グルバーグ領への帰郷
眠る前に、無断で入ったという書斎に向かう。持ち出された書籍がないかの確認だ。
扉を開けると、渦中のメイドが、床に散らばった本を片付けており、目が合った。
「あ」
そのメイドの声に、思わず声をかけた。
「勝手に入るのは駄目だ。片付けないといけないなら、メイド長に報告するのが先だよ」
「申し訳ありません」
「うん。二度目になると、注意じゃすまなくなるから気をつけて」
「……はい」
小さい返事に意地悪をしている気分になり、片付けるのを手伝うためにしゃがむ。目についた本を数冊重ねて取り、棚に直していく。
「どうしてここへ入ったの?」
なるべく軽く聞こえるように、背を向け、本を直しながら尋ねた。
しばらく黙っていたが、本を拾うのに振り返ると、重そうに何冊も抱えて後ろに立っていた。
「その本を読みたかった?」
「い、いえ。とんでもない。理解できる頭ではありません!」
「え?」
「あ」
気まずい空気が流れたが、本を差し出されたので受け取って片付けていく。
何冊かどこにあったのか分からない本があり、下段の棚の隅においた。古代の魔道具とある表紙には、少し惹かれた。落ち着いたら読んでみよう。最後の本も終わった。
「ソルレイ様、申し訳ありませんでした」
「うん、理由だけ教えて欲しい」
「はい。私物を移送するようにと仰られたため、皆に習ってすぐに移動させました。アイネメイド長は、迎賓館の客間を何人かで使えるように割り振って下さったんです」
「うん、いい判断だと思う」
「はい。それで手が空きましたので、部屋の4人で、荷造りに時間のかかるものを箱詰めするべきという話になったのです」
「うん?」
口を挟まず聞いていたのだが、どうしてそんな話になるのかと思い、疑問が口をついて出た。
「ビルジュ料理長が、マルコス達に調理器具を荷造りするように言っていたと聞きまして……。私達は、屋敷の荷造りが必要なのだと勘違いを致しました」
本当に屋敷を丸ごと収納すると思わなかったと言われ、大体分かった。そうか。実際に見ないと分からないよな。
「ああ、そういうことか。マルコス達は、ここで働いてもらうからだよ。料理人は、調理道具が変わると扱い辛いっていうから言ったのだと思う」
「はい、申し訳ありません」
看病で一年遅れたので、挽回しようと、きつい書籍の荷造りを選んだらしい。緊急の荷造りだから入ってもいいと思ったようだ。他の3人は食器だったり、掃除用具などの備品だったためにアイネも気づかなかったようだ。
一応3人のメイドの名前を聞き、話は終わった。
「棚を倒して本を傷つけました。私は、クビでしょうか」
「破けてもないし、大丈夫だよ。次から気をつけるようにすればいいよ。破いても言ってくれれば、修復して教会へ持って行く。それよりも、棚が倒れて、また怪我をするところだっただろう。そもそも一人でやる作業じゃない」
「……はい」
反省は十分。これ以上は必要ないな。
「お母さんの様態は?」
「は、はい。良くなりました」
「そう、良かったね。でも、気になるだろう。ここじゃなくて、アインテールの方がいいよ。一緒に戻ればいい」
「いえ、こちらでと母にも伝えてあります」
意志は固いようで、しっかりと見返すので、気負わないようにとだけ声をかけておく。
共に書斎を出て、部屋へと向かう。ああ、眠い。
欠伸を止められず、入った自室で何故かベッドをラウルに占領されていた。隅で横になるとすぐに眠りに落ちていった。
二人で守りつつ、使用人達には、仮眠を取らせ、アインテール国に急ぐ。
朝になると、御者に守護の魔道具を持たせてから車内で眠った。夜は、魔物や魔獣で、昼間は盗賊だ。
スニプル自体は、魔獣で他の魔獣が嫌う匂いを出している為、魔物と盗賊だけを心配すればいい。
今は夜なので、魔物の心配だ。
盗賊より魔物の方が、怖くない。
そのため、守護魔法陣を幾つも描き、交代で寝るという選択になった。早くこうすれば良かった。
途中で休憩をして、その時には、二人で警戒をする。国に入らず、ひたすら走り、月の日の朝一番に戻って来られた。
前のスニプル車にラウルが乗り、後ろに俺が乗った。乗車人数は、減っているが、台数だけでも合わせた形だ。
検問を通り、グルバーグ領に戻ると、敷地に別荘を設置して完了だ。
別荘もなかなかに広さのある屋敷なので、これで問題ないだろう。
メイド長や執事長が、俺達が寝ている間に別荘の部屋割などを決めてくれたので、メイド副長のキアと執事副長のルキスを呼ぶ。
「ここでのメイド長はキア、執事長はルキスだと指名があった。ここをグルバーグ家の屋敷に恥じないように調えて欲しい。これが預かった部屋割りだ。時間的猶予がどれくらいあるのか分からない。予算は掛かってもいい。とにかく急ぎで頼む」
「「かしこまりました。お任せください」」
急いで作られた部屋割には、お爺様の書斎の部屋や執行官代理の部屋もあり、芸が細かかった。ミーナやアリスも協力したという。観光もできないのに、ついてきた理由が分かり、頭が下がる思いだった。
足りない部分をそうと分からないように、皆が助けてくれているのだ。
「ミーナ。朝早くからごめん。お風呂の用意を頼みたい」
「とんでもございません。すぐにご用意いたします」
「ありがとう」
ラウルが、僕も一緒に入ると言うので、逡巡してから、眠いからすぐに上がって少しでも寝るよ?と言うと、一緒に寝ると言うので、分かったと返事をした。
実際、風呂から上がると、ベッドにダイブだった。
ラウルがそれを笑っていたような気がするが、数時間後、熟睡するラウルをベッドに残して、1限目の遅刻ギリギリに学校へと向かうのだった。
物理的に距離を取らせれば、音を上げると本気で思って、王都に引き留めているのだろう。
カルムスとダニエルが王都に行き、戻って来ないまま2週間が経った。
俺もラウルも学校と領地の仕事をこなしながら使用人達を少しずつ解雇しては、雇い直して移動させていっているが、ダンジョンに入るまでの日にちも迫っていた。
夏の実習の間、ラウルを一人にするのは不安だった。カルムスとダニエルに戻って来てもらいたいが、難しいだろうか。
領内の主要なヵ所や神殿、山小屋には魔道具を設置済みだ。俺とラウルの魔力量を上回っても、立ち入ることはできない。
エリドルドやカルムスのお父さんのカルロスを始め、話をしておいた方が良さそうな人には、話を通してある。
皆が、アジェリード王子と呟き、天を仰ぐか片目を手で隠す。貴族流の“なんということだ”という表現方法だ。
俺とラウルはグルバーグ家の人間ではないという文面であったので、卒業したら出て行くことになると告げると、増々仕草が大仰になっていくので、笑いそうになった。
領民は、独自のネットワークでもあるのか、当主を下ろされたって本当か?と聞かれることもあった。
「第一王子が連れてきた人が当主になるらしいよ。大丈夫そうか?」
昔、学校に上がる前に遊んだことのある子に聞かれた時は、逆に聞いてみた。
「えぇー!? まあ、何とかやってみるけどよ」
辺境領民の逞しさに笑いが込み上げた。
学校の試験は、無事に本年度分を取り終わり、卒業が決定した。ポリコス先生から成績優秀者としてノエルと共に選出されると言われ、喜んだ。
夏の実習が終われば、問題なく決定すると説明を受ける。3年の時間があればいいな。
2日後は、国外の遺跡近くでダンジョンの実習だという頃、カルムスとダニエルがやっと戻って来た。
ロクスが、出立された時のスニプル車なので間違いがないと言いに来てくれたのだ。
俺とラウルは、子供の時のようにダダダと大階段を駆け下りる。器用に二段飛ばしだ。
二人とも疲れた顔をしていたが、俺達を見ると微笑んでくれた。
「「おかえりなさい!」」
ラウルが早く、玄関先でカルムスに思いきり抱きつくのを横目に俺もダニーを抱きしめた。
「おかえりなさい。心配したよ。何度も迎えに行くか話したんだ。無事で良かった」
「長かったですからね。心配をかけてしまいましたね」
溜息と共に、ダニエルが抱きしめ返してくれた。
「僕、殺されちゃったかと思ったよ。良かったあ!」
ラウルに抱きつかれて、重そうにしながらも背を優しく叩くカルムスに笑みが浮かぶ。ちゃんと受け止めてくれていた。
「縁起でもないことを言うな。殺されるくらいなら殺してでも帰って来るぞ」
「うん、そうして。僕とお兄ちゃんが匿ってあげるよ」
大事な話があるので、先に話をと言われ、すぐ近くの応接室に入った。
カルムスが部屋の様子を見て頷き、ソファーに身を投げ出すように座った。
やはり相当疲れているようだ。
「屋敷とグリュッセンの別荘を入れ替えたんだな。中もこれだけ調えていれば、辺境伯家として相応しいだろう。よくやってくれた。来年の春にここへ来るようだぞ」
王は、そういう決定を下したのか。
「最悪。僕は、王様が怒ると思っていたのに」
「そっか。分かった。事の及び方が、性急だったからね。やっぱり3年を待たずか」
運ばれてきたお茶に口をつける。
香りが飛んでいるように感じた。
「これでもダニエルが交渉して、来年の春に伸びたくらいだ。俺達にその当主の後見になれときたから、ラインツ様の弟子なだけでグルバーグ家に義理はないと言っておいたぞ」
「私も同じです」
カルムスが言うには、俺達の後見人でグルバーグ家の仕事はお前たちがやっているのだろう、引き続き新当主の元で働けと第一王子に言われたらしい。
そこで、仕事は一切せずに別館で研究をしていると言い張り、断ったそうだ。
第一王子派閥の者達から『嘘をつけ!』と疑う声が上がったが、二人が王都にいる間に税務申請書類を提出したり、フォルマの家や他家と土地の売買をしたりしていたため、『本当にやっていないのか』と再度問われ、『ソルレイとラウルツが学校に行きながらやっているので手伝ったことはない。領内から出る陳情は、休み時間に片づけていると言っていたので教師に問い合わせるといい』と言うと、『もういい』と王子本人にも言われたらしい。
「お兄ちゃん、休み時間にやっていたの?」
「うん。それに、魔道具の授業は、魔道具を7回作ったら終わりなんだ。2週間あったら終わる。後は、自習になるからその時間にやっているよ」
そしたら家に帰ったら遊べるだろう?と笑うと、笑顔で頷く。
「そうなんだね、知らなかったよ」
一緒に遊ぶために俺が努力していたことを知り、嬉しそうにする。こういうところは、まだまだ可愛い弟なんだよな。
「コホン。話を戻しますが、新しい当主は、11歳の子だそうです。10歳として初等科に入れるという話をしていました。来年の春に国を出ますか?」
ダニエルの言葉に考える。
11歳……。思っていたより低い。俺より上だと思っていたくらいだ。レイナ様が死んだのって何歳なんだ? いや、本物じゃないのか。それで後見人なのかな。後ろ盾という意味ではなかったようだ。
元々、他国で世話をしていた後見人がいるが、アインテール国の第一王子派閥の貴族家からも人を出すそうだ。
他国の後見人だけでは、リスクが高いということか。
グルバーグ家の魔法陣は、流出させたくないということだな。魔法陣は、選別して見せてもいいものだけ、この屋敷に移しておいてある。まず、大丈夫だろう。
「子供だと思っていなかったんだ。それなら、ラウルの高等科の卒業まではいるよ。寮に入る。2日後にダンジョンでの実習があるんだ。これがクリアできれば 、2年の延長が決まる。俺とラウルは、高等科の寮から通って、魔道士学校を卒業するよ。お爺様が入れてくれた学校だから、ラウルもちゃんと卒業させてやりたい」
「お兄ちゃん……」
「なるほどな。ダニエル、悪くないんじゃないか?」
「そうですね。転校も考えていましたが、私もいいと思います」
「僕も。お兄ちゃんと一緒なら寮でもいいよ。あのね。カルムお兄ちゃんとダニーは、来年の春になったらグリュッセンの屋敷に行ってくれる?」
アイネが心配なのだというラウルに二人共笑っていた。可哀想だけれど、卒業までは遠距離恋愛になるな。悪いことをした。
「ああ、いいぞ」
「はい」
二つ返事で了承をしてくれたことに俺が一番ほっとした。




