グルベリアダンジョン 4
朝の8時頃に起き出した友人達と共に身を起こすと、先に起きていたエンディ先生からよく眠れてすっきりしたとお礼を言われた。
血色も戻っているようだ。
「エンディ先生は、ご飯は何を食べたのですか」
「私の場合は、飴だけだね」
食べる気にならないからと食べものを一切持って来ていない先生に、何故かアレクが、訳の分からない交渉をする。
「先生、分けてあげますから、今度ご飯に連れて行ってください。ソルレイ様、お願いしてもいいですか」
パンを2つ差し出された。
「作るのは俺か。まあ、いいけど。アレクは俺の分のパンも出すように」
「ハハハ。私もいいよ。休みが明けたら全員に御馳走しよう」
今日は、オニオングラタンスープ風にしようと家で小麦粉で固めたブイヨンス
ープをくり抜いたパンに入れ、乾燥キノコとスライスしてから干した玉ねぎをどっさり加えた。
固いパンもスープで戻せば、美味しく食べられる。
今日は貰ったパンで俺も同じ献立だ。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌混じりに作っていき、完成させる。
「できたよー」
俺が一人一人に渡していくと、全員が昨日のフォークを取り出す。
先生も何かないかと探って水筒についていたフォークとスプーンが一体になったような、先割れの物だった。お茶を作る時に便利そうだ。茶匙とマドラーの間だな。
「これは、美味しそうだね。いい香りだ」
昼でダンジョンから出られる先生が、一番喜んでいた。
「もはや、ダンジョンで食べる食事ではありませんね」
「美味しそうです」
「俺達が渡したのはパンと干し肉だけだ」
「硬いパンってこうやって食べればいいのですね。無理に咀嚼して水で流し込むのだとばかり……」
「乾燥野菜は重くないからね。干しておけばいいから、水が何とかなるのなら便利だよ。栄養価も高くなる。少し歯ごたえはあるけどね」
いただきます、と食べる。
「レストランのスープの味だね」
先生だけが、嬉しい感想を言ってくれる。
まあ、皆の食べっぷりを見ると、美味しいと思ってくれていることは伝わる。
ノエルは、こんな時でも上品でお腹が減っているとは思えない食べ方だった。
「先生、課題が終わっても 5日経つまでは、出たら駄目なのでしょう?」
ハフハフと息を吹きかけ、パンを冷ましながら食べる。
「ああ、可哀相だけれどそうだね。騎士ならばきつい行軍に耐えられるようにということと。精神を鍛える意味もある。騎士を目指していない生徒もいざという時に戦える術を身に着けさせるために実戦なんだ。後は、パニックに陥らないようにだね。仲間の重要性を認識してもらうためもあるけれど」
耳が痛い。2階層でこの様だ。
「3階に行っても、寝るのは2階にしようか話していたのですが、理由はアンデッドです。階層でやはり変わるものですか?」
俺はダンジョンに入ったことがなく、知識がないのだと正直に告げた。
「ああ、がらりと変わるね。教員が泊まるのは、2階だと決まっているのはそのためだよ。このダンジョンでは、大丈夫だが、一度階層を下りると、中々上がれないようになっている意地の悪いダンジョンもある。その場合は、その階の階層で一番強い魔獣や魔物を倒すと上の階に戻れるよ」
知らない情報に黙って耳を傾けた。
「ここは、夜にアンデッドが徘徊するだろう? でも、ダンジョンでは徘徊しないダンジョンの方が圧倒的に多い。何かが必ず遺体を掃除してくれるからだ。ここにアンデッドが、出る原因は、最下層にいるのが、強いアンデッドだからだと言われている」
先生は昔、仲間と7階層まで行ったが、これ以上は無理だと話し合って引き返したことを教えてくれた。空気がひんやりしていったらしく肌で危険を感じたという。
皆、食べながら先生の話に聞き入っていた。
「階層が下がれば、夜に徘徊するアンデッドは強くなる。体調が悪くて怪我を負う場合もあるだろう? だから、夜は2階だと教員は決められているのさ」
最大で 一日の泊りを終えればいいので、教員にさほどの危険はないが、昔、生徒が教員に攻撃を仕掛けたことがあったらしく、魔力が少ししか残っていなかった教員が4階にいた魔獣に襲われて、大怪我を負ったらしい。
生徒が先生を襲ったのか。反抗期にしては行き過ぎだな。
「どうして、この部屋にしたのですか?」
2階でももっと安全な部屋があったのに。
「3階に行く班がいるからね。なにかあれば、ここにいた方がいいだろう? 下りるのはそこだからね」
そんな事件があったのに、生徒のためだと笑って言える先生は、とても優しい人なのだな。
怪我をして戻って来た生徒がすぐに駆けこめるように、と目立つ部屋で待つことを考えたのだろう。
「ここは 3又路で袋小路の危ない部屋です。次はやめてくださいね。いつも大丈夫だったからって、次も大丈夫とは限りません。具合も悪くなったでしょう? 安全な場所にいて下さい」
その方が、生徒も安心して頼れるから、と注意をした。
驚いた顔をした先生は、少し恥ずかしそうな顔で頷いた。
俺は、スープのしみ込んだ器のパンを千切って食べ終わる。全員が食べ終わっているのを確認してからノエルに話しかけた。
「ノエル様、寝るのはやっぱり2階の方が良さそうです。昨日、最初にアンデッドを見たのは、23時前頃でした。部屋を一つずつ見て回るのかは分かりませんが、魔獣が死んだ辺りは確認していました」
怖くて目が離せなかったので、暗い中でも目を凝らして見ていたのだ。
床の血痕を確認していたと告げる。
「なるほどな。魔獣が死んで部屋を奪われたことに気づいたのかもしれないな。部屋の確認に来たのは、唯のスケルトンで、通路で出くわしたのは、ソルジャースケルトンだ。侵入者の排除となると、次は数が増えるだろう」
ノエルがそう言うと、エンディ先生が首を傾げる。
「ソルジャー? 2階でかい?」
「ここに来るまでの通路で会いました。槍を持っていましたよ」
「全員、槍で6体でした」
前を歩いていた二人がそう告げた。
「例年だと、ソルジャーは3階からしか出ないのだが、ダンジョンの活発な活動期だとこういうこともあるかな」
唇に親指を当て考える仕草は様になっているが、ダンジョンの活発な時期ってなんだろう。
「そうなのですか。では、やはり昼間は 3階に行ってみて、夕方からは2階にしましょうか」
クラウンが提案をするので、そうしようかと皆で頷く。
「待つんだ。アンデッドは夜からではなく夕方から出る。ここはダンジョンだ。薄暗いから活動も早いかもしれない。念を入れて16時までには2階に戻りなさい」
2階なら活動期でもソルジャーまででジェネラルは出ないはずだからと言われる。
先生の顔で注意を受け、俺達は『はい』としっかり頷いた。
「ダンジョンでは慎重すぎるほどに慎重に行動したほうがいい」
「「「「「ご助言、ありがとうございました」」」」」
俺達は頭を下げる。
「私の方こそありがとう。怪我のないようにね」
「はい」
洗面やトイレを2階で済ませ、9時には、先生に手を振って別れを告げた。
このまま3階に下りようかと話して14 時に全員の時計のアラームを設定する。
時間の感覚がなくなるので必要だ。
3階になると、罠が変わった。明らかに即死狙いの首や胸を狙う罠が多い。
注意して進むと、進み具合に比べて、あっという間に時間が経つ。
時計を確認すると12時を回っていた。
罠に引っかかるかを待っている魔物がいて、注意を向けると石を投げてくる。それを魔法で防ぐ。
「3階で既に命の危険を感じますね」
「いえてる。魔道具を持っていても怖いものは怖い。常に守護魔法をかけたくなってきた」
魔法陣を書いて、攻撃されると同時に魔力を流して反射しているが、仲間がやられても気にせず、連続して投げてくる魔物の種もいる。的を定め辛くするためか動きながら仕掛けてくるのだ。魔法陣より魔法で攻撃するのが、基本になってきた。
「魔獣より魔物の方が厄介だな」
「頭が回るので、罠を仕掛けて反応すると同時に投げてきますね」
ノエルとクラウンの冷静な分析を背後で聞きつつ、アレクとノーシュに前もそうだよなと話を振る。
「知恵がかなりあります。2階との差が激しいように思いますね。罠も2段階は当たり前で3段階も増え、巧妙になってきました」
今はノーシュが先頭で自国の罠の解除方法を見せてくれている。
3階の中央を超えた辺りから厄介なことが増え始めた。
それぞれの国の解除の仕方を教え合う為、あえて罠のある道を通ると、嬉々として魔物が部屋から覗いていたり、攻撃を仕掛けたりするのだ。
とはいえ、皆で教え合っているため、かなり勉強になった。
この罠だとそっちの国の解除の方がいいな、ということが普通にあるのだ。
各国のやり方を組み合わせて、これでどうか?などと休憩の時に皆で話し合うのも楽しい。
探査魔法や探知魔法が使えない場合もあるはずだ。
そういう時は、自分で発見し解除しないといけないため、冒険者の技術が必要になる。汗をかき身をもって覚える。学校では、教えてくれない部分を学んでいる充実感が湧いた。
「よし。13時をまわった。そろそろ2階へ戻ろう。出くわした魔物や魔獣は、交代で討伐をする」
「「「「はい」」」」
解体や素材の回収をすると時間を食う。時間を優先して戻ろうと話して、道を引き返す。
引き返している途中で、遠目に他班が見えた。それも2班だった。道の角でなにやら話をしているようだ。
すれ違うには、少々狭くなっている道だ。
通りたい通路なので、仕方がなくこの場で少し待つことにした。
「「合同で討伐しているのでしょうか?」」
ノーシュとクラウンの言葉が重なった。
「それっていいのですか?」
アレクが、そういう抜け道も手かと呟くが、アリかナシかならばナシだ。
「いや駄目だと思うよ。班分けの意味がない」
「アレク、私もナイと思いますよ。それに、なんだか揉めているように見えませんか」
「見えるな。こちらに気づかれる前に、他の道を行くか」
ノエルの言葉を受け、それなら探査魔法で他の道を探そうか、と魔法陣を描いている時だった。
全員の時計のアラームが鳴った。
俺は横笛の音色だし、花の歌だったり、時間を読み上げられたりと。それぞれの音が同時にした。
ダンジョンに似つかわしくないその魔道具音で気付かれて、視線が一斉に向けられる。
「引き返す?」
「いや、不自然だ」
自動で止まる時計を恨めしく思いながら見つめ、相談をする。通り抜けようと話して2階に戻ることを選択した。
通路に向かって歩いて行き、声をかける。
「皆、元気そうだね。悪いのだけど、2階に戻りたいから前か後ろかに移動してくれないかな? ほら、少し狭いからすれ違う時に武器がぶつかるだろう?」
俺は微笑んで、頼んだ。
剣や槍がぶつかると決闘の合図になるのだ。そういった意図はないのだと示した。
「すみません、悪いことをしましたね」
「そうですわね。私達が、下がりますわ」
クリスとウエンディの班が引いてくれたので、ノエルも礼を言う。
「すまないな。来る時に、この道を通ったから帰りも知っている道で戻りたい」
そちらも避けてくれるか?と、ノエルと共にもう一方の班に視線をやると、エマレアに話しかけられる。
「ちょうど良かったですわ。これから勉強のために4階に行きましょう、と皆さんで話をしていたのです。ノエル様、ご一緒にいかがでしょうか?」
「断る。通りたいので脇に退いてくれ」
端的な回答に驚いた顔をしているが、2階に戻るのだから断られて当たり前だ。ノエルは時間厳守だ。
「ソ、ソルレイ様。わたくし達の班は、4階の魔獣を狙いますの」
リリス先生が、勧めていたあれか。
「へえ。4階の魔獣って……。あの中では2種類だけなのに、わざわざ選んだのか。頑張り屋なんだね。俺達は2階に戻るところなんだ。エマレア嬢、女性にぶつかると申し訳ないからあと 一歩だけ下がってくれるかな? リュックがパンパンなんだ」
威圧する笑顔で押し切るように下がってもらった。
ただ、足を踏み出すのを遮るように、他のクラスメイトから声をかけられた。
「女が頼んでいるんだ。受けてもいいんじゃねーか?」
おまえは強いんだし、と続けられる。ライゼンか。剣も槍もできるとかってノエルが言ってたな。俺は、武術系の選択は、最低数の1科目しか取っていない。確かに、体格もいいし、重そうな立派な槍を持っていた。
「実は、ダンジョンに入ったのは、初めてでサポート係なんだ。少しずつ進んで、勉強している。期待には応えられないよ」
俺はそれだけを言い、最初に通り抜けた。
誰かが行かないといつまでも通れない。俺は武器も持っていないから決闘にもならない。適任だ。
「課題はあくまでも課題だ。知らずに選んだのであれば教員に4階は無理そうだと告げ、変えてもらったらどうだ?」
ノエルも後ろでそう言い、通ると、ライゼンは、慌てて槍を下げて当たらないようにしていた。
「それがいいと思います」
「そうすべきです」
「ぶつかりそうです。決闘の意思はありませんので大目に見てください」
大柄なノーシュがぶつかっても許して欲しいと最後に通り抜けた。
皆が断りながら通ると、エマレアではなく、隣にいたミクシーが俺達を後ろから詰る。
「ちょっと!! せっかく全員で4階に行こうって誘ってあげたのに!!」
腰に手を当て指を差す。ピンク色のツインテールが怒りに揺れるのを見ながら、ノエルの方が、この無礼に怒っているのではないかと確認をすると、目にも入れずに周囲を警戒していた。
うん、いつものノエルだな。
「おい、やめとけ。ミクシー」
「そうだ。クリス達は、行くって言ったのだからいいだろう」
ライゼン達が、ミクシーを宥めるのをクリスが分析する様に見ていた。見られていることに気づいたのか、目が合うと頷いて、微笑まれた。
なんだか嫌な予感がしたので、足早にその場を去るのだった。




