嵐の予感 前編
遅くなりまして、すみません。
二分割しました。時間のある時にお読み頂ければ幸いです。
春に芽吹いた植物が降り注ぐ太陽の元力強く成長し、青々とした緑は勢いをつけていた。
もう夏だ。移り変わった季節に体はまだ慣れていない。初等科では夏は休みだったが、高等科では夏休みは短く、授業がある。じりじりとした強い日差しに少し参り気味で、鞄に冷えた飲み物が入った水筒を持ち歩くようになった。
この頃になると、まだ細かい調整はできないものの、魔力の分量を誤って暴走させることもなく落ち着いてきた。
単発の魔法に限り、それすらも集中して放たなければならないが、ラウルとひたすら訓練をした成果が表れた。
お爺様の隠し部屋も無事に見つかり、残してくれていた難しい魔法陣が描かれた紙を何枚も手にしたラウルは夢中で眺めていた。
俺もお爺様の研究室にあった貴重な本を、授業中に読んで知識を深めた。
苦労をかけ通しだったノエルに、感謝の印代わりにこっそりと貸すこともあった。
今朝も暑い日差しの中、馬車で登校をすると、間近に迫った夏の実習についての詳しい話を担任のポリコス先生が説明するという。
そのため一限目は授業が潰れるらしい。
ダンジョンの実習があるのは、このクラスだけだから誇りを持つようにという前置きを先生が話していた時だった。
一人の貴族と武装した騎士達が前扉から教室に入って来た。
「なんだおまえ達は!?」
武装した侵入者に先生が向き直って距離をとる。アインテール国の鎧ならそれほど慌てる必要はないが……。先生は、俺を襲いに来たと思ったのだろう。すぐに魔力を抑えて行使できるよう魔道具のタクトを取り出した。
素早い反応に驚いた。
かくいう俺もそうだと思い、隔絶の魔法陣を描いていたりする。攻撃ではないし、防御系はいくらでも言い訳が聞く。後手に回るのはよくないと初等科で襲われた時に刷り込まれていた。
お爺様に貰った魔力により、指で描けるようになった隔絶の魔法陣をすぐに発動させる。
急に入って来たという証拠は必要なので、学長の時と同様に記憶石で映像を撮っておこうと時計型の魔道具のダイヤルを回しておく。不自然に見えないように頬杖をついて手首を侵入者側に向けた。
慣れたもので、ノエルやクラウン、アレクもすぐにウォールの魔法陣を描いて、後は魔力を篭めるだけという感じだ。
他の生徒達は、訳が分からず誰も声を上げずに目を瞬いている中、侵入者達は、入口で一列に並ぶ。
長髪の貴族男性が、一歩前に出て挨拶をした。
「ポリコス・クロオール殿でしたね。私は、マーズ・ミッチェルと申します。お騒がせして申し訳ありません。我々の用は、そこの偽貴族であるソルレイにです」
しばしお時間を頂きたいと先生に言ったが、何用だと嫌がられ、互いに睨み合っていた。
偽貴族ときたか。
ばれたのかな。
「それって私のことでしょうか」
このクラスにはいないが、一応“ソルレイ違い”があるかもしれないので確認のために声をかけた。武装している割に、力でどうこうという訳ではないのか会話はできた。
「ええ、もちろんです。レイナ・グルバーグ様のご子息は他にいらっしゃいます」
ああ、なるほど。そういうことか。
「お爺様が亡くなったら、そういう輩が出るとは予測していましたが、いきなり学校に乗りこんでくるとは思いませんでしたね。また、第一騎士団、王の直轄軍の方ですか? 前も私のことを捕縛したり、殺そうしたりしましたが、今度は何用ですか?」
不穏な言葉と何人かがウォールの魔法陣を描いているのを見たクラスメイトの一部が、慌てて魔法陣を描きだした。
一応隔絶は先生も含めて大きな一枚を張ってある。見えていないから焦っているのだろうけれど、巻き込まないための防御はすんでいる。
「何用とは面妖なことを言いますね。偽者には、貴族社会から退場を願いたいものです」
もう少し情報を落として欲しい。
この貴族が敵ということでいいのだろうか。後ろは、どう見ても騎士だから私兵ではないよな。アインテール国軍の鎧でいいのだろうか。国の紋章がどこかに刻まれていないかを注視するがよく分からない。
仕方なく、マーズに視線を戻した。
金髪の長髪男か。見た感じは、軍関係者に見えないな。後ろの騎士達の体が大きいからか文官にすら見えた。
「今は、授業中ですよ。寝言は寝ているときに言って欲しいのですが。毎回学校にいる時を狙うとは卑怯すぎませんか。お爺様が亡くなったので、何とかなるとでも思っているのですか?」
慣れたペン型の魔道具を握り締める。魔法の応酬になるなら力をコントロールできる魔道具の方が良い。大きな魔力だと殺してしまうかもしれない懸念があった。
「先ほども言った通りです。グルバーグ家は、正当な嫡男子に引き継がれます。これは王命です」
王命か。
それなら本当なのかな。お爺様にレイナ様のことは聞けなかった。
「確か、血縁関係を真偽する魔道具を王がお持ちでしたよね。それで、発見されたということでしょうか?」
「そのことを知る必要はありません」
「では、私と弟もその魔道具で調べて下さい」
「なに!?」
「なぜそのように驚くのですか」
驚愕した顔をされても困る。
王が、持っていると言われている魔道具は、魔道具図鑑の表紙に載っている有名な物で、魔力を用いてその家の力を受け継いでいるかどうかを見抜くという鑑定具に分類される魔道具だ。
お爺様から魔力を貰った以上、血縁者と判定されるので俺もラウルも困らない。
俺は、驚かれた意味がよく分からずに首を傾げながらポリコス先生を見た。
どうすべきだろうか。
教室から出た方が良いのならそうする。
視線をどう捉えたのか先生は俺に頷いた。
「喩え新たに子供が発見されたとしても、レイナ様の子息であればグルバーグ家の一員で間違いない。そもそもラインツ様が亡くなって急に名乗りを上げるなど、まともではないと思うが、ソルレイ達も血縁者だと判断されれば問題ないだろう」
しかし、その者が仮に血縁者でもソルレイが既に当主だぞ、と先生に大きな釘を刺されていた。
「偽者だと言われると迷惑なので弟と鑑定を受けます。その代り、もう二度と近寄って来ないで下さい。確かマーズ・ミッチェル殿でしたね。後ろの騎士も名前を名乗っていただけますか」
名前を知っていれば家に抗議をすることもできる。貴族らしく対処しておこう。名前だけだけれど、一応当主扱いだからな。
名前を求めると、不都合があるのか口を閉ざして嫌がり始めた。
「授業中に訳の分からないことを言いに来て、クラス全員が迷惑だ。さっさと言え」
ノエルからも睨まれた騎士達は、マーズを見ている。
どういう関係性なんだよ。雇用主なのか?
疑問たっぷりでマーズを見るが無反応だった。騎士に視線を戻す。
「……我々は、マーズ殿の唯の護衛だ。ここに来るまで内容は知らなかった」
「マーズ殿は使者であり、我らは護衛に殉じている」
「これは職務の一環である。名乗る必要はない」
「…………」
その言い訳にもならない言葉に、クラス中が、馬鹿なのかと言わんばかりの呆れた目で見ていた。明らかにおかしくなった空気に苦笑いが浮かぶ。
「思い切り、武装をして威圧していますよ。 その鎧は、護衛する時の物ではなく、出陣する時の恰好でしょう? はっきり言っておきますが、私と弟は、間違いなく血縁関係者だと出ますよ。そっちが偽者を立てたのか、本物なのかは、判断できかねますが、こちらが困ることはありません。ですが、礼を欠いて授業中に乗りこんできていること。加えて、現当主に言いがかりをつけて偽者呼ばわりしたのだから、それ相応の対応は取ります」
マーズも含め、急に顔色を悪くするのはなんなんだ。来る前に分かっていただろう。
「さっさと名前を言ってもらえますか。グルバーグ家に喧嘩を売ったのだから、覚悟は出きているのでしょう」
重ねて言うと、名前を言った。本当かは分からないが、ノートの端にでも書いておくか。面倒だなと思いながらも魔道具の授業ノートに書きとめた。
「王命だと言っていましたね。使者なら王命だという証拠の書類をこの場で見せてもらえますか」
「いえ、その必要はないと思います」
目を逸らした。急に子供のような態度を取られると困惑してしまうが、大事なことだ。こちらも引けない。
「先に王印や署名を見せてから、内容を読み上げるのが使者の役割でしょう。手順を勝手に飛ばすのは、使者のすることではありません。あなたが使者かすら怪しくなりますよ」
見せるようにと再度言い、手を差し出すが渡さない。じっと見合う時間が続いた。
「王の命だとさっき言っていたであろう。王の印と署名の入った伝令書を見せるだけだ。なぜ嫌がる?……王印の偽造は死刑だが、まさかやったのか?」
先生の言葉もあり、クラス中から疑惑の視線を向けられていた。
どう考えても授業中に来るなんておかしいからな。
「それで授業中に……」
誰かが呟くと、マーズがバネのように反応をした。
「も、勿論持っている! 私は偽造などしていない!」
「では、確認させてください。クラスメイト達には、授業中に申し訳ないが、立ち会ってもらう。先生も一緒に見て頂きたいです」
「いいだろう。このクラスは他国から来ている者も多い。後で事実が改窮されることは無かろう」
最初に見せるのが、セオリーのはずだ。
使者が来るにしても屋敷にだからな。
大方、また王の第一軍が領地に入ると、言い訳ができないからだろうが、迷惑な話だ。
眉根を潜めながらも伝令書の入った筒を先生に渡したので、先生から受け取り、机に書面を広げて、確認を行う。
そこには、王の名も王印もなかった。
「……何が王命だ。違うじゃないか」
「ふむ。王命ではないな」
確認した俺と先生からの冷ややかな視線を受け、マーズがいきり立つ。
「次期国王になる第一王子の命だ!」
「なっていないのだから王ではないだろう。次期当主と当主は違うように王太子と王は違う。貴様は、何年貴族をやっているのだ」
先生も呆れているが、俺も呆れる。
「王命ではないのに王命だと言った時点でまずいでしょう。王の冠を利用するとは、呆れてものも言えないとはこのことです」
他国から来ている侯爵家や上級貴族達の前でのこの不始末をどうする気だ。
頭の足りない王子のようで、うんざりする。
授業中に騎士を伴って乗りこんでくる王族派閥の貴族と王子の命で動く第一騎士団か。軍に連絡を入れたところで意味がないだろうしな。
だけど、外交一門ではどうか。このクラスには、他国の侯爵家もいるからな。
エリドルドには、連絡をしておくか。
とりあえずは、証拠だ。記憶石に書面の内容を記録させておく。
「何をしているのです!?」
「書面の確認ですよ。第一王子がこのようなことをする益があるとも思えませんので、偽造されていないかを見ています」
適当なことを言って時計に嵌った記憶石が写し取れるように、手首の角度を変えていると、ノエルが立ち上がって書面を覗きこむ。
「真贋はここでは、分からないが。ここには、偽者であるソルレイを排し、正当なる嫡男子をグルバーグ家の後継者にするとある。ソルレイは鑑定を受けると言っている。偽者でないと分かれば、この書面の効力は無いのではないか」
ノエルの言葉に頷く。
「それもそうですね」
もう敬語も使う必要はないだろう。いつ鑑定をするんだ?と、マーズを見ると汗をだらだらとかいていた。
「おまえ達の鑑定はしない!」
「「何を言っている」」
ノエルと先生の静かな言葉が重なった。




