魔道具の助言と弟への報告
運良く次の時間が魔道具の時間だった。
ポリコス先生が出て行き、少ししてから入って来たリリス先生に『あれ? ポリコス先生から聞いていませんか?』と惚けて、早速助言をする時間をもらった。
前に出たものの何を言えばいいんだろう。とりあえず、助言の欲しい人に作っている魔道具を机の上に置いてもらい、見て回る。全員が出しているな。惜しい人もいれば、鉱石だけを出す人もいた。
一律の助言は意味がないな。作って見せる方がいいか。
「オルガスの欲しい魔道具ってどんなの?」
「聞くまでもないだろ。魔道具に求めるのものは、魔法の威力低下だ」
魔法の無効化は望まないのか。
カクリ石があればできるけれど、あの石は貴重だからかな。
「では、オルガスが欲しい魔法効果の低下、若しくは、複数魔法の数の低減の魔道具作成について説明をしていこう。まず、魔道具の組み立てとして大事なのは、素材、道具、設計だな。次にこれらの素材に対しての魔法陣についてだ。素材によって使える魔法陣と使えない魔法陣がある」
講義形式ではなく、実際にその魔道具を作っていく手順をボードに書いて説明していく。
どうしてこの素材とこの魔法陣の組み合わせが必要なのかを丁寧に教えた。
頷きながらノートを書いてくれている子がいて、ちょっと嬉しい。
「魔道具は考え方が変われば作り方が変わる。人によってそれぞれだ。この通りにやれば魔法効果の低減を見込める魔道具はできるけれど、作り方は他にもたくさんあると覚えておいて欲しい。では、実際にお手本で作ってみよう」
鞄に入っている魔道具を解体して鉱石を取り出し、もう一度組み立てていく。
簡単なものだ。こんなのは20分でできる。
「これで完成だ。作り方はボード通りだな。では、オルガスにあげよう」
「くれるのか?」
「いいよ。ただ完成した実験にはつきあってもらう。握って持っていてくれ。今から魔法を打ち込むから、ちゃんとできているか確かめよう。他の魔道具を持っている場合は外して欲しい」
「おう」
机の上に魔道具を置いていくのを眺める。偶にかけている眼鏡を外すのを見て驚いた。あれは、魔道具だったのか。
「皆は、耐久性を見て欲しい。魔道具は、永遠に使えるものではないから。どれくらいで壊れるのかが問題だ。オルガスは前に出て窓側に立ってくれ。周りの席の者は、立って後ろへ」
すると、全員が一斉に席を立ってオルガスと反対方向の廊下側に素早く移動していく。それを見て急に不安になったらしい。
「おい、待てよ。これって危なくないよな」
そうでないとやらないよ。
“もちろん、大丈夫に決まっているじゃないか。俺が作ったんだぞ”という安心させる言葉をかけるか迷ってやめた。
焦っているオルガスがおかしいからだ。そんなことは、言わずに、にっこりと笑って別の言葉をかけた。
「ヒビが入ったから待ってくれと言ってくれればやめる」
「おい!」
「じゃあやるよー」
「マジかよ!?」
魔法は魔力が多いから大きな魔法になって怖い思いをさせるだろう。魔法陣の方が安全だ。
複合魔法陣を描いて、水魔法の連弾にしていく。水獣で随分と慣れたため、水魔法を選んだ。
わざと急所を狙っていくと、怖がって若干動くので、魔法陣の修正のために範囲指定を描き直していく。
思っていたよりもいい練習になる。頭、首、心臓、太ももの4点を狙う複合魔法陣を描き、秒ごとに頭から首、心臓から太ももと繰り返し水弾が当たるようにした。時間がループするように組んだ魔法陣だ。中々いい出来だった。
「おまえなあ!」
「まだいけそう?」
20は当たっている。魔道具に守られ、行き場を失くして弾けた水弾は、ジョエル先生の風魔法を参考に床に落ちる前に集めて乾燥させていく。
「待て待て! そのまま打つな! 確認をする!」
「うん」
怖がらせすぎたようだ。素直にやめた。
「おお。意外に大丈夫だ」
「じゃあ、ここで終わりにしよう。席に戻って。どうして大丈夫だったのかというと、石の強さがいいものだから、それは、1級鉱石で作ってあるんだよ。等級がバラバラの鉱石をいい加減に配置すると失敗する。ウエンディやブロウがそのタイプ。使っている素材をもう一度見直そう。自信がない時は、等級は揃えるといいよ。設計は、とてもいいので、きっとうまくいくよ」
ウエンディやブロウが頷いて分かりました、と言った。
設計自体に欲がありすぎて駄目な者や、素材と魔法陣の組み合わせに無理がある者を名指しで言っていく。幾つかの代替できる素材や、魔法陣を教えて終わりにした。
「――以上で約束の授業は終わり。実験台になったオルガスにはそれをあげよう。素材は1級鉱石だから5年は持つと思う。手入れをちゃんとすればもう少し持つよ。定期的に休ませればもっと持つ。分解して作り直すと、勉強になるからやってみて」
「もったいねーよ」
やらないつもりだな。
「もう1回組み直せばもったいなくねーよ」
同じ口調で言い返すと、虚を突かれた顔をするので笑う。
「ハハハ。そんな顔をしないで。できるようになった方がいいよ。リリス先生に合格を貰ったら見てあげるから頑張れ」
「はぁ。分かったよ」
リリス先生に頭を下げて、席に戻った。
「うん、うん。良かったですね。ソルレイ様の授業は分かりやすいですね」
「ありがとうございます。リリス先生のギミックは面白いですよ。自分だけだと面白みに欠けるので、皆の魔道具を見られてよかったです」
「それはありますね。私も魔道具を見るのは楽しいです」
笑いながら授業を受け終わり、休み時間に入ると、ノエルが先程のことを心配してくれていたのでお礼を言った。
文化祭の準備で学校に来ているラウルのことが心配だから、初等科に見に行って来ると話すと、何かあると対処しきれないだろうから一緒に行こうと申し出てくれた。
次の授業は音楽で移動だったため、その後に行くことにした。ちょうど昼になるから時間もある。
6弦楽器を持って移動をすると、急に試験を受けたい人は試験を受けてもいいですよ、と先生が言う。
もう話が回っていることに驚いたが、これは、俺のためだなと手を挙げ、受けさせてもらった。
2年生の課題曲となると7曲分の演奏になる。7つとも受けてしまおう。
初等科専門の家庭教師なのに高等科の音楽の家庭教師も引き受けてくれたシュミッツ先生に感謝しつつ、一人の先生の前で演奏を始めた。
すると、他の先生達が、演奏の上手な生徒にも声をかけていた。
「受けられるなら何度でも受けていいのですよ。音楽は、人前で演奏すること上達が早くなるものです」
「では、私も受けたいです」
「私も宜しいでしょうか」
ノエルも先生に声をかけて受けていた。1年生の時に暇な授業の時によく演奏していた曲目に、一曲目を終わらせ追いかけるように奏でた。
昼にラウルの教室を覗くと気配がするのか『お兄ちゃん!』とすぐに見つけて廊下に来てくれる。よかった。無事だった。
「ノンもいるね! どうしたの?」
「一緒にお昼を食べたいなと思って」
「いいよ。ちょっと待っていて! みんなーお昼休憩にするよー」
教室の中に向かって声をかけると、『はーい』と素直な声が聞こえたり、『片づけてから行きます』という報告だったり、なんだか懐かしくてついつい何をやるのかと覗いてしまう。
“レッツ!サバイバル!”と書かれた看板を見てしまった。
一体何をやるのだろう。
知っている言葉のはずなのに、全く分からない。
俺とノエルが、教室内を覗くのをやめると楽しそうに笑う。
「ふふ。当日までは秘密だからね!」
この分なら大丈夫そうだな。こちらには来なかったか。
レリエル教室には、お爺様の描いてくれた守護魔法陣があると分かっていたから昼まで待つことができたのだ。
それでもやはり心配だった。
久しぶりに初等科でランチを食べることになった。高等科の生徒は使えるが、初等科の生徒に遠慮をしてあまり使わないものだ。メニューも少し違うため、喜んだ。
「やっぱりC定食だな。あ。今日はA定食がエビのオーロラソースだ」
滅多にA定食にならない魚介のレアさに喜びながら注文をすませ、席に向かうと、先に座っていたノエルに向けられた視線の多さに吹き出しそうになる。
王子っぽいので本当に目立つ。
それに……。
ちらりとラウルを見ると、ラウルを見ている女の子の多いこと。
女の子達の『ダブル王子様ですわ』『ラウルツ様のご兄弟じゃありませんの?』という声が耳に入った。
そう言われると、ラウルも王子っぽいな。
目がクリクリで金髪の髪が天然パーマでクルンとしていて可愛い天使のようだったのだが、今は、可愛いから格好いいになりつつあるからな。
俺は、成長期なのにあまり背が伸びなかったから、下手をすると今年中に抜かされそうだ。
席に着くと、それと迷ったんだよとラウルが言うので笑う。食べたいのなら食べればいいよと皿を押しやるとにこにこして頷く。
「お兄ちゃん。あーん」
「あーん」
パクンとステーキ肉を一切れ貰いつつ、夏に食べる肉を重いと感じるようになっていることに気づき、夏バテになっているのではないかと自分で分析をしていると、キャーと女の子たちの黄色い悲鳴が上がり、思わず驚いて見てしまった。
見ると、私達じゃありません、とばかりに視線を逸らすので、頭を掻いて食事をとった。
これは、遠慮せずに食べたいラウル気持ちを表したものだと言って回るのも違うしな。
「お兄ちゃん、何かあった? 教室に来た時に、心配してる目だったよ。今は違うから僕の勘違いかな」
よく見ているな。関心をしながらエビをフォークで刺した。
「ソルレイ。ちゃんと言っておいた方がいい」
逡巡する俺をラウルが待っている。楽しみにしている文化祭の準備中に言いたくなかったな。
「……実は、1時間目に第一王子の伝令を受けた人達が来たんだ。グルバーグ家に新しい当主が来るとかそういうことを言っていた。詳しいことは帰ったら家族で話そう。ただ、王の直轄部隊の騎士達も来ていたから注意して欲しい。危ないかもしれないから、帰りは一緒に帰ろう」
「分かった。僕が迎えに行くね」
「いや、俺が来るよ」
「ううん、僕が行く。文化祭の準備にかかる時間は分からないけど、授業は15時まででしょ。入れ違いになるとよくないよ」
しっかりした目だ。お爺様の死が成長へと導いている気がする。
「分かった」
幾つお守りを持っているかの確認をとり、安心して高等科に戻ることができた。
「ノエル。付き合ってくれてありがとう」
「これくらいかまわない。初等科の件も背後にいるのが王族ならば一人で行動するのは、控えた方がいい」
「うん。出かける時は気をつけるよ」
午後の授業も『試験を受けたい人は――――』と始まり、自信のある授業は、さっさと受けることにした。
授業が全て終わってから、お互いに話しかけようと休み時間に何度か目が合っていたアレクに尋ねた。
「アレクの家って何派閥?」
耳元で手を当て小声で『内務派閥です』と言われた。
「重要そうなこと聞いたら教えて」
ざっくりと頼む。友人の負担になることは言いたくなかった。
「3年経ったら出て行くのですか?」
そう聞かれると困るな。
言いたくないとかではなく、あれは、交渉というか。王の出方を見るために言ったのだ。
一連のことを報告された王が、王子を諌めてくれればいいという打算で口にした。ただ、無いとも言い切れない。何と答えるべきか頭を巡らせていると、アレクが痺れを切らした。
「アインテール国から出て行かないで下さい」
「ごめんな。アレク。自分の身が一番かわいいんだ」
約束できないため、誤魔化すように返した。
「それは、皆そうですよ。だけれど、ソルレイ様が出て行くとまずいことこの上ないです」
「今のところは、新しい当主の情報が欲しいところだな。優秀なら問題ないだろう? 俺と弟より優秀かもしれない」
「ありえませんよ」
「……そんな、言いきらないでよ」
「言い切られたことを喜んで下さい」
真面目な顔をして何を言うんだ。
「うーん。でもさ、本当に血を引いている可能性もあるんだ。それでもって隔世遺伝でお爺様並!」
そう言うと、微笑んだ。
「その場合ならいいですよ。分かりました。自由に生きてください」
「うん」
「違った時は、一度だけでもいいので助けに戻って来て下さい。その間に全力で逃げます」
「うーん。考えとく」
「宜しくお願いします」
下げられた頭に、アレクの考えていることは杞憂だという言葉をかけ損ねた。




