送り出しの成功と翌日の失敗はご愛嬌
帰りの車内では話もせずに、ただただラウルと手を繋いでいた。道のりは遠かったはずだが、体感としては、程なく屋敷の前に到着したというものだった。
お爺様をちゃんと送りたいから最後までやりきらないといけない。
それに、俺達の帰りを辛抱強く待ってくれていたのだから学校は休めない。明日は、叩き起こして欲しいと出迎えたメイドのミーナに頼んでから20時からの葬儀の為の服をまとった。
最初に家族で冥福を祈った。
ラウルと並んで領内に摘みに行った花を手向けると、カルムスとダニエルも隣に並んで花を捧げた。ダニエルに背を支えながら促され、使用人達にも声をかけ花を手向けてもらった。
預かった花もエリドルドの言葉と共に花をお爺様の顔の近くに置いた。
「お爺様、エリドルドさんからだよ。“偉大なる大魔道士ラインツ・グルバーグ様の冥福を心から祈る”って言ってくれたんだ」
ノエル達が早目に来てくれたので、屋敷の中に入ってもらい、花を手向けてもらった。ノエル達の執事やメイドも頭を下げて手向けてくれたので感謝を述べた。
「急だったのに来てくれてありがとう」
「当たり前だ。あれほど良くして頂いたのだ。明日は来るのか」
「ちゃんと行くよ。お爺様の望みだ」
「そうか」
労わるように背中を叩かれた。『無理はするな』とノエルは言い、ラウルにも声をかける背中を見た。待ってくれていたクラウンやハルドも労りの言葉と母屋でのお爺様に教わった思い出を話して感謝の言葉をもらう。
「来てくれて本当にありがとう」
礼を言って、玄関まで見送りに行くと、歩いて来る多くの領民の姿が見えた。
屋敷に比較的近い領民達が近所に声をかけたようだ。顔役が一番前を歩き、まとまってやって来てくれた。
夜に摘まれた野花は、色とりどりだ。
ああ、あの青い花は林の中の日陰にしか咲いていないはずだ。もう暗いのに灯りを下げて探してくれたのだろう。
「ラインツ様の仁徳だな」
「――ありがとう。俺もそう思うよ」
ノエル達が馬車に乗り込む姿を見送った。
本当にそう思う。
屋敷の大階段前の祭壇から玄関の外まで人々が連なり、その手にある花に目頭が熱くなった。
お爺様の愛した領民達は、当主になるにせよ、カルムス達に任せるにせよ、どんな立場でも、どこにいても、どんな形でも、守らなければと固く思った。
ひっきりなしに人が来るため、ラウルに先に寝るように言ったが、学校で寝るよと言うので笑った。
「じゃあ、俺も学校で寝ようかな」
そう嘯き、日付が変わってもお爺様の傍にいた。
深夜からグルバーグ家の墓地に埋葬をすると、まだいてくれた司祭様が天へ昇って行けるように言葉を紡いでくれた。丁重に礼を言って、お布施を渡す。
「ソルレイ様、ラウルツ様。後は、私達がしますからもう休んでください」
疲れたでしょうとダニエルに言われて、甘えることにした。
「「ありがとう」」
部屋でシャワーを浴びて出ると、洗面室の鏡に酷い顔が写っていた。
「なんて顔だ」
お爺様の具合が悪いって聞いた時には、覚悟をしていたのに……。冬休みに修行をみてくれたことに安心をしてしまった。
あの時からきっと痛みを圧して教えてくれていたに違いない。
ラルド国で家族を失った時とは違って声を上げて泣いたラウルと共に眠り、3時間後には学校に行った。
いつもと同じ時間に登校すると、早いノエルがいて、教科書とノートを渡してくれた。机の上に置いていった物を預かっていてくれたようだ。
「ありがとう」
「ああ、大丈夫か」
「うん、大丈夫だよ。恙無く終わったよ。昨日は、来てくれてありがとう」
授業はいつも通り進んでいき、音楽の時間では、ミスを連発したが、練習なので問題はない。美術の造型は、頭が回らず、設計を考えているふりをして終わった。
礼儀やマナーの授業は、座学で、この前に当たったので当たらず、平和に終わっていった。
ただ、最後の授業で盛大に失敗をした。
授業中に行う魔法の実践授業では、ノエルと組んでいたのだが、やってしまった。
お爺様に貰った魔力のことを考え、出力をだいぶ下げたが、それでも過剰な水魔法になったのだ。
水の砲弾のはずが、訓練場を埋め尽くすほどの水量を伴った水柱が吹き出し、球体にすることができずに弾けた。息を吐く間もなく、一気に水が四散するがその水量に悲鳴が上がる。
まずい事態に一気に目が覚めた。
「“ウォール!”」
最も発動の早い魔法で凌ぎ、隔絶を使う頃には、ノエルと先生が、魔法を使った後だった。守護の魔道具は、所持を許可されていることもあり、ノエルに危険はなかったが、すぐに頭を下げて謝った。
「ノエル様、申し訳ありませんでした!」
「大丈夫だ。気にするな」
「ソルレイ様、こちらへ来て皆様に謝罪をしなさい。かなり危険でしたわ」
「はい」
何とも思っていない様子のノエルに詰めていた息を吐き、ありがとうと小さく返して、風魔法で水の流れを変えてくれた先生の元へ行く。
「申し訳ありませんでした」
今日は、朝から体調が悪かったので、加減を誤ってしまった、驚かせて申し訳ないとクラスメイトと先生に謝った。
なにせ凄い水流で、ノエルが隔絶を使い、俺も慌ててウォールを皆に使ったくらいだった。
こちらは、巨大なウォールで問題がなかったが、扱いを早く覚えないと大変だ。
お爺様が、俺達の魔力を雫と例えたのがよく分かる。雲泥の差だ。
問題はそれくらいだったが、ジョエル先生にも苦言を呈され、少々凹みながら授業を終えた。この授業が、最後だったためラウルと待ち合わせをしている初等科の図書館に行く。窓から差し込む暖かそうな陽の光を見ていると、待っている間に眠くなってしまった。
「お兄ちゃん、そろそろ起きて。夕飯を食べよう」
「?」
あ、待ち合わせだ。
「しまった」
掠れた声で謝りながら起きると、見慣れない部屋のベッドで混乱をした。見回して屋敷のラウルの部屋だと分かると安堵と共に疑問も浮かぶ。
いつ移動したんだ。今は何時だろう。
「図書館で眠っていたから連れて帰って来たの。僕の部屋で一緒に寝ていたんだよ。僕も眠かったからね」
「ごめんな。もしかして、ラウルが運んだのか?」
「ふふふ。僕はもうお兄ちゃんを運べるんだよ!」
ドヤ顔をされた。
「それは、喜ぶところなのか。俺は自分が情けないよ」
今日は、失敗日和だったな。
まあ、こういう日もあるか。
それにしても弟に運ばれる兄の図って間抜けだよな。
制服でどちらが年上か絶対に分かるからな。しかもラウルは目立つ白服だ。背負われているのが俺だとバレていると思う。
「それだけ力がついたの! 喜ぶところだよ! お兄ちゃんが運べるならアイネも運べるからね。僕は、授業中寝ていたけど、お兄ちゃんは真面目だから寝なかったんでしょう?」
笑いながら言われた。
その通りだ。ぼーっとして過ごしていた。一限目だけでも寝れば、すっきりしてノエルやクラスメイトを危険な目に合わせずにすんだのだ。
「……寝ようとは思ったんだけど、高等科は、席が決まっているんだよ。真ん中寄りの列の一番前なんだ」
「その席、絶対嫌だ」
「ノエルなんか中央の列の一番前だよ。成績がいいと良い席で授業が受けられるようにって。嫌がらせのようなシステムがあるんだ」
中央からの渦巻き状ではないので、良い席の定義も曖昧だ。
「えぇ!? じゃあ来年は、僕もその席なの!?」
「2年間固定だから入学試験で手を抜くといいよ」
もぞもぞと身体を起こす。
「お兄ちゃん何番目だったの?」
「6番だったよ」
思っていたより順位が落ちたので、優秀な生徒が多かったのだろう。
「10番を狙ってはずすと11番だよね。一番前になる?」
「うん。一番前だな」
「うーん。一番後ろを狙うのは難しいね」
「クラスは決まっているから、試験で悪い点数だと窓際か廊下側でニ席ほどしかない特等席だよ」
あそこはよく当たる席だ。下手をすると授業中に 2 回当たるのだ。一周回ると先生が気を遣うのか両端の生徒に質問や問題を出す。
かといって次の授業では、そこから始まらず、先生から見て中央のノエルからまた当たっていく謎の当て順となっているため、両端の席は一番避けるべき席だ。話を聞いたラウルは腕を組んで悩んでいた。
「15番か20番がいいなー。どうしたらいいんだろう」
他国から来る外部学生がいる以上、無理だと思うぞと笑ってベッドから下りると、ラウルにシャツのボタンを留められた。寝苦しくないようにわざわざ外してくれていたらしい。完璧に熟睡だったな。
食事の席に着くと、お爺様はいないのに、何度もそちらを見て話しかけようとしてしまい、時が少し止まり、水を口に含んで飲みこんだ。静けさも気にならない空虚な気分で料理を口に運ぶ。
紅茶の段になって気になることを尋ねた。
「ダニー、カルムお兄ちゃん、昨日は先に寝かせてくれてありがとう。カルムお兄ちゃん。俺達、学校に通っていていいの?」
「ああ。いいぞ」
「私達で執務を行いますから心配せずに通ってください」
「ありがとう。ダニーもありがとう」
「いいえ、いつも通りでいいんですよ」
柔らかい笑みに釣られるように強張っていた頬が少し動いた。
「うん」
優しい二人に甘えさせてもらい、卒業までは、とにかく学校を頑張ろうと思った。
フォークを置き、パンパンと両頬を打つ。ラウルも同じようにしていた。気合いを入れる時はこうするのだ。
驚かせてしまったカルムスに笑いかける。
「去年は、2ヵ月で大体の授業を取り終えちゃったけど、今年は夏にダンジョンに行くみたいなんだ。難しい?」
実習は、高等科の初日に作った班で行うチーム戦で5日間ダンジョンに潜ると聞いた。実戦で何日も日の当たらない場所で過ごすなど考えられない。
経験者から話を聞いておきたいところだ。
「ソルレイは成績優秀者か?」
「うん」
言いそびれていたな。
担任のポリコス先生からこのままいくと選ばれると言われたことを話した。
「まずは2年だな。延長できるならしておけ。研究費はいくらでも出る」
弔い用のワインを呷りながらカルムスがそう言うので、疑問に思っていたことを確認しておく。
「延長って、早く家の仕事をしなくていいの?」
「ああ。他国に行って鉱石を取りまくれ。貴重な一等鉱石以上の物を何個か礼でくれたらいいぞ」
「カルムス!」
「アハハ、ダニー怒らないで。それでいいなら助かるから」
軽い言い方は、わざとだ。分かっている。カルムスは優しいからな。俺やラウルが気にしないですむようにしてくれているのだ。
「研究ってそういう使い方なの?」
ラウルが首を傾げていた。研究と言われると大がかりなものを浮かべてしまいがちだ。
「よく分からないけど、先生もそうできるぞって言っていたよ」
「他国の貴重な鉱石はそういう時にしか手に入らんからな」
「研究員という肩書があれば入れる施設もあるのですよ。他国の入国税も安くなったりします。身分を学校が保証してくれるというのは大きいです。その国にとっても優秀な人間との顔つなぎの機会になるため、外交派閥の貴族家が案内を買って出ることもありますね」
ほうほうと二人で頷く。
それなら狙って研究者になる方がお得そうだ。ノエルは、ディハール国に帰ったら軍属になるため、もう少し自由でいたいという理由だったが、俺は不純な動機で研究室を捥ぎ取ろう。
授業が早く終わって自習になったら、領地の面倒な書類は、授業中に片づけていけばいい。
授業の予習と復習はきっちりとやり、この一年は、勉学に打ち込もうと決める。
その前に……。
「ラウル、休みの日に修行に付き合ってくれないか」
「僕もそう言おうと思っていたところだよ。頑張ろうね」
カルムスが、無理にラインツ様みたいになろうとしなくていいぞ、と言うので、大きく頷く。
「お爺様は、偉大だから難しい」
「お爺ちゃんは最強だよ。僕達じゃなれっこないよ。その代り二人で力を合わせるの。頑張るよ」
「うん、そうだな。力を合わせてやっていこう」
二人で言い、ほどほどに頑張ると伝えた。カルムスは、なんだか嬉しそうだった。
俺とラウルは貰った魔力が2分割されているにも関わらず、巨大すぎて、魔力の加減が分からないのだ。
お爺様は、この魔力を一人で正確に制御をして、扱っていたことを思うと尊敬しかない。
魔法陣なら出力を決める設定をすれば良いだけなのだが、魔法や出力設定をしない魔法陣に直接魔力を叩きこむ時がまずいのだ。
今度の休みの日、2日間は神殿に篭って来ると伝えておいた。
朝は今までより1時間早く起きて、お爺様の書斎で本を読んでから、身支度をしてラウルと一緒に学校に行く。
ちなみに、ラウルも1時間早く起きて一緒に書斎で過ごしている。
領民から上がっている議題の確認は、学校の休み時間に確認をして、昼休みに回答書類を作成するようにしよう。今日の分を鞄に入れる。
慌ただしい日々も一週間ほど過ぎていったが、3日してから王宮に報告書類を送付したので、そろそろ着いている頃だ。
2年になったらついていけなくなるかなと思った授業は、勉学に励み、時間が限られている以上、集中して先生の話を聞くため順調だ。
5つ課題に沿って完成させたら合格を貰える魔道具の最後の課題は、家から鉱石も持って来て、便利な魔道具を作り、リリス先生を唸らせることに成功した。
早くも得意科目は、最短の2週間で自習時間になったため、領地の書類をリュックから出してやっていたが、先生にも誰にも何も言われなかった。
皆は、自分の魔道具作りで手一杯なのだ。
苦手な生徒が多いらしく、初回の難易度は3のはずなのに唸り声が偶に聞こえる中、ダニエルから預かってきた書類を広げる。
リリス先生は、お爺様が亡くなったことを担任のポリコス先生経由で既に知っているらしく、『無理をしないようにして下さい』としか言われなかった。無言で頭を下げて、授業中に領地の仕事をさせてもらった。
ダニエルは、構わないと言ったが、書類仕事はカルムスとラウルには向かない。
30分あればできることも多い。
重要な書類はそもそも持ち出すべきではないので、清書などはさっさと終わらせていく。
2週間経つと貴族の間でも真偽不明ながらも情報が回ったらしく、他の先生からもお爺様の死を知って気を遣われているのか『無理をしないように』と、声をかけられるようになった。礼を言い、試験の合格をとっていく。
ノエルからも温かく見守られている気がして尻がこそばゆい。
昼に書類を出していると、図書館の自習室に行こうと言われるのだ。ノエルは本を読み、俺は書き物をしている。
ある時、クラスメイト達が、話を聞きたそうにしている目に気づいた。
それでも諸外国の生徒達に軽々しく言っていいのかも分からないため、聞かれたら答えようくらいだ。自分から言うようなことでもない。
そうして時が経つにつれ、ノエルが休み時間も側にいるのは、声をかけさせないように牽制してくれているのだと気づいた。
これは御礼だな。
「ノエル、ありがとう」
「なにがだ」
付き合って欲しいと、カフェで季節のパフェを頼みながら、礼を言った。
「このパフェって特別な会員証がないと食べられないんだよ。お礼がしたいんだ。次のビスケット作りの時に話すよ。ボランティアに参加している皆は、信用しているんだ」
「……そうか」
運ばれてきた季節のパフェは、マスカットのパフェだった。もう少ししたら登場することになるモモが特に美味しいのだと言うと、いつから会員証を手に入れていたのだと呆れられた。
初等科のカフェの店主とここの店主は双子だ。ちなみに初等科のロータリーにあるカフェの店員はその双子の弟で、会員証は共通だ。地道に通うことで裏メニューを制覇していっているが、これは俺の密かな楽しみのため、内緒だと笑った。




