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校外学習 後編

 先生とノエルに、クライン先生に言ったことを伝えておく。


「母が学長と初等科の時に同級生だったようで、その頃に何かあったのではないかと思うのです。そのことが尾を引いていて、私のことを殺したいのかなと。例え話なのですが、父と駆け落ちしたけれど、実は、学長も好きだったとか……。王族がどうして絡むのかは、よく分からないのですが……まあ、何かメリットがあるのでしょうね。レディスク家は王族派閥ですし、グルバーグ家は無派閥ですので、派閥を作られると厄介だと思われて力を削いでいるのかもしれません。まあ、推測なのですが、そういうことなのかな。一応予想だけは立てています」


 お爺様からグルバーグ領を引き継ぐことになった時に、上手く立ち回らないといけない。

 俺の推測についてどう思う?と、隣のノエルに再び振ると、真剣な顔と目があった。


「?」

「ソルレイ、ディハール国に来い。マリエラと結婚しろ」

「「!?」」


 いや、いや、いや。待って、くれ。

 そういう話は、していなかったよな!? どこから持ってきたんだ。

 困惑を通り越して、じっとりとした変な汗を背に感じた。


「他国の侯爵家にまでどうこうできんだろう。俺の弟になればいい。守ってやろう」

「ノ、ノエル!? あ、ありがとう。でも、気持だけもらっておくよ」


 嫌かと聞かれると焦ってしまう。マリーは妹だ。


「ラウルに何かあると困るから対象が俺の内に手を打ちたいんだ。学校に呼び出したってことは、お爺様やカルムス兄上が怖いからだろう? またやるのなら学校のはずだ。そう思っていたんだ。だから、味方を増やす為にレリエルクラスの進学率を上げた」


 焦りから早口になっていた。


「おい!? 貴様!? まさか不正をしたのではないだろうな!?」

「えぇ!? まさか! 補講日を作って勉強を教えていただけです!」


 先生まで動揺しないでくれよ。


「不正ではない。週に2日8時間も教えていた。皆も頑張れば進学できるかもしれないと恥を忍んで教えを乞うていた」


 ノエルが普通に返している。

 どうして突拍子もないことを言った本人が一番冷静なんだ。低い車内の天井を見上げて長い息を吐いた。


「それでレリエルの生徒が多かったのか。どうして今年はこんなに偏っているのだと疑問視されていたぞ」

「すみません。クラスメイトが信用できたものですから……。少なくとも変なことに巻き込まれたら、先生方を呼びに行ってくれるはずです」

「担任は一体誰だ? こんなに重要な案件ならば進学の時に言うべきだろう」

 どこの無能だと目を細めた。

「クラインだ」

「クライン・ハイブベル先生です」

 そう言うと固まる。

「ポリコス先生?」


 急に真顔になると咳払いをした。

「さっきの発言は訂正しよう。クライン先生は無能ではない」

「「…………」」


  不自然な先生に目をやる。

 話を止めて、何事もなかったかのように車窓から外を見だす。エイリャル領に入ってからは、変わり映えのしない長閑な道を進んでいた。コスモスの花畑も先ほど通り抜けたところだ。


 横顔は平静を装っているが、耳が赤い。


「……先生、まさかクライン先生のことが好きなのですか?」

「な、何を言う!?」


 そういう顔は見たことがないほど真っ赤になっていく。こんなに分かりやすいことはない。


「先生はもっとクールだと思っていたが……。いや、俺も人のことは言えぬな」


 ボソッと呟くノエルのことも気になるが、今はスルーしよう。メイ先輩狙いならもっと積極的に動かないと、どこかの王族にとられてしまう。今度アリア先輩に声をかけて、美味しいランチの店に4人で行こうと誘ってみるか。


「クライン先生は可愛らしい人ですから、先生が好きになるのも分かります。黙っておきますね」

「ああ、人の恋路にとやかくいう気はない。黙っておこう」


 声にならない声を上げる先生を余所に、水獣たちのいる場所まで着いた。

 ここからは徒歩に変わる。馬車を下りて向かうと、湖で皆すやすやと眠っていた。


 なんだろう。

 お腹をあお向けにぷかっと浮いているのを見ると、急に動物感が出るな。

 水獣なのに安心しきって目を閉じていた。気を抜いている証拠だ。


「かわいい。寝ているんじゃないかな。やっぱり攻撃魔法は使えないよ」

「おかしい、大人しいな」

「これを撃つのは確かに気が引けるぞ」


 全員でじっと観察するが、暴れている個体もいないし、注意力が散漫になってどこかをぶつけて負傷しているといったこともなさそうだ。


「この湖を管理している方か話を持って来た商業ギルドの方に話を聞いた方がいいのではないでしょうか」

「同感だ。特に問題はないようにみえる」

「ふむ。水獣の管理センターが近くにあるはずだ。そちらに行くか」


 馬車に乗り込み、大きなアーチ型の建物に水獣センターと分かりやすく書いてあった。水族館よりも少し大きいくらいだ。

 水獣のあかちゃんも飼育していそうだ。


「とりあえず、中で聞いてみるか」


 ポリコス先生と一緒に中に入ると、受付などはない。

 その代り、管理事務室という部屋があったので扉を叩くと、中から白髪交じりのおじさんが出て来た。


「商業ギルドの依頼を引き受けてやって来たのですが、暴れている水獣というのはまだいるのですか。湖を見てきましたが、それらしいものはいないようでしたが」


 ポリコス先生が、話をすると、場所は湖ではなく、ここですと言う。

 湖にいるのはまだ若く、穏やからしい。

 このセンターにいる子達は、皆仕事をしないといけないのに眠いと、苛々して暴れたり身体をわざと船や壁にぶつけ、自傷行為に出るらしい。


「こちらです、ご案内しましょう」


 おじさん曰く、商業ギルドには、ちゃんとここだと言っておいたらしい。

 それも昼からの方が大人しいからと時間まで伝えていたのに、今の商業ギルドのギルドマスターは、お金にしか興味がないのだから、と怒っていた。

 ちなみにおじさんは海獣・水獣の研究を専門にしている貴族だった。

 この施設も私財を投げ打って建設したと聞き、驚く。


「ここにいる貴族は私だけでしてね。私も魔法は使えるのですが、なにせ数が多いでしょう? 魔力が持たないのですよ。魔法陣は魔導石の値の問題で厳しいのです。どうしても間に合わないと言う時にだけ使います」


 そう言われて、そんなにいるのかと思いながら屋上までついて行くと、一面泉のようになっていた。

 ここは、建物8階分の深さがあるという。すごい水量だ。


 そこにはいつもの水獣でも、先ほど見た可愛い子でもなく、赤い目を光らせて蠢き、苛々した様子で、水面から俺達を見て、口から水弾を放ってくる魔獣がいた。


 俺もノエルも魔道具があるので、何もしなかったのだが、先生はウォールを使っていた。

 水弾が止むと尻尾で津波を起こそうとするので、隔絶の魔法陣を描いて発動させる。


「ふむ。問題なさそうだな。この者達は優秀でして、2ヵ月でほとんどの科目を取っています。することがないのですよ。ここに通わせても宜しいですか」

「もちろんですよ。それは助かります」

 目尻の皺を増やして喜んでいた。

「弟も連れてきても宜しいでしょうか。 休みの日に河に見に行くほど、水獣が好きなのです」

「おや! それは嬉しいですね! 歓迎致しますよ」

「ありがとうございます」


 ここは絶対に喜ぶはずだ。


「では、やるか」

「俺もやるよ。なんだか、苦しそうだ。どこに当てるといいのでしょうか?」

「一番良いのは後頭部ですね。そうすれば、数年は大丈夫です。身体でも他者からの魔力を感じて、こんなことをしている場合ではないと分泌される体液がありまして、その作用で元に戻ります。この1ヵ月で行わないと死んでしまう個体が出るのですよ」


 思っていたよりも大事じゃないか。責任重大だな。


「分かりました」

「年数を考えると、なるべく後頭部に当ててやるのがいいだろうな」

「そうだね」


 体育祭の時に動く相手に対しての魔法陣の範囲指定の腕は上がっている。

 大丈夫だろうと、魔道具を用いて魔法陣をどんどん書いていく。

 時間指定はしていない。

 発動させる時に“0”と書き水魔法を打ち込むのだ。

 水弾を放ってくれる水獣の方が、止まっていて狙いをつけやすいのでノエルと反対方向に回り込み、頭を出した子に当てていく。


 水獣は協力し合って攻撃することもあるので、やはり、奥底で理性は残っているのだろう。

 どうしようもなく苛ついて自分ではどうにもできないように見えた。


 ノエルと協力し合い、水魔法を打ち込むと、ピタッと止まるわけではないが、そそっと目を瞬いて恥ずかしそうに潜っていく。


 2時間ほど経った。ノエルと相談をして今日は帰ることにした。

 俺達が、魔法を撃ち始めると、そそくさと下りて行き、事務室でまったりとお茶を飲んでいた先生達に声をかける。


「先生、お腹が減ったので帰りたいです」

「昼を過ぎたからな」

「どうでしたか?」


 報告させながらもお茶を飲む手を休めない二人に苦笑いだ。


「恥ずかしそうに潜っていくので、人みたいだなと思いました」

「鱗の模様が個体ごとに違うが、偶に似たものがいた。遺伝だとすると血族で模様が足されているのではないか」

「耳の形で分かると思います」

「…………」

「鱗の考察は素晴らしい! その通りですね! しかし耳とは? 海獣や水獣には、耳はないのですよ。鱗の振動で聞き分けているのです」

「いや、耳はある。ソルレイが確かめた。あれは耳だ」

「ふむ。どこだ? 言ってみなさい」

「尻尾と胴体の付け根です。あれは生殖器ではなく耳の穴です」

「あの小さな穴はあそこにも尻尾があったからだと言われています」

「違います。耳です」

「耳だ」


 アレは、耳で間違いない。


「おまえたち、何故そう言いきれる?」

「笛の音色です」

「なんだと?」

「笛を吹くと皆尻尾をあげるから、何をしているのかなと思ったんですが。音色を聴いていたようです」

「……なんということだ。笛の音色など聴かせたことはない。もし事実なら学術的にも新事実となるが……」


 見たいというセンター長と、お腹が減ったから帰りたい俺とノエルで譲らず、先生が先に食事を奢ることで決着し、お腹いっぱい近くのレストランで食べてから屋上に向かう。


 ノエルに頼まれて、持って来ていた横笛で演奏を行う。

 今日は、もう帰るから苛つく心の慰めになればと吹いたのだが、尻尾を上げるのでノエルと『ん?』となって考察した結果、耳だなとなったのだ。


 吹き始めると水弾で攻撃することもなく、プカッと浮いて尻尾を上げ、底から潜って尻尾だけを水面から突き出す。

 シンクロナイズドスイミングだな。


「おお!? これは凄い。耳かは分からないが、確かに音色を聴いているように思えますね」

「持ち歩くほど好きならば横笛を素直に選択すればいいだろうに。最近の子供はよく分からんな」


 先生が独り言を洩らすので、年がいってくると増えた前世の独り言を思い出す。


「良く見ろ。それぞれ形が違うし、収縮している。あそこで音を拾っているんだ」

「確かに。これは、論文にする価値があります!」


 興奮するセンター長に、明日は弟も連れて来ると話して学校に戻った。

 移動に時間がかかったため、戻りは、14時を回っていた。


 学校で最後の授業を終え、初等科のレリエル教室に迎えに行くと、女子から告白されている最中のラウルがいたため、廊下の離れたところから見守り、終わったのを見計らって声をかけた。


「ラウル、帰ろうか」

「うん!」

「今日、水獣センターに行ったんだ。ラウルも明日一緒に行かないか?」

「水獣センター? 商用船に乗るの? 観察できるとか?」


 大型成獣のケルンは商用船を曳き、小舟は若いケルンが偶に曳いている。船着き場で頼めばケルンに曳いてもらえるという感じだった。


「あーいや、レジャーじゃないんだ。使命がある」

「うん?」


 遊びに誘ってくれたのだと喜ぶラウルに、言い辛さを感じながら、水獣の苛々期の説明をして、弱い水魔法を後頭部に当てる必要があることを話す。

 ノエルと今月一杯やることになったので、間近で見られるし、一緒にやらないかと誘い直した。


「行く!」


 即答するので、学校が休みの明日に一緒に行く約束をした。

16日から20日まで旅行のため次回の更新は21日です。

宜しくお願い致します。

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