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強引な屋敷と別荘の入れ替え作業 

 皆への話が終わったので、一緒にダニエルの執務室に向かった。何か残してくれているのではないかと思ってのことだった。


「あった! これでしょ!」

「さすがダニーだな」


 机の上に置き手紙とも言えない走り書きがあった。立ったままラウルが手にした紙を覗きこむ。

 内容を確認すると、仕事は急ぎの分は片づいているということが分かった。

 “頂いた魔道具も持って行きます。心配しないで下さい”と結ばれていた。

 ラウルと安心して頷く。


 そのまま途中で残された執務の続きを行うことにした。分かる範囲のもので助かった。ラウルに日付順と重要なものとそうでないものの仕分けを手伝ってもらおうかと思ったが、既に綺麗に分けられていた。


 最初に分けた方が、効率がいいと前に手伝った時に気づいたのかな。同じやり方を実践してくれていたようだ。

 ラウルが何かやりたそうにするので、清書を頼んだ。


「2日の休みを使うとして……。石の日の授業が終わってから、2日と半日、帰りもいる。無断で3日休めば退学だったよな」

 月の日には、間に合うか。

「休学届は出さないの?」

「出した途端に、次の一手を打たれそうで怖い。できれば出さずに行きたい」


 引き離したことで、慌てているだろうと思っているのだろうな。

 この期間こそが、好機に変える機会だ。できれば、考え得るだけの手を打ちたい。


「お爺ちゃんは、生きた鶏たちを連れて来てくれたけど……」


 ラウルが、紅茶を淹れに来てくれた年配のメイドを見ていた。人を収納の魔道具に入れる案か。

 移送にはいいと言いたいところだが、危険が大きい。大事な命に何かあってはいけない。


「いや、さすがに人はまずいよ」

「やっぱり?」

「魔道具は、万能ではないんだ。最近は、本当にそう思うよ。一つのことに特化した魔道具の方が、軽量で細工も容易くて、組み合わせて複雑にすると、発動までに時間がかかるんだ。収納の魔道具もそうだよ。便利な分、魔導石だけの魔力では足りないから初めから純度の良い吸収の鉱石が2つ使われているんだ。一つは、収納したい物に使われるけれど、もう一つはグルバーグ家の大きな魔力を吸収する用だ。一覧の方の魔道具と幾つもの魔導石で繋ぐことで、大きな魔力を循環させることができている。もし弾けて使えなくなったら、新たに吸収の鉱石を媒介にしても弾けた鉱石ではないため、下手をしたら取り出せなくなる」


 人が別空間に、置き去りになるなど、ぞっとする。

 お兄ちゃんでも無理なの?と悪気なく聞かれたので、無理だと答えた。

 この魔道具の設計図は、探したがなかった。分解をして組み立てても元に戻せるかは、運だ。


「そっか。じゃあ、お兄ちゃんがさっき言った通り、屋敷からだね」

「うん、急ごう。カルムお兄ちゃんとダニーを王都に留めている間は、周囲も静かそうだ」

「僕たちが、子供だから何もできないだろうと思っているってさっき言ってたね」

「社交界にも出てないからな。人物像が掴み辛いんだろう。案外、学校で仕掛けてくるのも家以外だと、どこにいるのか見当がつかないからかもしれない」

「アハハハハ。そうかもしれないね!」

「今週の石の日、学校が終わったら屋敷を収納してグリュッセンに向かおうか」


 屋敷と別荘を入れ替える。その間に使用人は、グルバーグ家付きからソルレイ付き、ラウル付きと徐々に変更する。

 全員の変更が済む前に当主が来たら、残っている皆は、全員解雇をして、また、それぞれに雇い直す。


 目立つ位置にあるベリオットとハチミツハウスは、働いてもらっている者に給与を与えて、暇を出して移動させておく、若しくは働き手にも給料を上乗せして、グリュッセンに移動してもらう。


 こっちは、嫌がるだろうな。無理は言わないようにしないと。


「うん! 分かった。僕が明日の朝にでも行って話をしてくるよ。国を出てもいいかの確認だね」

「ありがとう。頼むね。移動してくれる人がいたら住む場所はこちらで用意することも明記したほうがいいな。新しい雇用契約書を作ろう。国から出たくないという人にも働けない間も、賃金は、継続して出すから心配しないように伝えて欲しい」

「はーい」


 雇用契約書を作成してラウルに渡す。

 フォルマと結んだ土地の売買契約も進めておこうと候補予定地の広さが分かる書類と売買契約書を作る。


 売買契約をした場合は、商業ギルドにも書類を出さないといけない決まりだ。

 これは全ての売買がそうで、例外は寄付だけだ。

 書き方が分からないものは、執事長のアドリューに聞くかギルドに行くかだな。ベリオットハウスも名義変更の予定だ。税金も増えるから聞きに行ってみようか。


 この日の夕飯は、たった二人だけの食事だった。少し懐かしいくらいだ。

 ただ、広い家がどこか寂しくて、ラウルの部屋で一緒に眠りについた。


 翌日は朝からバタバタとしていた。自分の部屋から執務室までが遠いのだ。

 昨日の内に、書類を部屋に持ち帰ればよかった。屋敷の中を走り回っていてもメイドも執事も見ないふりだ。誰も咎めなかった。

 そのことに悪いと思いつつも、走ることはやめられない。ロクスに馬車を出してもらい、今度は、朝から領内を移動だ。


 学校に行っている間に何かされても困るので、ベリオットハウスは、お爺様の魔道具で次々に収納していった。

 早起きをしたラウルが、朝から雇用契約書に署名を貰ってきてくれたおかげだ。


 目録の魔道具にもベリオットハウスと書いておく。


「お兄ちゃん、終わったね」

「よし、やるべきことの一つが、終わったな。資産は大事だ」


 後は、凄く遠いベリオットハウスだが、あれは村に雇用先がないと言っていた村長と村民に任せてある。

 雇用は、全員継続で、働けない間も賃金は支払い続けることになっている。どうなるか分からない今の状況では、これが精一杯だ。あくまでもカルムスとダニエルが戻るまでの緊急的な措置だった。


 今度は、急いで支度をして学校だ。


 慌ただしいながらも毎日できることを頑張っていた。日は過ぎていき、石の日の朝。

 学校から帰って来たら、屋敷を丸ごと収納して別荘と入れ替えるので、必要な荷物は別館に運びだしておくように使用人達に伝えた。

 戻りは、月の日に朝になる。

 自分の家に一時帰宅か迎賓館に泊まっておいて欲しいと頼んだ。




「えっと、それで?」

「はい、あの者は、グルバーグ家の屋敷に一年前に入るはずだったのですが、足を骨折したとかで、予定日に来なかったのです」


 アイネから報告したいことがあると言われたため、話を聞いているのだが、回りくどい貴族独特の言い回しに参る。はっきり言って欲しいと伝え、話を改めて聞いているところだ。


 30分前のことだった。学校から帰ると、使用人達は全員屋敷の外にいた。どうしたのか聞くと、全員揃っていないと、確認が大変かと思いましてと言われ、その通りだと頷いた。

 一部屋ずつ残っている人がいないかの確認は、時間を取られる。


「皆、ありがとう」


 それぞれの長が、担当している仕事の使用人数の確認を行い、全員いますという言葉の元、ラウルと収納の魔道具に魔力を篭め、屋敷を収納した。すぐに目録を作る。


 さすがに魔力がごっそりと持っていかれた。その感覚は、酔ったような奇妙なものだった。


「月の日の朝には、別荘を持ち帰る。執事長とメイド長には一緒に来てもらいたいが、推薦者がいるのであれば、そちらでもいい。大事な屋敷を守って欲しい。道中は、物理的な意味では大丈夫だ。お爺様がそうしたように俺達も魔道具や魔法陣で必ず守る」

「「一緒に参ります」」

「ありがとう。近いと言ってもスニプルで一日半はかかる。急ごう」

「行ってらっしゃいませ。ソルレイ様、ラウルツ様」

 使用人達が総出で、頭を下げる。

「苦労を掛けるけど、待っていて」

「行ってきまーす」


 2台のスニプル車に乗りこみ、グリュッセンを目指した。

 1台目には、俺とラウル、メイド長に執事長にロクスとハベルだ。ベンツとモルシエナには、御者の警護を頼んでいる。後ろには、絶対に行くと言ったミーナにアリス、2人の料理人とメイドが2名だ。


 今は、寸暇を惜しみ、出発をしたその車内でアイネからの報告を受けている最中だ。


「自分の骨折の療養が終わると、今度は、母親が病気だと言うのです」

「一年前ならお爺様が了承をされたのだろう?」


 怪我が治ってからでいいと言ったに決まっているし、母親の病気を看てやりなさいと言うはずだ。

 執事長を見ると、『さようでございます』と言う。


「今の働きぶりで評価すべきだ。アイネもそうしてあげて欲しい」

「お兄ちゃん、それはいいんだよ。いけないことをしちゃったみたい」

「いけないこと? 何をしたんだ?」


 そのメイドは、後ろの車に乗っている。連れて来てしまっているけれど、色々と大丈夫なのだろうか。そのメイドの母親の看護の人手もそうだが、危険はないのだろうか。車内からは振り返っても後続の車は見れないが、ついて来ているかだけでも確認しようと窓に近づく。


「ミーナなら大丈夫でございますよ。心配いりません」

 ロクスに言われて、頷いた。

「なに、今の! お兄ちゃんの動きだけで、考えていることが分かったの!? 凄いね、ロクス!」

「勿体ないお言葉です」

 ……話が全然進まない。

「ラウル、知っているなら教えてくれ」


 面倒な当主としてのやりとりに匙を投げた。


「勝手に書斎に入ったんだって。どうしてか棚を移動させようとして、本を大量に床に落としちゃったみたい。僕も報告されたけど、次から気をつければいいよって言ったらアイネが怒ったの」

 何でだと思うと言われてアイネを見ると、真顔だった。

「……それは、ラウルがちょっと悪いよ」

「どうして?」


 てっきり自分の味方をしてくれると思ったようだ。

 味方なのは、当たっている。が、このやりとりは、アイネにとっては、少し意地悪なことになるな。


 まあ、確かめたいこともある。いいか。


「そうだなあ。まず、アイネはメイド長だからな。メイドの失敗は、教育が行き届かなかった自分にも責任がある。と、感じている。俺達は、アイネに対して何も思わないけど、アイネはそう思っていない。これは、当主としてアイネに悪くないと言ってあげれば済む話だ。他の貴族家では、どうか知らないけど、グルバーグ家はそれでいい。個人の責任だ」

「うん、アイネは悪くないよ」


 ラウルが笑顔でアイネに悪くないと言うと、表情を消してはいるものの、どこか耐えている感がある。釣られて笑えばいいのに。


「次、その人の動機の問題だ。メイドの行動は、かなり不審に映る。書斎に入っていいのは、限られた使用人だけだ。そのことを知らないとは思えない。日が浅いということは、この一年、違う貴族家で雇用されていたかもしれない。書斎に忍び込んだのは、グルバーグ家についての調べ物がしたかったからだ。あそこには系譜もある」

「わぁ、大変じゃない!」

「そうそう。アイネは、メイド長だからな。そういったことも考えて、一年雇用が伸びたことは、言った方が良いと判断したんだ。さっきの発言は、よくなかったよ。アイネが療養や看病を認めていないような言い方になってしまった。ごめん」

「謝罪など必要ございません」

「ありがとう。では、次も許して欲しい」


 僅かに戸惑ったような目の瞬きに、薄く笑みを浮かべて貴族らしく返した。


「一度、視点を変えてみよう」

「ん?」

 首を傾げるラウルに笑う。

「ラウルが、16歳になり、高等科を卒業したら、結婚を前提にアイネと付き合うんだろう?」

「ソルレイ様、お待ちくーー」

「うん、そうだよ」

 止めに入るアイネを無視して、ラウルは満面の笑みで答える。

「アイネは静かにしているように。 いいか? ラウル。グルバーグ家に入る未来の妻は、こう考えるんだ。“グルバーグ家に憂いがあってはいけない”連れて来たのは、グリュッセンで問い詰めるためだな。味方がいてもアインテール国内だろう。『グリュッセンまで連れて行けば、書斎に忍び込んだ目的を吐かせられるわ』くらいかな」

「えー。アイネはそんなに危ないことを考えていたの? もう! 僕が聞くよ。何か持ってたらどうするの! メッ!」


 めっと怒られたアイネは真っ赤になっていた。ラウル以外の俺達は、空気だけれど、よかった、よかった。

 ラウルの片想いかと思っていたが、この分だと大丈夫そうだ。


「アイネ様とラウルツ様が……」


 この中で唯一知らなかったらしいロクスが小さく呟く。さすがに驚いていたが、次には表情を消していた。


「おめでとうございます」

「ありがとう、ロクス! お兄ちゃんより僕が先に結婚するけど、グルバーグ家は、お兄ちゃんが当主だよ。これは、変わらないからね。お兄ちゃんの側で、支えたいって言ったらアイネも賛成してくれたから僕も屋敷にいようと思ってるんだ。これからも宜しくね」

「「かしこまりました」」


 二人の執事の静かな返答に頭が下がる。

 そうして、初めて聞く結婚後のプランに、俺は考えることが増えそうだった。

 ラウルとアイネに子供が生まれたらその子に譲ろう。

 厳しい立場に立たされた上に社交界に一切出ていないのだ。結婚できる気がしない。


 お爺様の別荘は、観光地になっている海側ではなく、山側にある。静かなこちらが良かったのだろうなと思う。


 道中は、俺とラウルが交代で盗賊対策だ。

 そのことに恐縮していた。

 けれど、スニプルの車内でラウルに肩を貸して寝かせている時、やっておいて欲しいことを話して了承してもらっているので、頭を下げないといけないのはこちらの方だった。


 まずは、商業ギルドへの登録だ。

 こちらでベリオットとハチミツハウスをして、稼ぎたい。

 儲けは雇用者への支払いと屋敷の維持費に充てる。

 寝ているラウルに肩を貸す。


「第一王子は頓珍漢なことをしているようにも見えるが、これは何年も前から計画されていたようだからな。カルムス兄上とダニエルが戻るまでに仕掛けてくるかもしれない。脅威ではあるが相手の裏をかく機会でもある。使用人達は、少しずつ移送することになるだろう。いったん解雇して、国を出たところで待っているスニプル車でグリュッセンまで運ぶといった具合だ」

「ソルレイ様。馬車の方が宜しいかと。春と夏は、旅行用の乗合馬車が出ております。3日かかりますが、グルバーグ家と縁が切れたと思わせることができるかもしれません」

 ロクスの言葉に頷く。

「そうか。スニプル車は目立つか。出入りの検閲確認が騎士だからな。第1騎士団ではないが、気をつけるに越したことはない。よし、そうしよう」


 ベリオットとハチミツハウスで働いてくれている雇用者の中で、家族で移ってもいいと言ってくれている人もなかにはいるとラウルからも聞いている。

 次に移動を考えている使用人達までは、安全性の高いスニプル車で速やかに移動させることにした。


「うぅ? お兄ちゃん?」

「うん、おはよう。まだ、スニプル車の車内だよ。寝ていていいよ」

「うん」

 肩を貸している逆で、頭を撫でると安心したのか、再び眠りに落ちていった。

 御者が急いでくれたこともあり、盗賊の多い時期にも関わらず被害を受けることなく無事にグリュッセンに到着することができた。


「着いたね!」

「うん。これで二つ目も達成できるよ。どんな人が来るか分からないだけに、どこまで対策が必要なのかも分からないけどな」


 別荘に向かってもらい、別荘を収納後、屋敷を取り出して設置し、馬や鶏、スニプルなどの厩や養鶏場もそのまま敷地に出すと大変なことになった。人手が足りない。このため、馬は、2頭、スニプル馬車1台、鶏は数羽とした。後は、再び収納された。


 本当なら泊まりたいが、そうもいかない。

 数時間休んだら、とんぼ返りだ。


「3時間寝てくる」

「うん。3時間したら起こして。メイドには帰りの車内で、もう一度話を聞くよ」

「「かしこまりました」」

 ラウルの部屋で一緒に眠ることにした。

「俺達もしばらく、慣れ親しんだこの部屋とはお別れだ。必要な物は収納しておこう」

「僕はもう終わったよ。文化祭が終わった日に、アイネに手伝ってもらったからね!」

「おお、偉いな」

「ふふ。お爺ちゃんの部屋もやっておく? あと執務室だよね」

「お爺様の部屋はいじらないでいいよ。執務室だけやろう」


 先に執務室の書類だけ収納していき、自分の部屋で必要な物を収納を済ませた。どうしても風呂に入りたかったので入ってから休むことにした。

 どれだけスニプルの数を増やしても往復3日に短縮するのが、精一杯だった。が、何とかなったな。

 後は、帰りにでも書斎に入ったメイドに詳しい話を聞こう。休憩の時に話した感じだと天然そうだった。

 なんとなく、悪気なくやってしまった気がするので、後回しにしたのだ。


「ああ、疲れたな」

 湯に浸かり、腕を組んで体を伸ばすと、強行日程に思わず声が出るほどだった。

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