家名の行方
カルムスとダニエルに報告をしてから、部屋に戻ると入る直前にラウルに声をかけられたが、俺も話があったので部屋へ招き入れた。
「領内で過ごすのは冬までだよね?」
「そうだな。寂しいけどそうなるな」
「そっか」
目線が落ちた。残念そうだ。そうだよな。領内に入れなくなるんだ。魔道具で何かいいものが作れたり……しないか。
そんな都合のいい魔道具はないな。話題を変えよう。
「先生達と話していて思ったんだけどな。結局、グルバーグって名乗っていていいと思うか? ラウルはどうしたい?」
「あ! あの文面ってグルバーグ家に非ずってあったね。僕、高等科からどうしよう?」
顔を上げたことに、内心よかったと思いながら、どうしようかと頭を悩ませる。
二人で、どうするか考えて、下手にグルバーグって名乗っていたら後見人や王子派閥の内政官に手足のように使われるかもしれないから、すっぱりやめようと話した。
面倒なことに魔道士学校は、貴族しか学校に通えないため、そこをどうクリアするかが問題だ。
てっとり早く名前を得るのなら養子だ。でも、学校に通うためだけに今更、他家の養子になんかなったら窮屈だ。それこそ第一王子の思う壺だ。
きっと色んな目に合わせられる。お爺様みたいに仁徳があって、家の面子より俺達を大事にしてくれる貴族なんて……。
あ! いた。
「エルクに頼んでみようか」
「え? エルクに頼むの?」
「エルクに養子にしてって頼んでみよう」
「わぁ! 僕もそれなら嬉しい」
早速二人で手紙を書くことにした。
小まめに手紙を送っていた分、随分と心配をさせていたようで、卒業するまでは、アインテールにいることに決めたと手紙を書くとようやく安心してくれた。
そこが安全ではなくなったのなら予定通り、卒業後に迎えに行くと手紙がきていたのだ。
ラルド国が亡国になろうとも侯爵家の地位は変わらない。エルクが了承をしてくれるのなら学校には通える。
翌朝、朝食の席でカルムスとダニエルにそれでいいか尋ねたら春になったらそうしろと賛成された。
「グルバーグ領に土足で入ってくるんだ。責任もそいつらがとればいいだろう」
「もうグルバーグ家ではないので、協力はしないと明示すればいいのです」
「うん、分かった。神殿の修業場は、僕たち以外は入れないようにしたよ」
「お爺様の愛した山にも入れないように魔道具を設置しておくよ。森や林は、先に入れないようにしたよ。領民が入れるのはこの地域までだね。これで薪や兎は捕まえられるから大丈夫だよ」
領内の細かい地図を作ったので、それをダニエルに渡してある。
その上に薄い紙を重ねると、保護区域という名の入れない森や林が一目で分かる。設置した夏休みから既に森の浅い部分までしか入れないようになっている。
領民には、話をしてあるので問題ない。
それほど深く森に入ることは今までもなかったし、意見を聞いて禁猟区を決めたのだ。
林の方は割に入れるようにしてあるのは、そのためだ。
それに、新しい領主が10歳で補佐官達に領内が滅茶苦茶にされないようにという側面もある。未来の子供達に資源を残したい。
領民はお爺様のことが大好きだったので、こちらが驚くほどすんなりと受け入れてくれた。
新しい領主が、10歳だろうが、これまで通りに要望や意見は出していくと笑ったのだ。
辺境の領民達は、眩いほどに逞しかった。
「この部分が開発されることのない未来に残す資源になるのですね」
「よし、いいぞ。これでいく。来週は、辺境領の会合だろう。うまくやれよ」
食事を食べ終わった後に重要な案件が決まっていく。全員が集まる有意義な時間だ。
「うん。領地に魔道具を置いて守る代わりに、領民が困った時は助けてくれるように頼んでおくよ」
「頼むのではなくもっと上からいけばいい。ソルレイの作った魔道具にはそれだけの価値がある」
「そうですよ。貴族の交渉では下からいくのは駄目です。強気でいきましょう」
「お兄ちゃんの魔道具は凄いよ。協力したい人は、名乗りを上げるように言った方がいいと思う。その代りに魔道具を渡すの」
「後出しってこと?」
「ふむ。いいのではないか?」
「どこが見返りを求めなかったか、見返りを求めて与したか分かっていいかもしれませんね」
「うーん。辺境は辺境で纏まっていた方がいいからなあ。割れて差をつけるのはなあ。ちょっと考えるよ。もし、他国から攻められて国内に入られても纏まっていればアインテール国の資源は、侵されずに済む。綺麗な風景が、多く残る方がいいよ」
少し考えさせて、とこの件は保留にした。
優しいお爺様のように大きな器で対応するのもいいと思う。
「お爺様なら辺境の領を丸ごと守ったと思うんだ。愛した風景を後世にまで残したい。グルバーグ領は、資源を未来に残すのが課せられた仕事だって言っていたんだ」
代々守ってきたと聞いたからこそ、資源を利用しての開発は行わずに雇用を生み出す方法を考えたのだ。
「お爺ちゃんは優しいもんね。『この方がいいじゃろう。その代り頼むぞ』って言うと思う」
「ふふ。そうだね」
「ラインツ様の名を出されると引き下がるしかないな」
「そうですね。ソルレイ様のお好きになさってください」
「うん。やっぱり、お爺様のようにドンと構えていくよ。不安より安心を与えてこの地を去りたい。グルバーグ家の名に恥じないようにするよ」
話の仕方を変えることにして、ある程度のプレゼンも必要だ。話す内容も決めた。
当日はラウルも一緒に会合に出てくれるという。伝え漏れが出ないように補佐をしてくれると言うので安心できた。
「時間だ。そろそろ学校に行かないと」
「うん! 行ってきます」
「行ってきます」
二人に挨拶をして控えていたミーナから鞄を受け取るとそのまま玄関を出た。
5分も歩けば、船着き場だ。
船頭が漕ぐ小舟に乗って、ラウルと綺麗な紅葉や水面を楽しみながら通う。時間はかかるが、楽しみも増えた。
「お兄ちゃん、見て。クルミがいっぱい落ちてる」
「懐かしいな。久しぶりに拾いたい」
「アハハ。帰りに寄って拾おうよ」
「いいのか? ありがとう」
実りの秋は、あちこちで紅葉を楽しめるが、クルミ拾いは何年ぶりだろうか。帰りに小さな幸せを拾おう。
学校最寄りの船着き場は、初等科のほうが近い。ラウルと別れ、高等科へ向かう。
担任のポリコス先生に、朝からよく分からない視線を送られながら連絡事項が終わり、1 限目の授業だ。
今日も授業の進みが早いのでしっかりやる。
……ちゃんと先生の話を聞くつもりだったし、今までも予習復習はちゃんとやっていた。不真面目な授業態度はとっていない……はず。
なんだ、なんだ?
何故か俺だけ当てられまくり、分からないというまで当て続けられるという謎の授業が、15時まで続いた。
クラスメイトは、同情するだけで、当たらないで済むため、教員には何も言ってくれない。
いい加減、理由が知りたくなり、最後の授業をしていたリリス先生に問う。
「今日一日ずっと当てられ続けたのですが、これは何ですか?」
そう言うと、先生も口元に指をやり、可愛らしいポーズで何か考えるように天井を見上げた。
「よく分からないのですが、ポリコス先生から頼まれました。ソルレイ様は、勉強していることが、教員が思っている以上にあるので、分からないことを教えてやらないと身にならない。今日は、そうしてやって欲しいと言われました」
「……ポリコス先生は、私に嫌がらせをしているのですか?」
分からないと言うまで当て続けるとか、おかしいですよねと聞き返す。
「そんな感じではありませんでしたよ?」
「そうですか。なんにせよ。今日は辛い一日でした。分からないことも分かりましたので、明日は、公平に当たる形に戻して欲しいです」
「うふふ。分かりました」
しばらくこれでよかったぞ、と言うオルガスを睨んで黙らせた。
魔法陣の授業など1時間で15回も当てられたのだ。
最後は、この魔法陣をどう思う? と今いる優秀な研究生が作ったものを見せられるというエンディ先生に嫌がらせを受けた。
俺は、にっこり笑って、弟の授業は、ルベルト先生の方が良さそうですねと言ってやった。
しかし、先生が嫌味だと気づかずに、『じゃあ、僕が担任をやろうかな』と嬉しそうに笑うので、休み時間に皆に肩を叩かれた。
やり取りに疲れたので、クルミを拾って癒されようと思う。
迎えに来たラウルと高等科の入り口で会い、船に乗りこむと行きで見かけたクルミの落ちている場所で下ろしてもらった。
黄色い落ち葉の絨毯を踏みしめながら一緒に歩いた。
歩いて行くと、クルミの木から沢山落ちていてリスが頬張っている。
これだけあるとさすがにリスも食べきれないか。
落ち葉の絨毯の上で懸命にクルミの殻を齧る姿に思わず笑みがこぼれる。
アインテール国は本当に自然が豊かだ。
「いっぱいあるな!」
「うん、拾おう!」
「うん!」
大判のハンカチーフを広げてそこに中身の入っているクルミをおいていく。
ラウルと二人で拾うとあっという間にいっぱいになってしまった。
つい多く採ってしまうのは、お腹の足しになる物は、見つけた時に採るという癖が染みついていたからだ。
平民として過ごした歳月とお爺様と出会って貴族にしてもらった年がもうすぐ同じになる。
「しまったな。包み切れない」
「アハハ。多かったね。僕のハンカチでもこれくらいだよ」
「ナイフで開けて中身だけにしようかな」
「僕もやるよ。教えて」
「うーん。危なくないか?」
「それはお兄ちゃんも一緒だよ。今日は持って帰る? 明日も学校あるよ?」
帰りにまた採ろうよというラウルに笑顔で応える。
「うん。明日はクルミ割りの道具を持ってこよう」
危なくないもんね、と話してそうすることが決まった。
クルミの入った包みを持って帰ると、驚かれたが、料理人達が割ってくれるらしい。明日も拾ってくると伝えると、大好きなクルミのケーキにしてくれるというので使用人皆の分もお願いしておいた。お茶の時間に皆で食べるのが楽しみだ。




