冬休みの過ごし方
貴族は16歳で一人前として扱われる。その前段階の14歳になると、大概の貴族は、自分の立ち位置や覚えた振る舞い方を実践の場として試すために進んで社交界に赴く。
婚約者の決まっていない者も積極的に気になる女性をダンスに誘うそうだ。
一方、14歳のパーティーを身近な顔見知りの貴族家を迎賓館に招いて終わらせたグルバーグ家では、お爺様が面倒事から俺達を遠ざけてくれたこともあり、一般的な貴族家とは違う歩み方をしていた。
大人の仲間入りパーティーをしたものの、社交界には一切出ずに、王都にも行かず、辺境領で遊んで楽しく過ごす。
グルバーグ辺境伯家の家格がそれを可能とし、甘いお爺様がそれを許した。
貴族同士の遊びは、春なら野山へ、夏なら避暑地を求め湖へ、秋なら山で紅葉を、冬なら温室でと、とにかく自然を愛でることが多い。
女性ならここへお茶会が加わり、男性なら友人同士と狩りに出かけるらしい。
仲が良いといえる貴族の友人は数人だが、身近な貴族となると、隣の領のフォルマとは気が合う。狩りが上手いため、偶に誘われることもあったが、得意な訳ではない俺は、春と秋だけ一緒に出掛けて、山菜とキノコを採る係りだ。
テントを張って皆で料理をしたら、美味しく食べて昼寝をしてから帰るという辺境領ならではの自然への近さ故の楽しみ方だった。
ただ、高等科に入ってからは、フォルマも跡継ぎとしての勉強もあって忙しいようだ。初等科の頃ほど頻繁には遊べなくなった。
貴族を除く一番の遊び相手は、今でもやっぱり弟のラウルになる。
どんな場所でも男同士だと割に楽しめる場所になることもあって……。
「お兄ちゃん!連撃でいこう!」
「分かった! ラウルのタイミングでいいよ!」
「うん!」
湖で寝ている水獣の姿にラウルは喜び、その様子をしばらく見守ってから水獣センターの方へ向かった。
事務室に声をかけてから屋上に連れて行くと、次々に後頭部に当てていく。
魔法陣を描くのが早いし、ラウルは当てるのも正確だった。
動く生き物に当てることは、魔法も魔法陣も難しい。
範囲を広くとれば身体の何処かに当たるが、訓練にもなるので、なるべく小さい魔力の出力に設定をしている。
描く時間の分だけ魔法よりも魔法陣の方が難易度は上がる。俺も積極的にはやっているのだが、後頭部というのがなかなかに難しい。
向こうからの攻撃も、なるべく魔道具に頼らず防いだり避けたりしている。
魔法での相殺は、威力を殺せても余波で衝撃波が周囲に広がるため、魔道具が反応してしまう。そのことに気づいてから、カルムスが隔絶を使う本当の意味を知った。教科書を読んで頭で理解しているつもりでも、体感すると違う。
“攻撃魔法は、隔絶で防ぎましょう”の教科書の一文では、知られないことがある。
試しに相殺をしてみて、余波で水が舞い上がり大波がくることや風が渦巻き、落ちている砂埃に視界が悪くなることや更に目を赤く光らせた水獣達から恐ろしい水泡がいくつも飛んでくるなど分からないのだ。
「危ない、危ない」
慌てて、隔絶魔法を使う。練習になるので、日頃から魔法陣を使うように言われているが、これは間に合わないと魔法の使用になった。
疲れると横笛の音色で落ち着かせてから、屋上から退避だ。ラウルに魔法陣を描いてもらいその後ろで奏でるのだった。
「楽しかったー!」
「ケルンは、大好きだから嫌がるかと思った。よかったよ」
「水獣にとっても必要なことだから平気だよ。あ! 階段じゃなくてあれがいい」
屋上に出る扉を閉めていると、そう言われたので、振り返る。笑顔で指を差しているのは階段ではなく薄い板があるだけの昇降機の魔道具だ。
「うわぁ。あれか」
「楽しいよ、きっと!」
透明な板なので中々に怖い。
箱型でもない。
怖々、乗るが、下が透けているため心許ない。立ちくらみを起こしたら落ちて死ぬな。幅も乗れて2人だろうしな。
落ちたらどうしようと、考えてはいけないことを考えていた。
「ちゃんと食べて来たのにお腹減ったね」
「そうだな。魔法や魔法陣を使うと、腹が減るのが早い気がするな」
「それ僕も思ってたんだよ。いつもより食べちゃうもんね」
そうなんだよな。魔力が体のエネルギー源ではないはずなのに、変じゃないか。
ガタンと音を立てて魔道具が止まった。着地の振動で前につんのめる。最後だけ残念な魔道具だった。
こけないように勢いのまま二歩ほど歩き、止まった。
「お爺ちゃんの魔力なのに変だよね」
バランスを崩さず昇降機の上にいたラウルがそう言うので、似たような疑問を兄弟で持っていたのだなと笑った。
「魔力回路は授業でもあったけれど、仕組みがよく分からないのは確かだ。魔法や魔法陣を使うのに体のエネルギーも必要とするのか。組み立てるのに頭を使うから思考でエネルギーを使っているだけなのか。ただ、司祭様達が使う癒しの魔法があるだろう? 貴族じゃないのに魔法が使えるんだ。魔法陣じゃなくて魔法を使えるっておかしくないかってずっと思ってた」
「あれ? 本当だね。お爺ちゃんと修行をすると、始めてすぐにお腹も鳴るし、眠たくなるから疲れているのは確かだね」
事務室に終わったと声をかけに行く。
貴族しか魔力を持たないとお爺様は言っていた。それなのに、平民の司祭様達は使える。
でも、癒しの魔法のみだ。
回復の魔法はあるけれど、教会の司祭様達が使う癒しの魔法より効き目が悪く、魔法陣は更にそれ以下で、騎士達はポーションを使う。ポーションは、効き目はいいが、体に負担をかける。
「解明できたらお爺様もエルクも……」
「ん?」
口に出ていたらしく、聞き返したラウルに苦笑いを浮かべた。
「何でもないよ。せっかくだから食べて帰ろうか」
「そうしようよ。家までもちそうにないもん」
食事がてらこの領を見て回ることにした。
初老に差し掛かったセンター長は、領主を息子に引き継いだと言っていた。
お薦めの場所や、店を教えてもらい午後からは、観光になった。
ただ、教えてもらったレストランは、どこも高級店の為、店には入らなかった。街をぶらぶらして、領が違うと街並みも違うことを話しながら少しハイソな匂いのする通りを外れ、平民が並んでいる飲食店に入る。
大衆食堂だ。
「「こんにちはー」」
「はーい。え? 貴族様……」
店員の言葉に何人かが入口を見たため目が合う。
こんなところに貴族かと働き盛りのおじさん達から好奇な目で見られる中、カウンターに並んで座ると、1 番人気と 2 番人気を頼んだ。
二人で、ウサギ肉の野菜炒めを分け合い、から揚げも分け合って美味しく食べた。貴族の少し盛りではなく、平民盛りでシェアは当たり前だ。
久しぶりの塩味濃い目の香草多目、それでもって雑味まで多い平民料理は、とても懐かしいものだった。
笑顔で店を出て、並びの店で安い雑貨を買った。
これくらいが楽しいのだ。
歩くのには慣れていたはずなのに、足が疲れていた。最近は、スニプル車の移動が当たり前になっていたな。
明日は外で駆け回って遊ぼうかと、言うと、久しぶりだねと、笑って頷かれた。
秋の中頃からやっていた水獣科水竜目ケルンの苛々防止は、1ヵ月以内にやり遂げることができた。
何かお礼をしたいと言ってくれたので、また、ここに来て遊べるようにして欲しいと頼んだ。
「そんなことでいいのでしたら、いつでも来てもらっても歓迎致しますよ」
その言葉にラウルはとても喜んでいた。
来年の学術界で論文を発表するにあたり、発見者として俺とノエルの名前が出ることになると言われ、俺は、「ノエルだけでいいよ」と言い、ノエルは「むしろソルレイだけだろう」と言うので、仕方がなく「二人でお願いします」と答えた。
ケルンの新たな発見をしたいと意気込んで観察していたラウルは、面白くなさそうに頬を膨らませていたため、手の平で揉んで膨れた頬を潰しておいた。
秋の最終月に始まった選択科目の試験も問題なく終わり、気を遣われた音楽の試験も 6弦楽器を問題なく弾けることで、どこかほっとした先生達に合格を言い渡されて終わった。
これでようやく冬休みを過ごせることになった。
教会での活動は、来年の夏になったら勉学が大変かもしれないこともあり、皆で相談の上、冬の間に2週間だけでもすることにした。ビスケットとクッキーを焼いて持って行った。日持ちする菓子を5日分渡して、それを3回繰り返すだけだ。
勉強を教える班が、寒いと愚痴を言い合っているだけの不真面目な時には、代わりに子供達に教えた。
ノエルもエリットもミュリスも侯爵家は優しい人間が多いのか、見兼ねた俺やラウルが、『どこが分からないのー?』と聞いて隣に座ると、一緒に教えてくれるのだ。
「二人ずつみればいい」
「ああ、そうしよう」
「では、私は向こうにいる子を見ます」
アレクも子供は好きなようで、積極的に教える。クラウンは、年齢の上の子に役に立ちそうな計算式を教えていた。
そうすると、まずいと思うのか。自分たちが教えると言い出すので、あっちのお兄ちゃんとお姉ちゃんに教えてもらいたい子はそっちでもいいよと言うが、子供達は首を振った。
「私はいい」
「僕も」
その言葉に頷く。この子達なりに貴族を怒らせないように余計なことは言わないように気を遣っているため、返答は最低限だ。
「今日は俺達が教えるよ。子ども達も集中しているようだし」
「そ、そうですか」
子供は、ちゃんと顔つきや行動を見ており、自分に対しての愛情の大きさを感じているものだ。
つまらなさそうな時間潰しは、見抜かれている。
ラウルが家から持って来た絵本を読んでやり、俺も違う子達に算数を教える。
クラウンが教えるのを上の子たちは一生懸命聞いていたのを見たからだ。下の子達にも教えると子供達は喜んだ。
最後に問題を出して、正解したらビスケットではなくクッキーだ。年齢が上の子達は、喜んで解いていく。
小さい子は正解できないが、大きくなったら正解したいと思って欲しいため、ここは平等にはしなかった。
冬休みの最初は、泣く子もいたが、泣いてもクッキーは手に入らないが、勉強をするとクッキーは手に入ると教えると、頑張るようになった。
頑張ったらビスケットを余分にやり、クッキーを目指して頑張らせる。
いつしか勉強も見るようになっていたが、そのことについて誰も何も言わなかった。計算までできれば働き口も広がるのだ。
なるべく多くの子ができるようにと計算問題も家で作るようになった。
ラウルとミュリスは、この活動を通じてとても仲良くなった。元々、図書館で会えば話す仲だったらしい。
ラウルは“ミュー”と呼んでいたが、『ラウル!また変な呼び方をして!ミュリスだよ!』と怒られ、マリエラはマリーでいいって言ったとノエルの妹の話をして、『でも、恥ずかしいよ』と困った顔で言われていた。
「お兄ちゃん、恥ずかしいかな?」
「ミューは可愛いけど、ミュリスって呼んであげような。もうすぐ14歳だろう」
「うーん、分かった」
なにせラウルは、ノエルのことも未だにノンだからな。
ノエルも注意をしないため、ずっとそのままになっている。
ラピスのラッピーよりはいいと思うが、お年頃のためミューは止めておく方がいいだろう。
ラウルは、侯爵家に対しても態度を変えない。そのことについてそれとなくミュリスに尋ねると、『ラウルは直さないと思います』と笑っていた。
意外な反応だった。
怒っていないようなのでいいのだろうか。
ノエルにもそれとなく聞いたが、こちらも一笑に付していた。もう気にならないらしい。
「今日の活動はこれでお終いだね」
「ああ」
「お疲れ様です」
残りのお菓子は教会関係者のおやつだ。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、寄付で集まった製菓材料で作っています。子供達の残りですが、食べてください」
いつも多目には作っている。
なにせ、初等科の先生達が、月曜日に高等科の調理室に行けばクッキーが食べられると思っているようで頻繁に来るのだ。
欲しいなら小麦粉や砂糖、バターを寄付して下さいと言うと、普通に持って来るのだ。
仕方がないのでナッツの入ったクッキーとブロッククッキー、ドライフルーツの入ったものや、乾燥ヨモギが入ったクッキーなどを作って渡した。
クッキーなど家でメイドが焼いてくれるだろうに。
アイシングや形が可愛いからというのだ。
確かにそこは拘って作っている。
先生達の為ではなく、ご褒美でもらえる子供達に喜んでもらえるようにだが……。
「次回は春の学校が始まってからだ。解散」
ノエルがそう言い、皆それぞれの馬車やスニプル車に乗りこみ帰っていく。
俺達は、二人で小舟に揺られながら帰る。寒いが、これを楽しみにしているのも知っている。
朝にはあった水面の分厚い氷も午後には降り注いだ太陽の光に溶かされて、水獣はすいすいと進む。
「ラウル、あそこのホットラテ美味しいんだ。寄ってもいいか」
「うん。いいよー」
領に入るまでに通る幾つかの船着場で、少しだけ道草をして帰るのだった。




