グルベリアダンジョン 6
念のため全員で朝まで起きていることにしたが、その後は何も起こらなかった。
無事に朝になったため、トイレを済ませ皆で寝ることにした。
ぐっすり寝入っていたようで、お昼を回ったと、ノエルに肩を叩いて起こされた。
「ソルレイ、そろそろ起きろ」
「……うん、起きる」
そう言いつつ明かない目と格闘していると、ぐぅぅーという大きな音が近くで聞こえた。
「え。ノエル?」
「違うが、起きたか?」
「うん、起きた。ありがとう」
もそもそと起きて、皆が用意をきっちりしているのを見て、慌てる。
「あぁ、俺待ちか。ごめん」
「いや、ソルレイの作ってくれる食事待ちだ。ゆっくりでいい」
「「ソルレイ様、お願いします」」
「鳴ったのは私の腹ですね。菓子くらい持って来ればよかったです」
「え? ああ、クラウンだったのか。分かった」
頭を下げられ、先にご飯だなと回らない頭で呟き、支度に取りかかるのだった。
紙石鹸で手を洗ってから、塩漬け豚肉を薄切りにしてチーズに巻いていく。
皆の昨日のパンを預かり今日はスパイシーなクミンやターメリックなどの香辛料を炒めて、手作りの固形のブイヨンを入れたスパイシーなスープだ。
そこに表面を焼いたパンを入れ、焼いた豚肉のチーズ巻きを入れていく。
「どうぞ」
「すまないな」
「これくらいのこと、いいよ」
笑って、全員に渡していく。
パスタの器に使ったくらいなので、問題ない。
「食べたことのない料理ですが、とても美味しいです」
「毎回作ってもらってすみません」
「今日も美味しいです!」
「ありがとう」
レリエルクラスは、俺のことをよく知っているので、ここで遠慮するのはノーシュくらいだ。
「どういたしまして」
俺もハフハフと食べる。
食べている時に、エリット達が来た。狙われているのだろうか。女子の手前、ローブを着た。
「今日もいい匂いだと思えば、ちゃんとした料理を食べているのだな」
「羨ましいぜ」
「いい匂いですわね」
「この香りは何かしら」
「食欲をそそる匂いだな」
全員でノエルに任せようと目配せを済ませ、無視をして食べる。熱いものは熱い内にだ。
エリットに対しての非礼は、気づかないふりでやり過ごす。
「おい……なにもそのような扱いをしなくてもいいだろう。取ったりなどせんぞ」
エリットが呆れたように言うと、他の4人は残念そうな顔をする。
「どうかしたのか? 見て分かる通り、食事中だ。手短に頼む」
ノエルが、水を向けるとエリットが頷く。
「さっき先生達に討伐証明を見せてな。合格をもらったのだが、今日は1階で寝るように言われたのだ。ノエル達のいる場所は、知っているから伝えると請け負った」
その言葉に食事の手を止め、立派な伝言に居住まいを正した。公爵家が伝言係なら緊急かな。
「昨日、襲われでもしたか?」
ノエルが尋ねた。
「ソルジャーか? いや、部屋から出なかった。守護魔法陣も念のため朝まで交代でかけ続けた」
課題をこなしているのだから魔力を消費して安全に眠り、体力を回復させることにしたという。女性もいる。堅実な作戦だと思う。
「夜半に、ソルジャーにしては大きい者が来た。ジェネラルかもしれん」
「なに!?」
「このまま実習を継続することにも疑問だが、1階で寝るようにか。ジェネラルらしき者を見た後に、皆で話し合って1階で寝ることは、決めていたのだが……“先生達”と言ったな。教員も複数で行動しているのか?」
エリットの班員も、厳しい表情をしたまま頷いた。
教員が単独ではない以上、それだけ危険なのではないかと思い至ったようだ。
「教員は他の班にも伝えて回るために、朝から動いていたようだ。私の班とノエルの班だけが 2階で寝ていたらしくてな。後回しにされたようだった。あとは4階らしいぞ」
4階って2階に戻るのにも1日半はかかるんじゃないのか。
「エリット様とノエル様のお話に割って入って申し訳ないのですが、ダンジョンを出た方が宜しいのではないでしょうか」
オルガスが簡易の礼を取って、丁寧な言葉で言うので驚いた。
だが、上級貴族だからか、とても様になっていた。
「次はウィッチかもって話?」
よく知らないので、聞いてみた。
「そうだ。1階もなんだかんだ罠が多かっただろうが。急いで逃げるには、やべーよ」
「オルガスの言うことも分かるが、先生達の話では 、1階ならば大丈夫だろうということだった。この“だろう”が判断を迷わせる」
エリットもはっきりしてもらいたいと思っているようだ。
実習自体を止めると言われれば、すぐにダンジョンから出るという判断になるもんな。
「まだ3日目だからな。部屋に守護魔法をかけておけば大丈夫ということなのだろう。少なくとも4階の生徒達が無事であるということは、魔法も魔法陣も効いているということだ」
ノエルの話を聞きながらカレースープのしみ込んだパンをもぐもぐと食べる。
皆も食べているし、ノエルも食べながらだった。着替えていないのは、俺だけなので遅れるわけにはいかない。
「ノエル。アンチマジックエリアが発動されると、魔道具以外は、使い物にならんぞ。効果範囲も行使する者の力によって違う」
「エリットは、どうしたいんだ? 出たいのなら出ればいいだろう。俺達は、班員で相談をする」
エリットが、考える仕草をしており、悩んでいるのが見てとれた。オルガスに確かめておこう。
「オルガス、俺が授業中に作った守護の魔道具は持っているか?」
「ああ、持ってきているぞ」
「そうか。よかった。絶対に外すなよ」
これで最悪、オルガスの位置情報は探れるからエリットの居場所も自ずと分かる。
食べ終わるとアレクが皆の紅茶を淹れる。
「エリット様。茶器はお持ちでしょうか? 宜しければ紅茶を淹れます」
「ああ、もらおう」
すっと、陶器の茶器を出された。
おお、さすが侯爵家。
もしかして、ノエルもちゃんと持っていたのだろうか。
先に木のコップを出してしまったから分からないな。
アレクとクラウンが、紅茶を淹れているので、俺の小さな簡易の椅子を譲る。
「ソルレイ、すまないな」
「いいえ、お気になさらず、お使いください」
微笑んでおく。
「女性二人には申し訳ないが、今から着替えるので後ろを向いていてもらってもいいかな。朝になるまで、寝ていなかったこともあって身支度が遅れているんだ」
「あ、分かりました」
「分かりましたわ」
着替えが済んでいないのは俺だけだ。
髪も梳いていない。
話が済めば出て行くと思ったのだが、長引いている。今のうちに着替えてしまいたかった。
ここは、俺達が使っている部屋なので、女性陣もすぐに後ろを向いてくれた。
「ソルレイだけか?」
「朝までは全員で起きていたが、ソルレイには食事を先に作ってもらったのでな」
「なるほどな。菓子作りも上手いが料理も上手いのか」
「ああ」
俺はリュックから服を取り出して着替えた。
靴下も新しい靴下だ。
手鏡を見ながら髪を櫛で梳いていると、魔獣が部屋に入って来たので、風魔法で壁に叩きつけた。
女性達もやろうとしていたが、俺の方が早いのでやっておいた。
「昨日から使い始めた部屋にまで入って来るなんて……」
「やはり変だな。とりあえず、1階に移動するか」
これは、俺達がシャンプーや水を使ったことで、魔獣の匂いが薄れたからだったのだが、気付かずに、皆で“やっぱりおかしいよな”となり、一緒に1階まで移動することになった。
歯を磨いてからの出発だが、エリット達には、少し待っていてもらい、全員でトイレに行った。
女性がいると気を遣うものだ。
13時半から1階に向かって最短で歩き始め、18時には1階の中央まで戻って来られた。
2階の中央から1階の中央まで罠の多さと歩く速さを考えれば、 この時間ならば御の字だ。休憩も挟んでいたことだしな。
エリット達は、このままもう少し出入口付近まで行くと言い、俺達は、夕方になったのでスケルトンが来ない内に、安全な部屋を確保すると意見が割れたため、ここで別れた。
「とはいえ、戻るよりは、出入り口に近い部屋がいいですね」
「部屋を探しながら戻るより、探査で魔獣が動かない場所を探る方が早いです」
ノーシュの言葉に、賛成だ。さっさと探査魔法陣を開始する。正直、いつスケルトンが来るかと怖かった。
「壁側の部屋とこのまま真っ直ぐの通路右手の部屋、罠の多い通路の部屋。動かない魔獣の複数の反応だから恐らく部屋だ。どうする?」
「通路右手の部屋だ」
「分かった。行こう」
急ぐ為、強引に風魔法で罠を解除して出てくる魔物や魔獣も吹き飛ばして部屋まで辿り着き、魔獣を殺さずに追い出し、部屋に守護魔法陣を書いて魔力をドンと思い切り叩き込んだ。
「ふぅ。怖かった」
額の汗を拭う。
「歩く速さが上がっていくのは恐怖からでしたか」
クラウンに笑われるが、そうだよ、と俺も笑う。
「昨日汗を拭っておいてよかったな」
「この狭さでは無理ですね」
「ゴザ一面だね。皆で雑魚寝だ」
「慣れると、結構楽しいですよ」
皆でゴザを敷いて、魔道具を配置して安全を確保してから食事を作った。
もう20時だ。
魔物が通る音や、魔獣の声はするのだが、入ってこられない。それに、スケルトンじゃないので大丈夫だった。
皆で食べて、寝る前にトイレに行き、 21時には就寝だ。
「ソルレイ。あの魔法陣はいつまで効く?次は、俺が起きて魔力を注ぐ」
「そうだな。9時間くらいかな。朝までは大丈夫だよ」
「「「「…………」」」」
「……そうか」
「うん。5時か遅くとも6時になったらお願い」
怖いからと真ん中に寝かせてもらった。
朝までぐっすり眠り、4日目もここでいいんじゃないか。と部屋で遊んで過ごし、5日目になると、すぐにダンジョンを出た。
「終わった!」
眩しさに目を瞬きながら、ぐっと体を伸ばす。空気が美味しい。
「やっとですね! 短いような長いような」
「陽の光が、変な感じがするな」
「目が慣れませんね」
ノエルも、クラウンも手で日光を防ぎながら、目を瞬いていた。
「あ、あれは、迎えじゃないですか」
ノーシュは、目の回復が早いなと皆で笑った。
ダンジョンを出ると、少し行ったところに迎えの馬車があった。校章が車についているのを確認してから乗りこもうとすると、先に扉が開き、ポリコス先生が下りてきた。
「合格だ。エリット達の班は、昨日にダンジョンを出てきている。故に、お前たちが指示通りに課題をクリアした最初の班になるが、1階の部屋にこもっていただろう」
眉間にしわを寄せるが、悪いことはしていない。
「カードで遊んでいました」
「課題の条件は守っている」
正直に言うと、ため息を吐いて『乗れ』と顎をしゃくって言われた。先生は、ここでクラスメイトを待つらしい。馬車はもう一台あり、午後には他の先生も馬車に乗って来るようだ。
皆でお菓子を食べながら帰路につくにしても、持って来すぎた。余ったお菓子をポリコス先生にあげて荷物を軽くしよう。
「これ、先生にあげます」
「おい、なんだこれは」
「部屋にいたので、お腹はそんなに減らなくて。お菓子です。飴もあるので、出てきた生徒達にもあげてくださいね」
「…………」
溜息をつきながらも受け取る先生に笑った。面倒だと思っているのだろうな。
こうして、俺達の5日間のダンジョン実習は、和やかなまま終わりを告げ、到着した学校で解散となった。
さあ! 教会で治癒系魔法を教わるぞ!
次回に更新する先生達のダンジョンの話は、残酷な描写が入ってきます。
飛ばしても分かるようにしますので、苦手な方は、読まないで下さい。3話くらいで終わる予定です。
宜しくお願い致します。




