家族会議
15時の授業が終わって先生が出て行き、皆が帰り支度をしていると、扉がノックされた。何となく皆が身構えて扉を注視していると、半分ほど扉が開き、そこからラウルが顔を覗かせた。
「失礼します。ソルレイ兄様。迎えに来たよ」
「!」
うわぁ。
呼ばれたことのない呼び方をされ、もの凄く驚いてしまった。
クラスメイトが、俺とラウルを見比べる。
うん、言いたいことは分かるよ。髪の色だろ。でも、正真正銘の兄弟だからな。
「アインテール魔道士学校の初等科の白服は、優秀だって聞いたよ。兄弟そろって優秀なんだね」
扉の近くに座っているのは、他国から来ているクリスだ。褒められたラウルがにっこりと笑う。あれは愛想笑いだな。
「一応主席です。兄には適いませんが、努力しています」
「ラ、ラウル。そういうのは、いいから。帰ろうか」
「うん」
これ以上はいけない。心が持たないと、慌てて立ち上がり、鞄を持って教室を出た。
高等科でその白服は悪目立ちだ。
「ラウル。びっくりしたよ」
「僕だってやればできるんだよ」
それは前から知っている。
「でも、呼ばれたことがなかったから心臓に悪いよ」
「“お兄ちゃん”の方がいい?」
「うん」
それはそうだ。できることならずっとお兄ちゃんでいたい。力的にはもう無理かなと感じている。カルムスと剣術の練習をしている姿を見るに、負けは確定だ。
「分かった。外でだけにするね」
「ふぅ。そうして」
「うん。でも、僕が高等科に入ったらソウルって呼ぶね」
ああ、とうとう兄離れか。
いや、よく持ったほうだ。初等科に入学したら言われるかと思っていたから御の字だと思わないと。寂しい気持ちを持ちつつ、
『好きに呼べばいいよ』と、強がった。
屋敷に入ると出迎えてくれたロクスに、大事な話があるから、カルムスとダニエルと俺とラウルの4人だけの食事の席で話がしたいと伝え、場を整えてくれるように頼んだ。
最後の料理を出し終わったら、給仕には下がって欲しいことも伝えた。
「内密な話であれば、本日の食事場所は、使用人が通らない奥の間にご用意致します」
「その方が助かるよ。部屋を出るまで誰にも来ないようにして欲しいんだ」
「かしこまりました」
急に教室に来られたため、屋敷に着く頃には、苛立ちや何とも言い難いもやもやした気持ちが湧いてきた。
すっきりしたくて、シャワーを浴びて出ると、ラウルが部屋にいた。
というよりは今来たところだな。
廊下に繋がる部屋の扉が開いたままだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「こらこら。入っても良いけど、扉は閉めて。メイドの子達がびっくりするよ」
半裸姿だ。俺も迂闊だったが、悲鳴を上げられるのも嫌だ。
「えー。何とも思わないよ」
そう言いながら閉めるので、アイネに何とも思われていないようだという申告なのかと勘繰りそうになる。
ちゃんと着替えてから、アイスティーをメイドのミーナに頼み、部屋のソファーに並んで腰掛け、夕飯まで少し大人の話をしようとソファーに招く。素直に横に座った。
「ラウル、アイネとはどう?」
「成人したら付き合うことになったよ」
「ブッ」
知らない間に進展しており、順調だった。
植物園にデートに誘った時に、了承してもらったらしい。何でもアイネには、ダニエルから本気なのでちゃんと考えて答えを出すようにと前々から言われていたらしい。
それでいい返事をくれたと聞いたものの、ラウルの恋路のことなので、少し戸惑いつつ、『おめでとう』と言葉を贈る。
順調ならいいよと、返したところ、お兄ちゃんは? と聞き返され、逆に相手がいないという悲しい報告をする羽目になった。
夕飯の時に、カルムスとダニエルにいつ切り出そうかと思っていたら、カルムスから直球で、聞かれた。
「今日はどうした?」
いつも飲むワインではなくてレモン水に口をつけるのを見るに、ちゃんと話を聞こうとしてくれているようだった。
「家族会議が必要になっちゃって……」
ちゃんと話そう。
そう思って口を開いた俺より先にラウルがあっさりと言った。
「学校にまた変な人達が来たんだって。騎士みたい」
「なに!?」
カルムスがどうして早く言わない!と怒るので、第一王子の命で伝令に来たようだと告げる。
「なんと言っていましたか?」
「うん。それが、俺にもよく分からないんだ。とりあえず、言っていたことを話すよ」
ラウルにも詳しくは話していなかったため、最初から包み隠さず話をしていき、書いてきたマーズと騎士3名の名前が書かれた紙をダニエルに渡す。
「先生が、魔力が微弱はおかしいからちゃんと鑑定するようにって。3年は大丈夫なのかな。最後にそういう話になったんだ」
「その教師の言う通りだ。グルバーグ家の血筋で微弱はないだろう。十中八九偽者だぞ」
「しかし、鑑定をしないのならグレーにできますからね。まさか、王子が加担するなんて……」
眉根を寄せた二人を見て、大事だものなとどこか他人事のように考えた。
現実逃避をしたいところだが、領民を守るには、しっかりした対応が必要だ。お爺様はもういない。
「カルムお兄ちゃんにもダニーにも言ってなかったんだけど、前に学長に襲われかけた時に、ゲートがあったからラウルに協力してもらって分解したんだ。その時の記憶石を貰って、魔道具にして持っていたんだ。書面も記録はとってあるから、見てくれない?」
「やるな。早速見よう。聞き洩らした話もそうだが、装備で騎士かも分かる」
「顔も確認できますからね。抗議を入れるにも相手の身元は知っておくほうが良いです」
カーテンを引いて時計のダイヤルを逆に回して壁に投影した。
まるで映画のスクリーンのようだ。
始まると食べる手を止めて、二人は黙って見ていた。
「ソルレイは、優しいからと心配していたが、ちゃんと主張はできているな」
「カルムス、そこなのか? この騎士達のふてぶてしい態度に、私は腹が立つのだが……」
「それはそうだ。ほら、見ろ。やはり知っていたぞ。何が護衛だ」
俺は、学校で実際に経験しているので、そこまで集中できず、二人の親密さに驚いていた。友達と二人きりだとこんな感じなのだろうな。
灯りを落とした中で食べながら、映像を見ているラウルの横顔を盗み見る。冷静な顔だ。大人になったな。ちゃんと弟離れしないとな。
俺だけが違うことを考えながら、もぐもぐと食べ続け、最後まで終わったことを確認して、時計のダイヤルを元の位置に戻した。
カーテンを引いて、夕日の名残りのオレンジ色の光を部屋に入れ、部屋を灯す魔道具を強いものに変更をした。
「3年か」
「本当に3年もあるだろうか。ソルレイ様に対してのあの執拗さは、当主に就かせないためだったとしたら随分と前から計画されていたように思う」
ノエルの言ったように初等科の事件も王族が関わっていたりするのだろうか。
「恐らくラインツ様が、王と距離を置いたからだ。ラルド国に出向いたのは、王命だった。だが、打診の時点で何度も断っていた。しつこい王に折れる形で行って、あの大怪我だ。帰って来てすぐに、王都への呼び出しがあり、一度出向いたがその後は一切を断っていた」
やっぱりそうだったんだ。王との関係は、エリドルドが思うより冷えていたのか。
「軍の暴発ではなかったとなると、後手に回ると危ないかもしれない。ソルレイ様の言う通り、国外に出るのもいい手なのかもしれない」
「その偽者にグルバーグ家の屋敷の敷居を跨がせるのか? 弟子として、それは絶対にできない!」
カルムスとダニエルの間に口を挟むのはどうかと思うが、勇気を出して悩ましげな表情を浮かべる大人同士の会話に割って入る。
「屋敷は畳むか。移動をさせるのは?」
「お爺ちゃんの魔道具だね。僕もお兄ちゃんも収納庫と目録の魔道具を使えるように教えてもらったから大丈夫だよ」
後は、領民のために守護魔法陣を描こうか。膨大な魔力を食うので、グルバーグ家らしい魔法陣だ。ラウルと二人ならやれるはずだ。
「屋敷は、丸ごと移送だね。お爺様の書斎に他国にある別荘の情報があったんだ。屋敷と別荘を入れ替えるのはどうかな? ハチミツとベリオットのハウスは、俺が商業ギルドに登録するから個人経営にしよう。税金は高くなるけど、大丈夫だよ。ハニハニの生産地もあの辺り一帯の土地は、丸ごとカルムお兄ちゃんの領、アイオスさんに安く売ろうよ」
一応の案出しをする。
「他領に飛び地として売り飛ばすのか」
「うん。当主になったってグルバーグ家の物じゃなかったら手出しできないでしょう?」
俺達が作った物まで奪われる謂れはない。
「いい案です」
「隣の領ってフォルマの……レリエルのクラスメイトだったんだ。跡継ぎだから話をしておくよ。友達だからきっと大丈夫」
「なるほど、あっちから通せば、確かにグルバーグ領の道を塞がれても問題ないな」
「うん。それにベリオットとハチミツって建物さえ作れればどこでもできるから、民家風にして点在させておけばいいよ」
「ばれにくくするということですね」
「そうそう」
「では、屋敷の使用人達にも話をすべきだ。3年の引き伸ばしが可能かも分からんからな。すぐに来られても困るぞ」
「王族は無理やり物事を動かしますからね」
「違いない」
二人ともとても苦々しそうだ。
お爺様が亡くなってまだ一年も明けていない。怒りは当然だが、平民にとって、王族は雲の上の存在だ。逆らいきれるものではない。
「お兄ちゃん、僕はどうしたらいい?」
「俺と一緒に学校へ行こう。まずはしっかり卒業だ。お爺様はそれを望んでいたからな。ただ、別荘と屋敷の入れ替えは、早目にやった方がいいと思うんだ」
「使用人達の動きがスムーズじゃないとばれるもんね」
「そういうこと。慣れるまで時間がいる。夏休みは実習があるんだ。終わってから一緒に入れ替えよう。どこがいいか決めておいてくれると助かるかな。それから修行場の守護魔法陣が必要だ」
難しいものになる。長い年月を守るには、それ相応の魔力がいる。十年以上守るのであれば、二人でありったけの魔力を注いでも幾つかの魔導石を潰すことになるだろう。
「分かった! あそこが一番大事だね!」
「俺の行けない場所だな」
「「ふふ」」
行儀悪く頬杖をつき、むっとするカルムスに二人で教えてあげる。
「カルムお兄ちゃんとダニーが屋敷に居てくれるのなら、連れて行って良いっていう手紙があったよ」
「僕達のお兄ちゃんになってくれる?」
返答を待つと視線を絡ませ、呆れたように息を吐く。
「もうなっているだろう」
「そのつもりで今までいましたよ」
二人の返答に喜び、明日行こうと約束を交わすのだった。一番喜んでいたのは、やっぱりカルムスだった。
お爺様と来たかっただろうな。もう叶えられないことに、少しだけ申し訳なく思った。カルムスも一緒にと、生前、お爺様に強請ればよかったかな。
同じことを思ったのか。ラウルが残された魔法陣を見せてあげると言っていた。
俺も難しい魔法陣をラウルとやる時は、見せるね、と声をかけるために口を開くのだった。




