嵐の予感 後編
ここにきて王子が何をしたいのかがようやく分かった。
「王に手紙を書こう。訳の分からないことを言われて困っているが、鑑定が必要なら受けると認める。この手紙を使者として持ち帰り、必ず王に渡すように」
「な、なぜ私がそのようなことをせねばならぬ!」
「渡せば分かる。国家の危機を招いたあなた達にできるのは、もうそれくらいしかない」
話は終わりだ。俺は騒動を治められる王への手紙を認めることにした。子供のやらかした責任は親である王が何とかしてくれ。
「なんだと!? 馬鹿にするな!」
カッとしたのか拘束の魔法を使ってきたが、描くのが遅かったので、隔絶魔法に反応する前に魔法で反射してやった。
結果としてマーズが拘束された。魔道具の一つも身に着けていないのだろうか。弾かれて終わると思ったのに……。
「おい、ソルレイ。おまえは分かったかもしれないが、急に巻き込まれた俺達は訳が分からないのだから説明をしろよ」
残念な人こと、クラスメイトのオルガスが声を上げる。
「アインテール国の貴族として言えない。尤もそこの4人からすれば、偽貴族らしいけどな。クラスの皆には悪いとは思っているよ。全員に魔道具作りの助言をする。俺も被害者だ。それで許して欲しい。授業を潰した賠償は、そこの4人に学校を通して請求するといい。名前は聞いてあるから教務課に行けばそれで済むように話しを通しておく」
「そうか。それならいい」
オルガスは、分かりやすく利益をとった。伯爵家なのだからお金には困っていないだろうに。手紙を王に認め終わったので、マーズの拘束を解いてやった。
「これを必ず王へ渡すように」
「私は第一王子の伝令だ! こんなもの!」
手紙を奪うように受け取ると、びりびりと破いた。
グルバーグ辺境伯家当主の署名入りの手紙を破くなど正気を疑う。
「なら、どうする気だ。もう手紙は書いてやらないぞ。そこの 騎士達も。どうこの不始末の処理をするんだ」
「……グルバーグ家は新しい方が当主になる」
一際大きな軍人がそう答える。
「それで?」
「それで、とはどう意味か?」
「ならば、この国を出る決断をするだろう。それを望んだということでいいな」
念を押すとこちらを見返しながら言った。
「……領民達を見捨てるのか」
眉根を寄せて苦々しそうに言った軍人を見て、先生やノエルを含めて事情を知る何人かが気づいたようだ。
「グルバーグ家の当主に新しく誰かおけば、俺の首にも弟の首にも首輪がつけられるとでも思ったのか。 自由に王子や軍の思いのままに、力を利用できると思ったか」
偉大なる大魔道士ラインツ・グルバーグは、魔道士として偉大な前に人としても偉大だった。
血生臭い戦場に出ないですむように孫の俺達を守っていてくれたのだから。
「俺達は、魔道具でも国家の奴隷でもない。グルバーグ家の当主の座に違う者が座るのであれば、その者が働けばいい。なぜ、“領民を捨てるのか”などと言う問いかけをする? 偽者は偽者らしくアインテール国を去れ! というのが相応しいと思わないのか?」
俺は、当主に据えられる人物が無能でないことを祈るだけだ。
“幸せになりなさい”
優しいお爺様の最後の言葉だ。最後まで自分のことではなく、俺たちの幸せを。自由と安寧を願ってくれた。
遺言を守るためにやり切ろう。息を吸い込む。
「ソルレイ・グルバーグとラウルツ・グルバーグは、グルバーグ家に非ず。これを王命だと持って来たのだろう。実際は、第一王子のようだが、それをこれだけの各国の次代を牽引していく者達の前でよく言えたものだ。意味が分かっているのか? グルバーグ家は本物か分からない者が当主らしいぞ。ソルレイとラウルツは防衛にかまない。“アインテール国攻め易し”お前たちは引くほどに馬鹿だ。王子の失態を王に何とかしてもらおうと思ったグルバーグ辺境伯家当主の手紙を唯の使者が破り捨てた。国家の危機を招いた責任は何人の首でとる気だ!」
もうこれ以上は、関わらない。そっちで勝手にやれと匙を投げた。
青褪めるマーズや血の気の引いている軍人達は放っておく。答えた軍人だけは顔つきがましだが、そちら側に立っている以上、敵には変わりはない。
「ポリコス先生、どうやら私は、グルバーグ家として認められない国家情勢のようです。退学になりますか? それとも魔力はあるので、貴族であることは認めてもらい、通うことはできますか?」
尋ねると不愉快そうな顔をする。
「こんなことがあっていいはずがない。王から正式に命が出るまで通え。今年度の試験を早急に受けられるように先生方と協力しよう。おまえは優秀だから合格を取れるだろう」
買い被られているな。頑張らないとかなり厳しい。
やるしかないな。
「ありがとうございます。では、いつ通えなくなるか分かりませんので、魔道具の授業のリリス先生に、次回の授業は私に講義をさせて欲しいとお願いして下さい。クラスメイトとの約束を果たします」
「少しは自分の心配をしろ」
溜息交じりにそう言われるが、ここまでされると、なるようにしかならない。逆に腹も座るというものだ。
「次の当主が、本当にグルバーグ家の血を引く者で、かつ優秀であると嬉しいです。無能だと本当にまずいことになりますが、私も弟も身の危険を感じるので、国を出ることになると思います」
自分と弟の命を最優先するからアインテール国が攻められても戻りません、とそれとなく伝えておく。どうするかは決めていないが、そうしないと身を守るのが難しい。何せ相手は、この国の王族だ。
先生は、増々嫌そうな顔になった。
「……おい、マーズと言ったな。その者は、本当にレイナ様の子なのか? 確証はあるのだろうな。優秀なグルバーグ兄弟が出国してから“間違いました”では、取り返しがつかぬぞ。名門家のグルバーグ家が断絶することになるのだ。ちゃんと、分かっているのか」
生徒のように言い含められ、口を開いたり閉じたりを繰り返したのち唇を濡らして口を開いた。
「アジェリード第一王子が平民の子を連れて来て、レイナ様の子が見つかったと言ったのです。この子が本物だと、今いるグルバーグ家のソルレイ……殿とラウルツ殿は違うという話をされました。その話を聞いて、偽者なのだと思ってしまって……ソルレイ殿から鑑定を受けると言われるとは……」
「それだ。その者の鑑定はしたのか?」
「いえ。……していません。王が持っておられる魔道具の使用許可が下りなかったのです。ですが、レイナ様の形見の髪飾りは持っていらっしゃいました。それは本物だと確認が取れています」
その髪飾りが決め手になったのか。だったら髪色などは同じなのかもしれないな。
「ふむ。髪飾りなどどうにでもできるだろう。レイナ様は平民とご結婚されたのだから、生活が厳しくなれば売ったはずだ。魔力はどうだ? あるのか?」
「……微弱です」
「おい、グルバーグ家で微弱はないぞ。グルバーグ兄弟は、常に魔道具で出力を抑えていたと聞いている。高等科に入ってからは、一度、水魔法で全員を呑みこむ惨事を起こしかけたほどだ。初等科でも弟が一度、魔道具を持たずにやらかしたと聞いている。早急に鑑定をすべきだ」
ああ、あのことは、先生間で話題になっていたんだ。恥ずかしいな。
ラウルは、何をやったのだろうか。ちゃんと聞いた方がいいかな。
「……鑑定はしない方針だと聞いている」
軍人の一人が声を上げ、他の軍人が答えた軍人を睨みつけていた。今更、内輪揉めか。
「となると、そちらが偽者か」
ノエルがぽつりと呟き、先生がため息を吐く。
「鑑定をせずに曖昧にしておく気か? だが、それは他国に攻められた時に詰むぞ」
「……当主の座を引かせてもグルバーグ家にはしがみ付くと思ったのだ。そうすれば……」
「おまえ達……」
「ソルレイを飼い殺しにする気だったのか」
ノエルや先生に睨まれて、さすがに口を噤んだ。
飼い殺しにできるのは、王族の手に収まる貴族家だけだ。グルバーグ家は自由奔放な気風だから御せない。
第一王子は、随分と無茶なことを考えるんだな。
グルバーグ家は、自由主義だから将来も自由だ。
お爺様が世界中に知り合いや多くの友人がいたのは、国に関係なく、自分が大切に思う人々を守って生きたからだ。俺もラウルもそういう道を選ぶ。
グルバーグ家でいることが枷になるのなら枷を外して飛び立つのが上策だ。結果として、アインテール国に何かあってもそれはそれだ。
だって、この世界の平均寿命は30歳だ。
いつ亡くなる命か分からないのだから。
自分の為に生きないと駄目なのだ。
「ポリコス先生、あと5分しかありません。夏の実習の話をお願いします」
「……こいつらはどうする?」
「どうするって、邪魔だから出て行ってもらうべきでは? 元々伝令だけだったようですし、もう伝え終わったのではないでしょうか」
まさか屋敷に連れ帰って、カルムスに渡すわけにもいかないだろう。
うちには地下牢なんてないし、引き渡すまでの拷問の類も屋敷の皆にさせられない。自分の足で来たのだから帰りも自分の足で帰って欲しい。
「ふむ。それもそうか。出て行ってくれ」
「貴殿は、何を言っているのですか!? 待ってください。このままでは、大変なことになります」
マーズがそれを言うのか。どっと疲れが押し寄せる。初等科の時もそうだったが、常識が違いすぎて、貴族が分からなくなる。
先生が眉根を寄せて睨みながら口を開いた。
「もうなっているだろうが。お前たちが授業中にぶちまけたせいで、他国に筒抜けになったのだぞ。このクラスに何人侯爵家がいると思っている。他国の者は上級貴族達ばかりだぞ。それも例年より多い」
内部進学者の中でも既に他国の者が多いので、このクラスでアインテール国の生徒は7人だと先生が言い、その内の一人が俺だから、まずいことこの上ない。
「ソ、ソルレイ殿! 先程の無礼は、お詫び――」
ここで敬語にしないで欲しい。こちらも合わせないといけない。
「もう無理です。グルバーグ家当主としての務めは先ほどの手紙まで。本当に第一王子がグルバーグ家に新しい当主を連れて来るのなら、私と弟は、今年が卒業年なのでそれからにして下さい。それがあなた達にできるせめてもの詫びというものです」
座り込んで床に手をつくマーズを見てそう言うと、ポリコス先生が俺に尋ねた。
「確か弟はもうすぐ14歳だったな?」
「はい」
「ふむ。では、マーズとやらソルレイの弟が高等科を卒業するまでの時を稼ぐ案を奏上しろ。当主としての勉強不足だとでも言って、時間稼ぎをするのだな。その間はソルレイもアインテール国に留まるはずだ。仲の良い弟をおいては出ないだろう」
おお、流石先生だな。悪くない案だ。
3年あればできることも多い。領民を守る手を考えられる時間的猶予は欲しい。
「それはそうですが、家に他人がいるとか気持ち悪いので無理です」
「……他国の友人たちは母屋に泊めたと言っていただろう」
「友人なので当たり前ですよ。他人と友人は違います。私と弟を殺したい派閥の筆頭ですよ。なぜ敵と暮らすのですか」
毎日寝首をかかれる心配などご免だ。
「ああ。それはそうだな。ふむ。どこか他国で勉強をさせろ。アインテール国に入れるな。そもそも敵国の間者ではない保証もないのだろう。軍は死ぬ気で鍛錬をしろ。全員が3年弱の時間を手に入れたことになる。王もまずいと王子を諌めるだろうし、その平民の子の鑑定も行われるだろう。お前たちは、やってしまったことを王に報告しろ。それが貴族としての最後の務めだ」
5分が終わり休み時間になった。隣のクラスの生徒が廊下に出る音が聞こえる。
「しまった。終わってしまったな。お前たちはもう学校から出て行け。学校にとってもアインテール国にとっても迷惑な存在でしかない」
手を払うように振られ、騎士達にも促されると、立ち上がり背を丸めて出て行った。
「ソルレイ。簡単に国を出るなどと言うものではない。3年弱でどうすべきか考えろ」
頭を使えという先生は、俺のために時間を伸ばしてくれたようだ。
「先生、ラルド国が滅んだ理由をご存知ですか。ドラゴンの群れに襲われたからだと言われていますが、事実は違います。王が、魔法士や魔道士、強い者達を護衛にして、王族だけが逃げたからです。戦って怪我をした貴族や平民達は、置き去りにされたのです。どんな大国でも、トップが無能だと国は滅びます。残念な人は笑ってすみますが、残念すぎる王子だと怖さしかありません」
先生は、頭を抑えるが他に言いようがない。
「ソルレイ! おまえ! 俺に悪かったって謝っただろうが!」
「今のは、例え話でオルガスのことじゃないよ」
まだ気にしていたようだ。
高等科の登校初日に“残念な人”と言ったのは、しばらくしてから『あの時は言いすぎた、ごめんな』と謝ったのに。
「静かにしろ。とにかくおまえは学業優先だ。試験を受けられるようにしてやるからとっとと合格を取れ。それから成績優秀者となり、2年延長しておけ。弟も入学して来るのだからそっちの方がいいだろう。あと他派閥にも根回しをしておくように」
具体的な助言に頷く。
「王族派閥は、王族の言うことしか聞きませんよ? 出るのも怖いです。他派閥は当主になる前からちょこちょこ会合に出ています」
「うん? そうなのか。まあそれならいい」
財務派閥や外交派閥、内政派閥は今、代替わりで候補者が二人いるとかで分裂状態にあるが、内務派閥の方には顔を出していたはずだ。
出ていないのは、軍門派閥と政務派閥、王族派閥だな。
休み時間も終わってしまい、先生が実習については明日話すと言い、去って行った。
それにしても黒幕は、第一王子のアジェリードだったか。
これは帰ったらすぐに家族会議だな。




