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友人

 教室で時計を確かめると15分後に朝の連絡が始まる。担任のポリコス先生が来るまで寝ていよう。昨日はあれこれ考えてよく眠れなかった。

 机に突っ伏して眠っていると、ノエルから名前を呼ばれて背を2度ほど優しく叩かれた。


「ソルレイ、授業が始まる」

「?」

 身を起こすと、1限目の授業を担当するエンディ先生が入って来た。しまった、と身を起こして礼を言う。

「ノエル様、ありがとうございます」

「ああ、無理はするなよ」

「あ、はい」

 ポリコス先生も一番前で寝ているのだから拳骨でも落としてくれればよかったのに。慌てて魔法陣の教本やノート、筆記具を出した。

 今日は休み時間にフォルマに話をしに行かないとな。貴族間では手紙で了承を取り付けてから会うのが儀礼だ。そう思うと学生の内は、随分と遇されているように思う。次の休み時間に会いに行こう。


「今日は、極少範囲の範囲指定がもたらす効果についてだよ! しっかり聞いてね!」

 エンディ先生は、容赦なく全員に当てる先生のため、ちゃんと話を聞くべく考え事を止め、分厚い教科書を広げた。




 隣のクラスや、3クラス目は、高等科から入って来る外部学生はいない。ノエルのように初等科から来るのは、初等科からの進学率が高いからだ。高等科からとなると、よほど優秀でないと入れない狭き門になる。そうなると、貴族家の中でもとりわけ裕福で、専属の家庭教師をつけることのできる教育にお金をかけられる家。つまり、上級貴族家となる。

 今のクラスは、ほとんどが伯爵家以上でアレクのような子爵家は稀だった。

 比べて2組と3組は、持ち上がりの為、元レリエル率が高い。


 フォルマがいる3クラス目の扉を叩き、顔を出すと、目があった男子からではなく、遮るように女子達から矢継ぎ早に声がかかった。


「ソルレイ様! 騎士がまた来たのですって?」

「聞きましたわよ。学校に来ていらして大丈夫ですの?」

「一体、何が起こっているのか。ソルレイ様、教えてくださいませ」


 話したことのない生徒達にも興味津々の目を向けられる。

 何と言うのかと、面白がっている生徒もいるようで、薄笑いを浮かべている生徒もいる。

 王族派閥の家の子なのかもしれない。

 まあ、そうでなかったとしても騎士家の生徒もいるだろうから、仕方のないことかもしれない。

 家族や親戚、同じ派閥の者達からも噂程度には聞いているだろう。社交界にも出なかったから好き放題言われていそうだ。


 面倒事は早々にすませよう。


 扉の前まで来てくれたアンジェリカ達に『少し待っていて』と声をかけて、教室内に入る。


 こちらを見て笑っていた男子生徒を見ると、笑みを消し、強張った顔に変わった。

 別に何かしたりするわけじゃない。事実を話すだけだ。

「気になるのなら話そうか? 隠していてもいずれ発覚することだ。それにこのクラスは、アインテール国の貴族しかいないからな」

 教室を見回すと、一様に黙って注目をしていた。興味はあるんだな。

「グルバーグ家は、第一王子であるアジェリード様がどこかで見つけてきた平民が当主に据え置かれるらしい。一応は、母の子という体裁になっているけれど、鑑定はしないらしく、魔力は微弱だ。俺と弟は新しい当主が来た時点で、命の危険が高まる。だから、国を出ようと思っている」


 笑っていた生徒は、衝撃を受けていた。

 貴族らしく言葉を濁すとでも思っていたのだろうか。

 生憎と、心はいつまで経っても平民のままだぞ。

 最近は、甘いクッキーより、教会のおやつで作るビスケットの方が美味しく感じるんだ。


 大方、当たり障りのない範囲で情報を落としてくれればいいくらいだったのだろう。もう少し情報を入れている子は、領民の為に、新しい当主の下で働くという奴隷のような生活を選択すると思っていたかもしれないな。

 あの騎士が言ったことで、そういう選択肢もあるんだなと思ったくらい、俺の中ではその考えはなかった。


 これが平民と貴族の差なのだろうか。

 家の名前には興味がない。大切なのは、お爺様と過ごした時間とこれからの家族のこと。それから領民の行く末だ。

 名前だけならいつでも捨てられる。


「このクラスは持ち上がりだが、偶然にもアインテール国の貴族ばかりだ。派閥もあるだろうが、同じ国の貴族だ。一度しか言わない。よく聞いて欲しい。この国の防衛力は、お爺様が亡くなって格段に落ち、防衛線は引き直されている。自分でいうのもなんだが、高等科でも俺は優秀な成績だ。これを、各国の時代を担っていく高等科のクラスメイト達に知られることで、抑止効果になり防衛力は高まるはずだった。アインテール国は、ラインツ様を失ったが、ソルレイとラウルツがいるぞ、とこういうことだ」


 そう言うと、レリエルクラスだった男子達は、頷いてくれていた。

 そのことに笑みが浮かびそうになるので、視線を騎士家かと思われる体の大きな生徒に向けた。


「しかし、授業中にマーズと名乗る貴族と武装した騎士数名が伝令だと乗りこんで来た。その場で第一王子の伝令書を突き付けてきた。内容は、さっき言った通りだ。ただ、偽者を廃しとあった。兄弟で王の持っている鑑定具での鑑定を受けると申し出たが、俺達の鑑定も新しい当主も鑑定はしないことが、初めから決まっていたらしい。断られた。グルバーグ家に新しい当主を据え置くのは国の決定事項のようだ。そしてこのことが、各国の生徒達に知られた。あのクラスは、侯爵家を筆頭に上級貴族家の生徒達ばかりだ。皆、もう子供じゃないんだ。意味が分かるだろう?」


 クラス中の生徒の顔色が悪いが、知らないより知っていた方がいい。


「……戦争に、なるのですか?」

 誰かが言ったか細い声が、静まった教室によく通り、空気が凍りついた。

「いや、まだだ。そうとは、決まっていない」

「そうですの?」

 アンジェリカの存外しっかりした声に笑って頷いた。

「時間稼ぎというか。各国の生徒達の前だったから担任のポリコス先生が、機転を利かせて、3年は、当主の勉強でも他国でさせておけと言ったんだ。使者たちも血縁鑑定を受けたいと申し出があったことを王に報告するみたいだ。だから、引っくり返る可能性もある」


 それもそうかと凍りついていた教室に温度が戻っていく。


「王子ではなく王に報告すると言っていた。ここが重要だ。生徒達も王子が言っただけで王ではない。故に“真偽不明”となると、報告するかは微妙だ。そういう意図もあったのだと思う。どうなるかは分からないが、情報は持っていた方がいいだろうと思って伝えた。守れるものや打つ手が増えるからね。俺も現時点では、まだ当主だから領民を守れる手を打ちたい。来る者が無能だと国が詰む前に領が終わる。フォルマ、アンジェリカ嬢、今日の昼は、一緒に取りたい。ビアンカ嬢も誘って欲しい。いいかな?」

「お任せください!」

 アンジェリカが、食い気味なので、フォルマを見るとしっかりと頷いてくれた。俺も頷き返す。

「では、昼に。ここに迎えに来るよ」

「お待ちしておりますわ」


 これで、アインテール国の貴族にある程度の情報を落とせた。

 まともな判断をするのなら第一王子を諌める側に回る可能性もあるからな。

 教室に戻り、ノエルに今日の昼は一緒に取れないのだと告げた。


「領民を守る手を打つよ。ノエルは、一番の友達だけど当主として動くから駄目なんだ。ごめん」

「何を言う。そんなことは、当たり前だ」

「ありがとう」


 苦しい時に良くしてくれた友人を弾かないといけないことが辛かった。こういう時に貴族の面倒さを感じる。肩を抱く軽い抱擁をして、もう一度詫びてから身体を離した。




「「お誘いいただきありがとうございます。ソルレイ様」」


 昼になり約束通り、教室に行くと先に廊下に出て待っていてくれた。が、貴族の令嬢の挨拶をされ、目を瞬く。

「いつも通りでいいよ?」

「あら、いやですわ。お久しぶりなので、丁寧に御挨拶をしましたのに」

「わたくし達のことは、もう、お忘れになられたのかと思いましてよ」

「御当主の仕事が大変な責務だというのは存じておりますが、交友関係も大事ですわ。ソルレイ様、社交界に全然いらっしゃらないもの」

「もしかして、皆ちゃんと出ているの?」


 学校の門前にある個室で食べられるレストランに向かうことにして、道中、話を聞くと当然ですわ!と返される。

 フォルマもかと聞くと、親に言われて、嫌々ながらも出ています、と言う。

 皆はちゃんとやったのに、自分だけ、すべき宿題をやらずに学校に行ったような、後ろめたい気持ちになった。


「グルバーグ家って自由だからなあ。あんまり出たいとも思わないよ。皆とは、まだ学校で会えるから余計にそう思うのかもしれない」

 事件のこともあったしな。

 家でも社交界については意見が割れて、俺の意見をお爺様は優先してくれた。

「存じておりますわ。お父様からもグルバーグ家は、社交界に出なくてもいい家だと言われましたわ」


 “どんな家だそれは”と普通なら思うのだが、本当にグルバーグ家ってそんな感じなんだよな。

 フォルマが、子供の頃から親に引っ張り回されて、節目、節目には出ていました、と嫌そうに言うので、そうなのかと頬を掻く。


 うーん。ちゃんと出ていれば今回のことは防げたのかもしれないな。失敗したか。


 レストランで個室料金を支払い、ランチを注文してから案内をしてもらった。時間が惜しい。全員が席についてから、遮音魔法を魔法陣で張る。時間指定ができるので便利なのだ。

 午後の授業に遅れないように少し早目に時間を設定した。


「騎士が来たと聞きましてよ。わたくしのクラスでも噂は回ってきていましたが、先ほどアンジェたちから詳しく教えてもらいましたの」


 ビアンカが心配そうな顔をしていた。

 使者もやって来た騎士達も、暴力的なことは何もしなかったと伝えておく。学校に来るのが怖くなるといけない。


「実際のところ、打てる手は少ない。向こうは、王族で第一王子が発起人だ。俺と弟の意見は一致しているんだ。血がつながっていようがいまいが、もう当主として来るのが決定事項なら受け入れるしかない。ここで足掻く気はないんだが、俺と弟は、グルバーグ家に非ずと文書には書かれてあった。だから、他国から攻められた時の話だ。少なくとも数年は大丈夫だろうと思うけど、万一に備えて領民を守りたい。率直に言うが、皆の領地に魔道具を埋めさせてもらえないか」


 そう言うと、まだ話を理解していないはずなのに、気安く『いいですよ』と言うので頷く。


「よし、では一つ目の話は終わった。フォルマは、敷地を自由に歩く権利を俺と弟、カルムス兄上とダニエル兄上の4人にくれないか。当主が無能だった場合、隣接しているそちら側から出入りさせて欲しい」

「分かりました。いいですよ。好きになさって下さい」

「ありがとう。助かるよ」

 これで二つ目もすんだな。

「グルバーグ領は、多くの自然が残っている。今まで通り、次の世代に継承されるように手を打っておく。貴族は、領民を守る責を負うけど、攻めて来ると決まったわけでもない。やれることをやろう」


 そう言うと、分かりましたわと頷く。

 フォルマも、しっかりやります、と言う。

 そこから、いつ、どのように、と話を詰め、フォルマとは相互にいらない土地を売買しあうことにした。


 こうすることで出入りしていても不自然ではないからだ。グルバーグ領に接している部分と交換しあうことにした。



 運ばれた食事を食べながら、設置する予定の魔道具がどういうものかの説明をする。

 考えているのは、守護に特化した魔道具で、反射機能もつけたい。

 他国からもし攻められたら、その魔道具が自動で発動するので、領民の多くは助かる可能性が高いと言うと、真剣に聞いてくれる。

 ただ範囲が広くないのと、いくつも作れるものではないと注意をした。


「特級の貴重な石が複数いる。この4人の領地のそれも一部限定だ。そこに領民達が避難できる建物を作れば、ある程度は助かる。これは、本当に緊急の場合の措置だよ。正直なところ国内に入られる前に撃退して欲しいけど、どうなるかは軍の強さ次第だ。俺には、これができる精一杯だ。ごめん」


 各国の情勢がどうなるかは不透明だ。ただ、この世界には争いが多い。


「ソルレイ様は悪くありませんわ。そんな風に言わないでくださいませ」


 沈んだ顔を見せるが、王が3年以内に第一王子の画策を撤回する可能性もある。本当に万が一の措置だともう一度言っておく。


「他国のことで知っていた方が良いこととかある?」

 ざっくりした質問に微笑みながら答えてくれた。

「社交界で出回っている話で良ければいくらでもしますわよ」

 その言葉にお願いしたいと頼む。

「カインズ国の王子達は、権力争いが激化していると聞きましてよ」

 アンジェリカがビアンカに尋ねた。この二人は、仲が良い。

「それは水面下よ。まだ、動かないはずですわ」


 ビアンカの家は外交派閥だ。

 カインズ国の貴族学校に通っていた多くの王子達の話は、やはりと言うべきか女子達の方が詳しくて、情勢が不安定になるのはやはり5年後からになりそうだという。


「在学中に他国の王子同士で手を取り合う算段をしていても、まずは、国内での功を争うのですわ。地盤固めですわね」

「民衆にも分かる形にして、次の王には自分が相応しいとアピールするはずですわ。婚約者が他国の方ならその国との結びつきを強めたと言えますわ。それまでは、大丈夫だと思いますの」


 真っ先に動くのは、バルセル国ではないかと目されているらしい。第一王子も第二王子も血気盛んだという。

 ハッセル国の北東、カインズ国の南東に位置する国だ。

 喧嘩っ早い国と言われているが、実はラルド国とは友好国だった。

 ハルドの出身国だな。あとガーネルでダンスを踊ってくれたエリーゼもそうか。


「アインテール国とバルセル国では、国力が違いますわ。私達の国の方が格上ですけれど、あまり楽観視もできませんわね。グルバーグ家の紋がアインテール国を守ってくれていたのですもの」


 その言葉に、お爺様の功績の多さを誇らしく思うよりは、辛い日々があったのだと思い、胸が痛んだ。

 優しいお爺様の書斎から見つかったものの中には、グルバーグ家に生まれた若かりし頃の苦悩が綴られた手記もあった。

 

 それでもお爺様は愛していた。人も自然も。

 大きな器を持って接していた。


 各国の情勢が不透明になりつつあるため、今の初等科から高等科の女子生徒は、婚約を解消した家が多いといった貴族女性ならではの悩みを聞きつつ紅茶を飲む。


「ああ、そうだ。それから初等科のレリエルクラスなのだけれど――」


 お爺様が、各学年のレリエル教室に守護の魔法陣を書いてくれたのだと伝え、学校で何かあって逃げられない場合は、初等科のレリエル教室に逃げ込むように言っておく。


 話を終え、午後の授業 に戻った。

 選択授業のナイフ投げでは、アレクが自分も一緒に食事に行きたかったと話しかけるので、目標物から外しまくりだった。

 ただ、運動が苦手な生徒のための授業なので、合格ラインは易しい。

 女子達に混じって、また明日頑張ろう。



 15時過ぎの放課後。

 教室に残って待っていると、ラウルがにっこり微笑んで迎えに来た。


「ソルレイ兄様。一緒に帰りましょう」

「うっ、うん。ノエル様、お先に失礼します」

「途中まで俺も一緒に行く」

「分かりました」

「では、ノエル様もご一緒に参りましょう」


 ラウルの言葉遣いにノエルの目が死んだ魚のようになったのを見てしまった。

 廊下に出ると3人で歩き出す。心臓に悪いと言ったノエルにラウルが、昨日の俺と同じ答えだと大笑いだった。

 寮に帰るノエルが、分かれ道で足を止めたので俺達も止まる。


「ノン? 忘れ物?」

「どうかしたの?」

「二人とも無理はするなよ。何かあったら相談しろ」


 すぐに歩いて行ってしまった。

 照れたのだろうか。

 ラウルと笑って、去りゆく背に声をかけた。


「「ありがとう」」


 味方は多いのだ。

 だからどうなっても大丈夫だ。どこでも生きていける気がした。

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