る人間が現れたのだから、どうぞ、どうぞ、と譲ってやるのだ。
お爺様は、最初からエルクに俺達を任せるつもりだったのだから。
カルムスとダニエルも責務ある立場から解放され、のんびりとした生活を楽しめるのを心待ちにしているはずだ。
俺も、時世や情勢を忘れ、皆で仲良く新生活をできるかなと未来を楽しみにすることにした。




