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校外学習 前編

 1学年目の試験に受かっていくと、授業の後半30分が常に空く。なるべく魔道具関連の本を読み、知識を蓄えていった。時には、質問のために初等科のマットン先生を訪ねに教員棟まで行くこともあった。先生は、どこか嬉しそうに言った。

「好きだとよく分かりましたね」

「作って頂いた魔道具で分かりますよ。それに石の分配の時だってーー」

「ハハ。あれは仕方がありませんよ」

「「貴重な鉱石でしたからね」」


 二人で大笑いをした。

 そうして、マットン先生は、訪ねる度に快く教えてくれたのだ。


「魔道具は解体をすると上達します」

「解体!」

「そうです。それからもう一度、組み上げます」


 それも終わったら今度は、違う材料で同じ効果が得られるか、自分自身で設計図を引くといい。そう教えてくれた。

 この時間は本当に楽しく、偶に敬語が飛ぶこともあったが、怒られることはなかった。先生とは、家から持ってきた材料で一緒に魔道具を作る仲になった。


 初等科には、それ以外にも来る機会があった。ラウルのお茶会に招かれ、ブーランジェシコ先生と3人で会話とお菓子を楽しむのだ。


 そんな楽しい夏も過ぎ去り、初秋に入った頃、高等科はようやく夏休みに突入した。


 初等科と違って短く4週間だけだが、それでもラウルと被って取れる貴重な休みだ。

 冬休みは高等科の方が3日多いという説明だったが、それがなんだという感じだった。

 なぜなら、来年は、夏休みにダンジョンに入るため、更に短い休みになるのだ。


 今の内に、作ろうと思っていた魔道具の作成のための下準備に、研究棟で魔導石の魔力計測をしていたら誰かが部屋の扉を叩いた。

 誰だろうと扉に向かうと、カルムスだった。話があると扉越しに声を掛けられて、閉めていた鍵を開けた。


「あれ、どうしたの?」

 必要な魔導石でもあったのかな。

「今から修行だ」

「え? 今から? 昨日、休みに入ったばかりだよ」


 毎年修行だと言って教えてくれるお爺様が、今年の猛暑で体調を崩したため、教えるように頼まれたという。

 体調を崩したことを知ったのは数日前からだった。


「カルムお兄ちゃん、お爺様の具合はそんなに悪いの?」


 学校に行っていたから気づくのが遅れた。食事の時は、量は普通に摂っていたように思うけれど……。

 お爺様は、命を縮めるポーションを使ったはずだ。いつから具合が悪かったのかを聞いても使用人の皆は、はぐらかす。

 だから、カルムスに聞いたのに。貰えたのはお爺様に対してのことではなく俺への慰めだった。


「今年は、この辺境領も暑いからな。すぐに良くなられる。心配するな」


 高等科の授業が始まる時には、入れ違いで夏休みに突入していたラウルに尋ねても、あまり部屋に入れてくれなくなったとしか聞いていない。

 ポーションは、聖職者の使う魔法と篭められた魔力、原料の月の花と呼ばれる満月に咲く花を100日間月の光に当てたものに、日日草の絞り汁を加えて作られる。


 お爺様は聖魔法も使えて魔力も豊富だ。

 体内で循環させれば、他のポーション使用者よりは、命を縮めない。

 そう聞いていた。

 それでも、体調を崩せば心配になる。


「ソルレイ、ラウルツも呼んで来てくれ。今日は国外に出て魔法と魔法陣を混ぜた訓練をする。玄関前に車を回させる」

「うん。分かった」


 母屋に戻り、ラウルに声をかけて準備を調えながら、ポーションを2本使った代償は、一生消えないものならば、エルクも体調を崩しているのではないだろうかと心配になった。


 国外に出るなら、途中の大きな街で今夏のラベンダーで作られた精油でも買って帰ろう。

 お爺様の寝つきも良くなるかもしれない。寝ないと体力も回復しないからな。

 エルクにも小包にして送ろうか。ラウルにも声をかけて手紙も同封しよう。


 心配していたお爺様の体調も良くなり、ほっと息を吐いたのは、学校が始まる少し前のことだった。

 ボランティア活動を通じて、仲良くなった2つの教会の司祭様が揃って二人も屋敷まで来てくれたのだ。俺もラウルも感謝をして、それぞれの教会まで送るのだった。



 再び学校が始まった。

 短い秋の授業もずっと自習だなと思っていたのだが、担任のポリコス先生が朝の連絡事項の時間に声をかけてくれた。


「選択授業以外の試験が終わった者は、校外学習だ」


 そう言って連れ出してくれたので、嬉々として鞄を持って出かけた。

 ちなみに終わっているのは俺とノエルだけだ。

 クラウンには、魔法陣を早く描くための助言をしたので終わりそうだ。

 アレクは魔道具で手こずっているが、こちらも助言はしてある。


 高等科の保有する馬車に乗り込み、揺られて水獣が沢山休んでいる船着き場に向かう。

 水獣のケルンは利口だが、冬前のこの1ヵ月間は食べ物を沢山貯めこうもうとする本能が働き、注意力が散漫になるらしい。


 商業ギルドから商船で使う水獣の調教を頼まれたそうだ。

 車内で何をやるのかと問いかけたところ、魔法を打ち込むと聞き、そんな可哀相なことはできないと拒否をする。


「注射されたくらいの感覚だ」

「そうなのですか? うーん、気乗りしません」

 気にする必要はないという先生には悪いが、前世で飼っていた犬は注射に慄いていた。

「ソルレイは見ていろ。俺がやる」

「うん」

 ノエルがやったのを見て、痛がっていなかったらやろう。魔法を当てて、悲鳴が上がったら今夜、眠れなくなる。


「何が気に入らないのだ。川の清掃業を引いたやつらにやらせても良かったのだぞ」


 いつも以上に口の悪い先生に詳しく聞くと、商業ギルドが社会勉強になるでしょうと学校側に無料で頼んできて苛ついたらしい。

 備品を割り引いて納入してもらっているらしく、教務課が相談せずに受けてしまったらしい。初等科も文化祭などで商業ギルドとは、関係があるので無下にできない。社会見学も兼ねるか話していたところに俺達の話が出たようだ。


「川の清掃のやつらにやらせるって、先生、それはあんまりですよ。藻の掃除が大変だったって言っていたような気がします。確か、匂いで食事が食べ辛くなったって聞きました。生き物に魔法を打ち込むのが、ちょっと嫌です。笛とかじゃ駄目ですか?」


 調教って音でやるイメージがあるんだよな。


「笛? そういえば横笛を選択したのか?」


 話が逸れたなと感じつつも、先生も先の発言はないと思い、話を変えたいのかもしれないと乗ることにした。


「いいえ。前に汚らわしいって言われて試験を受けられなかったから。高等科の音楽の先生だったのです。初等科の前期の試験。それで、高等科に上がったら6弦楽器にしようと決めていました。家では横笛で演奏することが多いですね。退職した音楽家のお爺さんや歌の上手な先生、弟と私で演奏会をして楽しんでいます。綺麗な音色なのでやめてはいませんが、偏見の強い楽器ですので、高等科では選択するのをやめました」

「音楽教師を二人も解任して、横笛に偏見のない教師を雇った意味がなかったな」

「先生? 何のお話でしょうか」

「知らなかったのか? 英雄カルムスに怒鳴りこまれたぞ」

「カルムお兄ちゃんは優しいからなあ」

「「…………」」

 先生もノエルもそんな顔をしなくても。無表情で抗議をしないで欲しい。


「試験を受けさせてくださいって言ったのですが、受けられなかったのは事実なので、教師は失格だと思います。私は、両方の先生に試験を断られたわけですから人数も関係ありません。カルムス兄上が出向いてくれたのなら有り難いなと思うだけですね。優しいので、私を心配したのでしょうね。試験を受けられなかったことも汚らわしいと言われたこともカルムス兄上にしか言えなかったので……」


 入学してから今までずっと満点だったのに、横笛を応援してくれたお爺様に申し訳ない、どうしようと話に行ったのだと聞かせた。


「ふむ。そう聞くと、聞いた話とは違うように聞こえる」

「生徒に試験を受けさせなかったのは事実だ。クラスの全員が見ている。不合格を言い渡されたのだから受け直せないと教員が言って、演奏をする前に失格にされたと訴えても演奏しなさいとは言わなかったのだから両方とも文句を言う資格は、ないのではないのか。クラスの全員が教員の態度を苦々しく思っていたぞ」


 クラスメイト達が抗議しようとしたのを、ソルレイが試験に影響が出るとよくないと止めたとノエルは良いように説明してくれた。


「なるほどな。そうだったか」

「その時に学校側に抗議すると言ったのですが、しませんでした。先生達が学校側にやっぱり不適切だったから受け直しを認めると言ってくれれば済んだと思います。試験は前期です。カルムス兄上が動いたのはいつですか?」


 そう言うと、考える仕草をする。

 調理室で聞かれたのは、文化祭の当日だ。

 夏休みに入って2週間は経っている。


「恐らく夏休みだな」

「ならば、試験が完全に終わるまで、学校側の動きをみていたのだろう。カルムス殿のことを悪く言うことはやめるべきだ」


 ノエルは相手が先生だろうが、正しいと思ったことを主張する。貴族が貴い主張ができる人であるとするならば、貴族の鏡だ。


「私も教員の間でそういったことが広まっているのならやめて欲しいです。音楽の先生に非はあったけどカルムス兄上に非はありません。弟が試験を受けられなかったことに対して怒って抗議する口調は強くなったかもしれませんが、それだけです。それに初等科の音楽教師も犯罪に加担していたので、その、言いにくいのですが、音楽教師に対する印象が悪かったのかと……」


 これは言っていいのだろうか、と思いながら話をした。


「初等科の学長の件か。タブーになっていてな。詳しく知らんぞ。殺されかけたのだろう?」

「タブーになっているのなら聞かないで下さい」

「だからこそだ。隠ぺいではないが、何が起こったのか全く知らんのだ」


 ノエルにそんなことあると思う?と懐疑的な目で見ると、俺より先に口を開いた。


「元々は、頭のおかしい魔道具を教えていた教員が、魔道具の本を配布してクラスメイト全員を殺害しようとしたことに端を発している」

「ほう。中々に舐めた真似をしたのだな」

 不愉快そうだ。

「だが、これに失敗。ソルレイが魔道具だと気づいてウォールを全員で発動させようとしたからだ。そこに他の教員達が救出に飛び込んだ。そいつは、全員を道連れに死ぬと叫んだが、魔法陣を教えていた教員が巨大なウォールを発動。その隙にソルレイは、グルバーグ家のオリジナル魔法陣、クレオンスの鎖を発動させて捕縛となった」


 先生に見られたので、軽く頷いた。


「これで片付いたと思ったが、学長、音楽教師の妹ユナと軍が共謀してソルレイを学校におびき寄せた。この騒動で休みになっていたが、登校日を1日早くした手紙を出した。ところが、俺も含めて他国から来ている者は不安だろうとグルバーグ家の母屋に招かれていた。泊まっていた全員が一緒に登校だ。正門には騎士がいた。ソルレイの生け捕りが目的だった。そこからは知っているのではないか。グルバーグ領には山ほどの騎士が追いかけ敷地に入ったところで逆に捕縛されていったそうだ。初等科ではカルムス殿と学長、妹のユナと激しい戦闘になり、音楽室が吹き飛んだ」


「待て。騎士が絡んでいたなど初めて聞いたぞ。だいたい、最初の教師は何者だというのだ?」

「分かりません。軍に引き渡していたけど、調べていなかったのだと思います」

「それしか考えられない。下手をしたら全員が死んでいたのだ。だから生徒側は未だに怒っている。で、あるのに問い合わせても、答えられないの一点張りだ」


 ノエルに問うように見られたので首を振った。


「うちからも聞いているけど、3人とも何も喋らないので、としか言われてないよ。本当に調べているのかも怪しいなって俺は思っている。グルバーグ領に来ていたのって第一騎士団で王の直轄軍なんだ」


 驚いた顔をするノエルとポリコス先生に肩をすくめて見せた。


「王族は、何を考えているのだろうねと我が家では言っていました。お爺様が怒って二度と軍に協力しないと言ったのは、王に向けて言った重い言葉なのです。グルバーグ領に王が直轄の軍を放った。だから、箝口令が敷かれているのでしょうけれど、うちは辺境です。いくつも領を通らないと駄目ですから、周りの領には領民にまでバレていますよ。それに先生は知らなかったと仰いますが、社交界では、水面下で話が駆け巡っていたって聞いています」


 社交界に出ると格好の的になるから、高等科へ進学する時も親しい貴族達への挨拶回りだけで済ませたのだと話す。本来は、初等科を卒業したら正式な社交界デビューをする。親について回らなくても行きたいパーティーに出られる。もちろん、招待状があればだが。


 ぎりぎりまで、親しい貴族家のパーティーで社交界デビューをするか、それとも屋敷に招いてデビューとするかの相談をして、ごくごく親しい辺境領周辺の貴族家を迎賓館に招いてのパーティーとなった。


 地味なもので2時間でお開きになった。

 それでも俺には十分だった。皆が考えてくれたパーティだったから嬉しかったのだ。


「先生は、本当に知らなかったのですか」

 向かいに座る顔を見る。

「むぅぅ。社交界には久しく顔をだしていなかったからな。教員だと国内の情報に疎くなるのだ。逆に生徒が来る分、他国への見識や見分は広がり、外交一門並みに繋がりはできるのだがな」


 王が直轄軍を動かすなんて浅はかすぎて驚いたくらいだった。お願いだから放っておいて欲しい。お爺様の心労を増やさないで欲しいのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ずっとうやむやになってた初等科での事件が、やっと!さわりだけ出てきたのですね。もうほぼ忘れてた…(すみません) カルムお兄さんの優しいとこが書かれてて嬉しいです。 他、学園は共学らしいのに…
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